第327.5話 安堵する人々……?
▶シュリィイーレ教会
「少し、安心しました。皇家も教会も、正しい評価をしてくださった」
「それにしても、褒賞で謎かけやら見立てなどをする必要があったのでしょうか?」
「陛下も神司祭様方も、どうして神話や神典でなく、民間伝承などをお選びになったのか……」
「深いお考えがおありなのかもしれませんが、そもそも誰のなんのために『謎かける』必要があるというのでしょう?」
「スズヤ卿……ということはございますまい。おそらく、魔法法制省院や章印議院に対してかと思いますが、それでもなぜ、民間伝承なのか不思議でございます」
「民間の、しかも王都以外の地から選ばれたイスグロリエスト大綬章や教会偉勲賞の双方同時授章は、数百年ぶりと伺いました。中央の方々に『民間にも広く目を向けよ』と仰せなのではないかと」
「ああ、なるほど!」
「確かに中央の方々の思考は少々固いですし、王都に随分拘っておいでですからね」
「……それでも、私は手放しで信頼は……できません」
「私もです。不敬とは思いますが、どうしても、まるでスズヤ卿を試すようなことをしていらっしゃるとしか」
「皆様がそうお考えになるのも理解できますし、わたくしも、少々まだ引っかかるものがございます。ですが、今、騒ぎ立ててはいけません」
「はい、シュリィイーレのためにも、スズヤ卿の痛くもない腹を探るような真似をさせて、付け入る機会を与えるようなことがあってはいけませんからね」
「その通りです」
「まさに」
「では皆さん、今日もあの食堂の菓子を買ってきておりますから、甘い物をいただいて気持ちを切り替えましょうか」
「おお! 先日の氷菓は、大変美味しゅうございました!」
「早く夏になって欲しいと心から思いましたよ! 今日のは……?」
「柑橘の蜜漬け入りショコラだそうです」
「……」
「……」
「最高……ですね」
「「「「はいっ!」」」」
(そう、油断はできません。まだ、まだ……)
▶皇宮章印議院
「シェルクライファ! 解った、解ったぞ!」
「そんな大声を出されて……何がどうお解りになったというのですか、院長?」
「陛下の、あの褒賞についての陛下のお心が、だ!」
「……あんな救いのない伝承に
「いや、違う、違う! 間違っておったのだ、我らが見つけたあの伝承自体が、全く違っていたのだよ!」
「しかし、陛下が『海神の使い』と仰有ったのでしょう?」
「ああ、そうだ。だが、我々が見つけた伝承が、正しいものではなかったのだ。あの話には続きがあったのだよ!」
「え……?」
「………と、いう訳だ! スズヤ卿が、正しい伝承をご存知でな。それに擬えたことも、手が込んでいらっしゃると笑っておいでであったぞ」
「そうですかぁ……! あの伝承の青年をスズヤ卿に喩えているとしたら、陛下はあの授章を不本意だと思っていらっしゃるのではないかと、本当に心配いたしましたーっ!」
「うむ、私もだ。スズヤ卿の功績が『たった一粒の小さな真珠程度』と皮肉を仰有っているのではと。もしかしたら正典自体を快く思っていらっしゃらないのかと危惧しておったのだが、いや、ただの杞憂であった! 我々の調査が行き届かなかったせいで、陛下にあらぬ不信を抱くところであった」
「わたくしも……あ、駄目です。不敬罪に問われてしまいますねっ!」
「おお、いかん。そうじゃな、言動には気を付けなければな」
「それにしても、やっと安堵いたしました。これで正しく、宝具登録ができますね」
「うむ。そうだ、登録といえば、スズヤ卿の神聖魔法とは素晴らしいものだな」
「身分証をご覧になったのですね?」
「四種も神聖魔法が顕現していらしたぞ!」
「そ、そんなに……?」
「血統階位の関係で五番目となっているご身分だが、魔法のみの階位であれば間違いなくセラフィエムス卿に次ぐ二番目の高位。あれほど素晴らしい魔法師はイスグロリエストのみならず、シュリータヴェリル大陸中を探しても、ふたりといらっしゃらないであろう!」
