第329話 方陣と迷宮の鉱石

「……すまん、ちょっと混乱していた……」

「構わないけどさ、魔力切れでぶっ倒れてて吃驚したよ」


 少し喋れるようになったみたいだが、まだあまり顔色は良くない。

 そして俺があの馬が呼んでくれたんだと話すと、馬の名前を教えてくれた。


 カバロ、ね。

 でも変なやつだなぁ、真面目な顔して自分より先に馬を紹介するなんて。

 その後名前も教えてくれたけど、わりぃ、先に身分証見て知ってた。


 本当にカバロを可愛がっているみたいで、餌を出してやろうとしてるのだろうが起き上がれずに唸ってる。

 まだ無理だって。


「魔力もまだ完全には戻ってないし、そのせいで体力使いすぎて身体の機能が一時的に最低になってるからね。甘いもん食べて、ちょっとこのまま休んどけよ」

 俺は餌を受け取り、ガイエスの側から離れないカバロに食べさせてやった。

 カバロは本当に可愛がられてるんだな……ガイエスは、食べ始めたカバロの様子にほっとした顔をみせた。


 じゃ、人間の方にも補給物資を、と、ジャムパンをいくつか渡すと夢中になって食べ始めた。

 相当腹が減ってたんだろうなぁ。

 魔法は使いすぎると、空腹半端ないからねぇ。

 さて、本題に入りますか。


「方陣門で来ただろ?」


 俺がそう言うと、いたずらがばれた子供みたいな顔をしやがる。

「……領内に入る前なら……いいかと思ってよ。山道をカバロが怖がってたし」

「しょーがねーなぁ。まぁ、ここならギリギリお目こぼしにはなると思うけど、危ないだろうが」

「この辺なら魔狼も居ないし、今の季節ならまだ魔虫も……」

 などと言い訳めいたことを言うので、思わず大声で怒鳴ってしまった。


「違うって! 方陣門がどれほどの魔力を使うか知らないけど、あんたの魔力と、カバロの馬具に付けられてた魔石の魔力が、すっからかんになるくらいってことなんだぞ? そんな距離を移動して、もし魔力が少しでも足りてなかったら、今頃あんたもカバロも、ここに辿り着けずに死んでたんだからな!」


 カバロの生死がかかると実感してか、大慌てで【収納魔法】で持っていた魔石を確認しているみたいだった。

 魔力を溜めた魔石があれば、長距離でも大丈夫だと思っていたのかもな。

 ん?

 今、ちらっと見えたのは……石板か?

 うーわ、めっちゃ見たぁーい!


 どうやら魔石の魔力が全くなくなっていたみたいで、そんなに魔力が要るのか? と呟いている。

 知らずに長距離移動なんてしたのか……


 俺は黄属性である『空間操作』『時間魔法系』が途轍もなく魔力を食うということや、方陣門がそれを利用した魔法だろうと説明した。


「このふたつは一度にとんでもない力が出る代わりに、相当量の魔力が必要になる。今回は運良く出口が繋がったけど、そもそも長距離用の方陣じゃないんだろう?」

「え? 長距離用……なんて、あるのか?」


「馬車方陣、知ってるだろ? あれが一番汎用的な長距離用。ガイエスのは【方陣魔法】を使えるからどうにかなってるだけで、本来はたいして距離の出る方陣じゃないはずだ」


 馬車方陣は距離だけでなく、重さや大きさでも必要魔力量が変わる。

 だが、最も魔力を食うのが『水平距離』なのだ。

 重いものを短距離運ぶより、軽い物を長距離運ぶ方がはるかに魔力を必要とする。

 ここら辺の法則は、俺の『転移』とさほど変わらないと思う。


 だからこんなに無茶なほど魔力が必要な方陣だとしたら、予め多くの魔力が保有できる『長距離用』ではない。

 方陣に魔力を溜めておけないから、ガッツリ魔石と身体から吸い上げられてしまったのだ。

 ……あれ?

 魔石……?

 いや、ちょっと考察は保留。

 今はそれよりも、こいつがこれ以上無茶な使い方をしないようにすべきだな。


「……直そうか?」

「直す……って?」

「多分、長距離移動ができるように直せるよ、今使ってる方陣も。そしたら、魔力不足で死にそうになるなんてことはなくなると思うよ」


 危険だと解ってても、きっと門の方陣は必要な魔法なんだろう。

 おそらく、迷宮での退避用にも使われるはず。

 深い所から浅い所への上下距離ならたいして魔力は要らないが、横に長い迷宮だってないとは限らない。


 だとしたら、魔力の使用量を抑えて距離が出る方が安全だろうな。

 ガイエスはちょっと俯いて、なんとなく悔しささえ見えるような表情で呟く。


「俺はおまえに世話になってばかりだ。対価を取ってもらえるなら……頼みたいが」


 なるほど、そりゃそうか。

 無料でやってやるぜ、なんてお節介もいいところだし、プライドを傷つけたかもしれない。

 ちょっと軽率だったな。

 いかん、いかん。


 そーだな……確かにただ働きは、俺も本意ではない。

 じゃあ……俺にとって、一番価値のあるものをいただければいいんだよな。


「さっき、ちらっと出した『石板』を写させてくれ。それと、ガイエスが持っている他の方陣も見せてくれたら嬉しい」

「写したり見たりするだけでいいのかよ?」

「ああ、知識として貰えるものは、時には物品より遙かに貴重だからね」


 俺が対価を示したことで少し安心してもらえたのか、ガイエスは今持っているものだ、と迷宮で採ってきた魔具や石板を机に出し、そして全部の方陣を書いてくれた。


 てか、方陣魔法師って方陣をスタンプみたいに一発で描けるのかよ!

 いいな、それ!


 そして思い出したように、こう言った。

「ああ、そうだ。これだけは初めからタクトに渡すつもりだったものだ」


 ん?

 ああ、そういえば約束していたっけ。

 迷宮の石、持ってきてくれるって……

 うおぉぉぉぉっ?

 な、なんだよこれっ!

 すげぇっ!


 ネオジム、ジスプロシウムなんかの永久磁石の材料やイットリウム、プロメチウム?

 なにこのレアアースの塊!

 こんなものが存在するのかよ!

 あり得ないぞ、ひとつの塊としてこんな……!


 あ、ガイエスのやつ、寝落ちてる。


 まぁ、仕方ないか。

 ちょっとうちまで転移で戻ってから、また来よう。

 ……母さんに、ランチタイム手伝えなくてゴメンって言っとかないと。



 そして俺は再び小屋に戻ってきたが、まだガイエスはお休み中みたいだ。

 カバロがずっと側にいる。

 なんて健気な馬なんだ。

 ちょっと羨ましいぞ、ガイエス。


 じゃ俺はここで、見せてもらった方陣を全部直しちゃおうかなー。

 あ、外からの進入防止と、視認阻害もかけておかなくちゃ。

 誰かが入ってきたり覗かれたりすると面倒だし、うっかり角狼や魔虫に来られても困る。


 方陣はどうやら、ガイエスが自分で手直ししたものもあるみたいだ。

 流石、方陣魔法師、かなりいい感じに直せてるじゃないか。

 更に効率よく、魔力を保持しやすく、そしてなるべく効果が持続できるように……など、魔法によって特性を書き加えたり省いたりしながら手直ししていく。


 面白いなぁ、方陣って……

 しかもやっぱり綺麗な文字で書くと、魔力の流れがよくなるみたいだ。

 この世界で、カリグラフィーを最も活かせるのは『方陣』かもしれないな。


 そしてこれだけ沢山あると、なんとなく法則が解ってくる。

 使用されている多角形は魔法の色相を、文字で発動条件を表しているようだ。

 そして正三角形や正五角形、正七角形だと割と解りやすい色相魔法。

 技能系には必ず長方形が書かれ、『正』でない多角形の場合は独自魔法と思われる特殊なもの。


「どれもこれも『円』はひとつも使われていないんだな」


 方陣には、曲線が一切存在しない。

 文字の配置も全部直線だ。

『角』に意味があるのだろう。


 おおっ!

 これ、【調理魔法】の方陣じゃないか!

 やったーっ!

 いいもん、みっけーーーっ!


『雷光』『旋風』『制水』『治癒』『回復』『俊敏』『門』『清水』『灯火』……

 他にも、旅や探掘に便利な方陣が山ほど。


『祝福支援』なんてのがある!

 これは魔力や体力の消費を抑えたり、魔法や力までブーストする働きがあるみたいだが『祝福』……は『加護』とは違うのか?

 お、『生命の書』に載ってるぞ。


 似ているみたいだが、加護は『持っている者』だけ、祝福は『仲閒と認めた者全員』か。

 どうも、自分の魔法と技能を使用して『仲閒だけ』をサポートするものっぽいな。

 あ、本人には、精神系の魔法への耐性が付くみたいだな。


 でも『常時発動型』みたいだから、使用者自身には相当マイナスかもしれない。

 ……こいつ『ぼっち旅』みたいだから平気か?

 いや、カバロにブーストがかかるのかな?

 そのブーストのせいで、無茶な長距離移動でもカバロは大丈夫だったのか。

 負担が全部、ガイエスに行ったんだな。

 飼い主の鑑だな、こいつ。

 意図していない気がするけど。


 いくら常時発動型とはいえ、方陣を使うには『起動するための魔力』が要る。

 その点が方陣の魔法と魔法付与されたものの差だ。

 魔法付与の道具は、身体から発せられる魔力を感じ取って『持つだけ』で使えるものだが、方陣は『その陣に魔力が満たされて発動』する魔法だ。


 つまり、魔法付与の魔道具は、基本的には態々魔力を入れて使うものではない。

 この辺りを以前の俺は勘違いをしていたのだが、俺が思っていた『魔力を注入して魔法を発動』は、付与での魔法というより方陣での魔法に近い。


 だから、ガイエスは意識的にこの方陣を発動した上で、その発動状態を維持しているということだ。

 しかし『仲間』と認めていない同行者には、この方陣の祝福も働かないはず。

 ……絶対にカバロには、滅茶苦茶スゲェ加護レベルの支援が入っていそうだよな。


 ガイエス自身にも『祝福』があるように、書き替えておいてやろう。

 それと、ちゃんとガイエスが心から『仲間』として信頼しているやつにだけ、支援があるようにしておかないと……こいつ、お人好しっぽいし。

 この『祝福支援の方陣』は聖魔法属性だし『前・古代文字』だから、強力なんだろうなぁ。


 すげーなぁ、これを全部集めて旅していたのかぁ。

 それにしても、なんでもかんでも方陣ってあるんだな。


 こっちの方陣は、魔力の隠蔽や誤認の作用があるぞ。

 魔獣に感知されにくいか、この方陣を身につけていたら人じゃなくて魔獣だと思わせることもできそうな『錯視』って感じだな。

 これちょっと書き替えたら、いろいろな物に応用できそうだ。


 それと、この『炎熱の方陣』は面白いな。

 特定の物質のみを、燃やすように指定がしてある。

 ……『似硼素じほうそ』?

 体内のホウ素が燃えるってことみたいだけど……『似』ってなんだろ?

 自動翻訳さん、不思議な変換するなぁ。

 だけど、ここを書き替えることによって、燃やせる物を変えることができる訳だ。


 でも、どうやら指定できるのは一部の元素だけみたいだな。

 元素の概念が、前・古代文字時代にはあったってことか?

 この辺は要検証だな。


 ん?

 なんか、もの凄く見覚えのある方陣が……

 あっ、これ、俺がカルラスの三角錐に使ったやつじゃん!

 ビィクティアムさんを三角錐部屋にご案内した、あの『移動の方陣』だよ!


 うわー……地面に書かれているものも、見えないものもゲットできるのかぁ。

 だとすると……危険だなぁ。

 うっかり触った古代の方陣に、いきなり強制搾取されたら魔力枯渇で絶命……ってことだってあり得るぞ。


 これは、注意喚起しておかねば。

 ……昔の俺に対してのライリクスさんやビィクティアムさん達も、こういう気分だったのかもね。

 知らないって怖いね。


 そしてメインイベント、石板の登場です。

 うん、これはこそっと複製させていただきますね。

 そして複製品を綺麗にして強化したら、文字と方陣を完全復元。


 ひとつは……これ……【時空魔法】……?

 ドードエラスの家系魔法じゃないか!

 え?

 家系魔法の方陣があるのか?

 それって……もしかしたら、絶対遵守魔法も方陣で表せるということになるのか?


 えええっ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る