第348.5話 ルーエンスとティエルロード
「ふぅ……やっぱり遠いねえ、シュリィイーレは」
「越領門が使えないですからね。王都からですと」
「……それもこれも、殿下の……あ、いや、不敬だな。これは。」
「……凄かったです、いろいろと」
「まいったなぁ、想像以上だったねぇ、タクトくんって」
「セラフィエムス卿は、随分と慣れていらっしゃるみたいでしたね」
「つまり、いつもあんな感じってことさ。今年、二十八歳になるんだっけ? そら恐ろしいなぁ……適正年齢までに、一体どれほどの魔法と技能を習得するのやら」
「やはり『知識量』が違い過ぎます。あの『南洋の再現』といい、伝統工芸とか、部屋の作りも全て『知識』があるからこそ、魔法があれほど見事に展開できているということなのでしょう」
「幼い頃からかなりしっかりとした教育を受けていたってのは聞いていたけど、範囲が広すぎるよ。貴族の中にどれほど、あそこまで鉱石や食材のことなど知っている者がいるって言うんだ? その知識があるから、食事が加護に関係しているなんてことが突き止められたのだろうね」
「あの魔眼は素晴らしいです……! 瞳の輝きに揺らぎがなく、まさに『真の姿』を捉えているのですね」
「それにしても、美味しかったですねぇ……菓子……」
「桃の菓子は絶品だった! それと、乾酪と
「今日ほど【収納魔法】があってよかったと思った日はございません」
「あ、タクトくんから預かった、えーと『番重』か。それ、後でリバレーラまで運んでもらうから、ちょっと持っててね。重いかい?」
「大丈夫です。あの重ね箱、全然重みを感じないのですよ……結構大きいし、六段もございますのに」
「宝具なんだろうなぁ、あれも……軽いし、入れたら食品が劣化しないってファイラスが言ってたから。タクトくんの魔法付与は、我々の常識とは全然違う使い方なのかもしれないね」
「すぐにリバレーラへ参りますか?」
「そうだな……この後すぐ……あ、法典も入れてるよね?」
「はい! あの神書が今、私の中にあると思うだけで、いつ死んでもいいって思えます」
「それは出して」
「……」
「ティエルロード」
「はぁ……」
「嫌そうにするなよ! 『法制の』なんだからね!」
「幸せなひとときでございました」
「まったく……!」
「でも、何度拝見しても素晴らしいです」
「本当だねぇ。ふふふっ、もう一冊も楽しみだなぁ!」
「これ、陛下に御璽をいただくのですよね? 保管も皇宮なのですか?」
「いいや、これは『魔法法制省院所蔵』だよ。ほら、ちゃんとタクトくんに書いてもらっているからね! 皇宮には原書があるんだし、元々タクトくんが好意で製本してくれたものだからね!」
「あっ、気付きませんでした……! よかったですー!」
「これを見たら、聖神司祭様方はタクトくんに正典を書き直せ、なんて言い出すかもしれないね」
「タクト様に書かせる理由はありませんよ。既にタクト様の書かれた御璽のある『正典原本』は、王都大聖堂にあるんですから、それ以下の物を作らせるなんて、それこそ不敬です」
「そういう冷静さをちゃんと持っているのは……多分、レイエルス神司祭くらいだろうな」
「自慢できないのは大変残念ですが、あまり表に出すべきではないということでしょうか」
「……自慢、したいけどねぇ……じゃ、先にリバレーラに番重だけおいてこよう。他にも対価になるもの、探さないと……いざとなったらお金で支払うしかないけど」
「いったいどれほどの金額になるのでしょう?」
「ちょっと怖いけど、この神書にはそれだけの価値があるからね」
「予算……足りないのでは?」
「分割ってできると思う?」
「……管理委員と検討致します」
******
「越領門って、本当に楽……」
「省院長、次に鉱石を採取するのは、どちらになさいますか?」
「うん、リデリア島に行って見ようと思ってね。定期調査に入るだろう? その時に」
「そうですね! あそこはなかなか入れませんから、この機会に我々も細かく調べるためにも」
