第347話 神書、爆誕?
「お待たせいたしました」
あれ?
皆さんが随分と驚いた顔を。
「そっちにも扉があったのか」
そうか、予想してない所から入って来たんで吃驚したのか。
「すみません、食堂側だと人が多いから運びにくくて。工房側から来ちゃいました」
本日のスイーツは、今季初もの『丸ごと桃のムース』でございます。
種を取った桃の真ん中をムースと生クリームで埋め、舟形にカットしてカスタードクリームのトッピング。
激甘でありながら、さっぱりと果実の風味が感じられる贅沢仕様となっております。
リヴェラリム家門は賢神二位だから緑、ティエルロードさんは胸元のキラキラで聖神三位みたいだから赤。
そしてビィクティアムさんは、青が加護の主色。
木の果実である桃は『緑』、火を通して作るムースとカスタードクリームは『赤』、俺の魔法で作ったホイップクリームは『青』。
皆様にお喜びいただけるはずの組み合わせでございますよ。
「うん、旨いな」
口調は冷静だけど、にこにこビィクティアムさん。
「ふぁうぁぁぁー……美味しいー」
あ、ルーエンスさんはやっぱりファイラスさんのお兄さんだね。
変な音、出るみたい。
「…………」
ティエルロードさんは……泣いてるし。
でも笑ってるし。
「夢のようです……!」
「ティエルロードは、すっごくタクトくんのお菓子が好きだからねぇ」
それはそれは、光栄ですよ。
この間ルーエンスさんがお土産に買っていった、
「あ、法典ですが、二冊だけ終わっているので先にお渡ししてもいいですか?」
「はいっ!」
おっと、ティエルロードさんが我に返ったらしい。
お仕事モードに切り替わったみたいだ。
製本してあるものと、複写用のバラのものをそれぞれお渡ししたら法制の二人の動きが止まった。
そしてビィクティアムさんも、ルーエンスさんの手元の法典を覗き込んでいる。
「タクト、この製本はおまえがやったのか?」
「はい。結構綺麗にできたと思うんですけど……」
「『綺麗』なんてものじゃありませんよっ! 『美麗』というか、『壮麗』というか! こんな素晴らしい書物は初めてです!」
ティエルロードさん、大興奮だな。
気に入ってもらえたみたいで良かった。
今回は『魔法法制省院所蔵書』って言われていたので、ちょいと凝った装丁で作ってみました。
ハードカバーで、表紙と背表紙は金の箔押し文字。
花布もつけて高級感アップ。
表紙、裏表紙の角は、ちょっと豪華目のレリーフを施した角金で補強。
見返しも限界まで薄くした羊皮紙で、透かしを入れて作ってある。
ここまでやったら更なるグレードアップということで、小口にも金を。
こうすると羊皮紙の魔力保持力が格段にアップしたのは想定外だったが、法典なんだから魔力は多い方が良いだろう。
基本は『三方金』仕上げだけど、前小口だけちょっと細工をしてある。
「机の上に置いて、表紙を開いてください。そうすると、前小口の所にも文字が出てくるんですよ」
中の紙がずれる事によって浮かび上がるように、二重に書いているのだ。
タイトルの他に九芒星も浮き出るようになっている。
全体の羊皮紙をもっと薄くできれば、もうちょっと綺麗に浮き上がるんだけどこの薄さが限界だったんだよなー。
「こんな……こんな装丁、初めて拝見いたしました……!」
「ああ、俺も見たことはないな。タクト、おまえの国ではこういう本があったのか?」
「俺の持っていた何冊かの本に、こういう装丁のものがありました。前小口は絵画が浮かび上がるものもありましたが……俺には描けないので」
ルーエンスさんが『魔法師法全書』を、ティエルロードさんが『イスグロリエスト皇国法』を抱きしめ、今にもほおずりしそうな勢いだ。
そんなにお待たせしてしまっていたとは……『皇族貴族典範』も、もう少しで完成します。
すみません……今しばらくのご猶予を。
「あの、宜しかったら、別のお菓子も如何です?」
ここはちょっと、ゴマをすっておこう。
「ああ……もし乾酪の焼き菓子があったら、それが良いな」
はいっ!
