第343話 湧泉水筒、作成依頼
ビィクティアムさんに相談した二日後に、魔法師組合から無事に方陣の登録が完了したという連絡が入った。
これで、水筒の外注ができるようになったのである。
まずは『簡易版方陣鋼』を複数個作り上げ、魔法師組合に持っていく。
「おはようございます。これが販売をお願いしたい『湧泉の方陣鋼』です」
ラドーレクさんに青硝子……『
「これは、決まった入れ物にだけ使えるのかい?」
「深めの器に入れてもらえれば水を出すことはできますが、俺がこれから依頼して作ってもらう『水筒』より少ない量しか出せないです」
「水筒? 水の湧く?」
「はい。錆山探掘の時や西の森で狩りをする時は、水が近くで手に入らないですからね。みんな必ず水筒を持っていくでしょう? だけど沢山は持てない。なので一回の魔力充塡で、水筒三杯分の水が出せるものを作るのです。もちろん、魔力を入れ直してもらえれば、更に水を出すことができます」
ラドーレクさんはそれはいい! と手放しで喜んでくれた。
だよねー、絶対にあったら便利だよねー。
シュリィイーレの町中であっても、水を飲める場所は多くないからね。
「元々水筒にはこの『方陣鋼』が入ってて、十回くらいは魔力を注ぎ込んで繰り返し使えます。でもその後、まだ水筒として使えるのに全部買い換えるのは高く付くでしょう? なので『取替用の方陣鋼』を魔法師組合で買ってもらって、交換して使ってもらう。使えなくなった方陣鋼は、こちらで回収して欲しいんですよ。それにもう一度俺が使えるように方陣を書き直せば、材料も無駄にならずに済むし」
「うむ、いいね! 冬場でも水がなくて困ることがあるからね!」
「もしもの時用に予備で持っておくにしても、このくらいの大きさなら持ち歩けますから」
直径四センチで厚さも七ミリ程度のプレートだし、勿論、軽量化の魔法付与済みなので重さは銀貨一枚ほどにしか感じさせない。
ラドーレクさんには快く、交換カートリッジの委託販売とリサイクル品の回収を受けていただけたのである。
そして帰り際、ラドーレクさんに変なことを言われた。
「今度……謝りに行くって言っといて」
……何かやらかしたのか?
父さんに、ならまだいいが……母さんだったら、俺は味方にはならんぞ。
そしてそのまま、ベルデラック工房へ。
断熱容器の『湧泉水筒』作成の依頼に行った。
おお、こんなに朝早くから皆さんが揃って……おや、人が増えている。
だけど、何だか雰囲気暗いな。
「おはようございます。もしかして……もの凄く忙しい……ですか?」
「やあ、タクトくん。すまないね、ちょっと狭くて。こっちで話そう」
案内してくれたのは、ご両親がショッパーを作ってくれている工房の二階だ。
おお、ショッパー作りも人が増えている!
