第348話 とんでも情報

 チーズサブレとピスタチオのクッキーを持って応接室に戻ると、ティエルロードさんが不思議そうにミニキッチンを眺めていた。

「あれ? 何か?」

「あっ! 申し訳ございません! ……どうしてここに、この流し台のようなものがあるのかと……」


 ああ、そっか。

 バーカウンターと食料保管庫を隠しちゃっているから、ミニキッチンの理由が解んないんだね。

 お茶を入れるために、扉を開けちゃってたからなぁ。


「実はこの部屋は、父さん達飲み仲間用の隔離部屋……というか、なんというか」

 そしてバーカウンターを展開して、食料庫を隠していたパネルを跳ね上げてみせると、ティエルロードさんよりルーエンスさんが食い付いてきた。


「うわっ、なんですか、これ! いいですねーっ!」

「簡単な折りたたみ机と折りたたみ椅子ですよ。ここ以外では絶対に酒を飲むなっていう、母の厳命がありまして」


「それで『隔離部屋』か。ほぉ、いろいろ揃ってるな」

「駄目ですよ、ビィクティアムさん。食べたら父さんに泣かれちゃいますから」

「……それは、まずいな。俺だとばれたら何を言われるか……今度、夕方に訪ねてこよう」


 いや、セラフィエムス卿と飲み会とか、おじさん達固まっちゃうから勘弁してあげてください。

 揃えている酒とつまみに反応しているのはビィクティアムさんだけで、他のふたりはグラスと食器を繁々と見つめている。


「タクトくん、これ、この綺麗な硝子……君の錬成かい?」

「はい。切子細工と言いまして、透明な硝子の上に色硝子を巻いて作るのです。俺の生まれた国の『伝統工芸』のひとつですね」

「やはり『伝統』を保つ物は美しいですね……この器で酒を飲んだら、美味しいでしょうねぇ……」


 ティエルロードさんは、お酒も好きなんだな。

 聖神三位の人は、お酒より甘味のイメージだったけど。


「ティエルロードさんの母君は、賢神一位……ですか?」

「えっ? どうしてそれを……?」

「お酒好きの方は賢神一位と聖神一位に多いんですよね、俺の知る限り。なので、そうかなーって」


「タクト、食の好みと加護神に関わりがあるのか?」

「ありますね。飲食で体力と魔力を補うのですから、加護神だけでなくその人の持っている色相魔法とも深く関わっています。その時に不足している『色』を持つ食材や料理を食べると、魔力の回復が早くなったり……」


 あれ?

 何故なにゆえ、皆さん静まりかえって……?


「もしや……それを、実際に……この食堂の料理に活かしていらっしゃる、と?」

「全部の食事という訳ではないですが、なるべく全ての色相が揃うように作っていますよ?」

 ビィクティアムさんとルーエンスさんが、めっちゃ真顔……ということは、この情報は……どなたもご存じない、ということかな?


