第341話 『湧泉の方陣』完成

 さて、水瓶量産には、まだちょっと課題がある。

 そもそも【方陣魔法】を持たない者が使う方陣は、札に書かれた方陣に魔力を注いで使用する使い捨ての魔法である。


 札が羊皮紙で作られているので、書いた文字や図形に貯められた魔力は一回分の使用にしか耐えられないから。

 方陣を書く魔法師が『方陣魔法師』でない限り、その魔力保有力は低く複数回は使えないことが多い。


 だが、その魔法のない魔法師であっても、魔力保持力の高い物質に『付与』する形で方陣が書ければ、その物質自体の保持力次第で複数回の使用が可能である。

 そこまでしなかったのは方陣で発動する魔法にはあまり効果の高いものがなく、持続性のある魔法でなかったせいだ。

 ここまでのことが、当然のこととして知られている『方陣の常識』。


 今回俺が作った『湧泉の方陣』は持続性のある魔法であり、ふたつの方陣を複合&ブラッシュアップしたことによって強力になっている。

 魔力保持の課題さえ解決すれば、誰でも安定した効果の魔法を複数回使うことができるのである。


 ビィクティアムさんに名付けていただいた『縹色の泉』。

 この水瓶は非常用であり、常に各外門事務所や避難所に数個は在庫を常備しておきたい物だ。

 となれば、当然『水が入っていない状態』で、場合によっては何年も魔力を保持していなくてはいけない。


 そう、乾電池のように。

 しかし、乾電池でも使用推奨期限は存在する。


 魔力を込めていたとしても、使われずに置いておく期間に抜けてしまってはあまり意味がないのだ。

 非常時に手にした人が、常に魔力を充分に補充できる状態とは限らない。


 ならばすぐにでも使えるように、起動にほんの少しの魔力を入れるだけでいいという状態にしておきたいのだ。

 長期間、常に。


「……魔力の保持力……といえば、やっぱり磁性体が最も高そうだよな」


 磁性体は放置時に、最も魔力を放出しない保持力の高い物質である。

 なんと、水晶の十倍以上の保持力が確認されたのだ。

 だが、不銹鋼……ステンレスはニッケルを含むため、鉄を使用しているのにほぼ磁性はない。

 なので、その塊の中にこの間作った『ネオジム磁石』を入れ込んでみようと思った。


 どうなるか……と作ってみたところ、思っていた以上に魔力の保持力が上がったのだ。

 不銹鋼だけの場合と比べ、約百五十分の一の放出量に抑えられたのである。

 凄いぞ、永久磁石!


 そして磁石だけの時より周りを不銹鋼で巻くように作った方が、保持力が上がるだけでなく使用時に使う魔力の節約にもなったのである。

 しかも、魔力の充塡もほぼ無限に可能だ。

 画期的すぎるぞ、永久磁石!


 不銹鋼のみでも、だいたい十回くらいの充塡に方陣が耐えられるのだが、やはり非常用としては心許ない。

 なので、非常用の『縹色の泉』には、ネオジム磁石を入れ込んだステンレス製の『方陣鋼』を使用する。


 そして、もうひとつ、俺にはどうしても作りたいものがあるのだ。

『水の湧く水筒』!

 去年の夏場、錆山探掘で何がつらかったかって、水分補給なのである。


 俺達の去年組んだ採掘メンバーで、唯一水系の魔法が使えたのがベルデラックさんだけだったのだ。

 だが、ベルデラックさんの水系魔法も飲用できるほどの品質ではなく、手を洗ったりする程度のものだった。


 しかし、それだけでもかなりありがたい。

 水が使えるのと使えないのとでは、全く状況が変わるのだ。

 ベルデラックさんがいる時は、出してもらった水を浄化したりすれば飲用にできる。


 しかし、そうでない場合は飲み水は本当に困ることがある。

 錆山では、余程深く掘らない限りほぼ水は出ない。

 浄化して飲み水にすればいいや、って思っても、その『水』がないのだ。


 半日以上の探掘をする人達なら方陣札を使って水を出す人はいるのかもしれないが、その水の質がいいかどうかは解らない。

 俺達はまだ四時間程度だったし、魔力節約のために大きめの水筒を用意していただけだった。


 足りなくなった時は……【文字魔法】でこっそり水筒に水を満たし、皆さんに分けてはいたがそれでも限界はある。


 だが!

 今年はこの『湧泉の方陣』があれば、水が湧く水筒が作れるのである!

 こそこそと魔法を使うのではなく、堂々とみんなに『湧泉の方陣』付き水筒を使ってもらえるのだ。



「ということで、水が湧く水筒を作ってみた」


 あれれ?

