第339話 現状確認

 翌日、ちょっと冷静になって『噂話』の信憑性を確かめに魔法師組合を訪れた。

 雨の合間だったのだが、また少し、降ってきてしまった。

 この世界で何がいいって、魔法があれば傘がなくても濡れないことだよね。

 頭の上で空気固めて一緒に移動するようにしておけば、雨だけでなく落下物全てがあたらない。

 ちょっと浮きながら歩いていれば、足下も濡れないしねー。



「タクトくん、何処でそういうことを聞いてくるんですかねぇ……」

「うちのお客さん達は、情報通なのです。本当のところは、どうなのかと思いまして」

 ラドーレク組合長は溜息を吐きつつ、現状を教えてくれた。

 どうやら父さんが話してくれた水を出せる魔法師の数だけでなく、質も懸念事項のようだ。


「でもね、数は他領から来てもらうこともできるから揃うんだよ。だけど、安定して質の良い水を出せるかどうかっていうのは、別だからねぇ」

 一番の問題は品質と継続、ということらしい。


「タクトくんに水系の魔法が使えたら、絶対に真っ先に連絡が行ったと思うけどね」

「俺は、水系の魔法は全くないですからね。でも……ちょっと考えてみますよ」

 ラドーレクさんに無理だけはしないでくれよ、と念を押されたが、情報のお礼を言って俺はそのまま東門詰め所に向かおうと外へ出た。



 教会の前にさしかかった時、ふと、衛兵隊員何人かが目に入った。

 巡回かと思ったが、ディレイルさんとレグレストさんの姿が教会の門をくぐっていった。

 もしかしたら、ビィクティアムさんもいるのかな?

 ちょっと覗いてみちゃおうかな、と教会へ。


 おや、皆さんが聖堂に集まって何か話しているみたいだけど……

 なにやら深刻な面持ち……ここは、こっそり盗み聞きかなー?

 ……光学迷彩、オン!

 なるべくそーっと近付いて、壁の端っこの方へ。

 お、聞こえる。



「リヴェラリム殿、いかがでございましたか?」

「……だめ。『予測程度のことに人材は割けない』ってのが結論」

「セラフィエムス卿は……?」

「今、陛下に食い下がってるけど、難しいだろうなぁ」


「あっ、長官!」

「如何でしたか?」

「話にならん。どこもかしこも『起こってもいない災害に金も人も出せない』の一点張りだ。……起きてからでは、間に合わんと言うのに!」


 ……これは、予想以上に逼迫した状況のようだ。

 多分王都に掛け合ったのだろうが、陛下も各省院もおそらく『防災』と『支援準備』については全く念頭にないのだろう。

 災害の少ない所ではありがちだ。

『起きてもいないことを不安に思うのはおかしい』ってやつだ。


 確かにそれは一部、真理であると思う。

 感情論や、荒唐無稽な未来への不安であるのならばそうだろう。

 だが『災害』は別なのだ。

 自然災害は、周期的に『必ず起こる』と覚悟して、準備しておかなくてはいけないものなのだ。


 ディレイルさんが、悔しそうな顔を見せる。

「ただでさえ外門の避難所設置や、大雪での被害額が大きかったこともあって『なぜシュリィイーレばかり』と言うやつらもいますからね」

「……俺のせい、だろうな。他領の嫡子である俺が、直轄地で好き勝手している、と思うやつらも……少なくはない」

「何を仰有いますか! セラフィエムス卿がいてくださるから、この程度で済んでいるのです! それを……それを、王都は……!」


 俺は彼らの会話を聞きつつ、ゆっくりと入口の方へと移動した。

『今、入ってきましたよ』と、装おうために。


「そうです。長官のせいじゃありません。ここは、シュリィイーレは、もう絶対に損なってはならない場所なんですよ。そのことを……忘れているやつが多すぎます」

 ファイラスさんの声に怒気が混じっている。


「他の手を考えた方がいいですかね」

「しかし、一体どうすれば……」

「……王都ではなく……ロウェルテアに打診する」

「ロンデェエスト公ですか?」


「ああ、あの家系の方々は『水系』に優れていらっしゃる。ご助力を願い出る」

「何を言っていらっしゃるんですか! あなたが頭を下げるなんて……!」

「ファイラス、そんなことを言ってる場合では……」



「こんにちはー。失礼しまーす。あれ? 皆さん、どうなさったんです?」

 やべ、ちょっと棒読みだったかな?


