第330話 今後の対策

 家系魔法を方陣で再現が可能なのかと盛り上がってしまったが、石板に記された前・古代文字を読んでいくとどうやら『再現の研究』をしていたもののようだった。

 あー、焦った。


 悉く失敗したって記録が書かれているだけなので、結局は『血統魔法の方陣は作れない』という結論のようだ。

 途中まで組んだ方陣は『このサイズじゃ絶対無理』って解って、放棄したみたいだな。

 でもこの方陣を完成させるのは、俺でも絶対無理だ。

 書き込む呪文じゅぶんが、ヒトゲノムの解析全部より圧倒的に多くなるだろうからね。


 それは、もうひとつの石板の方陣も同じであった。

 こちらの魔法は【炎硝魔法】……リンディエン家門の血統魔法のひとつだな。

 勿論、完成していない方陣だから、残念ながらこのままでは役立たずだ。


 そしてもうひとつ、不思議な不完全の方陣があった。

 全て前・古代文字で描かれた方陣で、移動のものと思われるが移動地点が指定されていない。

 あのリデリア島の方陣と、よく似ている方陣だった。

 これは、どこにあったものだろうか?


 多分これ、三角錐の所に連れて行かれちゃうやつじゃないのかなー。

 気にはなるが、現時点では触らぬ神にたたりなし……ということで近寄らないためにその場所を確認しておこう。


 でも他の三角錐みたいに、経年劣化で魔瘴素が漏れていたら……厄介だよなぁ。

 魔法は要らないから、補修にだけは行ってもいいかな。


 全ての方陣を確認し終え、さっきガイエスが取り出した『迷宮の採掘品』を眺めていた。

 確かに古い貴重な宝具みたいだが、造形も素材も特に珍しいものはないかなー……

 魔力が入っている物もあるけど、たいした量じゃないし。


 お、これは……琥珀だ。

 あっ!

 中に種子が入ってる!

 いろんな物があるんだな、迷宮って。


 他の宝石類は、錆山で採れるものばかりだな。

 金属も全部……王都当たりでは相当な高値が付くものだと思うけど、シュリィイーレじゃなぁ。



 そんなことを思って眺めていたら、どうやら目を覚ましたみたいだ。

「どう? なんか食べられそうかい?」

 随分顔色が良くなってきたな。

 俺は持ってきたいくつかの保存食でどれがいいかと尋ねたら、真っ先に焼き鰆の赤茄子ソースを選んだ。

 そーか、ミューラで魚は食べ慣れていたのかもしれないな。


 ん?

 ミューラ……

 やばいんじゃなかったっけ、あの国?


「旨い……やっぱ、おまえの所の食堂が一番美味しい……」

 おや、嬉しいことを言ってくれる。

「今晩はここで眠って、明日の昼前くらいにシュリィイーレに入った方がいいと思う。多分、今日はろくに歩けないだろうし」

 夕食分と、明日の朝食分、それとお菓子も持ってきた。

 体力回復には食べないと、な。


「すまん、何から何まで……そこに出してあるもので欲しいもの、ないのか? 好きなものを持って行ってくれ」

 うーん……正直、欲しかった石板は複製させてもらっちゃったから……

 でもきっと、貰った方がよさそうだよな。

 ちゃんと『対価』として。


「じゃあ、この琥珀の付いてるやつを貰うよ。種子の入ったものは貴重だからな」

「へぇ、そうなのか。宝石としてはあまり高額にならないやつだが」


 そっか、ゲノム解析なんかしないものなぁ。

 分析してなんの種か解ったら、面白いものが育つかもしれないから俺にとってはかなり貴重なんだが。


 そしてなにやらデカイ『鱗』を二枚くれた。

 え?

 何これ?

 なんの動物?

 いや、爬虫類かな?

 まさかの恐竜?

 魔獣なの?

 凄過ぎない?

 うわー、うわー、うわー!

 冒険者っぽーーい!

 ……落ち着け、俺。



 出してくれたものを全部片付けるのに袋がなかったみたいだから、手持ちのトートバッグを何枚か渡した。

 ……なぜ、睨む?

 あ、また対価なしに……ってやつ?

 これは、販売してるもんじゃないからいーの。


 そして、俺は描き換えできなかった方陣がどこにあったのかを聞いた。

『場所指定のされていない移動の方陣』はセレステの教会……か。

 それは、本格的に重大な案件っぽいな。

 点検に行ってみるか……


「描き直したものはこっち。これは全部使えるよ。注意書きは裏に書いたから読んでから使ってくれ。それと……」

 使えない方陣の理由を血統魔法については伏せて教えると、ちょっとガッカリしていた。

 そりゃそうだよね。

 すっごい魔法かも! って思っちゃうもんな。

 俺もそう思ったし。


 この方陣による血統魔法再現研究が他国でされていたってことは、多分ガイエスは知らない方がいい。

 この国の教会とか貴族がもし万が一にでもそれを知ったら、血統魔法の再現はできないと解っていても、この石板の方陣を記憶しているであろうガイエスは『要注意人物』か……『排除対象』になる可能性もある。


 ん?

 他にもなんか持ってけって?

 方陣描き替えの対価?

 えー……別になぁ……でもむくれたような顔で睨むので、何に使うか解らない道具類を二、三個いただくことにした。

 こいつ、ホントに俺よりいっこ年上なのか?

 ガキっぽくない?

 あ、精神年齢的には、俺の方が上か。


 それから、地面の方陣やら古過ぎる方陣には、いきなり魔力を吸い上げるものがある、と教えておいた。

 不用意に触ると魔力が枯渇して今回と同じようにぶっ倒れるか、最悪死ぬから気をつけろよ、と。

 ……ちょっと青ざめていたから、結構サクッと触っちゃっていたのだろうな。

 ホント、今までのが強制搾取方陣じゃなくてよかったよ。


 そして迷宮の話を聞きつつ、気になっていたことを尋ねた。

「なぁ、光の剣、役に立ったか?」

「ああ! 勿論だ! あれがなかったら、俺はひとつも迷宮を踏破できていない」


 そっかー、よかったー……って、『不殺の迷宮』以外でどう役に立ったんだ?


「あ、実は……偶然なんだが、あれを発動したまま【雷光魔法】を一緒に打ち込むと、一撃で全部の魔虫を麻痺させることができたんだ」


 は……?

 柄に、更に【雷光魔法】を通して発動した、と?

 なんっつー無茶なことしやがる!


 いや、確かにあれは微弱な電気を光に変換して、光子を循環させた魔法だよ?

 だけど、それ以上の電気というか、電圧というか、かけることは想定していなかったんだぞ!

 周りを巻き込んだら……って、迷宮で巻き込む周りといえば全て魔獣か魔虫……だな。

 うん、むしろ巻き込みたいやつらだな。


「しかもそれで麻痺させた魔虫を『炎熱の方陣』で焼くと、周りの全部の魔獣が麻痺した。お陰で、かなり安全に迷宮探索ができたんだ」


 あの『炎熱の方陣』はホウ素を燃やすから……?

 光の剣の麻痺モードの効果も、プラスされた煙になったのだろうか?


 魔獣は、ホウ素の煙に弱いのかもしれない。

 いや『似硼素じほうそ』だから、厳密には違うか。

 魔獣の毒を分析し直してみよう。


「はぁー……とにかく、迷宮の外で使わなくてよかったよ」

「いや、一回……二回ほど、使った」

「は?」

「魔虫が迷宮から溢れて一度に全部落とさなきゃいけなかった時と、複数のやつらに魔法やら弓やらで攻撃されそうになって……」


 武器を使うことを躊躇ためらわないやつって、ホント怖い……!

 まぁ、この剣じゃ『死なない』って解っていたから使ったんだろうけど、マジで危ないからっ!


「魔虫の時は仕方ないにしても、周りに無関係の人が居たら巻き込んでいたかもしれないんだぞ。それと、人に使ったら、麻痺だけで済まないことも考えられたんだからな!」

 雷光が弱かったんで、助かったのかもしれない。

 あの方陣だと、スタンガンにしても弱いくらいだ。

「でも、死ななかったし」


 ちょっとむくれたガイエスにそう言われて、はた、と気付く。

 殺したい訳じゃないんだ。

 自分を守るために、武器を使っているんだ。


 ……いかん、俺の『常識』は『安全な場所』にいる人間のものだ。

 状況や立場で『常識』と『正義』は変わるものだ。

 うん、押しつけてはいけない。

『正しさ』は、一方的に決めていいことじゃない。

 冷静に、冷静に。


「……改良してやる。雷光魔法を使うことを想定して。それと、魔虫に対しては、専用の殲滅光が出るようにしてやるから」

「殲滅、光?」

「迷宮以外の、他に植物や生き物がいる場所で魔虫を退治する時は、不用意に燃やせないだろう? だから、魔虫を麻痺させて落とすのではなく、光が当たると分解できるように作ったんだよ」


 信じていないみたいだったが、使って見れば解るよ、と俺は半ば無理矢理ガイエスの光の剣を奪い取ってソッコー改良した。


 そうだ、対人モードも付けておいてやろう。

 痛みだけで向かってこなくなるならいいけど、複数だと確かにすぐに麻痺させた方がいいもんな。

 この『麻痺光』は魔獣にも効くし、雷光を使っての魔虫一括麻痺も可能だから、使い分けるだろう。

 それにしても多対一の対人戦なんて、冒険者って面倒事に巻き込まれやすいのかね。


 そして、明日必ずうちに食事に来いと伝えて、俺は小屋をあとにした。

 だが、うちに戻ってから、大事なことを伝え忘れていたと気付いた。

 ミューラのお国事情……言っておいた方がいいよな。


 そしてなんとかランチタイム後半とスイーツタイムには間に合ったので、食堂の手伝いもできた。

 ふぅ……イレギュラーがあると大変だよな。

 明日は、魚料理を用意してあげようか。



 部屋に戻って、夕食前の一休み。

 俺はちょっと落ち着こう、と法典の清書作業の続きに取りかかる。

 あ、『帰化民』のことも詳しく載ってる。

 ……そーか、他国からの『帰化民』っていうのも、いくつか制約や段階があるのか。


『臣民』とほぼ同じだけど、騎士位が取れなかったり、役人になれない……とかあるんだな。

 確かに平等、とはいかないのだろう。

 なにせ、他国からの帰化民は、圧倒的に魔力が少ないらしいから。

 ガイエスは多そうだけどな。


 あれ?

 でも、帰化民でも『魔法師』なら、騎士でも魔法師でもない『無位臣民』より、上の身分になっているぞ。

 身分証も『鈍鉄にびてつ』や『鉄』じゃなくて、その上の『銅』だし。


 ミューラが分断されて『国』がなくなってしまったら、元々のミューラ在籍の者達の在籍表示は無効で『流民』になってしまう。

 占領国がその国にいた者達を隷位として扱うために、国籍自体をなくしてしまうからだ。


 だから亡国の都市名が記されている身分証を持っていても、なんの意味もなくなってしまうのだ。

 未成年者は、成人の儀の時に身元引受人さえいればその国の町に条件が幾つもあるような『帰化』ではなく臣民として在籍になるが、成人している者にはそういう救済措置もない。


 一度『流民』になってしまうと、他国に国籍を作ることがかなり困難になるみたいだ。

 この法典にも『流民の国籍取得には、教会への財産の喜捨または十年以上の奉仕』が条件となっている。

 そして『流民』からだと魔法師だったとしても『帰化民』ではなく、最も下の階位『移・無位』の『鈍鉄証』から上がることはないみたいだ。


 今のうちじゃないのか?

 おそらく、流民に対しては他の国々も同じような扱いだろう。

 もっと酷い扱いだってあるに違いない。


 だとしたら『魔法師』が優遇されるこの国で……たとえ不本意であっても、ガイエスは『国籍』を獲得しておく方がいいんじゃないだろうか。

 それに、不完全な『血統魔法方陣』を知っていたとしても……皇国籍の魔法師であれば『排除』まではされないだろう。


 えっと、そのために必要なのは……『身元引受人』か『推薦人』。

 この国に知り合いが居るにしたって、身元引き受けなんて頼めるかどうか解らないな。


 でも……俺にも絶対にできない。

 なにせ、身元引受人の条件が『八十歳以上、五十年以上皇国在籍の現居住者』だ。

 全然無理。


 だが『推薦』ならできる。

 俺、結構上の方の身分みたいだし、一等位魔法師だし、条件はクリアできている。


『推薦状』だけ、用意しておいてやろう。

 使うか使わないかは、あいつ次第だ。

 選択肢があるということを、解ってもらうだけでもいい。


 そーだな……なんか『対価』を要求した方が、押しつけがましくないかも。

 あいつを俺が『利用』したいと思わせられたら……


 うーん……何がいいかなぁ。

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