第345話 お酒も飲める応接室

 工房のスペースを明け渡してまで家飲みに拘る父さんのご要望を叶えつつ、応接室を手に入れる絶好のチャンスである。


 やはり、家族の憩いの場である二階にお客さんを招き入れるというのはなんか、違う。

 でも物販スペースは縮小できないので、実験厨房を地下に移すか……なんて考えていたのだ。


 父さんの修理工房は、物販スペースと実験厨房を合わせたくらいの広さである。

 食堂の入口から、向かって左に進むと二、三歩奥にカウンターがあり、小さい接客スペースになっている。

 作業場の奥の方には日用品の修理で預かっている物や、よく使う素材などを置いている部屋。

 その横にあるエレベーター前を横切ると、食堂の厨房に入れる。


 俺の計画としては、まず奥にある資材置きの小部屋をなくし、工房全体を裏庭方向へ移動。

 作業場はだいたい同じ広さのまま、手前『青通り側』に十五畳くらいのスペースができる。

 工房の接客カウンターは通路を作り、少し奥に設置。

 今まで扱った一番大きな物が運べる幅を確保しても応接室として十二畳くらいは確保できるのである。


「預かり品とか、どうすんだ?」

「使っていない場所があるじゃないか」

「?」

「『上』だよ、父さん」


 そう、工房も食堂店舗と同じ天井の高さである。

 圧迫感がないように割と高めに造られている天井なので、工房側の『上』はデッドスペースなのだ。

 だいたい床面積の三分の一ほどの広さで『中二階』を造るのである。

 ちょっと広いロフト、みたいな感じだね。


 このスペースを、収納庫にしてしまえばいいのだ。

 だが、この中二階は立って歩けるほどの高さは確保できない。

 中腰で歩き回るのは大変だ。


 人が登れる足場と簡易昇降機はつけるが、大部分は『収納庫』であればいいので『吊り下げスライド収納棚』にしてしまうのだ。

 キッチンなんかの高い場所にあって、下から引っ張ると棚が降りてくるやつ……あんな感じで、一階工房から引っ張れば棚が降りてくるのだ。


 試しに造って、父さんにやってもらった。

「おおおっ! こりゃいい! 手元まで降りてくるのか!」

「床まで降りてくる訳じゃないから探しやすいし、これだと吊り下げ棚を五、六個作れるから今までの倍くらいの物はしまっておけるよ」


 人が歩く通路ってのを、考えなくていいからね。

 上にしまう時も棚に入れた物には軽量化の魔法がかかるので、軽くはね上がるから負担も少ない。


 今まで素材部屋にあった裏庭への出入り口も、作業場から開けられる。

 これで裏庭や、厨房の裏側へも行きやすい。


 ただ、厨房との間に仕切りを付けてしまうと昇降機エレベーターからの出入りが大変になってしまうので、敢えて壁は造らず折りたたみ式のパーテーションのみにした。

 屏風のように畳めるので移動や荷物の運び込み時には広さを確保できて、この程度でも仕切りがあれば消音や消臭の魔法はちゃんと作用する。


 奥まってしまったカウンターの接客スペースが応接室の壁のせいで、もの凄く狭く感じちゃうな……

 よし、この応接室の壁、角を切り取ってしまおう。

 部屋が四角でなくてはいけない理由などない。


 実は、青通り側外壁の窓位置の関係で、応接室の扉を斜めに設置してある。

 内開きなので問題ないし、通り側の窓から工房カウンターが見えた方がいいので窓を潰したくなかったのだ。


 そーだ、どーせだからこの応接室は変形八角形にしよう。

 床の模様を八角麻にすると、統一感が出るかな?


