第325話 お届け物でございます
マリティエラさんへの身分証表記隠蔽予防も終了し、おふたり供銀証を保つことが出来そうである。
流石に『お姉さま呼び』だけでは……と、後日別のことでもお礼を、と言ってくれたマリティエラさんは笑顔で戻って行った。
……ライリクスさんは俺が何度も『お姉さま』を連呼したせいか、ずっと機嫌の悪い顔のままだったが。
俺を『利用した』風を装っているけど、ライリクスさんが俺の魔法を信頼してくれているのは解っている。
『絶対に破られない隠蔽』だと知っているから、俺に全部任せてくれたのだ。
そうじゃなければ、身分証を開示してくれるなんてことはあり得ない。
そしてそのことをひっくるめて全部、マリティエラさんもライリクスさんを理解しているのだ。
しかし、名前の……家名の表記ってのが、そこまで魔法に左右されていたとは思わなかったなぁ。
あ、でもそうか。
魔法で名前、俺も貰っちゃったっけ。
あの『聖称』未だに、ちゃんと発音できないけどな!
そういえば、なんで俺は『ホロ』なのに、同じ神斎術師の称号や聖称の出たビィクティアムさんは金証のままなんだろう?
違いと言えば……神聖魔法?
神聖魔法と神斎術のふたつが揃うと、ホログラムが発動するとか?
それとも、魔力量が百万越えでそーなるとか?
身分証の表示って、本当に神様方の気まぐれなんじゃないんだろうか……
今まで考えてなかったけど、身分証に使われている金属って……なんだろう?
鑑定してみたことなかったよなぁ……と、神眼で視てみた。
ベースは白金……?
プラチナと金の合金……いや、コバルトも鉄も含まれてる?
うわー……構造が複雑すぎて、全然解らないや。
これは『こういうもの』として元々存在しているもので、合金として作ることができるものではないのかもしれない。
『神様がくれた金属』なのかもなぁ……
産地、絶対に錆山な気がする。
今度錆山の奥に行ったら、サーチかけてみよう。
翌日、猟師組合のバルトークスさんが昼食の時に『閃光仗』を追加で買えないかと言ってきた。
「狩りってより、これから魔虫の季節だからよ。なるべく森に入るやつには持たせておきてぇんだ」
「いいですよ。いくつくらいですか?」
「うーん……実はなぁ、レーデルスの自警団と魔法師組合からも少し買わせてもらえねぇかって言われててよぅ……」
あ、バーライムさんの所に送ったからなぁ。
だけど、あんまり大っぴらに売りたい訳じゃないんだよなぁ。
俺自身が物品を作って売るってのは、できるだけこの町の中だけにしたい。
しかし、レーデルスからは結構、いろいろな根菜やら葉物野菜やらが入ってくるから魔虫被害など出ては困るかもしれない。
んー……
「じゃあ、条件付きでしたらいいですよ」
「おお、すまねぇな!」
バルトークスさんに出した条件は、ふたつ。
販売するのは『簡易版』で十個まで。
レーデルス以外の町には、持ち出さないこと。
対人用とか、狩りに使うようなモードは一切なしで、魔虫殲滅光のみの簡易モデル。
それでいいかと確認したら、充分だと言ってくれたので明日にでも持っていくと約束をした。
「値段はどんなもんなんだ?」
「……バルトークスさんだったら、いくらなら買いますか?」
「そうだな……一本、小金貨五枚ってところだな」
え?
ぼったくりでは?
「いいや。簡易版って言うならこれくらいだ。これ以下で売っちゃ駄目だ。俺達の使っているものだったら、それ以上の価値がある」
まぁ、組合長がそうおっしゃるなら、今回はそれで……
思わぬところで臨時収入。
そろそろ夕食時間という頃に、教会からテルウェスト司祭がやってきた。
そして小さな箱と手紙を渡された。
「え? リンディエン神司祭からですか?」
「はい。実は先日お届けした珊瑚の箱のひとつ、白化したという物が入っていた方ですが本来であれば、調査のために王都に届くべきものだったようでございます」
「調査……ですか」
「ええ、珊瑚の状態がよくないということのようで。その箱と、こちらのものが入れ替わって届いてしまったらしく、リンディエン神司祭がお届けくださいました」
うわ、態々聖神司祭様に届けてもらっちゃったのか!
でも調査資料なら、お返ししないとまずいんだろうか?