「神聖魔法と聖魔法、技能も高段位のものばかりと伺っておりましたが、まさかそこまでとは。本当に神々のご寵愛を賜っていらっしゃるのですね」
「左様。博識で魔法に長け、宝具を容易に錬成なされる技術をお持ちでいらっしゃるのに、決して驕らず謙虚に振る舞われていらっしゃった。ああいった方こそ、貴族というものであろう。まこと、十八家門の血統でいらっしゃらないのが、不思議なくらいだ」
(スズヤ卿……聞けば聞くほど、素晴らしいお方のようです。やはり、我々の探していたのはあの方なのでは……)
▶魔法法制省院
「お帰りなさいませ、リヴェラリム省院長」
「ただいまー。あー、疲れたよー」
「……」
「ん? 何?」
「シュリィイーレ、如何でしたか?」
「……ああー! 残念ながら、ショコラ・タクトは秋にならないと作らないんだってさ」
「…………」
「そんなに落ち込まないでよ、クリエーデンス。はい。焼き菓子と、別のカカオの菓子を売ってたから買ってきたよ。凄いよ、カカオを使った
「は、榛果? 食べられるんですか、それ?」
「めっちゃくちゃ美味しい。君がいらないなら、全部僕が食べるから気にしなくてもいいよ。ティエルロード、君もどうだい?」
「いただきます」
「わ、私だって、いただきますよ!」
「美味しいでしょ?」
「……神の御業としか。美味し過ぎる……」
「本当にね、僕も吃驚しちゃったよ。
「スズヤ卿は天才です」
「類い稀な才能の持主だってのは認めるよ。あんなに素晴らしい魔法と段位、どうやって獲得なさったのか……とんでもない知識量と発想力だ」
「偉勲賞の褒賞も問題なく登録できそうで、ほっとしましたよ……まったく、なんだって最初から贈らないのだか」
「あれ、本当に間違えて送っちゃったみたいだね。リンディエン神司祭が大慌てで詫び状と本来お届けすべきだった宝具を、直々にシュリィイーレ教会にお持ちになったそうだよ」
「変な含みがなくて、よかったですよ。あの伝承での登録なんてしてしまっていたら、スズヤ卿に早くこの国から出て行けって言っているようなものですからね」
「いや、あの伝承の登録はして」
「はぁぁぁっ? 何、言ってらっしゃるんですかっ!」
「あの伝承ね、僕らが見つけたものは、途中までだったみたいなんだよ」
「え? 途中……?」
「うん。赤珊瑚が天光を目指して海面近くまで来たが、色が抜けて誰も見向きもしなくなった、ってのは、無理矢理ここで話を終わらせるための創作だったみたい。正しくは『海面に近付くと桃の花の色に変わって、その美しい彩りに似合うようにと海に落ちる天光は銀糸のように輝きを変え祝福した』って続くらしい。そしてその後も明るい昼間でもカワイイ珊瑚を眺められるように、天光の光が届く場所に加護を与えて留めた……って話のようだよ」
「全然違うじゃないですか」
「ルシェルスは扶翼の九彗家門が、聖神二位だからね。天光、賢神一位を絡ませる伝承を、語り継ぐ訳にいかなかったんじゃないのかな。多分それで無理矢理、話を打ち切っちゃったんだよ」
「ああ……なるほど。かつての『誤訳』の犠牲になってしまった訳ですか。九星家門のリンディエン神司祭の家門は聖神三位ですから、正しい伝承が伝わっていて、そちらを元にされた……ということなんですね」
「スズヤ卿が、全部ご存知だったよ。あの方はきっと、古代文字時代のものを聞いたか、お読みになったことがあるのだろうね。助かったよ。もし僕達の見つけたものでお考えだったとしたら、スズヤ卿からこの国を見限られてしまうところだった」
「神聖魔法師に背を向けられたりしたら……絶対に加護を失いますよ。なんて怖ろしい」
「まったくだ。神司祭様もこのようなお遊びを含んだことは、本当に、これっきりにしてもらいたいものだよ」
「それはそうと、こちらの法典の件はどうでしたか?」
「そうっ、法典! なんと、製本した物もお作りくださるってことになった!」
「なんと素晴らしい! では、それ相応の対価もお示しくださったのですね?」