「はぁ……まいったなぁ……そんなこと、今まで誰ひとり辿り着いていない『真理』だよ」

「魔力の『根源』に迫る事象、ですね」

「タクト、どうしてそれが解る?」


 そういえば、みんなにはまだ『キラキラしてる』としか言ってなかったっけ。


「俺の魔眼は『良いもの』が輝いて視えます。で、その『キラキラ』に、加護色があることが解りまして」

「……! 加護が、視えるのですか!」

「全部ではないですけどね。『良い状態のもの』だけは視えますよ。まぁ『良くないもの』には、もともと加護自体がないから視えないのかもしれませんが」


「水系魔法の青と、賢神一位の青の違いも判るのか?」

「はい。俺、色の見分けには自信があるので。俺の生まれた国では、伝統色だけでも千以上ありましたからね」

 インクカラーのおかげで、今でも常に数百の色を見慣れているしね。


「それで『青』と『縹色』の区別も付いたということか……おまえの魔眼、とんでもないな」

「そうですか?」

「そうですよっ! 神々のお与えになった魔力が判別できるということは、神の瞳と同じ『神眼』としか……!」


 おっと、当てられちった。

 実はそうなんですよねー……言わないけど。


「タクト、その色相の話は……」

「はいっ! お外ではいたしません!」

 解っているならいいが、とビィクティアムさんはまた溜息。

 ルーエンスさんもその方がいいね、と呆れ顔だ。


 うーん、そんなにやばいことなのかぁ……

 新人衛兵隊員の『食育プログラム』に、その辺りも入れようかと思っていたけど外した方が良さそうだな。

 今、解ってよかったな、うん。



 そして気を取り直したティエルロードさんから、コレイル領内陸部の鉱石をいろいろといただいた。

 まだ全部できあがっていないのに、報酬が先に来てしまうとは。


 おおー!

 やっぱり、全然錆山の物とは違う物が……おや?


「あの、これ、結構深い所から掘ってきてくださったんですか?」

「え? ああ、これは……はい、コレイルには深い谷がございまして、それはその谷底から持ち帰った物でございますね」


 谷……か。

「それで、深い所にしかない物が、地表に出て来ているんですね」

「特別な石……なのでございますか?」

「僕の目には、ただ単に黒い石としか」

「……単一素材のようだな。確かに錆山では見ないが」


 その谷はよく赤く美しい『柘榴石ざくろいし』が産出したと、ルーエンスさんが教えてくれた。

 ならば、確定だろう。

 俺はその石の中心辺りが見えるように割り、出て来た半透明の結晶を見せる。


「これは、金剛石ですね」

 ダイヤモンドである。

 炭素の単一素材で、柘榴石ガーネットの近くで発見されることがしばしばある。


「金剛石? あれは川底や、陸地に近い海底で見つかる物だろう?」

 そう、そういう場所でも見つかる。

 雨などで元々の鉱床から運ばれ、角が取れて丸くなった物が採れる。


「それは『二次鉱床』と呼ばれる場所で、これがあった場所は『一次鉱床』でしょう。角が取れていないので、どこかから転がってきたのではなく、そこに埋まっていた物です」

 二次鉱床の方が粒が大きいと聞いたことはあるが、この鉱石に含まれていた物は結構大きめだ。

 んー、でもこの石はちょっと高価過ぎるなぁ……


「これ、俺では宝飾品として使えないので……どなたかに差し上げても構いませんか?」

「勿論ですとも。こちらの品々は全て『対価』の一部としてお渡ししておりますので、どのようにお使いいただいても問題ございません」


 ティエルロードさん、言葉が固いなー。

 仕方ないのかなぁ、法制の人だし。


 それにしても、コレイルはダイヤモンド鉱床があるのか……

 他の領地より小さめで狭いけど、もの凄い価値のある土地なんだなぁ。

 錆山でもダイヤモンドは裏側の谷で出るけど、あっち側に回るのが大変なんだよな。


「折角だから、切り出し成形をしてみましょうか」


 おおー綺麗な結晶の形が見えるぞ。

 えーと、劈開方向に注意して……うん、ちょっとこれは今の俺の技術での加工だと、すぐにはできそうもないな。

 今回は【文字魔法】でカットと研磨をしてしまおう。


 あ、そーだ。

 一度だけ見たことがある『星形カット』ってやつにしてみようかな。

 ブリリアントカットみたいな外見なんだけど、真上から覗くと星が見えるってのをテレビで観たことがあるんだよねー。

 できるかなー……おっ、いい感じじゃないか?