殆ど光ドームとかに使っちゃったなー。
「いえ、返却の必要はない、と。資料としてのものは、また送られているようですので」
「そうでしたか。いや、変な物が多いなーとは思ったんですよね。持ってきてもらってしまって申し訳ありませんでした、テルウェスト司祭」
「いえ、お気になさらず。実は菓子も買いに来たかったので」
「あ、それじゃ新しく作ったものを、教会の皆様で是非!」
ふっふっふっ、カルラスからもらった大量の生姜と、サラーエレさんの所で買い集めた香辛料を大量に使って『ジンジャーシロップ』を作ったのだ。
クローブ、シナモン、カイエンペッパー、カルダモン、スターアニス等々を、絶妙の配合で混ぜ込み、生姜もふんだんに使って煮詰めたこのシロップ。
実はあちらの世界で一度だけ買ったもので、あまりの美味しさに次に買いに行ったら……店舗が移転していて買えなかった悲しみの逸品なのだ。
あちらの世界で買えなくても、こっちでは買えちゃうんだぜ。
だが、こちらの材料でも再現しておけば、いつでも作り出せるようになるので
ちゃんと作ってみましたよ!
そしてこのシロップと、牛乳、珈琲を混ぜ合わせると……なんと!
あの甘めの珈琲味で、ふたつにパキッと割って食べる、チューチューアイスの味になるのである!
当然、そのシャーベットだって、美味しいに決まっている。
今回夏場に向けて、カップアイスのようにシャーベットを作ってみたのだ。
「氷菓なのですが、この手提げに入っていれば溶けません。出してすぐはちょっと硬めですけど、匙で掬って召し上がってみてください」
「なんと……! 氷の菓子なのですか! おお、冷たいですねぇ」
「新製品として、今年の夏場に売り出す予定なので、その前に皆様でどうぞ」
「ありがとうございます! 皆、喜ぶと思います」
上司の理不尽な依頼に『否!』と言える司祭様達とは、是非とも懇意にしておきたい。
下心満載の付け届けなので、お気に召していただけたら嬉しいです。
そしてテルウェスト司祭と入れ替わりでやってきた荷馬車に乗っていたのは、待ちに待ったセラフィラントからのナッツ!
ひゃっふーーー!
さあ、ナッツチョコレートを作るぞーー!
そーだ、椪柑と枸櫞の蜜漬けもあるから刻んで入れて、オランジットみたいにしたものも作ろうっと!
榛果フレーバーにしたらコクも出て、絶対に美味しいぞ!
ピスタチオはホワイトチョコに練り込んでも良いし、アイスにしても良い。
焼き菓子も捨てがたい。
カシューナッツは炒って塩味をそのままでも……いや、アーモンドと一緒に砕いてキャラメルナッツかな!
ふっふっふー!
たーのしー!
そしてその荷馬車にセラフィラント行きの不銹鋼を乗せ、牛乳缶と水槽、番重といつものセットを積んでいただいて、セラフィラントへGO!
来月の初めには、牛乳と初夏のお魚が届くのだ。
暖かくなると食べ物が豊富になって、心も満たされるよね。
スイーツ部も、レトルト工場も、フル回転だな!
そして部屋に戻ってリンディエン神司祭からのお手紙と褒賞とやらを確認。
……なるほど、忘れていたってことですね?
そんでもって確認せずに送って、今になって間違えたって気がついた……と。
抜けてるなぁ、神司祭様。
大丈夫なのか? 教会トップ……
まあ、こっちも全然期待したり待ったりしていなかったものだし、送ってこなくてもよかったんだけどね。
でも、珊瑚は手に入らないものだから、それなりに嬉しかったかも。
褒賞として改めて届けてくれたのは、細くて綺麗な桃色珊瑚の腕輪だ。
銀が使われているしぼんやり青く光が見えるから、加護が掛かっているんだろう。
精神系の耐性……かな?
気持ちを落ち着けるとか、ヒーリングとか?
神司祭サイドが忘れていてあのタイミングで送ってきたものと同時ってことは、陛下の方も絶対に忘れてたな。
慌て方が馬鹿すぎて怒る気にもならないけど、陛下だけの判断なのかな?
真珠じゃなくて貝ってのは。
周りの人達、大変だっただろうな……いろいろ。
俺だから別にいいけど、他の人だったらとんでもない事態になってただろうに……
もし大貴族のいずれかの家門だったりしたら、どういう誤解をされていたか考えると、皇家大ピンチだよね。
政治的にも、経済圏や領地の臣民の感情なんかを考えても、皇家より十八家門の方が強そうだし。
まぁ、あの真珠貝のおかげでリデリア島の三角錐が修復できたから、これも神様の采配……なのかねぇ?
いや、陛下のポンコツっぷりまで神様のせいにしちゃ悪いな。
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