「あー……それがねぇ……『いろいろな地方で集めた岩石に、但し書きを添えて持ってきて欲しい』……と言われちゃって」
「は……? 岩……ですか?」
「何をなさるおつもりなのでしょう?」
「趣味と言われたのだが、多分何かお考えがあるに違いないよ」
「お考え、とは」
「スズヤ卿の知識の広さと深さに、我々は遠く及ばない。解る訳がないだろ? でもね、送りつけられたクズ珊瑚でさえ、とんでもなく素晴らしい宝具になっていたよ。テルウェスト司祭は『光の苑球』と仰有っていたが、まさに『天光の珊瑚』を模したとしか思えない。丸い硝子の器の中に岩棚を作り珊瑚を飾って、夜光貝の欠片で天光の如く、銀の光が降り注ぐ海を表現なさっていた。あの伝承の、まさに賢神一位からの加護を賜った珊瑚の再現だよ」
「スズヤ卿は本当に正しく、リンディエン神司祭の意図を読み解いておられたのですね」
「綺麗だったなぁ……見ているだけで心が、こう、癒されるっていう。あれこそ『宝具』だね」
「それは是非とも拝見したいです……!」
「岩石、持っていく時に一緒に運んでもらえるなら……シュリィイーレ教会で見せてもらえるように頼もう」
「はい! お任せください! わたくしは【収納魔法】がございます!」
「そっか、じゃあティエルロードに頼もう」
「ええっ? 私はっ?」
「省院長と副省院長の両方が省院事務所にいないってのは、まずいでしょ?」
「……」
「ちゃんと、お土産を買ってきますよ。副省院長」
「あ、それと、リデリア島の調査って次はいつだっけ?」
「はい……十五年ごとですから……あ、今年ですね。来月、
「そうか! これはいい、もうひとつのスズヤ卿からのご依頼もなんとかなりそうだ。だけど、やっぱりそれだけじゃなぁ……」
(スズヤ卿の深い見識には驚かされる……神のご寵愛を受けていらっしゃるのだから当然か。しかし、神聖魔法師がこのように軽く扱われて……本当にそれでよいのだろうか)
▶皇宮
「陛下、シュリィイーレ司祭から『スズヤ卿に間違いなくお届けできました』と連絡がございました」
「そうか! ああ、安堵した。もうこのようなこと、懲り懲りだわい」
「わたくしも無事にお渡しできました。詫び状も届けてもらいましたが、お怒りのご様子ではなかったと聞き、ほっと致しました」
「リンディエン神司祭、詫び状まで用意したのか?」
「はい。スズヤ卿は我ら『貴族正統・第一位』と同等位階でございますが、神聖魔法師でいらっしゃいますから格としては遙かに上位。わたくしとしても誠心を示しておきたいと存じまして」
「うむ……神聖魔法か」
「レイエルス神司祭の確認なさったところによると、神聖属性の魔法が四種、技能が一種顕現なさっていたとか。魔法に関しては、わたくしには到底辿り着けぬ階位でいらっしゃいます」
「なんとも……相も変わらず……」
「しかも攻撃魔法が何ひとつない、と。命を育み新たに宝具を作り出すという魔法ばかりで、神々がどれほどスズヤ卿に未来を託されていらっしゃるのかと感動いたしました」
「ううむ……流石だのぅ。そなたの言っていた、珊瑚を使った『光の苑球』とやらも……是非見てみたいものだ」
「驚かれますよ、ご覧になったら」
「……タクトに……『光の苑球』とやら、作ってもらえぬものかのぅ……」
「それは……わたくしからは……申し上げられません」
(陛下は何を仰有っているのだ? 珊瑚は『褒賞』だというのに、宝具にして差し出せ、と? なんと、強欲な……)
(昔から陛下は失言の多いお方であったが、未だに……あまりに感情をすぐに言葉に出しすぎる。神聖魔法師に対して物品を要求するなど、少し考えれば理不尽なことと解るはずだ)
(もしあの時、セラフィエムス卿が何も仰有らなかったら……陛下はスズヤ卿に、なにひとつ報いるつもりはなかったのだろうか……?)
(((本当に……このままでよい、のか?)))
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