第352.5話 戻った人々

 ▶シュリィイーレ教会


「皆さん、留守中変わりございませんでしたか?」

「お帰りなさいませ、司祭様。おや、タクト様は?」

「走って戻られましたよ。夕食の営業時間まで間がないから……と」


「本当に、今日中にお戻りに……」

「セラフィエムス卿の仰有った通りですね」

「夕餉は如何なさいますか?」

「少々、セラフィエムス卿とお話ししてからいただきますよ」



「戻られたか」

「はい、まさかこうも貴方様の予想通りとは、帰り道で笑いを堪えるのが大変でございました」

「あいつは王都に行った時も、夕食は家で食べたい、と駄々を捏ねていたからな」

「ええ、まさに、そう仰せでしたよ」


「申し訳なかったな、司祭殿。急な頼みをきいてもらえて感謝する」

「いいえ、私の方こそ、とても実のある旅でございました」

「『金証の魔法師タクト』に、ひとりで乗合馬車の移動をさせる訳にはいかんからなぁ……かといって、俺はカタエレリエラでは力になってやれぬし、身分証の見た目が銀だから、うちの隊員を付ける訳にもいかなかったので助かった」


「そうですね、銀証の方に衛兵隊員は……かといって、金証にしてしまうと乗合馬車移動は憚られますからねぇ。それに、タクト様はご自身がどれほどの地位であるかなど、たいしてお気になさっていないのでしょうしね」

「……何か、やったか?」

「はい、いろいろと……クスクス」



「浄化の魔法などは想像の範疇であったが……範囲指定の魔法と……同行者登録方陣か……」

「おそらく、効果や場所を制限する事で節約された魔力がある分、限定的ながらも追加や変更が容易なのでしょう。あんなに簡単に魔法が組めるなんて、思ってもいませんでしたが」

「タクトの『移動方陣』は今までの『門』とはかなり違うが、限定的だからこそできる魔法なのだろうな。あの『方陣鋼方式』とでも言うべきか? あれの可能性を考えると、今後どのような方陣が作られるのか楽しみだが……少し怖いな」


「それにしても、驚きました。タクト様が平然と『魔法や技能の派生に必要な試行』を口にされた時は。しかも、それを臣民に的確に教え、試行の方法まで……」

「『方陣』を使って、か?」

「はい。おそらくあの夫婦は、さほど時間をかけずに『鑑定系』の技能か魔法を手に入れる事でしょう」

「常識が変わるな……『方陣』をそのように使おうなど、誰ひとり考えてもいなかった。そもそも普通に魔法が使えるものは、方陣を使うことが少ない。使うとしたって精々が回復とか浄化、解毒くらいのものだ。あいつが帰化させたという『方陣魔法師』の影響かもしれん」


「タクト様は『方陣』が如何にして魔法を発動させているのかを、完璧に理解していらっしゃる。そうでなければ、ああもすらすらと新しく『同行者用』等という方陣が描けるはずもない」

「あいつが、タクトが『魔法の体系』を掴む手がかりとなる……と、俺は思っているのだが?」

「……!」

「テルウェスト家門の『使命』に、必要な知識をタクトは持っている。いや、今はなくても、あいつなら絶対に手に入れるだろう」

「ドミナティアとセラフィエムスだけでなく……我がテルウェストにも『星の導き』が……!」


「そしてタクトの作った『湧泉の方陣』と『制限移動方陣』は、その他の家門にとっても大きな導きとなるはずだ」

「ロウェルテアとゼオレステ……そして、キリエステスですね」

「タクトは、ますます『シュリィイーレ』から出せなくなった。まぁ、あいつは出たがらないから助かっているが」


「そうですね。タクト様は、十八家門のお血筋ではない……なのに、金証を保っているのはレイエルスと同じ。麾下に加えることで、どれほどの恩恵があるか。下手にタクト様の魔法などの情報が外に漏れれば、争奪戦になりかねません。そんな危険なことは、絶対に避けなくては……!」


「今後も、ご協力いただけるだろうか? テルウェスト司祭」

「はい……! 我が使命は『魔法体系の確立と保護』。現時点において、シュリィイーレでタクト様をお守りすることこそが、最も神々の望まれることと理解いたしました」


「テルウェスト家門において『使命』は『神々の望み』……なのか」

「はい。我が家門では『神が望まれることを叶えよ』と伝わっております」

「使命に対する意識の違い……か。面白いものだな、確かに」



 ▶カタエレリエラ 領主ヴェーデリア家邸宅


「どう? もう、いらっしゃった?」

「フィオレナ様、お帰りなさいませ」

「まだ、どちらでも確認が取れていないと……」

「そう……今日ではないのかしら? 母上様に急ぎの報せなの。取り次いでくださる?」

「はい」



「よく戻りましたね、フィオレナ」

「急な帰宅でお騒がせして申し訳ございません、母上様」

「いいえ、顔を見せてくれるのはとても嬉しいわ。でも、何かあったの?」

「はい、以前少しお話しいたしました、あの『献上』についてでございます」


「……ああ、あの、おつむのお軽い方の戯れ言……」

「母上様……」

「家の中でくらい、構わないでしょう? まったく……『献上』を強請るなんて、どうしてくれようかと思っているのよ!」

「どうか、何もなさらないでください。その話はなくなりましたから」

「……まあ……まさか、お気付きになったとか? 少しは、頭に中に重みが出て来たのかしら」


「スズヤ卿が直接陛下に『献上』という名の『無償提供』は、全て辞退するという書状をお渡しになったのです」

「なんと」

「生産者や搬送業者に、負担を強いるような事態は本意ではない、と、まるで戒めるかのようなお手紙だったようですわ」


「かの青年は、陛下からの品が『生産地からの献上品』と知らなかったの?」

「そのようでございます。そもそも『献上される理由がない』と仰有っていたらしいので。法制に『届いているカカオは、皇家の私財から支払いがされているのか?』と確認され、そうでないと解った途端に拒否された……と」


「素晴らしいわ。まるで貴族のようではないの……軽頭より、余程」

「母上様」

「ここで言えなくなったら、皇宮で何を言うか解らないわ。えーと、スズヤ卿……だったわね」

「はい。スズヤ・タクト様……神聖魔法師で、ショコラ・タクトの作製者です」

「まぁっ! 我が領の救世主じゃないの!」

「……母上様、今までご存じなかったのですか?」


「軽頭がなんか言っていた……くらいにしか、思っていなかったのよ。イスグロリエスト大綬章の時だって、神司祭であるドミナティア以外、当主と次官は列席してないじゃない」

「そうでしたわね……母上様は円舞曲がお嫌いだから、要請されなくて喜んでいらっしゃいましたものね」

「でも、その方になら……献上してもいいのではなくて?」

「……」


「睨まないでよ。代金をヴェーデリアで支払えば、問題ないじゃない」

「母上様はいきなりよく知りもしない家門から『献上』などされて、その物品をお受け取りになりますか?」

「……突き返すわね。ふぅ……そうよね」


「ご自身で対価を支払って調達すると仰有っていたので、カタエレリエラにいらっしゃるはずなのです。先ほどルージリアの教会からシュリィイーレの司祭と共にいらした方がいたと……多分それがスズヤ卿だと思うのです。今、農園にいらしていないかを調べさせております。いらっしゃったら、いくつか農園を紹介できるかと」

「相変わらず、貴女は行動が早いわ。頼もしいこと」


「失礼致します」

「見つかったの? オリガーナ」

「はい、それが……テルレオネの教会から、南側の小さな農園にいらしたとか……」

「あの辺に農園?」

「ミューラから帰化した夫婦家族が営んでいる、小規模のカカオ農園がございます」

「まさか、そこのカカオを?」


「見に行った者が確認したところ、農園の入口扉に……このような『銘紋』が掲げられていたと」

「ありがとう、オリガーナ。あら……なんと可愛らしい形……この中央の印が、スズヤ卿の?」

「この印、どこかで見たことがございます……あ! 蓄音器です、フィオレナ様!」

「そういえば、蓄音器の作者はスズヤ卿だったわね。と、いうことはこれがスズヤ卿の『銘紋』。つまり、その農園のカカオが……今後ショコラ・タクトのカカオ? もう、その農園に決められたということ?」

「随分と思い切った決断だわ」


「なぜ、ヴェーデリアの協賛農園ではなく、個人の農園を選んだのでしょう……?」

「……なかなか、行き届いた方ね。スズヤ卿は」

「母上様?」

「皇家に『献上』しているのはヴェーデリアの協賛農園よ? その品を断ったのに、自分が対価を支払って同じものを仕入れる……なんて真似をしてご覧なさい。周りはどう思うかしら?」

「反意あり……と判断される?」


「それくらいならまだいいわ。そんなことを信じる貴族の方が、少ないでしょうし。でも万一、その一部でも噂が臣民達にまで流れてしまったとしたら? 全ての事情を知りもしない近衛や、馬鹿な侍従から聞きかじりの噂が流れるなんてよくあることよ」

