第338話 『水』の方陣
本日は雨である。
初夏のこの時期、シュリィイーレではあまり雨は多くないのだが今日は何だかガッツリ大雨である。
父さんの話によると、二、三十年に一度はこの時期に大雨が続くことがあるのだとか。
ただ、この雨があった年は夏場に水不足になることが多いらしい。
これは、要警戒である。
シュリィイーレの水場は天然のダムのようになってはいるのだが、やはり貯水量が足りなくなる時があるということだ。
俺の『お家まるっと【付与魔法】』が掛かっている家や、衛兵宿舎、食堂の仕上がっている外門詰め所などは『排水完全浄化循環システム』が導入されているので不足するということはほぼない。
だが、俺の魔法が付けられている所など、この町の一割にも満たないのだ。
そして教会と衛兵隊はこの『大雨の報せ』を重く受け止め、飲料水を出すことのできる魔法師を手配しようとしているらしい。
……まぁ、食堂に来ているお客さん達の噂話なので、どこまでが真実かは解らない。
この町にもきっと『水性系』の魔法が使える人はいるだろうし、直轄地なのだから陛下辺りがなんとかするのだろう。
だが、父さんと母さんは結構深刻な面持ちである。
「ふぅむ……今年は本当に、夏に水が足りなくなるかもしれんなぁ」
「前の時は別の町に避難する人も出て、結構大騒ぎだったよねぇ」
「え? そんな
雨が降ったんなら溜まっているのでは? と思うのだが、どうやら北東の水源奥にある山々は雨が多くなり水量が上がるとコースが変わってしまう川や水源があるのだろうか、こちら側に流れてくる滝の水ががくっと減るらしい。
こちら側で溜まっている水だけでは、足りなくなるということか。
おそらく反対側では、洪水被害が出ているのでは……?
山脈の中だから、人的被害はないだろうけど。
「そうねぇ、かなり昔には水源の滝から全く水がなくなることもあったらしいからねぇ。そうなったら……畑と果樹園は半分以上、駄目になっちまうかもしれないよ」
なんですとっ?
それは一大事ではないですかっ!
水をどんなに溜めていたとしても、供給される量が少なくなっては給水制限がかかることもある。
飲み水の確保のために、畑などに使われる井戸への供給がまず減らされるのだろう。
「水を出せる魔法師はどうしても少ないし、一時は出せても『出し続ける』のは難しい。相当な人数がいねぇと、町全体に行き渡る量を貯めることは難しい」
そうか、そうだよな。
一度だけ、出せばいいってもんじゃないんだよ。
何度かに渡って魔法を使い、貯水量を保たなくてはいけない。
この世界共通なのか、皇国だけなのかは解らないが人々は『山』と『森』には殆ど手を加えようとしない。
まぁ……神々が創ったものだから、極力そのままにしたいのかもしれない。
採掘や木を切るくらいはするが、地形を変えるほどの工事はしないのだろう。
リバレーラでやったという護岸工事だって、川岸の強化と崩れ防止だけだったというし。
ダムを造るとか、川の流れを変えてしまおうとかまではしないのだ。
特に『山脈』と『森』は、人間の都合だけでいじってはいけない場所……なのかも。
自然のままの水源と、天候に左右される生活だって、普段はなんの不自由もないし乗り越えられる魔法もある。
だが、毎年同じように穏やかというわけではない。
そして今年は、水源が今ある魔法だけでは乗り越えられない災害に見舞われる可能性がある、ということだ。
しかし、何度か魔法で水を増やせたとしても、常に途切れなく水を出し続ける魔法なんかない。
ロウェルテア家門の【湧水魔法】だって、一時間ですら不可能だ。
……これはちょっと、楽観視できない案件なのでは?
『水』……かぁ……
【文字魔法】で出し続けることは、きっとできるんだよね。
でも、全く滝から水が流れてこないのに、どこからともなく水が現れる……なんて、怪しすぎる。
使っているはずなのに、水が減らないというのも変だと思われる。
そして、絶対にビィクティアムさんやライリクスさんには、俺の仕業だってばれる。
ならば、こっそりやるのではなく『できますよ宣言』して、魔法をかける方がいいのだが……俺には『水系』の魔法が一切ないのだ。
ましてや俺は以前『水の魔法を失敗』しているところを、見せてしまっている。
得意でないと知られている魔法を、しかも常時発動でかけ続けるなんて、絶対に許可は下りないだろう。
大丈夫だと証明するためには、いろいろと開示しなくてはいけないことが多すぎて……神斎術とか、極大魔法とか、突っ込まれたくないものを持っている俺としてはなるべく避けたいことなのだ……
うぬぬぬ……どうしたものか……
たとえ水不足にならなかったとしても、いざという時には『対応できる魔法師がいる』と解っているだけでも絶対に違うのだ。
『安心』は『油断』に繋がるかもしれないが、絶対に必要なのだ。
特に水なんて『足りなくなったら死んでしまう』のだから、『足りなくはならない』と安心していなくてはいけない物なのだ。
自室で雨の降る窓の外を珊瑚の水槽越しに眺めていて、ふと、思いついた。
『方陣』があったよな?
