第349話 カカオ、捜索

 翌日は、先日までの大雨が嘘のようなピーカンと言える快晴。

 気温がぐんぐん上昇している。

 やっと、本格的な夏がやってきたのだ。


 あの後、よくよく考えてみたのだが……米はエルディ殿下が『毎年』って言ってたのを覚えているのだが、カカオってそんな約束してたっけ?

 記憶が……曖昧である。

 口約束だけってのは、ダメだな。

 ちゃんと確認しなかった俺も、よくなかったかもしれん。

 てか、陛下相手にどう確認しろっていうのか……とも思うが。


 それにしたって、皇家の生活費管理ってどうなっているんだ?

 いや、これは『皇家の生活』には関係ないか。


 そもそも献上品ってのは、皇王の私財扱いではない。

 調度品とか宝具だったりすれば『皇国』の財産となり、代々の皇王が継いでいかなくてはいけないもので代が変わった時に管理が全て次代へと引き継がれる。


 各勲章受章者に褒賞として下賜される場合もあるが、その時は何を贈るかを皇王が選んだのちに各省院でそれが相応しいか、検討する。

 最終的にそれでいいとなったら、その品を献上してきた領主に『前にもらった宝具を授章者にあげたいんだけどいいかな?』ってお伺いを立てて、『いいよ』って了承されて初めて『下賜品』として皇国の財産から外れる。


 分配が可能な食品などは『皇家』で消費されねばならない。

 皇王家族が召し上がるだけでなく、王都にお住まいの皇家傍流の方々へも振る舞われる。

 そして彼らが『これはいいね!』と領主に感謝状とか出したら、その品の格が上がり『皇家傍流◯◯様お墨付き!』という宣伝文句がうたえるようになる。


 皇王の独断で分配を偏らせる……なんてことは、今までの皇王がしたことないだろうから細かい取り決めがなかった可能性はある。

 だが、流石にその分を減らしてはいないだろう。

 今回俺に送ろうとしている分は、傍流家達に配り終わった後の皇家で食べてねって分だとは思うが、それだって全然関係ない他人に送っていいものではない。

 その上、それだけではたいした量ではないし、俺がうっかり神聖魔法師なんてものだから『献上させたらいーじゃん』なんていうことを、よく考えもせずに口にしたのだろう。


 ……絶対に陛下、各省院の貴族の方々やお勤めの方々から大顰蹙を買っているに違いない。

 まだ臣民自体に被害が大きく及んでいなくてよかったが、このことが臣民に漏れたら『稀代の馬鹿王』とか呼ばれちゃうかもしれない。

 既に俺の中では、その呼称である。



 さて……大見得切ったはいいが、カカオはかなり問題だ。

 まだ在庫はあるから、夏場はチョコ系を出さないようにすれば来年の春くらいまでは大丈夫。

 しかし、今年中に少しでも調達できないと、来年以降のスイーツ部にとって大打撃となってしまう。

 春の収穫分は、おそらくもう間に合わないだろうから、秋口の収穫分を少しでも買い付けできれば……


 あっちの世界でカカオを買ったことがあれば、【金融魔法】で買えたと思うんだが、残念ながらカカオはこちらの物だけしか手にしたことはない。

 こっちのは【金融魔法つうはん】購入の対象外なんだよなぁ……

 でも、買えたとしてもあちらの世界の素材には『魔力』が全くない。

 こっちで作って、美味しいと感じる人がいるかどうか……微妙だ。


 調味料とか酒は大丈夫だったから、チョコレート菓子として売っているものを買えばいいのかもしれないと、いくつか出して父さん達に食べてもらった。

 しかし、なんだか甘いだけ……と微妙な顔をされてしまったのである。

 あちらの加工品で、魔力が全くないものだからかもしれないけど……日本酒はどうして平気だったのだろう?

 発酵食品だからかな?

 チョコも発酵しているはずだが……加工品は混ぜ込むものの問題だろうか?