こちらはとても和やかで、ほんわかしている。
「随分と職人さんが増えたんですね」
「うん、袋作りの方は、両親達が長時間の細かい作業がつらくなってきてるから。でも、若い人達と一緒に楽しくやってるよ」
それはよかった。
そっか、いろいろなサイズをお願いしているから、結構作業も細分化しているんだな。
「僕の方は……ちょっと訳ありでねぇ」
話によると知り合いの金属工房の方が老齢で引退することになったらしいのだが、跡継ぎとなるような人がおらず工房を閉めることになってしまったらしい。
そして、そこに居た『元・コデルロ工房』の人達がベルデラックさんを頼って来ているのだとか。
ベルデラックさん、なかなかのお人好しだな。
「腕は良い子達なんだけど、金属工房ってあまり募集をかけていないんだよ。どうしても……武器職人が多いからね、金属関連は」
この町の鍛冶職人は、もの凄く高い評価を受けている『武器職人』『防具職人』が中心である。
まったく武器の売れないはずのこの町で、最も稼いでいるのは彼らなのだ。
イスグロリエスト中から発注が入る受注生産で、その殆どの取引先は、王都を始めとする他領からの注文。
近衛とこの国全ての衛兵達の武器や防具は、何もかも『シュリィイーレ製』なのである。
その上、セラフィラント経由で外国へも輸出しているくらいなのだ。
「武器を作りたくはないって子達の行く所が、殆どなくってねぇ……」
そのせいで紹介もできずに、取り敢えずここで『研修』として面倒見ているらしい。
本当にいい人過ぎるな、ベルデラックさん。
「……仕事があったら、雇ってあげることは可能なんですか?」
「うーん……あとは、場所……かなぁ、あ、でも収入が増えれば、広い所を借りられるかもしれないけど」
しかし、今のベルデラックさんの工房は、買い取った物件である。
ここを手放してまで『借りる』というのは、あまり意味がなさそうだ。
第一、折角一緒に暮らせるようになったご両親と離れたくはないだろう。
「ベルデラックさん、地下って、今は何に使っています?」
「地下? ああ、作業場が狭いから、地下も使って作業しているよ」
「じゃあ、皆さん、地下で仕事をすることに抵抗はない……?」
「うん、ないと思うよ。寧ろ地下の方が、仕事しやすいしねぇ。突然来客とかあると、全員の意識が切れちゃうから」
「それならば、地下を広げて作業場を作ったら、俺が依頼する新しい商品の作成をお願いできますか?」
場所がないなら作っちゃえばいいのだ。
うちの地下倉庫のように!
ただ、人によっては『地下で働く』ということに、もの凄く抵抗のある人もいる。
『地下』は、身分の低い使用人が働く場所だと思っている人もいるからだ。
低い……とは言っても、この国の臣民であれば鉄証なんだが、『下働きの使用人』だと
俺は『断熱湧泉水筒』の説明と、商品見本をベルデラックさんに見せた。
「……相変わらず……君の錬成は『神業』だな」
おお、最大の賛辞。
「これ、作らせてもらえるのかい?」
「是非お願いしたいです。金属と硝子を同時に扱える優秀な工房なんて、俺はここしか知りませんからね」
「ありがとう……そう言ってもらえると嬉しいよ! それにしても……水が湧く水筒か。魔法師っていうのは、凄いものを考えつくものだな」
「俺が『こんなの欲しいな』ってものを作っているだけなんですよ。中の水が入る部分と、方陣鋼の差し込み部分を変えないで作ってくだされば、外側の飾りや意匠、色なんかはこちらで自由に作っていただいて構いません。方陣鋼には魔力を入れないでお渡ししますので、水筒に組込んで商品が完成してしまえばそのまま売っていただいて結構です」
「いや、しかし君の意匠印は?」
「今回の『湧泉水筒』に関しては、方陣のみが俺の権利で、ベルデラックさんには『方陣鋼を仕入れてもらう』という形になります。ですから、外側の水筒に俺の意匠印は必要ありません」
方陣鋼は十回で方陣に魔力が入れられなくなるので、カートリッジ交換方式だ。
その取り替え用の『
「外側の色や意匠が違えば、複数欲しいと思う人も出て来ます。方陣鋼が使えなくなっても、普通の水筒として使う人だっているでしょう。もし売れ残ったものがあったとしても、外側だけ作り直してまた販売できます」
「……そこまで計画ができあがっているのか。ならば、尚更、君の名前で商品登録すべきだ」
「いえいえ、ここだけの話ですが……この水筒は『簡易廉価版』であって、俺の本命は別なのですよ。だから、こっちはベルデラック工房の名前で出してもらった方が、俺の都合がいいのです」
まぁ、本命なんてものはないのだが、ここはそう言っておきたい。
でないと、結局俺の仕事が増えてしまうからだ。
この水筒に関しては、俺は方陣鋼を売るだけ、にしておきたいのである。
あ、不銹鋼も使ってもらえるなら、そちらも卸しますからね。
「そうか、それならば……いいが。正直、助かるよ。これで彼らにも、ちゃんとした『仕事』をさせてあげられる」
「では、契約成立、ということで宜しいでしょうか?」
「ああ! 宜しく頼みますよ、タクトくん」
それでは……地下工房の整備と参りましょう。
「え? 君、それ本気だったのかい?」
「当たり前ですよ。ささ、案内してください」
降りてきた地下室は、一般的な家庭用とあまり変わらない。
おお、本当に半分くらい作業場として使っている。
ちょっと片付けて、場所を確保したらリフォーム開始。
地下は圧迫感があるので、ちょっと深めにして天井を高く。
裏庭の下まで地下を広げて、壁と天井は強化してから石板のプレートで補強して、床も歩きやすく美しく。
なるべく明るめの色で壁や天井を仕上げて、しっかり強化&耐熱・耐火・耐水のまるっと付与。
室温管理も空調も照明も勿論、完璧ですよ!