「あの島だけにしかない物ってのもありそうだからね。『味の変わる果実』も探さないと……カタエレリエラ側の樹海の中も、入れるところまで探させてみよう」
「タクト様はカカオ……どうなさるのでしょう?」
「いくつか心当たりはありそうだけど、あの領地の物は殆どシュリィイーレに入って来ないから、難しいかもしれない」
「カカオが調達できなかったら、ショコラ・タクトは……?」
「『幻の菓子』になっちゃうかもしれないね。流石にそれはまずいかなぁ。皇室認定品が作られなくなるなんてのは」
「確かまだ皇宮の菓子職人達も、完璧には再現できていないと言ってましたよね? あああああっ! 私が食べる前に、なくなってしまうなんてっ!」
「カタエレリエラじゃ、ビィクティアムも手が出せないか……あそこのご領主は聖神二位だし当主同士の世代も全然違うから、付き合いはないだろうしなぁ」
「英傑も扶翼も女系ですから、尚更ですよね」
「カカオは僕が買ってでもまわしてあげたいけど、タクトくんに怒られちゃうよね」
「ええ。絶対に駄目ですよ。でも、生産者のことまでお考えになるなんて……タクト様の方がよっぽど……」
「ティエルロード、それ以上言っちゃダメだよ」
「……判っておりますよ。タクト様が、行政とか法政にいてくださったら……と、思ってしまいます」
「そうなったら、きっと、省院宮の庭は全部、畑や果樹でいっぱいになりそうだけどね」
「それが全部菓子になるのでしたら、大歓迎ですね」
「いや、流石にそこまでは……」
「では、わたくしは行政と財管にタクト様の意向を伝えて参ります」
「ああ、僕は陛下に手紙を届けて、法典二冊に御璽をいただいてこなくちゃ……」
***
「失礼致します! 魔法法制省院、ティエルロードでございます」
「あら、ようこそ補佐官殿」
「これは……ヴェーデリア財政管理省院副省院長閣下……!」
「こめんなさいね、うち、不届き者が多すぎて、今ちょっと人員不足気味なのよ」
「それで就任早々、副省院長閣下自ら……その、受付に?」
「たまには面白いかと思って。来る人みんな、もの凄く吃驚して楽しいのよ」
……「そりゃ、驚きますよ……」
「なんの御用なのかしら?」
「はっ! 『神聖魔法師様への献上品』につきましての、ご報告でございます」
「……ああ……あれ。すぐに送れ、とでも?」
「いいえ、神聖魔法師であられるスズヤ卿から直接ご意向を伺いましたところ、決して送ってきてはならぬ、と」
「はい?」
「そもそも『献上される理由がない』と仰せられ、王都、現地からの『無償』での物品の一切をご辞退なさるとの書状をお預かりして参りました。只今その旨、弊省院省院長リヴェラリムが陛下への奏上に参じておりますので、先にこちらと行政省院への口頭連絡を、とのことでございます」
「『無償』のものは、受け取らない……と? スズヤ卿は……どうしてそのような、陛下のご厚意を退けるようなことを?」
「スズヤ卿はカカオが、どれほどの手間と時間と技術を要して作られるかをよくご存知です。その努力の結晶を、生産者に何も報いずに受け取ることはできないと。そして、運ぶ者達へも正当な対価が支払われていないのであれば、運んではならない、と仰せでございました」
「……そう、ですか。なんと情け深い」
「スズヤ卿は改めてご自身で対価を用意して、カカオと米を調達するとのことですので、今後一切『献上』は無用であるとのことでございます。後日、改めて正式な回答がされますが、取り急ぎご報告に上がりました」
「承りました。感謝を伝えておいて……法制省省院長とスズヤ卿に」
「はいっ!」
***
「失礼致します! 魔法法制省院、ティエルロードでございます」
「あれ、珍しいね。法制の補佐官殿がこちらに来るなんて」
「……最近は省院長閣下や副省院長閣下が受付にいらっしゃるのが、流行なのですか?」
「僕らが忙しくなるのは、夕方からだからね。受付なんて、暇な者がやりゃいいのさ」
……「そういうものでもないと思うが……」
「で、何か?」
「はっ! 『神聖魔法師様への献上品』につきましての、ご報告でございます」