「星……」

「やっぱり、九芒星は無理ですねー。今の俺には『五神の星』までしかできないです」


 五芒星も『五神の星』と呼ばれ、とても人気のあるモチーフだ、

 俺が初めてレンドルクス工房で作ってもらったケースペンダントでも、結構人気が高かった。

 臣民には九芒星より、こちらの方が馴染みがあるからかもしれない。

 そーだ、ケースペンダントと言えば……


「ルーエンスさん、ちょっと前にファイラスさんに身分証入れを預けたのですが、既に皆さんのお手元に?」

「ああっ! ごめん、代金を渡すの、忘れていたよ!」


 慌てて懐からお金を取り出すルーエンスさんに、ビィクティアムさんがきょとんとしていた。


「代金?」

「そ。タクトくんに、身分証入れを譲って貰ったの。聖神司祭様方が煩くてさー」

「正規の価格で販売いたしました」

「そうか。それならばいい。あの方々は名誉だとか称号を授けるとかばかりで、ちゃんとした対価を支払うという癖がついていないからな」


 だと思いましたので、しっかりと請求書を発行いたしましたよ。

 支払いの金額に了承したことを示すために請求書に署名してもらい、代金と一緒にサインが入った受取書をご返却いただいた。

 どうやら皆様少々戸惑っておいでだったようですが、キッチリ回収してくださったようで……おや、ふたり分、足りない。


「ひとりはサラレア神司祭で、いまちょっと王都にいらっしゃらないんだ。お戻りが再来月の予定だから、僕がちゃんと回収する。あともうひとりは……陛下……なんだよねぇ」


 ちらり、とルーエンスさんがビィクティアムさんを見る。

 どうやら敢えて無視しているようで、ビィクティアムさんは全くルーエンスさんと目を合わせない


「タクトくん……僕が払っちゃ、駄目?」

「……回収しづらいってことですか?」

「うん。正直言うと、仕事以外で関わりたくないんだよね。あの方は悪意は全くないんだけど、どうも……天真爛漫というかお気楽というか……苦手なんだよねぇ」

「省院長っ」

「ビィクティアムとタクトくん相手に、取り繕ったって意味ないだろ?」


 あー……そうかもね。

 皇家の方々はそういうところもきっと魅力なんだろうけど、感情が表に出やすいってのはなんだか解る。


「解りました。じゃあ、今回はそれで。ですが、今後このようにどなたかが立て替える……なんていうことでしたら、お断りしますからね?」

「うん、ありがとう。助かるよ……『代金を払う』ってこと自体、全く思い至っていない人だから説明しづらくって」


 皇族だって私財は持っているよね?

 陛下が払ってないってことは、エルディ殿下のご婚約者三人分と、妃殿下の分は……ご本人が払ったのか?

 いや、エルディ殿下かな?


 ん……?

 あ、なんか、ものすごーく嫌な予感がするぞ。


「俺の所に送られたカカオと米って……ちゃんと皇家の『私財』から支払いがされているんですよ……ね?」


 ああっ!

 ルーエンスさんとティエルロードさんから表情が消えて、サイレントモードにっ!


「おい、ルーエンス……まさか献上品の横流しではあるまいな?」

 ビィクティアムさんが睨むと、さっと視線を外すルーエンスさん。

 これ、やばいことでは?


「……言っちゃっていいかな? ティエルロード」

「言っちゃいましょうよ……この際」


 なんと、なんと!

 ふたりから語られたことは俺とビィクティアムさんを驚愕させ、呆れさせるのに充分だった。


 去年の米とカカオは市場に出回った物を『国の予算』で買い付けており、今年準備しているカカオは皇家への献上品の横流しを計画しているというのだ!

 米は……まだ指示が出ていないらしいが、同じような状況だとしたら……


 しかもカカオについてはそれだけでは足りないからと、俺に、『神聖魔法師』に『献上せよ』という要請が出ている……と?

 あり得ない……!


 臣民の税金を使わせてしまっただけでなく、生産者に苦労して育てた作物を無料で提供させ、多くの人の手を介して運ぶ業者に運賃も人件費も一切払わずに!

 作った物が正しく売れなくては、次に作り出すことができなくなるではないか!

 物流に正当な対価が支払われなかったら、経済に大打撃!