 そしてそして、飲兵衛さん達のために『バーカウンター』を作っちゃうのである。

 この部屋には外が見える窓はない。

 部屋の中でなら酒を飲んでいたとしても誰にも見えないので、『酒飲みスペース』を作って『ここ以外では飲んじゃ駄目』にするのだ。


 つまみや軽食が入れておけるように、備え付けの劣化防止保管庫を作っておいてあげよう。

 ……きっと、なんにも言わずに、定期的に母さんが食べ物を入れておいてくれそうな気がする。

 なんだかんだ言っても、母さんは父さんにめちゃめちゃ甘いのである。

 それでも足りないなんて時は、自販機で買ってもらうことにしよう。


 厨房からも地下の保管庫からも、食材の持ち出しは禁止ってのを徹底した方がいい。

 でないと次はこのスペースすら撤去、家飲み一切禁止令が出かねない。


 手が洗えるようにミニキッチンも取り付けて、バーカウンターと椅子は全部折りたたみ収納可能にしておく。

 食器を入れれば自動的に洗浄・浄化の終わる食器棚も完備。

 そして、ティーセットや紅茶も勿論、常備しておく。


 今後も、今の俺がやっている仕事的に『お偉いさん』が来てしまう確率は非常に高い。

 となれば……ちゃんとした、この国の常識に準じた『応接室』としての体裁も必要なのだ。


 こちらの世界では『ローテーブル』というものがない。

 ソファであっても用意されるテーブルは、通常の食事などの物より少し低い程度。


 どうやら、人に対して『膝』が身体より前に出ることを嫌うようなのだ。

 腰まで隠れるテーブルが置かれていない場合は、対面で座ることがないのもそのせいかもしれない。


 移動できるソファではなく、壁に固定してあるタイプにする。

 しかし、テーブルはこちらも『天井収納』できるようにしておく。

 酔っぱらいおじさん達にはなるべく『カウンタースペース』のみで酒を飲んで欲しいから、飲み会の時はテーブルを出さない。


 でも、椅子で寝っ転がってもいいように……くらいはしておいてあげようと思う。

 カウンターの椅子も足が下に付かない高座面ではないから、そこで寝ちゃう人もいるかもしれないけど。

『家飲み』ってのは、油断して深酒をしがちだ。

 今までの飲み会でも朝方にそそくさと帰るバルトークスさんとか、デルフィーさんとか偶に……てか、よく見かけた。


 ソファの座面も背もたれも柔らかめではあるが身体が沈み込んだりせず、座ってほぼ直角に膝が曲がるくらいの高さがある。

 ファミレスやカフェのちょっと柔らかめの壁際席、みたいな感じである。

 対面側は食堂の椅子と同じものを……二脚くらい入れておこう。


 隣家と接している壁と青通り側の壁に窓がないので、椅子に座った時に目の高さよりのちょっと上になるくらいに幅一メートルほどでL字型の擬似アクアリウムを作ってみた。

 ……と、いっても魚が泳いでいるわけではない。

 厚さは壁の厚さの三分の二くらいなので、三十センチくらいだから『光の苑球』の大きめL字バージョンである。

『L』といっても角が取れた変形L字だが。


 貰ったクズ珊瑚を成形し直して珊瑚礁を作ってあり、間接照明でいろいろな色のキラキラにしちゃう感じだ。

 こういう内装の居酒屋に、昔連れて行ってもらったことがあるんだよね。

 竹林だったり、森の中だったり、深海だったり、部屋によって違ってて綺麗だったんだ。


 よぅし、でーきあーがりっと。



 終わったよ、と父さんを呼び寄せると……入った途端に口があんぐり。

 え、そんなに吃驚した?

