第351話 カカオ農園へ

 翌日、石畳で目玉焼きが作れそうな暑さの中、魔法師組合へ。

 方陣の登録申請と、移動報告。


「カタエレリエラ? また随分遠くまで……」

 ラドーレクさんが驚くのも無理はない。

 カタエレリエラ領に用事がある魔法師なんて、シュリィイーレには殆どいないだろう。


「どうしても行かないと、進まない話がありまして……代理人に任せるわけにもいかないので」

「で、この『門』か。なるほどね。でも、これもきっと、君以外描けないだろうねぇ」

「寧ろ、その方がいいですので、取り敢えず登録だけ。販売はまだ考えていないですから」


 使用者限定、越領禁止の制限付きであるという安心設計タイプなので、特に問題なく登録できそうだと言われた。

 でも、これはひとつの方陣で、複数箇所への移動設定ができるというメリットもあるのだ。


 普通の『門』方陣は『持っている札』と『目的地の札』の両方に魔力が入っていることが条件である。

 魔力を検知して『門』を繋ぐからだ。

 その門を開いている間、移動は魔力さえあれば誰でもできる。


 だが、俺の方陣では『移動する側』だけに魔力が入っていればいい。

 片方はただの『移動目標の方陣』。

 移動には『魔力』を判別するのではなく『方陣登録者の名前』を判別して魔法が発動するようになっている。

 目標の方陣鋼と、移動の方陣鋼に記された名前が一致すればいいので、通称でも使える。


 移動用だけは方陣に魔力登録がされており、持っている人と魔力が違ったら使えないように設定した。

 このように使用できる人を指定することで、目標方陣には維持のために必要な魔力はほぼゼロに等しくなった。

 ただし、目標方陣は一度設置した場所から動かしてしまったら、使用できなくなる設定だ。



 次は、教会。

 テルウェスト司祭にご挨拶をして、移動届に承認をもらう。


「カタエレリエラ……」

「はい、カカオの買い付けに」

「左様でございますか!……もし、お邪魔でなければですが、私もご一緒させていただけませんか?」

「え?」

「カタエレリエラは、私の故郷でございますのでこの教会の『越領門』が使えます」


 なっ、なんと!

 素晴らしい響きだ……『越領門』……!

 そうか、そういえば『テルウェスト』って、カタエレリエラの扶翼家門だ。


「俺が、ご一緒してもいいんですか?」

「勿論ですとも。金証の方なのですから」

「でも、十八家門でもないのに……」

「王都や直轄地ではなく私の故郷ですから、何も問題ございませんよ」


 ではっ!

 お言葉に甘えてっ!



 教会では司祭と衛兵隊長官が金証である場合のみ、故郷の領地への越領門が設置されている。

 なので、シュリィイーレには、カタエレリエラとセラフィラントへの越領門があるのだ。


 移動したのはテルウェスト司祭の出身地、カタエレリエラ北部の町・ルージリア。

 コレイル領に最も近い町である。


「……全然気候が違う……」

「そうですね。カタエレリエラは、年間を通して気温も湿度も高めですから」

 ちょっと懐かしい湿気の多さだ。

「テルレオネの教会へは、ここからの方陣門で参りましょう」


 にっこりと微笑むテルウェスト司祭……なんというありがたいことだ!

 しかも、ルージリアにお目当ての町の方陣門が設置されているなんて、素晴らしい!

 常設型方陣門は一カ所ずつしか結べないから、何カ所かの門を経由するか……飛んじゃおうかなーとか思っていたので、かなりラッキーだ。

 新しいカカオを使ったお菓子ができたら、必ず教会に持っていこう!



 そして、カタエレリエラ南端の町テルレオネに到着すると、更に気温が高い。

 高温多湿……ちょっと、息苦しささえ感じるくらいだ。

 俺の身体はすっかり『シュリィイーレ仕様』になっているんだな、と身体の周りの温度や湿度を魔法で調節した。

 ふぅ、快適になってきたぞ。


 教会で待っているのかと思ったら、テルウェスト司祭も付いていらした。

 暑いのに、大丈夫なのかと心配になるローブ姿のまま……

 衛兵隊の制服のように、魔法で服の中は快適なのだろうか。


 町の教会から、更に南の外れまで行った所にエイリーコさんの農園があった。

 確かにあまり大きくはなさそうだ。

 やった!

 ご領主の銘紋が掲げられていないぞ!