そうだよ。
ガイエスから見せてもらった中に、ふたつ、水系の方陣があった。
『制水』と『清水』。
「『清水』ってのは……水が、出せる……!」
出せる量は大したことはない。
水質もイマイチだ。
おそらく、これは『水を出す』という魔法の最も基本のもの。
シュリィイーレの魔法師組合とかでも方陣札は売っていそうだが、きっと弱くて使い物にならないだろう。
『清水』と『制水』……書き替えて『水を出し続ける』方陣が、組めるんじゃないだろうか?
非常用の水の確保。
それは今後も、絶対に必要。
そして、それは『俺が魔法や魔力を補充しなくても、誰でも使える』もので作るべき。
方陣はまさに『誰でも使える魔法』なのだ。
適性も、属性も関係なく、誰でも!
魔法師が足りないのなら、方陣を使えるように改良すればいい!
水は『青系』で、方陣は必ず正五角形。
この線を太く、何重にも描く事で、魔法は強くなる。
そして『制水』。
こちらも同じ正五角形だが、配置が違う。
ふたつとも
上位魔法へとするために『清水』と『制水』と組み合わせる。
両方の『文字で作られた五角形』が交わるように配置して、ふたつの五角形が重なって見えるように……
周りを囲む正五角形も、ふたつの魔法のものを重ね、こちらは線が交わらないように配置する。
極大方陣やら、古代部屋のものやらの配置を参考にしてみたのだが……これで発動するだろうか?
全て文字は、古代文字にしてある。
俺じゃなくても、誰でも使える方陣……にするためだ。
古代文字であれば、爆発的に大きな魔法ではないが魔力の保有が大きめのモノが作れる。
そして、俺が正典を完訳したために、既に現代語との対応表が出まわっている。
いまや皇国では多くの人が、古代文字を『読める』のである。
読んで、理解できれば、方陣は誰にでも発動可能なのだ。
別に水源に水がなくても、飲み水と畑の水が困らなければいいのだ。
組み上げた方陣をまずは羊皮紙に書いて、早速裏庭に出て実験開始。
まだ雨が降っているが、随分と小雨になってきた。
軒下から外に向かって『水』を出してみる。
うん!
『制水』で指定したとおりの量が出ている。
水質も問題ない。
あれ?
いつものシュリィイーレの水より、ミネラル分が少ないかな?
まぁ、さほど違いはないが……
羊皮紙に書いたその方陣からは十分程度、水が出続けた。
この方陣を俺が作った保持力の高い合金に、『付与』という形で書き込めば魔力をその金属が支えるので魔法を持続することができるはず。
よーーーっし!
支える金属も、なるべく作りやすいものがいい。
そして水に強いもの。
誰にも作れない緋色金は問題外。
今後きっとシュリィイーレで作られるようになるだろうし、錆びにくいし綺麗だし。
ここで、ふと、思った。
今まで『文字を書く』ことを想定していたから、基本的にプレートは長方形で作っていた。
所謂『洋紙』の縦横サイズの比率を基本にしていたのだが、今回書くのは方陣である。
しかも決まった属性の方陣を支えるならば、その属性に特化した形の方が保持力が上がったりしないか?
水、だから、五角形で作ってみよう!
思った通り、魔力の保持力が上がっただけでなく、方陣の強さも上がったみたいだ。
もう一重、方陣を重ねたみたいな効果なのかな?
このやり方は、属性を強化するのに使えるってことだ。
だけどこの五角形の塊をぽーん、と水源に入れるってのは何だか味気ないというか趣きに欠ける。
いくら錆びにくいとはいっても金属だしね。
それに、投げ入れちゃったら魔力の再注入ができないし。
なら……硝子質のものでコーティングして綺麗な石に見えるように……いやいや、石に見せる必要がどこにあるんだ。
どうせなら、器、
底の部分にこれを入れて、五角形の硝子の水瓶にするのだ。
硝子ならば、コバルト入りのあの青硝子で!
おおっ!
これは綺麗だ!
水の湧き出す青い硝子の水瓶なんて、めっちゃファンタジーじゃないか!
金属部分は水に触れないように硝子で覆っているけど、青にしたことで余計に水質がよくなったかも。
おっと、浄化効果も忘れずに付与しておかなくては。
さーて、明日にでもビィクティアムさんにプレゼンしに行こうかなっと!
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