「珊瑚は、教会偉勲賞の褒賞か……しかし、どうして奥まで海が続いているように感じるんだ? 壁の厚みなんて、たかがしれているってのに……」


 これ、どっかの水族館でやっていた展示方法なんだよね。

 たとえそんなに厚みがない水槽でも、手前を大きくはっきりとしたディテールで作り、奥に配置する物はぼんやりした形にする。

 色が悪かったり、形がちゃんとしていない珊瑚は、奥の方に配置してある。

 そして遠近法を使い、奥を小さく、暗く、照明は手前だけを明るく。


「……という感じで、目の錯覚や思い込みを利用しただけ。だから見る角度を変えちゃうと、奥行きを感じない所も出てくるんだよ」

「ふぁー……それにしたって、綺麗にできてやがるなぁ。こりゃあ、来たやつみんな驚くぞ」


 そしてバーカウンターと折りたたみ椅子については、かなり喜ばれた。

「うんっ、こうやってちゃんとしまえれば、ミアレッラも怒らねぇよなっ?」

「そうだね。食器も使ったあとはここに入れてくれれば綺麗になるし、この水は『湧泉の方陣』で出しているから、ここで温度を変えられるよ」


 常温と冷水だけでなく、温水も出せるようにしてみました!

「おおっ、こりゃいいな! 止めるのはここだな?」

 排水はこの部屋の下を通って、浄化されてから外の側溝へと流れていくのである。

 水道管も排水管も引き込めないからね。


「俺が作った『売れないけどおつまみにしてもいいもの』は、ここの保管庫に入れておくから。それと、違う物が食べたくなっても、絶対に自販機以外から持って来ちゃ駄目だよ」

「お、おう! それは、絶対、だな!」

「そう。絶対、だよ」


 家族の平和と楽しい家飲みのためのルールを、その日俺達はしっかりと確認したのである。


 そして、父さんがあちこちに隠していた酒瓶がこの部屋に集約されたのだが……そんじょそこらの酒屋より多くの種類があった。

 既に、棚がパツパツである。

 ……これだから、飲兵衛ってのはよぅ……

 急遽、酒保管用の天井収納も取り付けることとなった。



 素晴らしいバーカウンター付き応接室ができあがったので、今度はそこに入れる食器作りである。

 ティーセットやカトラリーはいくつかあるものをローテーションで使うから、新しいものは必要ない。

 だが、おっさん達が使うこの部屋用のグラスや皿を作らねばならない。

 二階の物や食堂で使う物を、ここにキープして置いておくわけにはいかないからである。


 よく使われているのはゴブレットやピルスナーっぽい形のグラスである。

 所謂ステムの付いたワイングラスや、シャンパングラスみたいな華奢なものは存在していない。

 皇宮の食事でも、出てこなかった。


 俺はああいう『倒しちゃいそうでドキドキ』するものが食卓にあるのが苦手なので、とても嬉しい。

 今回は普段使いのちょっとゴツめのものと、お客様用の上品な感じのゴブレットを作ってみようと思う。


 ゴブレットは青ガラスで、単色ではなく飲み口に近くなるにつれて透明になっていくグラデーション。

『湧泉の方陣』に使う『縹ガラス』よりは濃いめの色合いで、彩度を高くする。

 うん、思った通りの色になった。

 縁が金のものと、銀のものを作ってみた。


 ロックグラスみたいなやつは、江戸切子で。

 薩摩切子もいいんだが、切り口の色がシャープになっている江戸切子のキリッとする感じが好きなんだよね。

 切子の方は赤と藍だけでなく、青、緑、橙、黄、紫も作る。

 これは、飾っておくだけでも綺麗だよな。

 食料庫の上とか、飾り棚にしようっと。


 お皿と深皿を作って……あ、コバルトがあるんだから青と緑の顔料が作れるぞ。

 黄色は……カリウムでいいのかな?

 緑は、亜鉛、っと。

 お、できたできた!


 食堂は母さんの守護神・聖神一位の百合で統一しているから、こっちは父さんと俺の賢神一位で竜胆だな。

 絵じゃなくて『シンボル』としてパターン化させると、文字と同じ感覚で書けるんだよね。

 ある意味『象形文字』みたいなものとして。

 そうだ、今度いろいろの形のステンシルみたいな物を作っておいたら、組み合わせて『絵』っぽくできるかな。


 よーし、器も全部完成したし、これでいつお客様が来ても大丈夫ですよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る