第328話 おかしな冒険者、再び
引き受けた法典の清書を始めてから三日目。
文字を書くのはやっぱり楽しいのだが清書はカリグラフィーとは違い、ちょっと自由度が少ないせいか、キチキチやり過ぎて肩凝りが……
法典原本は皇宮にあるので、清書を新法の施行までに仕上げるわけではない。
だけど、俺の書いたものは書き上がったら量産するための『謄本』となるので、ちょっとは早めにしてあげたい。
製本せずにバラバラのままで渡すのだが、ルーエンスさんが『君の文字での本ができるのが、一回目の写本が終わってからなんだよね……』と、ちょっと残念そうだった。
なので『魔法法制省院蔵書』として、製本済みのものも作ってあげることにしたのだ。
めちゃくちゃ喜んでくれたので、ちょっと頑張っちゃおうかなと思っている。
大豆と葡萄は秋の収穫が終わり次第送ってくださるというので、貝もその時に一緒に運んでもらえるように番重を用意しておこう。
……ちょっと多めに渡したら、葡萄とか増えるかな?
楽しみだなー。
今日は息抜きとトレーニングも兼ねて西の森で山菜採りである。
おやつに焼き菓子と菓子パンを持ってきているから、トレーニングとは言い難い気もするが。
トレッキング……か。
いや、単なる散歩な気も……
最近はクリームパンとジャムパンだけじゃなく、チョコパンとかメロンパンみたいなものも作ったりしている。
食堂でも、自販機でも出してはいない。
主に、俺自身の楽しみのためだからね。
小腹を満たし、微消費魔力を補うのに菓子パンはベストなのである。
初夏の西の森には、キイチゴ類が結構ある。
ヤマモモやヤマグワなどもジャムにしたいし、フキやウワバミソウなどもあったら採って帰りたい。
おっと、ワラビ発見。
天麩羅にすると父さんも喜ぶし、いっぱい採っていこうっと。
ヤブカンゾウもあるぞ。
蕾が美味しいらしいから、これも……
おや、山菜にしては珍しく橙色の加護色だ。
花の色がそうだからなのかな?
きっと母さんが好きかもしれない。
その時、ちょっとぬかるんだ場所で足を滑らせてしまった。
あぶねー。
尻餅つかなくてよかった−。
うわー……この靴、本当に限界かも……
ついつい買いに行くのが面倒で、強化とかの魔法かけて凌いでいたからなぁ。
革もくたくただし、底も薄くなって来ちゃってる。
その物自体が弱くなりすぎたり年数が経つと、魔力の保持力がもの凄く低くなるせいか魔法を付与しても弱かったり有効時間が短くなってしまう。
うーん、履きやすいんだけどなぁ。
こちらでの靴は、基本的にはオーダーメイドである。
素材を選び、用途を伝えてその場で作ってもらうのだ。
革職人が革加工技術と魔法で仕上げてくれるので、サイズはぴったりなのだが買うのに時間が掛かる。
そのせいもあって腕のいい職人は人気で、並びができていることもしばしば。
だからいつも、混んでるなーって横目で見ながら、スルーしてしまっていたのだ。
だが、靴は大切だ。
身体のバランスの基本は足にフィットする靴だ! とジムのトレーナーさんも言っていた。
今度ちゃんと買いに行こう。
もう少ししたら昼の準備になるので、山菜採りは終了。
戻ろうと西門への道を歩いていた時に……聞き慣れない鳴き声が聞こえたような気がした。
……?
声を追って白森へ続く、腰ほどの高さの草が生えた草原近くまでやってきた。
あ、また。
馬?
え?
この辺に馬なんて、どうして?
あ、もしかして町から逃げ出して来ちゃって迷ってんのかな?
おおおっ、寄ってきたぞ。
なぜか馬には好かれる謎スキルが発動しているのか、この馬ももの凄くなつっこい。
それにしても……馬具が、騎乗用のものだな。
てことは、西地区の農耕用とか東地区の運搬用じゃなくて、南東地区のお金持ちさんちの馬かな?
「お、おい、俺は乗れないよ」
そう言ってなんとか手綱を手に取ったが、今度は俺の服の袖に噛みついて引っ張り始めた。
どこかに連れて行こうとしているのか?
「あっ、こらっ!」
急にその馬は、高い草の草原へと走り出す。
うーむ、ここ、結構ぬかるんでるんだよなぁ……今の俺の靴だと絶対に滑って転ぶ。
……浮きながら移動するか。
うっかり飛び上がったりしたら、誰かに見られる可能性もあるよね。
この季節は、西の森に採取や猟に入る人は多いし。
あ、それで散歩とかで門の外に出たお金持ちさんが落馬でもして、馬だけこの辺に迷い込んでいるとか?
持主さん、怪我してないといいが……
今頃、この馬を探しているかもしれない。
草原を抜けると白森の入口。
この辺りには、もう殆ど角狼は出ないはずだ。
魔虫の駆除が成功しているので、もっと境界の山の方へと移動しているはずである。
南東の低い山と高台から流れる細い小川の近くに、俺が父さんと出会ったボロ小屋が……ん?