 一次産業の衰退と物流のモチベダウンは、国家の損失だ!


 皇家への『献上』は、税金ではないし義務でもない。

 各生産者から『いいものができたから皇王陛下に差し上げたいです』と領主様に報告が上がり、領主が『いいね!』って思ったら『うちの領地の自慢のものです!』って皇家にお届けするのだ。


 そして皇家が『素敵!』って思ったものに『認定品』というお墨付きを与え、生産者達は『皇王が好きだって言ったものだよ、いいものだよ!』って売り出して臣民達にいっぱい買ってもらう……ということなのである。

 基本的に献上は『お裾分け』であり、もう何年も献上なんてしていない領地だってあるのだ。


 その本来臣民からの好意で行われるべき『献上』を、強制だとっ?

 しかも、辺境の見ず知らずの魔法師にまでっ?

 なんという非常識なっ!


「それ、もう生産者に話が通っちゃっているんですか?」

「ううん……言いづらくて……法政と行政で止まってる……けど、そろそろ言わないとなー……って。財管からもせっつかれてるし」

「絶対に言わないでくださいっ! 米もカカオも、どちらも却下でっ! 絶対に、余分に献上なんてさせないでください! 国庫からの支払いもダメ! もう、王都からは一切、送ってこないで!」


 冗談じゃない!

 俺が、生産者様達の迷惑になってしまうなんて!


「しかし……」

「俺が反対したことにしろ」

「セラフィエムス卿……!」

「それが一番、角がたたんだろう」

「いいえ、ビィクティアムさん。駄目です。陛下と殿下には必ず『俺が』拒否したと伝えてください。カカオと米は俺自身が仕入れることにしたから、と」


 この件には絶対にビィクティアムさんだけでなく、他の誰も巻き込んではいけない。

 もともと俺と皇家の方々との口約束だけであり、国庫や臣民の好意をあてにしていいものではないのだ。

 その『個人的な取引』に、ビィクティアムさんが口出しして止めたなんてことになったら、あらぬ疑いをかけられる可能性がある。


 俺はその場で陛下と殿下宛てに感謝状と、今後の計画についての手紙を書き、ルーエンスさんに預けた。

 断ったからって、不敬罪になるなんてことはない。


「陛下と殿下には『新しいものを作るために自分で材料を見つけたいから』ということで、今後のご支援を辞退すると書きました。ですから、絶対に献上品を送ってこさせるなんてことは阻止してください」

「……解った。ありがとう……」


「大丈夫か? 陛下のお怒りを買う可能性もあるぞ?」

「俺のせいで多くの方々に迷惑をかける方が、嫌です」

「ならば、米はセラフィラントで用意しよう。ヘストレスティアに売っていたが、最近買いたたくようになってきていてな。国内で売れるとなれば、こちらも強気で交渉できるようになる」


 米はイスグロリエスト国内ではたいして売れないから『買ってやっている』感が強く、要望がエスカレートしているらしい。


「それじゃあ、米と糯米をお願いしたいですね。保存食でも『ごはん』を使った料理の需要が、結構増えていますから」


 東市場でもちらほらと売っている店が出て来ているし、米を使った料理はこれから外門食堂でも出される機会が増えそうだからな。


「カカオは……どうなさるのです?」

「そうですねぇ、カタエレリエラ……かぁ」


 取り敢えず、サラーエレさんに聞こう。

 カカオバターを売っていたくらいだから、伝手はあるかもしれない。

 それと、セルゲイスさんとヴェルテムスさんだな。

 カカオ農場や加工工場の建設に携わったって言ってたから、生産農家と繋がりがあるかも。


 はー……冬までショコラ・タクトを作らないことにしてて、本当によかったよ。

 最終手段は……【文字魔法】での『複製』だが、できるだけそれはやりたくないんだよなぁ。

 俺の魔法で複製した物は、全部『青』になっちゃうんだもん。

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