第346話 応接室、初来客

 応接室バー完成を母さんに披露したら、この部屋での飲み会開催時間を区切られた。

「飲み始めるのは、食堂の夕食時間が終わってから。居心地いいからって朝までいたら、その後五日間は、飲み会禁止よ」

 父さんに反論の権利はない。

 ルールの徹底を約束させられ、なんとかお許しをいただくことができたのである。


 それから、三日。

 ここのところ二日に一度は来ていた『飲み会おっさん』達が全然来なかったので、父さんに聞いてみたら……


 先日の『青シシ盗み食い事件』を、各ご家庭で奥さんやら娘さんやらにこっぴどく叱られたらしい。

 その上、一切片付けもしなかったということが翌日の夕方にばれて、暫く飲み会禁止を言い渡されてしまったというのだ。

 まぁ、仕方ないが、ちょっと残念……バーカウンターのお披露目は、少し先になりそうだ。


 だがその翌日、初めてのお客様をお迎えすることとなった。

 昼食を食べに来てくれたビィクティアムさんが、ランチタイム激混み時間だったせいで座席がなかったのだ。


 家で待っていると言ってくれたのだが、折角来てくださったのだし応接室を見てもらいたかったので、急遽『VIPルーム』としてご案内したのである。

 当然、ここでの会話も誰が中にいるかも、外からは一切視ることも聴くこともできない完璧セキュリティなのである。

 だって、お客様として来る人は絶対に会話が聞かれると困るお偉いさんだろうし、飲み会のおっさん達の声や酒の臭いが漏れたりするのもまずいからね。



 驚いてはいたようだが、ビィクティアムさんは俺の魔法にもリフォームにも慣れているのだろう。

 特に大きなリアクションはなかった。

 ちょっと、残念。


「……充分、驚いているぞ?」

「そうですかぁ?」

「海の中の再現……と言っていたが、こういう『珊瑚の海』を見たことがあるのかと思ってな」


 あ、そーいえばそーだね。

「昔、南の海で見たこと、あるんですよ」

 テレビとか動画とかで普通に見られるものだったんで失念していたけど、こんな南国の海底なんて実際に見た人は殆どいないよね。

 やべー、やり過ぎたなー。


「そういえば前にも、知り合いが南国の魚を釣って食べたことがあると言っていたな……その時か。それで珊瑚のこともよく知っていた訳か」

 ……納得してもらえたみたいで、よかったです。

「これは、褒賞の珊瑚か?」

「はい。これを作って、やっと全部使い切った感じですね。クズ珊瑚なんて、沢山あったってどうしようかと思いましたけど」


 うちの真珠貝アコヤくん達に入れる『核』として、ちっこい粒は結構残しているけどね。

 おや?

 ビィクティアムさんが、なんだか安心したような?


「おまえが『光の苑球』なんて物を作って、他のやつらにもばらまくんじゃないかとヒヤヒヤしたが、それはなさそうだな」

「……テルウェスト司祭とメイリーンさんには、あげちゃいましたけど……」

 食堂と物販スペースにも、ひとつずつ飾っているし。

 あ、それは自宅扱いだから平気か。

「教会と婚約者なら、問題あるまい」


 そう。

 先日、父さんに偉そうなことを言っておきながら、俺自身もやっていたのだ。

『貰い物だけど、自分の物なんだから他にあげちゃってもいいよね』ってのを。


 あげちゃったとしても内心で『ええー?』って思われる程度で、怒られはしないと思うんだけど、自分があげたものを別のものに改造されて他の人に贈った……なんて、俺だったら……やっぱ凹むなって。

 しかし残っている珊瑚をなんとか使うにしても、クズ珊瑚なんてアクセサリーにしたって自分じゃ使わないので困っていた。


 だから、この『珊瑚礁再現』は渡りに船だったのである。

 みんなにも見てもらえるし、俺の家に飾っているのだから文句も言われないだろうし。

 本当に、褒賞とか、面倒極まりない。


「それと、もうひとつ」

 はて?

