第350話 運搬方法、考察
サラーエレさんにお兄さん、エイリーコさんへの紹介状を書いてもらい、俺は近日中にカタエレリエラに交渉に行こうと決意を固めた。
カカオのためであるならば!
頑張りますよ!
だがここで、面倒な手続きが発生する。
俺は『移動制限』がないので、別の領地に行くことにはなんの問題もない。
しかし『金証の魔法師』が他領に入るためには、魔法師組合と教会への『移動届』を出さなくてはいけないのだ。
今までのように真夜中にちゃらっと行って、朝方にけろっと帰って来るわけではないのできちんとした手続きが必要である。
うっかり地位が高いというのも、面倒極まりないことである。
そして、その前に解決しておかなくてはならないのが『輸送問題』である。
馬車を使う……馬車方陣を三回くぐるので、日数が二日はかかる。
送料が高くなるので、商品価格が跳ね上がる。
そして、その間に加工していないカカオの魔力は、抜けきってしまうだろう。
魔力流出は俺の軽量化袋などで放出を防げるとしても、運賃の高さは致命的だ。
俺が取りに行く……いちいち移動手続きが必要であり【収納魔法】がないので、一度に運べる量に限界がある。
袋に入れ、コレクション内に格納して運ぶことはできるが、これがばれた場合に【蒐集魔法】を公開する羽目になる。
これは、やっぱり避けたいし、俺はシュリィイーレから出たくない。
ガイエスに渡した『入口』『出口』の方陣を使う……これには送ってもらう側も魔力が必要。
出口を固定すれば少なくて済むというのはガイエスが方陣魔法師だからであって、魔法師ですらない魔力量の少ない一般臣民、ましてや帰化民では、残念ながら一回にカカオポッド三個も送れば魔力不足になるだろう。
そして、この『方陣』を他領に出すのは……たぶん憚られる。
ビィクティアムさんに相談すれば、常時発動型だからきっと止めろと言われるだろうし、この方陣自体が教会や法制まで巻き込む案件になる可能性も大いにある。
俺の個人的な取引で、そんなレベルの
やはり現実的なのは『エイリーコさんご夫妻に【収納魔法】を使用して運んでもらう』事である。
その場合、問題になるのは、二点。
ふたりの【収納魔法】が運べる量。
移動に使えるふたりの魔力量。
どちらもご本人達に会わなくては、確認のしようがない。
でも、重さは『軽量化袋』でどうにでもなる。
どれくらいの『容量』が運べるか、の方が問題かも。
俺の魔法で『袋に入れた物を小さくする』っていうのもできるけど……多分、人に知られない方がいいタイプの魔法だから使えない。
そういう既存の魔法が、ないからなぁ。
それに、素材そのものを変化させてしまうのだから、俺の魔力残滓がガッツリ残るだろう。
それではまったく意味がない。
人だけの移動については方陣札を使う方法でいいが、目的地に予め札を貼っておく必要がある。
そして方陣での移動は『領内のみ』というのが絶対条件。
『領内』であれば『町』に移動ポイントを置かなくてもいい。
札が剝がれたり、切れたりしなければ問題ないが、結局越領のためには『町』に入らなくてはいけないので意味はない。
寧ろちゃんと許可を取って、教会なんかに移動させてもらえた方が安全だ。
……移動のための『方陣鋼』を作ろう。
それならば移動に必要な魔力は、納品に来てくれた時に俺がチャージすればいい。
往復二回分使える魔力くらいなら、現代語で書いた『門』の方陣でも大丈夫だ。
これは、一度ビィクティアムさんに確認した方がいいかな。
方陣鋼は札よりも強力だってだけの、既存の門の方陣だという認識で使っていいかどうか。
夕食デリバリーがてら、ビィクティアムさんに方陣鋼についての確認。
認識としては間違っていないようだ。
『門』の方陣についても、既に出回っている方陣だし誰でも買うことのできるものだから問題はなさそう。
「だが、複数回使えるのなら、使用者を限定できるといいのだがな」
「あ、そうですね。誰でも使えるって言うのは、流出の危険がありますよね」
移動用はひとりだけ、目標用は……何人か登録できるようにしよう。
「それにしても……どうして金属や石に方陣を書こうなんて思ったんだ?」
え?