勿論でございますともー!
……ビィクティアムさんのリクエストだが、これで法制省院のご機嫌を取ったことになるのか?
まあ、いいか。
茉莉花茶と一緒に、ご用意いたしましょう。
再び 応接室の三人 〉〉〉〉
「こんな、こんな素晴らしい仕上がりになるなんて、思ってもいなかったよ……!」
「嬉しいです……っ! これが、この本が、我が国の法典であるということがこれほど嬉しいなんて……!」
「あいつ、こんな製本技術まであったのか……おい、ルーエンスちょっと見せてくれ」
「やだ。これは法制のだもん。触らせたくないもん」
「同感です」
「……おい」
「あ、冗談だよ、ビィクティアム。はい。でも汚さないでね」
「表紙の金文字や小口は……やはり、本物の金を使っているんだな。たいした技術だ……全く金の輝きを損なわずに細工まで」
「あの銀色に浮かび上がる文字と九芒星! 美しいなんて表現じゃ足りないよ」
「中の文字も、本当に素晴らしいですねぇ……文字のひとつひとつがこんなにも麗しいと思ったのは、生まれて初めてです」
「タクトくんに頼んでよかった……! これは魔法法制省院の『宝具』だよ!」
「……」
ぽとん
「ああああああーーーっ! ビィクティアム! なんってことを!」
「こっ、紅茶っ、紅茶をーーっ?」
「やっぱり……」
「染みに、なっていない?」
「え? だって、今確かに、紅茶がかかったじゃないですか。え?」
「タクトが書いたものは『穢れることもなく、改竄もできず、壊れることもない』……これにも『正典』と同じような効果があるみたいだな。いや、全ての装丁をタクト自身がやっているから、こっちの方が強力かもしれん」
「……『神書』……!」
「そういっても差し支えないだろう。【文字魔法】の他に、神聖属性の技能や魔法で書かれているのだろうから」
「では……まさか、あの『審判』まで、できる……とか?」
「さあ、それはどうかな。これは『神々の言葉』ではなく、人の作ったものだからな」
「あ、ああ、そうか、そうだね。神の言葉ではない。神々がご判断される事柄では、ないからな」
「この文字で綴られた『法』が、これからのこの国の規範になる……それは、何にもまして誇らしいことです……!」
「本当に書き替えられないのかなぁ……ティエルロード、ちょっと筆記具、貸して」
「えっ! 嫌ですよ! この『神書』を傷つけるような悪事に手を貸したくないですっ!」
「大丈夫だよ。きっと、書き替えなんかできない」
「本当ですか? 本当に、本当でしょうね?」
「俺のを使うか?」
「……! いいえっ! セラフィエムス卿に悪の片棒を担がせることはできませんっ! はいっ、どうぞっ!」
「悪って……まぁいいけど。じゃ、ちょっとこの辺に書き込んでみよう……」
「……」
「……」
「うわぁっ! ドキドキするっ! 怖いっ!」
「なら、止めればいいんじゃないのか?」
「止めないよっ……」
カリ、カリカリッ……
「あ……消えた」
「そうだろうな」
「凄い……本当に書き込めないし、文字の上なんて傷も付かない! 紛れもない『神書』だよ、これは!」
「書き替えも追記も、タクト以外はできないのだろう。そうか、途中を抜くこともできんな。抜いたり増やしたりしたら、小口の模様が崩れる」
「とじの近くで切り取ることも差し替えもできない……そういうことまで考えられた装丁、という訳だねぇ」
「『何ものにも揺るがぬ』……法というものを体現した、これこそが『法典』の書ですね……!」
(これは……また教会の方々が、羨ましがるんだろうなぁ……聖神司祭様方が騒ぎ出さないといいが)
「……これ、絶対に対価が見合っていないと思うのですが……」
「葡萄と大豆と貝は増やしておく。それと、とにかく、全力で全領地の石を集めよう!」
「はいっ!」
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