「方陣魔法師だという冒険者から『沢山方陣を手に入れた』と言っていたが、おまえが書き直した『方陣の魔法』を無闇に使うなよ?」

「無闇に使うつもりはないですが……もしかして『神聖陣』扱いってやつですか?」

「それもあるが、冒険者が持っていたのであれば、攻撃系も数多くあっただろう。そういう方陣が、おまえの手直しで『誰でも簡単に』使えるようになるのは、まずい」


 ああ、そうだよねぇ。

 方陣札の攻撃魔法って、初めてビィクティアムさんに会った時に俺が作って使った『陰陽師っぽい札』に似た効果だろうからね。

 あの時も、めちゃくちゃ警戒されてたよなー。


 当時より俺の【文字魔法】は格段に強力になっているし、今の俺には神聖魔法なんてものまである。

 俺が作った方陣で、攻撃系がより強くなってしまうのは目に見えている。


 それが、臣民にも簡単に使えたり、少ない魔力しかない他国の人にまで使えてしまったら……そりゃ、警戒も厳しくなるってもんだ。

 ガイエスの炎熱は、どれくらいの威力なんだろう。

 ちょっと見たいな。


 俺は、ガイエスから教えてもらった攻撃系の方陣についての情報を開示した。

 明らかな攻撃魔法は、炎熱と雷光のみ。

 応用で攻撃できるのは【土類魔法】と【制水魔法】そして【旋風魔法】くらいだ。

 でも、俺が書き直したら……多分全部、相当強力な攻撃魔法になる。


「だいたいは初等魔法だが……これで戦っていたのか。方陣魔法師でなかったら、たいした攻撃力のないものばかりのようだな」

「ただ、炎熱は『魔虫・魔獣に特化』したもので、わりと強力な魔法のようです。その他には、効きが悪いみたいでしたけど」

「特化?」

「この間、魔虫退治のために毒を分析して解ったんですけど、魔虫や魔獣って特定の物質をもの凄く沢山血液内に含んでいるみたいです」


 そう、『似硼素じほうそ』と表示されていた物質だ。

 正確には『限りなくホウ素に近い』というもので、錆山で採掘した結晶や、人体に含まれている物とはごく僅かな違いがあった。

 自動翻訳では、俺が知っているものと最も近い同系のものとして『似硼素』と表示されたのだろう。


「これが、その炎熱の方陣です。ここに書かれているこの単語がその物質の名前で、魔虫と魔獣にのみに含まれているようです。ただ、植物や人の身体にも非常に似た成分がありますので、全く熱くないというわけではないと思いますが『燃え上がる』ということはないです。でも、熱が体内に留まって『内側だけが火傷』する可能性はありますから、安全ということはありません」


「……古代文字か?」

「いいえ、前・古代文字ですね。古代文字と同じ文字が多く使われているから、古代文字として訳してもある程度は使えますが『方陣魔法師』でなければ、この方陣は発動しないでしょう」


 方陣は『読め』て『理解』して、初めて発動できる。

 だが、ただ『燃える』というだけではなく『何がどうどのように燃えるか』までしっかり理解できていなければ、方陣は発動しない。

 だから『現代語訳』がされていないと、一般的には使えない。

『持っているだけ』で使えるのは、方陣魔法師だけだ。


 方陣魔法師の【方陣魔法】は、全ての方陣の鍵を開けてしまうマスターキーみたいなものなのである。


「そうか……なら、取り敢えずは大丈夫そうだな」

「はい。俺も攻撃系をそのまま使う気はないので、もし作り替えるとしたら……『炎がなくても料理が作れる調理台』……とかですかね?」


 雷光とこの特化型炎熱の方陣なら、できそうだよなぁ『簡易IH焜炉』。

 あ、ビィクティアムさんに『ジト目』で見つめられているっ!


「作りませんよ。まだ」

「……まだ?」

「必要になったら……わかんないですけど」

「作っても、使う前に必ず言えよ」

 ……御意。


 そしてついでに、ずっと言いそびれていた『閃光仗』のことも伝えた。

 狩猟モード付きを既に猟師組合に、魔虫殲滅光だけ搭載の簡易版をレーデルスに渡しているということも併せて。


 これまた盛大に呆れられたが、簡易版の魔虫モードだけであれば他領でも数量と使用する者が限定だから大丈夫だろうとお説教はなかった。

 そして、ガイエスが発見した【雷光魔法】を同時使用する方法を話すと、結構食い付いてきた。


「あの方陣魔法師……いや、魔剣士か。あいつがヘストレスティアの魔獣や魔虫に有効だったというのならば、国境の護りに使えるな」

「ヘストレスティアとの?」

「ウァラクでも、だよ。それに、シュリィイーレ隊でも常備しておいてもいいかもな」


 そっか、ヘストレスティア側より、ウァラク国境の方が大峡谷に近い分、魔虫の脅威が大きいということだ。

 ガストレーゼ山脈からは、最近は殆ど魔虫がセラフィラント領には入ってこないらしい。


 うん、使っていただけるのであれば是非とも!

 すでにレーデルスでも使ってもらっているし、猟師組合でも問題なく使えているからね。

 だが、魔虫殲滅モードでも、他領に渡す分は【雷光魔法】との併用は止めておけと言われてしまった。


「雷光を使える者は少ないし、多くは方陣だろうから大丈夫かもしれん。だが、人がいる場所で魔虫を退治する場合もある。巻き込んでしまったら何が起きるか解らん」


 仰有る通りですな。

 では、これから作るとしたら併用禁止にいたします。

 そして取り敢えず、ビィクティアムさんにはフルスペックタイプをひとつお渡しして、シュリィイーレ隊分は、機能的に必要な範囲や仕様などを検討してもらうことにした。

 だが……大量生産は、ちょっとお時間もらいますよ、とだけは伝えておいた。



 ビィクティアムさんの昼食が終わり、デザートをお持ちしようと応接室を出た時に新たな来客があった。

 魔法法制省院リヴェラリム・ルーエンス省院長と、その補佐官のティエルロードさんだ。

 コレイル領内陸部近辺の鉱石がいろいろ集まったので、持って来てくださったらしい。


 ……なにも、法制省院のトップが来なくてもいいのでは……?