「あー、やっと来たのか。はいはい、量は決まったのかな?」
「神聖魔法師であられるスズヤ卿から直接ご意向を伺いましたところ、『献上』の必要はなく『無償』で送られてくるものは全て辞退する、とのことでございます」
「……辞退?」
「はい。只今その旨、弊省院省院長リヴェラリムが陛下への奏上に参じておりますので、先に行政省院への口頭連絡を、とのことでございます」
「ご本人が、そう?」
「はい。スズヤ卿は、対価を支払っていないものは受け取れない、と。全てご自身で調達なさるので不要とのことです」
「凄いね、カカオを……自前でかい?」
「これから、仕入れなどの交渉なさるご様子です」
「え? それじゃ、もしかしたら、今年はカカオが……入らないかもしれないってことか? ショコラ・タクトはどうなるんだいっ?」
「……未定、と仰有っていました」
「なんということだ! まだ食べていないのだぞ、僕は!」
「わたくしもです……神々に、スズヤ卿がカカオを手に入れられるよう、お計らいくださいと、祈ることしか……」
「……損失だ……あの菓子が
「同感です」
「今、カタエレリエラのカカオは、なかなか手に入らないぞ。ショコラ・タクトが認定品になってからというもの、生産が間に合わないほどの人気なのだよ、カカオは。まぁ、ショコラ・タクトと同じようなものは作られていないようだけど、カカオ自体が菓子として人気になっている。しかも、他国から全く入らなくなったから余計にね」
「ショコラ・タクトの人気のせいで、それをお作りになっている方がカカオを手に入れられない……と? なんと、馬鹿げたことか!」
「ああああーっ! どうして、僕にはカタエレリエラに友人も親戚もいないのだ!」
「……祈るしか……やはり、祈るしかないのでございましょうかっ?」
***
「……ありがとうございます、陛下」
「うむ……その法典は、皇宮に……」
「これは『魔法法制省院所蔵』でございます」
「で、では、しばらくの間だけでも」
「いいえ、所蔵場所から移動することはできません」
「法典をじっくり読みたいのだよ」
「皇宮には『原本』がございますので、どうぞそちらで。それと、こちらの書状をスズヤ卿よりお預かりしております」
「何、タクトから?」
「はい」
「これは……本当にタクトが書いたものか?」
「はい。スズヤ卿がわたくしの目の前で。文字をご覧いただければ、一目瞭然かと」
「そうだな。確かに、これほど美しい文字は、タクトにしか書けぬ。全て辞退する……と言うのか」
「『無償』では、生産者や搬送業者が立ちゆかなくなり、それはスズヤ卿の本意ではない、と」
「神聖魔法師なのだぞ? 献上品を受け取って然るべきであろうが」
「……スズヤ卿は陛下のご厚意に深く感謝しており、自分のために陛下の臣民に負担がかかることは望まぬ、とのことでございます」
「カカオがなくては、ショコラ・タクトは作れまい」
「ご自身で対価を支払って、調達なさるとのことでございました」
「まったく……これでショコラ・タクトが作れなくなったなどということになったら、タクトのやつ、許さんぞ」
「では、わたくしはこれにて……」
「ああ、タクトに送らなくなった分も王都に入れられんか?」
「……! それは、難しいかと……」
「なぜだ」
「こちらから『献上する量を増やせ』などとは、要求できません。『献上』は……強制できるものではございません」
「そうか。ならばよい」
「ご理解賜り、ありがとうございます」
「どうせカカオを手に入れることなどできんはずだから、少しでもこちらでとっておけば、泣きついてきた時に渡してやれると思ったのだがなぁ」
(ああああーーっ! くそっ、本当になんて方だ! スズヤ卿のお気持ちなど、何ひとつ判っていない!)
(取り敢えずは納得してくださってよかった……タクトくんにいい顔したいだけなのだろうが……やり方があまりに幼い……)
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