第326話 再登録

 弓月の十日過ぎ、やっと『身分証再登録』のお触れが出た。

 俺的な印象としては、金証・十八家門以外は国勢調査みたいなものかと思っていたのだが、もっと重要な『戸籍の再確認登録』ってことらしい。


 これできちんと新しい身分に再登録しない者は、イスグロリエスト皇国国籍から除外となる……ということで、朝も早くから皆さん教会や役所にいらしているのである。


 まぁ、ひとりあたり掛かる時間は一、二分程度だし、成人の儀みたいに説明も必要ないからサクサクと済んでいるようだ。

 ……金証以外の人達は。


 シュリィイーレは銀証の人達も多いので普通の臣民並みに感じてしまうが、他領は大変だろうなぁ。

 新しい身分表記は結構複雑で、銀証でも十段階、その下となる銅証で三段階、魔法師でもなく騎士位も取っていない一般の臣民が鉄証で一段階だけ、他国からの帰化民で魔法師以外の者は鈍鉄にびてつ証と呼ばれるもので二段階ある。


 そして金証は元々五段階であったものに、神斎術師・神聖魔法師が加わって七段階になってしまうのだ。

 その『身分階位』の名称が、身分証にハッキリと記載される。


 でもまぁ、金証はそもそも皇家と十八家門の血筋、そして血統を維持し続けている従者家門の一家門だけなのだ。

 それと、イレギュラーの俺、である。


 意外と多いんだよね、シュリィイーレにいる金証の人って。

 そういう人達は別室で、魔法法制省院、教会神司祭、紋章章印議院の方々と個別面談だという。

 なんかもう、企業の面接試験並みに緊張する。


 父さんと母さんは金証じゃないから午前中にさっくり終わらせてきたのだが、俺は……夕方らしい。

 ……早く終わらせたい。

 こういうのの待ち時間ってホント、苦手。


 プレッシャーに弱いんですよ。

 就活の時の面談なんて、二カ所受けただけで『絶対向いてない、無理』って諦めたからね……

 多対一の面談、もの凄くつらい……



「わざわざのお越し、恐縮でございます」

 おおぅ……お偉いさん三人に深々と礼を取られてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 俺から向かって左にガシュエント章印議院院長、真ん中がレイエルス神司祭、そして右側にリヴェラリム魔法法制省院省院長……ファイラスさんの兄上様か。


 ちゃちゃっと済ませてお家に帰りたい俺としては、そそくさと身分証を拡大して鑑定板の上に伏せる。

 ぴくっ、とレイエルス神司祭が眉を動かす。

「……失礼ながら、スズヤ卿、あなたは金証のはずでは?」

「あ、すみません。いつもは家名を伏せているので……戻しますね」

 俺が家名を表示させると、みるみるうちに金証へと変化する。


「な、なんと……これほど素晴らしい【隠蔽魔法】は、初めてでございます」

 ガシュエント章印議院院長が、眼をぱちくりさせている。

「銀板を使っているので、魔法の保持力が高いのです」


 俺はなるべく自然に、絶対に嘘だけはつかないように当たり障りなく答える。

 ライリクスさんのような、看破の魔眼持ちがいないとも限らない。

「なぜ……家名を隠されるのか、お伺いしても?」

 レイエルス神司祭は、ちょっと厳しめの表情だ。


「金証は血統維持の証明……と伺いましたが、俺はこの国の十八家門でも、皇家の血統でもありません。金証のままにしておくと、うっかり見てしまったこの町の方々が勘違いなさると思って。大貴族と間違われたりするのは、俺も本意ではありませんし、絶対に聖魔法があると知られてしまうでしょう?」

「あ、ああ……左様でございますね。市井でお暮らしであるのなら、大貴族でないなら聖魔法は知られない方がいい」


 お、レイエルス神司祭の表情がちょっと緩んだ。

 俺が金証を疎んじていると思って、不快に感じていたのかな?