 全員が弾かれたように振り向く。

「タクト」

「タクトくん、どうして……?」

「ちょっと中央広場に入らせてもらえないかと……あ、お取り込み中でしたら、別の所から……」

「いや、構わん。司祭殿、もう一度方陣門を使わせてくれ。セラフィラントからロンデェエストに向かう」

「待ってください、長官! それはまだ……」


「ビィクティアムさん、ロンデェエストに行くんですか?」

「ん……ああ」

 ビィクティアムさんは平静を装っている。

 ファイラスさんは……珍しいくらいに、怒りの感情が顔に出ている。


「実はちょっと面白い『方陣』が手に入りまして、中央広場で実験したいのです。お急ぎでなかったらご覧になりません? 実験……『の方陣』の」


 全員の視線と意識が、俺の言葉に集中する。

「『湧、泉』……? 泉の如く水が湧く、ということか?」

「そうですよ、ビィクティアムさん」

「……『方陣』でそんなもの、あったか?」


「この間うちに来た冒険者が『方陣魔法師』で、持っていた方陣を見せてもらったんですよ。ちょっと俺が書き直して、水の方陣を作ってみたので」


 おっと、皆さんの眼差しが、期待と不安に満ちたものに……


「多分、上手く組めたと思うんです。うちの裏で実験しようと思ったら、どうもあの辺は水はけがよくなくて、雨水が残っているから」

「ああ……そうだな、まだ、雨が降っているし」

「でも公園とか町中でやるわけにもいかないので、中央広場を貸してもらえないかなぁ、と」


 すると、テルウェスト司祭が我に返ったように、どうぞこちらへ、と裏口から中央広場へ案内してくれた。


「ビィクティアムさん、見てて気になった所があったら教えてもらえます? 水系の魔法は全然できないから、方陣でも上手くいくかどうか……」

「ああ、是非見たい」

「わたくし共も宜しいでしょうか?」

 神官さん達も心配だっただろうから、ご一緒いただけるといいかも。

「はい! 俺、観客が多いとやり過ぎちゃうかもしれませんから、適当に止めてくださいね」


 ビィクティアムさんがくすり、と笑って、解ったよ、と言う。

 ファイラスさんも落ち着いたみたいだ。

 ディレイルさん達は、ふたりの言い合いが終わって、ほっとしたようである。


 中央広場に入り、硝子の水瓶から取りだしておいた『方陣』の書かれたステンレスを見せる。

 雨は、今は止んでいる。

 俺は簡単に方陣の説明をし、古代文字で書き直した呪文じゅぶんを読み上げる。


「……と、いう呪文です。方陣はどんなものかが理解できていれば誰にでも発動できますし、発動にはたいして魔力も要りません。そして、この不銹鋼で魔法展開中に必要な魔力を保持できますから、長時間の使用が可能なはずなんです」

「飲用できる水なんだな?」

「そのためには……これ。この『青硝子』の水瓶を使います。俺の【冶金魔法】で錬成することによって、青い色が均一に入り青属性である水系魔法の品質が向上、安定します」


 テルウェスト司祭のこんなに美しい青い硝子は初めてだ、と呟く声が聞こえ、神官達も口々に海の青だ、いや、空の青だ、とはしゃぎ始めた。

「この色は……『縹色はなだいろ』ですかね。空の青と海の青が溶け込んだ『人のために創られた水』の色じゃないかなって思うんですよ」


 空には届かない。

 海の水は、人には飲めない。

 その中間の『大地に作ってもらった水』の色。

 浅葱色よりも濃く、藍よりも明るい。

 元々水には色なんてないのだが、俺のイメージとして水は青い方がなんだか『清浄』な気がするんだよね。


 水瓶の底にステンレス製の方陣をセットし、その金属部分が水に触れないように青硝子で閉じて固定する。

 そして、方陣に起動のための魔力を注ぐ。


 ごぽっ

 こぽぽ……っ



 青い水瓶から溢れ出す水に、その場の誰もが釘付けとなった。

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