うーん、ついでだから地下二階まで作っちゃおうか!
素材置き場は必要だよね。
それじゃ階段の他にも、一階までの
はい、基本はできあがりましたよ!
あれ?
ベルデラックさんが、全く動かなくなっちゃったぞ?
「君の魔法って、どういう理屈なんだ? 燈火の時も思ったけど……こんなことを、半刻も経たずに……」
しまった。
早すぎたか。
「まぁ、いつもやっていることなので……お気になさらず」
「……ああ、気にしたら眠れなくなりそうだ……」
ベルデラックさん、まだ俺の魔法にそんなに慣れていなかったんだな。
その後、一階で作業をしていた皆さんの手を借りて地下作業場を設置。
壁が欲しい場所には壁を、棚が欲しいっていう場所にはサクサクと備え付け棚を作って、工房のお引っ越しは完了。
ついでに一階の今までの工房スペースに、客対応のカウンターや応接室を設置。
皆さんでごはんが食べられる、休憩室も作りました!
あ、自分のうちに応接室、作らなくっちゃ。
うーん……どこに作るかなぁ。
その後のベルデラック工房 〉〉〉〉
「……こんなに、あっという間にできるものなんすか? 地下室って……」
「いいや、普通は絶対に無理だね。タクトくんは……ちょっと普通とは言えない魔法を使うから」
「タクトさんって、小燈火の考案者ですよね?」
「そうそう! コデルロ工房にいた時に、何度か見たよ。でも……なんか今日は、印象が違うような気がするなぁ」
「ああ、魔眼になったからじゃないかな? 瞳の色が変わったからね」
「あっそーか! 道理で……」
「魔法師だったのかぁ。錬成師だと思っていました」
「俺は、料理人かと思ってたよ。あの食堂の菓子、スゲー旨いんだぜ」
「僕、三日に一度は、買ってる」
「この作業場、使いやすそうですね。棚も沢山あるし、資材置き場もあるし、天井が高くって地下とは思えないです」
「うん、スゲェ明るいし」
「……ここ、落ち着く……」
「僕も、こういう作業場、好きだなぁ」
「それじゃあ、新しく依頼のきた『湧泉水筒』、作りながら説明をしようか」
「「「「「はいっ!」」」」」
「……凄く難しそうな作業だな……」
「うん、内側の硝子を均等にするの、魔法の調整が結構大変」
「この不銹鋼? っていうの、加工が難しいですけど綺麗ですね!」
「これって噂で聞いたことがある、セラフィラントの高速魔導船に使われてる金属じゃないのかな?」
「ええっ? そんな凄い金属なのか!」
「嬉しい……! こんな金属まで使えるなんて、思ってもなかったよ!」
「かなり集中しないと、魔法が上手く行き渡らないな……」
「でも……面白い……楽しい」
「この『方陣鋼』は、金属の周りを青い……硝子? で覆っているんですか?」
「そう。タクトくんは『
「この硝子で、何か作ってみたいですね」
「うーん……でも、この色、どうやって出しているか全然解らないよ」
「俺達じゃまだ、作れないっすね。今度タクトさんに聞いてみようっと」
(あんなに落ち込んでいたのに……みんな、やる気が出て来ているな。よかった……タクトくんに、また大きな借りができちゃったなぁ。あ、地下室に使ってもらった魔法の代金は、魔法師組合に預けておかなくちゃな)
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