馬が、小屋の前で止まっている。
その足元に、倒れている人がいる……?
うわっ!
馬に乗ってきた町の人なのか?
落馬で怪我?
まさか、角狼に襲われたりはしてないと思うけど……
走り寄って確かめると、特に怪我はないみたいだった。
よかった……
じゃあ、具合でも悪く……ん?
……この人……なんか、見覚えがあるぞ?
あっ!
あの時の……『光の剣』を渡した冒険者じゃないか!
でも、ヘストレスティアに行くって言ってなかったか?
東のセラフィラントと国境を接している国なのに、なんで
ヘストレスティアってアーメルサスとコーエルト大河で向き合ってはいるけど、あの大河は越えられないって聞いたことがある。
もしなんらかの方法でそちらに行っていたとしても、アーメルサスとガウリエスタは交戦中だし、西側のウァラク国境は通れないはず。
通れたとしてもヴェガレイード山脈があるからぐるっと回り込んで、レーデルス経由で東門側に着くはずだ。
どー考えたってここにいるはずが……
こいつの症状を視ると、胸元のキラキラがめちゃくちゃ弱くなっている。
もしかして、魔力切れか?
掌も額の当たりもぼんやりと黒ずんで、全く魔力の流れが感じられない。
これ、かなりまずい状況なのでは?
兎に角、小屋の中へ……!
俺は直ぐに軽量化して、そいつを小屋の中へと運んだ。
馬が小さく嘶き、何だか心配しているみたいだ。
「大丈夫だよ。おまえが知らせてくれて良かったよ」
馬がちょっと嬉しそうに、ヒン、って鳴いた。
可愛いなぁ、馬……
運んだはいいが、この小屋にはベッドなどない。
うーむ……出しちゃうか。
流石に皇宮仕様など出せないので、俺が昔使っていたタイプのものだが。
ベッドに横にならせた時に、しゃらん、と何かが落ちた。
身分証の鎖が切れたみたいだ。
拾い上げて、記載を確認する。
『通称 ガイエス/方陣魔剣士
28歳
金段一位冒険者 魔法師二等位
在籍マハル』
通称……?
本名記載していないのは、こいつの国の習わしとか?
マハル……って、この間ルーエンスさんが言ってたミューラの南側の町か。
おっと、魔力を回復してやらないと。
魔効素からの魔力チャージを指示した紙を、こいつの胸元におく。
すぅーっ、と顔色が良くなる。
胸元に赤いキラキラが増えてきた。
加護色が赤……聖神三位か。
じゃあ、赤系のお菓子、ジャムを使ったものがいいかな。
あ、ジャムパン持っていたよな。
それにしたって、どうしてこんなになるまで魔力を使ったんだ?
半分以上使ったら、警告として具合が悪くなるものだろうに。
もしかして、いっぺんに大量消費したのか?
……
……
こいつ、ここまで方陣魔法の『門』を使って来たんじゃないだろうな?
まぁ……シュリィイーレの門の外側は、厳密には国内……とは言い難い。
隣国との国境は、正式にはシュリィイーレの西門と南西門だ。
少数民族国家があった頃から、グレーゾーンだったらしいしなぁ。
罪……とまではならないだろうが、他国国籍の者が『門』で来るのは……まずいだろうなぁ、やっぱ。
シュリィイーレは他の領地と違って、方陣門で入ってきたことが解る『領域結界の魔法』は外門に沿って発動している。
だから、外門の外だったらそれに引っかかっての探知はされていないはずだ。
……その『領域結界』が、方陣魔法師の方陣移動をも感知できるのか……は、解らないけど。
俺の『転移』は、まったく感知できていないみたいだから、もしかしたら『固定された門』または魔力が入れられている『方陣札』を仕掛けた移動だけしか解らないって可能性はある。
だとしても、シュリィイーレ隊は出入りしている人間のチェックは完璧だ。
いきなり町中に以前訪れたことのある『方陣魔法師』がいたとしたら、ソッコーとっつかまって……牢に放り込まれるだろうな。
『方陣門なんか使ってませんよー』ってしらばっくれたとしても……西門はオルフェリードさんだ。
絶対にばれるだろう。
ライリクスさんほどじゃないけど、オルフェリードさんの『魔眼』も精度が高いらしいし。
ま、頑張れ。
正直に言うのが、多分一番いいぞ。
しかし、良く無事だったなぁ。
『無事』でもないか……だけど、死ななかったってことで。
こいつの魔力量は知らないが、どんなに多くても三千前後だろう。
それが『不足』程度で済んでいるってことは、俺の『転移』と『方陣魔法の門』は消費魔力が違うのかもしれない。
教会の司書室には『方陣』についての詳しい本はなかったし、古代部屋のものも次元移動込みの方陣だったからなぁ。
どれくらい、違うものなんだろうか?
「……う……」
「お、気がついたか?」
ぼーっとしたような表情で、焦点が合わないのか何度も瞬きをする。
そして開口一番。
「……なんで?」
そりゃ、俺が聞きたいよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます