第352話 輸送ルート、確保

「なるほど……これがその移動に使う『方陣鋼』でございますか」

 昼食を食べながら、俺が計画している移動方法をテルウェスト司祭に話した。


 テルレオネの料理はピリ辛で、タイ料理みたいな感じ。

 美味しい。

 今度こういうのも作ってみよう。


「タクトさん、私は純粋に疑問なのですが、どうしてあなたがここまでして彼等のカカオを買い付けるのですか? 他の所から仕入れた方が、もしかしたらよい物が手に入るのでは?」


 魔法を使って農園を整備したり、浄化までして作物の育成を手助けするということが不思議ということだろう。

 まぁ、普通に考えればそうだよね。

 いい物を作っている所から、買えばいいって。


「多分、俺は『商人』じゃないから……だと思いますよ」


 確かに『良い品』というのが、最大の目的ではある。

 でも俺は、できるだけ『うちの食堂で作るもの』を好きだと言ってくれる人達から買いたい。

 その人達の作るものが基準に満たなくても、俺の魔法や知識でどうにかなるのであればサポートしたいと思う。


「勿論、その手助けが必要ないという方もいると思います。そしたらその時に初めて、別の方にお願いすることを考えればいいわけですし。基本的に俺は、見知らぬ人との交渉ごとが苦手なので……できるだけ俺が信頼している人や、そのお知り合いに頼りたいのですよ」


 コネクションで生きていきたい、他力本願野郎で御免なさいっ!

 でも、一番大切なのは長くお付き合いできるかどうか、ですから信頼している方々頼みなのですよ。

 ……ただ単に、自分の人を見る目に自信がない……のかもしれない。


 テルウェスト司祭はにっこりと微笑み、持っていた方陣鋼を俺に握らせる。

「それでは、私のことも信頼して頼ってくださった……ということですよね?」

「勿論ですよ。信用していない人に『仲介』をお願いしたりしません」


 今回の移動ルートの要は『方陣鋼の設置ポイント』を、如何に信用できる場所と人に依頼できるか……である。

 もともと、越領検閲門のある町の教会にお願いしたいと思っていた。


 カタエレリエラのルージリア、その隣町でコレイル領のイシュナ、エルディエラ領と接しているコフトロス、エルディエラ側のシーヴェイス、そして北のレーデルス。

 この五カ所に『目標方陣鋼』を設置させてもらえれば、その領内の端から端への移動が可能となり、レーデルスからシュリィイーレまで二時間だけの馬車移動で済む。

 その交渉に、シュリィイーレの司祭様がいてくれれば、こんなに心強いことはない。


「この目標の方陣鋼、室内でなくても大丈夫と仰有っていましたが……?」

「魔力を感知する常設型の従来の方陣門とは違い、方陣札の『門』と同じ『移動目標』としてのみの役割ですから。設置場所では魔力も必要ないですし、移動の時に他の魔法と『絡まる』ことがないので個室は必要ないのです」


「設置した場所から誰もが自由に移動できるというものではなく、あくまで『移動方陣鋼』を持っている方のみが、決まった場所に辿り着くための道標……ということなのですね?」

「そうです。『移動方陣鋼』には『目標』の地名も書かれていますが、移動可能な場所のみにしか動けません」


「レーデルスからいきなりルージリアには入れない、と?」

「はい。『どこからどこまで』を予め指定してあり、その場所以外へは移動できないのです。ルージリアの教会からコレイル領に歩いて越領したら、次のコフトロスに方陣で移動するためには、イシュナの教会に設置してある『目標鋼』に触れることで移動可能になります」


 その時に初めて魔法が発動するので『移動用方陣鋼』にだけ魔力が入っていればいいのである。

「この方陣は画期的です。条件を限定する事で魔力使用量を抑えるだけでなく、使える者が決まっているので無闇矢鱈に移動できない……」

「紛失したり盗難にあったとしても、他の人が勝手に使えない仕様にしたかったので」

 思いつく限りのセキュリティは、常に準備しておりますよ!


「たとえば……移動できる者と一緒に、登録されていない者が同行する事は?」

「基本的にはできません。手を繋いだくらいでは、移動できずにその場に取り残されます。完全に地面や他の場所に接触しないように抱きかかえるとか、背負子などで背負っていれば……可能ですが、その場合、資格のない者はもの凄く多くの魔力を必要とするので、臣民の持つ魔力程度しかないと移動先で昏倒すると思いますよ」

「な、なるほど。かなり危険ですね」

「はい。同行を強要されたとしても、資格保持者がすぐに逃げられるようにしてあります」



 その後、各地の教会で『目標方陣鋼』の設置をお願いしてまわり、司祭様方に許可をいただくことができた。

 この『制限付き移動方陣』をしっかりご理解くださったテルウェスト司祭が、丁寧且つ完璧に説明してくださったおかげ……である。

 俺だけだったら絶対に、これほどの信頼を得ることはできなかっただろう。

 なんて頼りになる、素晴らしいお方だ……!


 何カ所かの教会では実際にデモンストレーション付きのプレゼンを行い、方陣というもの自体を改めて見直してみたいと言ってくださる司祭様もいたほどだ。

 もし各地の教会に断られていたら、魔法師組合とか役所とかも考えていたのだ。

 でも、そっちの方がハードル高そうだなーって思っていたからよかったー。


 そして俺は最終テストを兼ねて設置した目標に『方陣鋼』を使った移動をしつつ、エイリーコ農園に戻るので……とテルウェスト司祭にお礼を言った。

 流石に試用にまで付き合わせるのは申し訳ないと思ったのだが、是非体験してみたいと仰有るので同行していただくことに。

 アグレッシブな司祭様である。



 エイリーコ農園に戻った時には、陽が傾き始めていた。

 でも、思っていたよりずっと早く、スムースに事が運んだのは本当にテルウェスト司祭によるところが大きい。

 あとは……エイリーコさん達が条件書に納得してくださるかどうか、だ。


「タクトさん、ダメデス! この条件では、駄目デスノ!」


 えええぇー?


「これ、価格が決まっていますノ! これでは、良くないモノができてしまった時に、アナタ、とても損しますノよ!」

「……そこ、だけですか?」

「ハイ。それ、直して欲しいです」

「解りました。では、毎回カカオを見てから、値段を決めましょう」


 俺は、最低保証価格を設定したつもりだった。

 なのに、このご夫婦は俺が『損』にならないように、考えてくれたんだ。

 いい人達だなぁ。


 ほっとした笑顔を見せてくれたエイリーコさんとリテアさんに、俺の方が癒されてしまった。

 この人達ならきっと、いいカカオを育ててくれるだろう。


 そして無事に契約成立。

 テルウェスト司祭には、立会人にまでなってもらってしまった。

 そして問題なく試用できた俺とテルウェスト司祭が使った『移動方陣鋼』の設定をリセットし、エイリーコさんとリテアさんを登録する。

 ん?

 何だかリテアさんがもじもじしている?


「じ、実は、子供がふたりいますノ。この農園、あまり、良くなくてお金少ないので、他の農園に手伝いにいってるのデスノ」

 そうか、ここだけでは収入が少ないだろうと思ったが、お子さん達がバイトに出ていた訳か。


 ふたりの子供は、二十五歳と二十九歳。

 うーん、抱えて運ぶってことができる年齢じゃないな。


 でも、【収納魔法】がないらしいので、彼らだけで納品に来ることはなさそうだ。

 ならば、必ずご両親のどちらかと一緒であれば移動できるように『同行者登録』をしようか。


「おふたりの持つ『移動方陣鋼』のここに、もうひとつ、小さい物を接続できるようにしました。お子さんはそれぞれ、この『同行者用』に名前を書いておきます。一緒に来る時はこうして移動方陣鋼にくっつけて『必ず移動方陣鋼を持っている人と手を繋いで』から、目標方陣に同行者と一緒に触れてください。同行できるのは魔力の関係でひとりにつきひとりだけです」


「ありがとう、タクトさん! これであの子達に、手伝ってもらえマスノ」

「お子さん達が【収納魔法】を使えるようになったら、専用の『移動方陣鋼』を作りますからその時は教えてくださいね」

「はい!」


 そして収穫したカカオをその場で入れて、そのまま持って来てもらえるように作った『軽量化袋』を十枚ほど預け、どれくらいの量を一度に運べるか尋ねた。

 どうやら重さ問題さえクリアできれば、容積はかなりあるようだ。

 となると、一度の納品で半年分くらいの必要量が届く可能性もある。

 ……地下の保管庫、ちょっと見直すか。


「今年の秋の収穫分から、是非お願いします」

「はいっ! 頑張りますノで宜しくデスノデ!」


 よーしっ!

 これでちょっと、ほっとしたぞ!

 あとはこの農園のカカオの品質向上にかかっているのだが、その辺はきっと頑張ってくれるだろう!