 父さんが微妙な表情をしている。

「おまえは……どうしてそうも簡単に『宝具級』のものを作っちまうんだろうなぁ」

「宝具級、かな?」

「ああ。皇宮の宝物庫にある『湧水盆』ってやつでも、そこまでの水量も水質もねぇぞ」


 そんなことを言われても。

 欲しいと思っても、それがなかったら『作ろう!』ってなるじゃん?

 そしたら、持てる知識と魔法を駆使して作るじゃないか。

 それだけのことなんだけどなぁ。


「うん、おまえがそう言うのは、解ってたけどな。方陣は魔法師組合に登録するのか?」

「え、登録制なの?」

「登録しておけば、魔法師組合で売れる度におまえに権利料が入る。登録していなければ、誰かに勝手に『自分が作った』って登録されちまったらそいつに金が入ることになる」


 うわー、言ったもん勝ちな訳ね。

 じゃ、登録しておこうか。

 別に権利料はどうでもいいんだが、他のやつに勝手に登録されるのは腹立たしい。


「だが……こいつはちょっと有能すぎるな。汎用にはもう少し、劣化版を作った方がいいぞ」

 おっと、スペックが高すぎてダメ出しくらうとは。

「飲用できる水が出るってのはいい。だが、入れ物を斜めにすると充塡した魔力が続く限り無限に出るってのはまずいな」


 俺が今作ったフルスペック『湧泉の方陣鋼』は、入れ物の底にセットして使うものである。

 そして蓋を外して真っ直ぐにしておくと、その入れ物の指定した位置まで水が溜まる。


 斜めにして水が流れている状態だと、ずっと水が湧き続ける。

 だが、横倒しにしたり、ひっくり返したりすると水は湧かない。

 入っていた水が零れるだけだ。

 蓋を閉めている時はどの状態でも水は湧かない……という仕様だ。


「じゃあ、水が湧くのは『真っ直ぐ置いて蓋を開けた時だけ』がいいのかな」

「そうだな。方陣に一回の魔力注入で一杯……いや、二、三杯分くらいは出てもいいか。だが、その分の水が出終わったら、もう一度魔力を入れないといけない……ってくらいがいい」


 なるほど。

 魔力チャージを三回分だけにして、それ以上の水を出したい時にまた魔力を充塡して使う方式か。


「それと、温度調節も止めた方がいいな。使うやつが入れる必要魔力量を抑えた方がいい」

 確かに。

 お子様だって使うかもしれないもんな。


 一回に必要な充塡魔力は、できるだけ少ない方がいい。

 過剰機能は無駄なのだ。

『飲める水が一定量出るだけ』なら、注入魔力量はかなり少なくて済む。


 と、すると……完全版は、避難所や教会なんかで使う『非常時用』のみ。

 ご家庭での常備用は、温度調節なしで『無限湧水』ではなく風呂桶一杯分くらいを続けて出せるくらいに。

 水筒用は簡易モデルとして水筒三杯分くらい出せる魔力保持で、十回くらいの魔力充塡での使用が可能……って感じにしようか。


 登録する方陣は売ってもらえるってことだから、簡易版の方がいいよな。

 そっか、湧水三回分の魔力保持でいいなら、古代文字じゃなくて現代文字でいいや。


「わかった! ありがとう、父さん」

「でもよ、俺達が使う分は……全部できた方がいいぞ?」


 それは勿論だよ。

 保温機能付の『完全版フルスペック無限湧泉水筒』を作りますとも!




「ということで、方陣の登録をお願いします」


 翌日、魔法師組合でそう言ったら、なぜかラドーレクさんにまで頭を抱えられてしまった。

 持って来たのは簡易モデルだよ?


「タクトくん……登録するのは、いい。だが、君の作ったこの方陣、きっと誰にも描けないと思うよ?」

「へ?」

 だって現代語だよ?

 簡易モデルだから、呪文じゅぶんも凄く簡単だし、それ以外なら正五角形が描ければ誰だって……


「その正確な図形っていうのがね、ひとつふたつならいいけど……君のこれ、五つ重なってるよね? 太さも全部違うし。方陣って、この位置や形がずれると効果が格段に落ちるんだよ」


 ……なるほど。

 そこまでセンシティブなものとは思っていなかったよ、方陣。

 方陣魔法師のスタンプ機能がないと、気軽に描けるものじゃないんだね。

 あ、だから方陣魔法師以外の方陣札は、魔法が弱い上に一回のみしか使えないのが多いのか。


「じゃあ、俺が書いたものを魔法師組合に預けておいたら、売ってもらえたりします?」

「ああ! それは勿論! 寧ろ、それが一番いい!」

 そうか。

 では登録だけして、販売については……あ、そーだ。


 どうせなら『簡易方陣バージョン水筒』を作って売ってもらおうか。

 その方が、早く普及しそうだよな。

 ちょっとビィクティアムさんにも相談しようっと。

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