「……神聖魔法が……ふたつ?」

「信じられん……! なんという素晴らしい……」

「えーと、その他の神聖属性は、これと、これと、これ、ですね」


【臨界魔法】【冶金魔法】『神詞操作』を指差し、確認していただく。

 そして簡単にどんな魔法か説明。


「こんなにも神聖魔法と、聖魔法や技能をお持ちとは……」

「こちらの魔眼を、詳しくお伺いしても?」

「『真態しんたい看取みとり』です。生物でも物品や魔法でも、正しく良い状態であるかどうかが解ります」

 おっと、皆さんに首を傾げられてしまった。


 俺はレイエルス神司祭に、右肩が少し痛いのでは? と聞いてみる。

「え、ええ。なぜ……」

「とても良い状態ですと、キラキラと光って視えるんです。練度の高い魔力や、性能の良い道具なども。でも具合が悪かったり、鮮度が落ちて味の悪い野菜なんかは悪くなった部分が少し黒ずんで視えます。今、俺の目にはレイエルス神司祭の右肩と、リヴェラリム省院長の両肩、そしてガシュエント議院長の左足首当たりが少し黒っぽく視えています」


「た、確かに、わたくしは昨日、右肩を少し痛めて……」

「私も、連日の書類作業で、両肩が痛いです」

「む、私は……先ほど階段で、少々捻ってしまった……そのように視える魔眼は初めてでございますな」

「サラレア神司祭の、本質を見抜く魔眼と少し似ているものだと思いますよ。一番いいのは、食材の美味しいものが判ることですね! 市場では大活躍です」


 くっ、とリヴェラリム省院長の笑いを堪える声がする。

 この人もファイラスさんと一緒で、声が出るタイプなんだろうか。


「正しく良い状態のものが、煌めいて視える……素晴らしい魔眼でございますね」

「ありがとうございます」

 レイエルス神司祭の笑顔に俺がちょっとほっとして、差し出された身分証を受け取った時に、リヴェラリム省院長がおや、と声を上げた。

「その腕輪は、教会偉勲賞褒賞のものですか?」


 え?

 ああ、そうだ、加護法具だって言うんで、緊張が解れると良いなーと思って着けて来たんだった。

 桃色珊瑚だけど、細めの腕輪だからそんなに大仰にならないと思って。


「はい、先日テルウェスト司祭がお届けくださいまして」

「『天光の珊瑚』……と伺いましたが、銀なのですね」


 天光の珊瑚……?

 ああー、あったなーそんな寓話が。

 うん、神話の五巻に載っていたやつだな。

 そうか、民間伝承でも伝わっていたんだな。

 この話は、ライリクスさんからの書き付けにはなかったなぁ。


「そうだったんですか! それで欠けた珊瑚とこれが届いたんですね。二段階の謎かけだとは思いませんでしたよ。なかなか、手が込んでいらっしゃいますねー」


『天光の珊瑚』のお話は深海深く眠るように過ごしていた赤珊瑚が、煌めく海面の天光に憧れ、傷ついてボロボロになりながら海面を目指す……という珊瑚擬人化物語である。

 ……いや、擬人化というより、付喪神か?

 珊瑚は動物だから付喪神ってのも、ちと違うか。

 まぁ、日本人的には、馴染み深い感じのキャラ設定物語だ。


「赤珊瑚はなんとか海面近くまで来た時に、朝の光で赤から桃の花のような色に変わったでしょう? その時の海面の燦めきが銀糸のようだ……と伝わっていたので、銀なのではないかと。とても健気で、美しい物語ですよね」


 皆さんがきょとんとしていらっしゃる。

 あれ?

 違った?

 もしかして、伝わっているのは別のモノとかに変化してるのかな?