 今まで俺が作ったチョコでも【文字魔法】で出してしまうと完璧に『青』のみしか出ないので、複製したカカオでチョコを作ってみた。

 だが、やはり圧倒的に『青』が強く、今までのような『赤』や『紫』がほぼ出てこなくなってしまった。

『紫』を単品で出せるのが今のところチョコレートだけだったので、食べた時にかなり味に違いが感じられてしまうかもしれない。


 どのやり方をしても、『ショコラ』そのものの評判を落としてしまう可能性がある。


 いかん、前向きに考えよう。

 まずはカタエレリエラの農家か、カカオ加工工房への伝手を探っていこう。

 俺は、外門工事をしている南西門にセルゲイスさんを訪ね、カカオ農園の整備工事で知り合った農家がいないかを聞いた。


「農家ぁ? いやぁ……俺達が受けた依頼はご領主様の『農園大整備』だったからよ。農家とは全然、会ってもいねぇんだよ」

「ご領主様先導の農園って、皇家に『献上品』を届けている所?」

「ああ、そうだ」


 それは、だめだ。

 そこから買い付けたりしたら『陛下からの物を断ったくせに、同じものを買うとはどういうことだ?』ってなる。

 そして下手すると『皇家に反意があるからではないか』なんて、勘ぐられるかもしれない。


 絶対に別の所から仕入れなくてはいけないのだが……セルゲイスさんの話によると、地域振興産業として、十年ほど前から領主がカカオ栽培と加工を奨励している。

 多くの農園がそのプロジェクトに参加していて、農園入り口にはカタエレリエラ領主・ヴェーデリアの『銘紋』が掲げられているという。

 つまり……殆どの農家は『献上品』と関わりがあるのだ。


 あ、なんか、いきなり詰んだ?

 ううう、なんとか起死回生の一手はないものか……



 本当は俺が、現地に行って調べるのが一番いいことなのだろう。

 実際、真珠貝返還で一度はカタエレリエラの海岸近くにいっているので、転移でサクッと行ってしまえるのだが……流石にそれは余りにも悪手である。

 かといって、何日もシュリィイーレを離れるようなことは、絶対にしたくない。


 俺はいつでも、安心安全の地元町に居たいという『広範囲型引きこもり』なのだ。

 ちゃちゃっと日帰りができないなら、行きたくない。

 ああ、でもカカオ……!


 ガイエスに頼めないかなぁ……なんて、方陣GPSで現在地を確認したら……東の小大陸から更に東のペイエーレル島に渡っていやがった。

 無人島だろーが、あそこ!

 迷宮でもあるのか?

 方陣で、カシェナの町とかと行き来してるんだろうなぁ。

 機動力高いな、あいつ。

 ……これは、送ってくる鉱石がめちゃくちゃ楽しみである。

 はっ!

 違う違う!

 カカオだよ、カカオ!



 南西門から思案しながら歩いている帰り道で、ベルデラック工房製の『湧泉水筒』が売られている店を何軒か見た。

 順調に売れている様子だ。

 ベルデラック工房からも近々、碧の森入口近くでも燈火と一緒に売り出されるという話を聞いたので広まるのも早いだろう。

 量産体制、頑張ってください。

 なるべく多くの人に手に入れて欲しいからね。


 外門改修も手つかずなのはあと一カ所、南門だけで、そこも十日以内には着手されると言っていた。

 夏が本格化するこの時期に、なんとか七カ所の避難所は間に合うだろう。


 懸念されていた魔虫被害の報告は全くなく、今年は白森にも西の森にも角狼の姿は殆どないようだ。

 魔効素が穏やかに満ち、錆山も碧の森も安定している。

 水の心配も、ほぼなくなった。


 やっと、穏やかに平和な日々を過ごせるのだ。

 そんな素敵な状態だというのに、心の栄養であるスイーツ不足なんて事態は絶対に避けねばならない!



 激混みのランチタイムとスイーツタイムを乗り切り、今度は東の大市場へ。

 サラーエレさんに、カタエレリエラでカカオ農家の知り合いがいないかを確認するのだ。

 これで駄目なら……覚悟を決めて、俺がカタエレリエラまで探しに行くしかないだろう。


 いざとなったら【祭陣】を【方陣魔法】として表示して、方陣門移動できるんですよ、って偽装するのもありかな。

 いや、飛んでいった先に『門』の札貼って移動するってのも……うん、どっちかっていうとこっちだな。

 越領移動さえ気をつければ、それで大丈夫だろう。



「カカオ、欲しいの?」

「はい。サラーエレさん、持ってこられますか?」

「んー……ムリ」

「……お知り合いとかは、いないですかね?」

「『お知り合い』はいないねー」


 終わった……


「おにーちゃんがいるねー」


 は?