「あ、そう言えば……どうしてエイリーコさんは、ご領主様の事業計画に参加しなかったんです?」

 すん、とふたりの表情が暗くなる。


 どうやら参加条件の中に『加工工房の整備』と『一定以上の魔力量を含む』と言う条件があり、どちらもハードルが高かったようだ。

 収穫から加工まで一貫で作業できないと、魔力はどんどん放出しちゃうからなぁ。

『献上品レベル』のカカオを作るプロジェクトであるならば、帰化した方々には不利だろう。


「ミューラでもカカオ、作ってたノデス。でも、ミューラでは、魔法使った作り方、していませんでしたノ」

 魔力量の少ない他国では、基本的に『技能』を使うのみだそうだ。

 魔法を使わないから魔力量が増えず、魔力量が少ないから安全のために魔法をセーブ……

 それだとこの皇国では『価値』を認めてもらえる物は作れないだろう。


「魔法を使った作り方、やってみたいですか?」

「……ちょっと、だけ試してみたいと思っていまスガ、ワタシ達、育てる魔法は持っていないノ」

「鑑定系と土類系は? それと水系」


 残念ながら鑑定系はなく【土類魔法】と【清水魔法】があるようだった。

 ならば、と、俺はその場で虫眼鏡のような『鑑定鏡』を作った。

 硝子には『土類鑑定』『水系鑑定』の方陣を付与する。


「これを使って、毎日木の根元の土を視てください。どういう状態の土のカカオがよく育っているかを観察して、良く育っていないカカオの土を魔法を使って良い物に似た状態に近づけてみてください。そして土に魔法をかけたら、その後必ず『魔法を使って水をあげて』ください」


 土類系の魔法は水魔法と親和性が高く、馴染みやすいので連続してかけることで効果が上がる。

 西の畑で、エイドリングスさんに教わったやり方だ。

 そして方陣で鑑定を続けているうちに、『試行』によって鑑定系の技能が出やすくなるはず。


「魔法使って育てるて、こういう事ナノデスノ?」

「人によって持っている魔法は違いますから、やり方はいろいろですよ。でも、大切なのは『観察』です。先ずは『視る』ことに慣れれば、どの魔法が適しているか解るようになりますよ」

「そういえば、サラーエレは良く見てマス。畑」

「やってみまスノ」


 あ、そうだ、もうひとつ。

「あと『ルリーゴ』って沢山ありますか?」

「る?……ああっ! 『リルーゴ』! はい、カワイイ黄色の花が咲くのデスね。こっちデスよ」

 うん、サラーエレさん、惜しかった。


 案内してもらったのはサラーエレさんのハーブと香辛料がいくつか植わっている畑。

 おおっ、ターメリックがある!

 その近くに野草のようにルリー……じゃない、リルーゴが群生している。


「これの果実も採取して、売ってもらえませんか?」

「リルーゴ、甘いけど、あまり、美味しくないデスけど……」

「この果実から、ある健康補助品の要となるものができるのですよ。だから、薬師さんに使っていただくために仕入れたいのです」

「まァ! リルーゴが、薬になるのデスか?」


 薬……と言えなくもないが、医薬品ではないよなぁ。

「病を治す薬ではなくて、健康を維持するためのもの、ですね。身体の回復をはかるために有効なものなんです」

「解りまシた! 毎年、沢山、できまスノデ、お届けしまスよ!」

「じゃあこれも、持って来てくださった時に、値段を決めるということでいいですか?」


 ふたりは満足げに大きく頷く。

 そしてお願いがある……と言われた。


「あの、ご領主様の印がかかっているノ、ワタシ達、とっても羨ましかったノデス。この農園に、タクトさんの『シルシ』付けてもいいデスか?」

「えっ? 俺の、ですか?」


 それって、ここは俺の縄張りだぜ! 的なことになっちゃわない?

 ご領主様に、喧嘩売ったりする事態にならない?


 俺は、そぅっとテルウェスト司祭を覗き込む。

 察してくださったのだろう、司祭様は微笑みつつ、良いと思いますよ、と仰有った。


 ……ホント?

 面倒なこと、起きない?

 なんかあったら『扶翼の家門の人がいいって言った!』って言っちゃいますよ?


「じゃあ……俺の指輪印章と同じ紋を」

 農園入り口にある門扉に取り付けられるよう、手のひらサイズのプレートに書こうとしたら、ふたりからもっと大きく! とご要望が。

 なんとか、B5サイズくらいで納得していただいたが……観音開きの門だから二枚作って、と言われてしまった。


「タクトさん、この金属は……?」

「『耐食合金』の一種です。ここら辺は雨も多いですし、錆びたり腐食したりしないものの方がいいと思って」

 テルウェスト司祭が何度か手で摩りながら、これはいいですねぇ……と呟いている。


 手持ちの錆びない金属が、チタンとニッケルの合金しかなかったんだよね。

 でも、こいつの耐食性はかなり高いので全然大丈夫ですよ。


 扉にプレートがかかると、エイリーコさんとリテアさんがめっちゃくちゃ喜んでくれた。

 おふたりが嬉しいなら、それでいっか。

 一応、盗難防止に移動不可と、扉の強化をしておこうかな。

 剝がされて、売られたりしたらそれこそ大変だもんな。



 さぁ、シュリィイーレに帰りましょう!

 まだ夕食時間に、間に合いそうですし!

 晩ご飯は、おうちで食べたいのです!

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