「ええ、確かにそういう下らない噂話が好きな者は、多いですものね」


「カタエレリエラが皇室献上品製作者への下賜を認めず、金を払わせている……と取られる可能性もあるわ。軽頭陛下が正しい手続きをとっていなくてスズヤ卿の方から断ったとか、献上しろなんていう馬鹿な要請されたなんてことは臣民には解らないもの」

「そう、ですね。皇宮の中のことは、全てが正しく臣民に伝わるとは限りませんもの」


「ショコラ・タクトが有名になったのは、確かに皇室献上品であるから。でも、それを作ったのが辺境の町シュリィイーレに暮らす青年で、一等位魔法師だから、ここまで支持されているのよ。もしその人に対して『貴族』が嫌がらせをしている……なんて思われてご覧なさい。どれだけ我々が、臣民達から信頼をなくすことか!」


「スズヤ卿は……我々に火の粉がかかることを避けるために?」

「ええ、きっとそこまで考えての行動ね……臣民というのは、『権威を笠に着ない高階位者』というのが好きなものよ。そして、今それに当てはまるのはセラフィエムス卿とスズヤ卿。残念だけどその他の貴族達より、余程臣民達に人気があるわ。彼らのすることは『臣民にとっての正義』となり得る。だからこそ、彼らは厳しく己を律しているのでしょう」

「感謝、などという言葉では足りませんわね……帰化民の農園では、たいして魔力のないものしか作れないでしょうに……」


「その農園、テルレオネの南の端ね?」

「はい」

「スズヤ卿の銘紋が掲げられているのであれば、金証の方の専属契約農園ということ。今後、魔虫や窃盗などの被害が出ないよう、付近の衛兵達に通達を。カタエレリエラ領の越領料金の免除も手続きして。それと、スズヤ卿宛に『支援への礼金』を準備しておいてね」

「畏まりました」



「それにしても……セラフィエムス卿もだけど、優秀な方というのは実に行動が早いわね」

「近いうちに一度、シュリィイーレに行ってみようと思っております」

「ええ、そうなさいフィオレナ。私も会ってみたいものだわ、その青年に」

「母上様……?」


「……行かないわよ。領主が動くなんて、ドミナティアじゃあるまいし」

「安心致しました。では、わたくしは手続きに王都へ戻りますわ」


(あの家門の跡取りが末弟でなかったのは、本当に残念だわ。……そういえば、シュリィイーレにいるのよね、ドミナティアの末弟は)



 ▶エイリーコ宅


「ええっ! タクトさんって……あの、シュリィイーレのっ?」

「うちに来たのかよ、父さんっ!」


「そうよー、あなた達がもう少し早く帰ってきてたら、会えたのに残念ねー」

「うちのカカオ、買ってくれるんだぞ。農園入り口に『銘紋』を掲げてもらったんだぞ」

「「……」」

「見てくるっ!」

「待てっ! 俺もっ!」



「ね? ホントでしょう?」

「うん……すげえ綺麗な『紋』だった。領主様のより、いい」

「でもあの金属、もの凄く高価そうだったけど……?」

「そんなこと、言ってなかったよね?」

「聞かなかったねー。ふたつ付けてって言ったら、ほいほいって付けてくれたしー」


「何やってんだよーっ! そんなの、失礼過ぎだろうっ!」

「だいじょーぶよ。タクトさん、とってもいい人で全然怒っていなかったのよー」

「そ、そ。農園の土も浄化してくれたよ。凄いねぇ魔法師様って」


「……浄化……までやらせちゃったのかよ?」

「怒ってなくても、絶対に呆れられてる……謝りに行きてぇっ!」

「だーめ。タクトさんのとこに行く時は、ちゃんと、いいカカオできてから」

「そう。だから、あなた達もうちの農園で仕事、して。美味しいカカオ、作るのよ」


「そう……だよな。美味しいもの、作らなくちゃ!」

「俺達の作ったカカオが、あの『ショコラ・タクト』になるんだから、絶対に、カタエレリエラで一番のものを!」


「あ、タクトさん、カカオのお菓子、くれたのよ。食べる?」

「食べるっ!」

「俺もっ……!」



「うわ……カタエレリエラのカカオ菓子と全然違う……」

「以前、オバサンが買ってきてくれたやつより、ずっと旨い」

「ふぅー、美味しいねぇー……これを越えるカカオ、作らないとねぇ」

「頑張りましょー!」


「あ、でも、先にリルーゴの実、取ってね」

「リルーゴは早めに持って行かなくちゃ、ねー」



「「俺も連れてって!」」

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