「私のおにーちゃん、カカオ作っているのね。沢山はないけど」

「そ、それっ! 買わせて貰えませんか?」

「でも、持ってこられないのねー。ワタシ、春の収穫前にシュリィイーレに来ちゃうの。戻るの、秋のお祭り終わってから」


 ゆ、輸送問題か!

 春はまだ収穫されていないから持ってこられず、秋にはあちらに戻ってもシュリィイーレには来ない。

 冬のうちに秋の収穫分は、売れてしまう……ということだ。


 カタエレリエラは遠い。

 簡単に行き来できる距離じゃないけど、あちら方面にはレーデルスから馬車方陣がある。

 しかし……越領ごとにその運搬費は高くなる。


 レーデルスのあるエルディエラ領と、コレイル領を越えた先がカタエレリエラ。

 だが、サラーエレさんのお兄さんの農園は、カタエレリエラの最南端の町・テルレオネ。

 どう見積もっても最低三回は、長距離の馬車方陣を使わねばならない。

 一般人が使う馬車方陣は別の領地に直接入る越領ができないから、領境を跨ぐ度に別の馬車方陣を使うことになる。

 少量の輸送だと、はっきり言って大損以外のなにものでもない。

 かといって……うちで使用する一年分の量と言っても、たかがしれている。


「タクトにねー、買って欲しいけど、おにーちゃんの農園、ちょっと採れる量が少ないのねー」

 聞いてみると、うちが一年で使い切る量よりちょっと少ないくらいがやっと……らしい。


 うわーーーっ!

 ますます好都合じゃないかぁー!

 専属契約したいー!


 待て待て、ここで深呼吸。

 すぅーーーー……はぁーーーー……


「いつもはどこに売っているの? 領内?」

「んー……領内ではー、売れないのね。他に作っている人、沢山いるし」

 え?

 じゃあ、どこへ?


「コレイルのレンテって町ね。加工してくれる工房があって、そこに売ってるの。……でもね、とても、安いのね」

 コレイル領のレンテって、たしか領の真ん中辺りにある、次官殿のいる町だ。

 てことは、二回は、長距離の馬車方陣を使っているはず。


「どうして、安いの?」

「……ワタシ達、帰化民だからねー」


 あ。

 ああ、そうか。

 帰化した他国出身者は、魔力が少ない。


 生産者の魔力が少なくては、畑や農園に使える魔力も勿論少なくなる。

 そうすると、できあがった作物も当然、保有魔力量は少ないのだ。


 そして、素材の魔力は加工されなければ、あっという間に放出されてしまい、劣化する。

 セラフィラントから食材がキラキラのままで届くのは、俺が作った『劣化防止機能付』の番重で運んでいるから。

 地産地消が根付いているのは、遠くから運ばれたものは魔力が少なくなってしまうからだ。


 魔力が少なくなった素材は『劣化していて美味しくない』のである。

 近くで採れた地元の物が『一番美味しい』。

 採れたその場である程度の加工が魔法でできるのであれば、素材の劣化を防ぐことができて魔力も割と保持される。

 だが素材そのままだと、時間と共に魔力量はぐんぐん減ってしまう。

 もしかして、長距離方陣を使わずに数日かけて運んでいるのだとしたら、買いたたかれてしまうのも解る。


「んんん、違うのね、おにーちゃんとおねぇさん【収納魔法】使えるの。だからそれで運んでいるのね。だけど、重いから沢山は運べなくて、何度も行ったり来たりなのね」


 そっか、加工できないからカカオポッドのままで運んでいるのか。

 カカオから放出してしまう魔力を抑えるには、【収納魔法】使用はとても有効な方法だ。

 でも、複数回ピストン輸送しているのだとしたら、やっぱり魔力は抜けてしまうだろう。

【収納魔法】から出した途端に、放出が始まってしまうはず。


「……もし、輸送の問題が解決できたら、サラーエレさんのお兄さんからカカオを売ってもらえるかな?」

「おぅ! それはおにーちゃんもおねぇさんも、とても喜びだと思うの! ふたり共、タクトのお菓子、大好きなのね!」


 よしっ!

 これはスイーツ部・チョコレート菓子全般にとって最後の、細い細い命綱だ。


 俺が大冒険(ただの買い付け・しかも国内)に出ねばなるまいっ!

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