俺からしてみたら、どうして誰もしなかったんだって感じなんだけど……
「方陣が弱い魔法しか発動できないのは、魔力量が足りないからだと思ったので」
「うむ、確かにそうだが、なぜ、魔力量を増やすのに、金属を使おうと考えたのか、と思ったんだよ」
「だって……『一番魔力を多く保持しているのは大地』なんでしょう?」
これは、以前ハウルエクセム神司祭に教えてもらったことだ。
その大地が、何でできているか。
石と土、鉱物と金属。
つまりそれらは、魔力の保持力が高い。
「『鉱石鑑定』と【加工魔法】で単一素材に加工して、ひとつひとつ確認していったんですよ。どの素材が魔力を多く入れられるか、いつまで保持していられるか。それに『加護』を支えるのは『貴金属』と『貴石』ですよね? それらは魔力を保持して支える力が強いから、法具に使われている。保持力が高くてもそういう高価なものを使うのは難しいですから、不銹鋼のように合金にすることで、複数の金属の特性や魔力の保持性も調節できると思ったのです」
「……つまり、方陣門を使う時に、魔石で魔力を代用させているのと、同じ理屈……ということか?」
「はい、そうですね。魔石と方陣札をそれぞれ用意するのではなく、そのふたつを併せて作ったってことです」
魔石、と呼ばれるのは『人の注入した魔力が入った石』の総称であり、石そのものの種類の名前ではない。
ルビーだろうとペリドットだろうと、魔力が注入されていれば『魔石』なのである。
俺の作った方陣鋼は『方陣が書かれている魔力が入った金属』なのだ。
『魔鋼』……とでもいうべきか?
「それでは、おまえの作ったこの方陣を羊皮紙に書いても、複数回は使えないということか」
「そうですね。羊皮紙は魔力の保持力はさほど高くはないですから、一度か二度が精一杯でしょう」
羊皮紙は『文字を書く紙』として使われている。
この世界に、所謂『紙』がないわけではない。
だが、全ての本や契約書など『残すべきもの』は、絶対に羊皮紙だけなのだ。
植物……主に草から作られる『紙』は、俺が持っているあちらの世界の物も含め、羊皮紙より圧倒的に『魔力の保持力が弱い』のである。
だから、ほぼ全ての紙は包装用とか、何かの仕切り、くらいにしか使われておらず『文字を書くもの』ではない。
填料次第ではあるのだが、あちらの世界のものは填料が金属であっても『本』の状態になっていない『紙』は保持力が低い。
この世界では魔力がなくなってしまったものには、ほぼ価値がない。
それは食べ物も物品も、そして、生き物もすべてその基準で測られる。
「もし他の者が『方陣鋼』を作れるようになったら、方陣の価値は見直されるだろうが……多分、おまえ以外にできるとすれば、方陣魔法師だけだろうなぁ」
「だと思います」
「その方陣魔法師を我が領民に推挙してくれたこと、感謝しているぞ」
「俺は帰化を勧めただけで、セラフィラントを選んだのはあいつ自身ですよ。セレステで随分お世話になったって言ってましたし」
「たいした魔法師のようだな。方陣門で東の小大陸まで、馬と一緒に移動できるらしいから」
はははは、カバロを連れて行ったんなら船かと思ったけど、相変わらず無茶しやがる……
絶対に俺より、あいつの方が危険な魔法の使い方してる。
カバロになんかあったら許さん。
「わかった。問題はなさそうだな。この方陣もちゃんと魔法師組合に登録しておけ……使用者限定付きのもので、な」
「はい。早速、明日にでも」
「こんなもの作ったってことは、カカオか?」
「ええ……一度は行って、生産者の方々に会わないと決められないですけどね。いつも東大市場で香辛料を買っている方のお兄さんが、カカオを作っていらっしゃるので紹介してもらったんですよ」
上手くいくと良いな、とビィクティアムさんからエールをもらい、家に戻って早速、方陣鋼作りである。
ああ……話がまとまってくれますように!
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