「そうか……そうなのですね……! ああ、いや、失礼。私どもではそこまでの伝承を見つけることができず、リンディエン神司祭のお心が、汲み取れておりませんでした。なんとも、お恥ずかしい」

 何か喉のつかえでも取れたかのように、さっぱりとした感じのリヴェラリム省院長と、考え込んだ風のレイエルス神司祭。


「……二段構え……スズヤ卿、じ、実は……」

 そして、ガシュエント議院長が何か言いかけた時に、お話し中に申し訳ございません、とテルウェスト司祭が扉を薄く開けてガシュエント議院長を呼んだ。


 そしてなにやら小さい箱を渡し、軽く会釈をして扉を閉めた。

「ガシュエント章印議院院長?」

「あ、ああ、申し訳ございません。えっと、スズヤ卿『海神の使い』という伝承はご存じでございますか?」


 なんだ?

 皆様も伝承話ブームなのかな?


「ええ。父親の病気を治そうとした魔法師に、海の神の使いを名乗る魚が薬と引き替えに真珠を差し出せっていう話ですよね?」

「はい……」

「確か、普通の二枚貝に魔法をかけて育てて真珠を作ったけどひとつしかできなくて、使いが怒って青年を食おうとした時に貝達が守ってくれて……その貝を助けるために魔力を使い果たした青年の心に応えた聖神一位が『命の明星』という『宵の星色の真珠』を渡して貝と青年を生き返らせる……だったかな?」


 そうそう、神話の五巻に載っていたのはそんな感じだった。

 で、その貝達が、今の真珠貝なんだよっていうお話。


 こっちは魔魚に食べられちゃったとか、貝に魔力を渡して死んじゃったとか、いろいろ悲劇的な伝承も各地であった。

 悲劇だったのが殆ど海のない領地のものだったから、真珠が採れるところへのちょっとした妬みも入っていたのかもしれない。


「そう……そうでございましたか! いや、なんと……わたくしも、勘違いしておりました。たった今、皇后殿下よりスズヤ卿へ至急渡して欲しいと、こちらの司祭に託されたものをお預かりいたしました」


 はて?

 皇后殿下が、俺に何を?


「こちら、イスグロリエスト大綬章褒賞の『宵の星色の真珠』を使いました胸章でございます。お受け取りください」

「……陛下の方も、二段構えの謎かけ……と?」


 レイエルス神司祭が、ちょっと呆れたような声を出すのも解る。

 そっか、皇后殿下からってのは、皇后殿下の加護神とかけたってことか。


 これ、本当はこっちを送り忘れていたんじゃないかなぁ……

 それできっと、慌てて皇后殿下が手配してくださったに違いない。

 陛下の方の『なぞらえ』は……後付けかな?

 真珠貝の言い訳にしちゃ、苦しいもんな。

 ま、ことを荒立てることもないし、このまま受け取って終わりにした方がいいかもな。


 おおー……これはなかなか大粒の……メロパールってやつでは?

 巻き貝にできる天然真珠で、もの凄く貴重な真珠だって聞いたことがある。


「さすが、皇后殿下……凄い真珠ですね」

「え? 本当に真珠ですか? 光沢が全然違うように思えるけど……」


 リヴェラリム省院長殿は、随分砕けてきたな。

 もともとはフランクな人なのかも……ファイラスさんのお兄さんだしね。


「この色の真珠は巻き貝にできるもので、真珠層を巻く二枚貝からの真珠ではないので、輝きが違うんです。模様が波状のチラチラと燃える炎のようでもあり、まさに夕焼けの空を思わせる輝きの希少な真珠です。本物は初めて見ましたが……『命の明星』と言われるのも納得ですね」


 これは、凄いものもらっちゃったなー。

 皇后殿下には、御礼状を書いた方がいいのかなぁ。

 陛下には……礼を言う気分じゃないけど。

 絶対にあちこちに迷惑かけてるだろ、あのおっさん。


 ガシュエント議院長も笑顔で頷いているし、他の二人も穏やかだし……めでたしめでたしかな?

 このパールの胸章、嬉しいけど……これが相応しい場所に行く機会がないよなぁ。

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