 でも、良い状態の木ではないみたいだなぁ。

 それに、ちょっと土にアルカリ性が強いのが気になる。

 確かカカオに適しているのは僅かに酸性の土壌だと、本で読んだことがある。


 家を訪ねると、エイリーコさんご夫妻が丁度在宅していた。

 手土産とサラーエレさんからの手紙を渡して、カカオ買い付けの相談をしたいと持ちかけた。

 もの凄く喜んでくれたのだが……なんだか、少し尻込みしているようだ。


「とても、嬉しいデス。私達の農園に声をかけてくれて……でも、うちのカカオ、多分あまり美味しくないって……思うデしょうし……」

 話を聞くと去年と今年にできたカカオはとても少なく、しかもあまり味がよくないとレンテの加工工房で買いたたかれてしまったのだそうだ。

 春に採れたという、残っていたカカオを見せてもらった。

 うーん……確かに全くキラキラしていない。


 だが、原因はきっとあの土壌のような気がする。

「いままで肥料、作ってくれた人、お店辞めテしまったのデス」

「別の店の、とてもいいっていう肥料を撒いたのデスけど、全然よくなかったのデス……」

 奥様のリテアさんも、しょんぼりしている。


「その肥料、見せていただけますか?」

 俺は『高級』だからと業者に勧められたという肥料を見せてもらい、成分分析をしてみた。

 ああー……生石灰が、入っているなー。

 確かに高級かもしれないけど、けっしてカカオ向きではない。


「え? カカオには、向いていないのデスカ?」

「はい。これは確かに良い肥料ではありますが、カカオに必要のない物ばかり含まれています。そのせいで、土壌の状態がよくないのだと思いますよ」


 ふたりともしゅーーーん、としてまった。

 なんだろ、すっげカワイイ人達だな!


「どしたら、カカオ、元気になるのデしょう?」

「俺が魔法を使ってみてもいいですか? 俺の魔法には『植物の成長を助ける』働きがあります」

「おぅ! 【植物魔法】デスノ?」

「ちょっと違うけど、似ているものです。土の状態も調整しますね。えーと……農園の端ってどこです?」


 サラーエレさんから収穫量が少ないと聞いていたので、土と木の状態を確認したら範囲を指定して育成補助の魔法をかけるつもりだった。

 用意してきたプレートはこの間見つけたタンザナイトと、法制からもらった鉱石に含まれていたガーネットを使ってる。


 農園の四方にこれを埋めて、魔力結界的に使用するのだ。

 当然、移動・破壊不可と視認できないようにしてある。

 なんか変に南側に広がっている農園だが、この辺ではここだけしかないみたいだから買えるだけの土地を買ったのかな。


 やっぱり土壌だけでなく、木そのものもイマイチ元気がないみたいだ。

 湿度は高いんだけど……水不足なのかな?

「今年は、少ーし雨、少なかったのデスノ」

「この辺り、とても日当たりよくテ、土が乾きやすいのデス」

 それにしても、南側は陽が当たりすぎている気がする。


「実は、背の高い、影作る木が、この間病気になってしまったのデス。それで、切ってしまったので、陽が当たっている所ができたのデス……」

 木が病気?

 一本だけ?

 あ、またちょっと背筋がぞわって来た。


 もしやもしやと、魔虫の毒を可視化すると……

 はい、いらっしゃいましたよ!

 おそらく、切った木には魔虫の巣が作られていたんだろう。


 魔虫そのものはいないものの、卵が産み付けられた木の根が残っているから南側の一部だけ周辺の木にまで僅かだが毒が回っている。

 ここで卵から孵った個体ではなく、別の所から飛んで来て住みつこうとしたやつだろう。


 四隅に埋めた『貴石プレート』で、既に範囲指定しててよかった。

 このまま指示プレートに書き込むだけで、この農園から魔虫の毒と卵を殲滅できる。


「……タクトさん、今……なんの魔法を?」

 テルウェスト司祭が、不思議そうな顔で尋ねてきた。


「浄化と植物の成長補助、それと魔虫毒の除去です」

「魔虫の毒を?」

「はい。シュリィイーレの毒消しを分析して毒の特徴を把握していましたので、簡単に見つけられるんですよ。で、その毒を消すように魔法を展開しました」

「浄化をそのような使い方をなさるなんて……まるで【治癒魔法】のようですね」


 ……その通り、【治癒魔法】でございます。

 カカオを守ることは、シュリィイーレの食を守ることというこじつけで広義としてシュリィイーレのために使っている……ということで!

 言わないけど!


 ま、普通はあんまりやらないよね……人以外に『治癒』なんてさ。

 だから、魔力の種類が特定できないテルウェスト司祭には【治癒魔法】とは解らなかったんだと思う。

 木だけでなく、土もある意味『生き物』ですからね。

【治癒魔法】は浄化と同等か、それ以上に有効なのですよ。


 この辺りの魔虫にも反応して効果が出ているということは、シュリィイーレで見つかっている個体とあまり毒性の違いがなさそうだ。

 念のため、今度『魔虫殲滅キット』をお贈りしよう。

 魔法が無事に功を奏し、カカオの木々がみるみるうちにキラキラと輝き出す。

 これで多分、大丈夫。


「きっと次の収穫では、いいカカオが採れると思います。ぜひ、売って欲しいのですが、契約していただけますか?」

「勿論デス! 私達、あなたのお菓子、大大大好きデスノネ!」

「いつもサラーエレが買ってきてくれるのが、冬の楽しみなのデスよ! うちの、カカオ、是非使って欲しいデスノ!」

「ありがとうございます。で、運んでいただく方法なのですが……実をいうと、まだちゃんと話を通していないので、あとでもう一度ここに来ます。それまでにこちらの条件書を読んでいただいて、ご納得くださったら署名してください」


 ふたりは大きく頷くと、真剣に条件書を読み始めた。

 では、俺の方は輸送経路の整備……というか、依頼をしなければ!


「それで……大変恐縮なのですが……テルウェスト司祭にご協力いただいてもよろしいでしょうか?」


 俺の言葉に、テルウェスト司祭がきょとんとする。

 折角いらしてくださっているのですから、是非ともよろしくお願いいたします!

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