 と思ったが、王都から越領の方陣門が使えるのは金証の方々だけなので、どうしてもお偉いさんしか来られないのである。


 それでも、直接シュリィイーレには入れないので、隣のエルディエラ領から馬車でいらしているのだ。

 ご苦労様です……


 ついでに『法典』三冊の内二冊の清書が終わっていたので、そちらもお渡ししようと、まずは応接室へお通しした。

 俺の魔法やリフォームを見るのが初めての方々は、どういう反応をしてくださるのかとっても楽しみ……あれ?

 ふたりとも、微動だにせず立ち尽くしちゃってますけど?


 あっ、そーか、ビィクティアムさんが中にいるからか!

 そりゃそうだよなー、想像してないもんなぁ、セラフィエムス卿がいるなんて!

 一発目の『吃驚』を持っていかれてしまったー。


 じゃ、おふたりの分のケーキも運んでくるので、ご歓談なさっていらしてくださいね。



 応接室の三人 〉〉〉〉


「な……なんですか、この部屋……聖堂ですか?」

「あれっ? ビィクティアム! いつの間に……?」

「最初からいたが? どうしたんだ、法制がこんな所まで」

「ああっ! セラフィエムス卿っ?」

「……おまえもか、ティエルロード……」


「いや、だってね、しょうがないでしょ? なんなの、この部屋!」

「凄いです……こんなにも魔力的に安定して、清浄な部屋なんて……王都の大聖堂に匹敵……いえ、それ以上ですよ」

「タクトの作る部屋は、どこもこんな感じだぞ。俺の家なんか宝物殿並みだし、外門の避難所など守護神殿みたいだ」

「【冶金魔法】が神聖属性で、その上『造営技能』があったからねぇ……そりゃ、神殿だって作れちゃうよ」


「あああっ! これ、珊瑚ですか! えっ? 光の苑球の大型版……ですか?」

「そのようだな。褒賞のクズ珊瑚を成形して『珊瑚礁』という、南の海を再現したものだそうだ」

「なんて美しいんでしょう……何もかも癒されるみたいです……ほぅ……」


「ルシェルスの南でも、こんなに美しい海底なんて滅多にないよ。一体どこで見たんだろう?」

「祖父殿のご友人という方と、南方の海に行ったことがあるみたいだったな。珊瑚や真珠に詳しかったのも、その方に教わったのだろう」


「道理で……伝承もきっと、そこで聞いたものなんだろうねぇ」

「省院長、この部屋、八角形です。そのせいですね、魔力の流れがもの凄く清浄なのは」

「本当だね。凄いなぁ、皇城で見たものを真似したのかな? これだと魔力が多い人でも過敏になり過ぎないから、寛げるもんなぁ」


「そういえば、皇城を初めて見た時に、八角形が基本の似ている城があると言っていたな」

「城や神殿なんかは、古来からそういう造りが多いからね。それにしても、なんでビィクティアムが?」


「食事に来ただけだよ。食堂の方が混んでいたんで、この部屋に案内された。おまえ達こそ『届け物』くらいでここまで来るとは」

「越領門は僕しか使えないし、ティエルロードは数少ない【収納魔法】持ちの補佐官なのでね」


「腰掛けたらどうだ? ティエルロード」

「いっ、いえっ! 自分がこの部屋にご一緒していることすら烏滸がましいのに、同じ椅子になど……!」

「立ったままだと、多分タクトが怒るぞ? シュリィイーレここでは、階位など意識したくないみたいだからな。俺もその方がいいし」

「は……はい。では、し、失礼致します」


「あと、タクトは敬称を付けて呼ぶと、不機嫌になったりするから」

「僕も言われたよ。この町では、そういうのを止めてくれって」

「でっ、では、どうしたら……」

「呼び捨ては難しいよねぇ。僕も絶対、無理」


「俺のことは呼び捨てのくせに」

「君とは、旧知の仲だからね。公の場以外では『友人』でいたいし」


「省院長、なんとお呼びしたらいいんでしょう?」

「うーん……『タクトくん』?」

「無理ですっ!」


「『さん』付けくらいなら、怒らないかも?」

「セラフィエムス卿ーっ、笑っていないで助けてくださいよぅ!」

「頑張れ、ティエルロード」

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