第324話 家名
スイーツタイムも終わって、休憩時間に入ろうと『準備中』札を掲げたその時。
「……いらっしゃぁい……」
微笑みつつも目が笑っていないマリティエラさんと、その後ろに隠れるように縮こまって暗い顔色のライリクスさんがやってきた。
「全部、聞いたわよ、タクトくん?」
予想通りである。
「では、お二階へどうぞ……」
「ええ」
「……すみません、タクトくん……」
「想定の範囲内です。ライリクスさんがマリティエラさんに隠し事ができるなんて、思っていませんでしたから」
おふたりを俺の部屋にご案内して、膝詰め談判である。
というか、審問会?
被告は当然、俺とライリクスさんだ。
「もうっ! なんだって相談もなしに、勝手にこの人が決めたことを請け負ってしまうのよ!」
「それはまぁ……如何ともし難いといいますか、申し訳ございません……」
「ライも! タクトくんまで巻き込むなんて!」
「その辺は僕も……その、焦っていたというか……」
「あ、それはお気になさらず。ライリクスさんが俺とビィクティアムさんを巻き込んだのは、多分ちゃんと計算尽くでしょうし、俺達も解ってて巻き込まれているので」
ビィクティアムさんから聞いた訳じゃないけど、多分そうだと思うんだよね。
「……やはり、タクトくんも長官も、侮れませんねぇ……」
ホント、ライリクスさんといいセインさんといい、ドミナティアは欲望に素直だよな。
そう、この国の身分制度は、兎に角『魔法』と『魔力量』が絶対の基本。
どの家門であるかとか、皇家とか貴族とかそんな『家』と『血筋』をも上回る身分制度。
その上位ふたりが、神斎術師のビィクティアムさんと神聖魔法師の俺。
勿論、ふたり共魔力量はぶっちぎりのツートップなのだ。
ライリクスさんの隠蔽工作がもしバレたとしても、ビィクティアムさんと俺は既にそのことを承知して問題なしとしているという事実があればたいした罪には問えない。
罪になるとしても精々、家門からの完全除名。
どっちに転んでも、ライリクスさんはマントリエルに帰らずに済む訳だ。
マリティエラさんと一緒にいるためなら、俺やビィクティアムさんを巻き込むことなんて気にもしていない。
「……そういうところ、ちょっと嫌いよ、ライ」
「すみません、マリー。でも、僕は君と子供達を、絶対に誰にも渡したくはないのです。家門に差し出すくらいなら、子供など作りたくない」
「馬鹿ね……あなたひとりがそう思っているのではないのよ? なんで……お兄様やタクトくんに話す前に、私に言ってくれなかったの?」
「君に……負担に思って欲しくなかったのです。僕のために、君に哀しんで欲しくなかった」
俺の部屋で甘々スイートロマンスの展開は、止めてもらえませんかね?
そーですよね。
まったく、何よりもマリティエラさんが最優先ってことだよね。
ライリクスさんは俺と一緒で、ちゃんと愛する人とその他を差別する人ですよ。
知ってましたとも。
「それで、どうしますか? マリティエラさんも工作しておきます?」
「勿論よ」
「君にも……ですか?」
「ええ。私は既に、血統魔法を持っていることが公開されているわ。それに、シュリィイーレに来てから、聖属性技能も出てしまっているの。聖魔法が出る確率は高いのよ」
そういって見せてくれたマリティエラさんの身分証には、セラフィエムスの血統魔法のひとつ【
うわ、めっちゃレアなやつじゃん。
あの貴族名鑑に載っていた、セラフィエムス家門でも歴代でふたりだけしか出ていなかった魔法だ。
体内の血流、リンパなどの流れだけでなく魔力の流れを完全に読み取り、調整、修正ができる緑系の魔法だ。
まさに『医師』のための魔法と言えよう。
あれ?
家門名は『セラフィエムス』……?
結婚したのに、変わらないのか?
「何、言ってるのよ、タクトくん。変わる訳がないじゃない。家名は、血統魔法がある血筋の名前よ? 身体中の血が全て入れ替わらない限り、家名が変わるなんてあり得ないでしょう?」
「だって……皇家は皇后殿下も『イスグロリエスト』でしたよ?」
「皇家は公式には国名が家名扱いですが、血統魔法の家名も勿論、身分証には表記されているのですよ」
じゃあ……同じ家族でも、家名の表記が違うのか。
そうなのか……だから、俺はずっと『鈴谷』なんだな。
やっぱり【文字魔法】が、家系魔法なのかなぁ。
俺の家名が知られてしまった時に、父さん達はそんなに嫌な気分にはならなかったって思っていいのかな。
「でも、父方と母方の両方の家系魔法を継いでいたら、どういう表記になるんですか?」
「その家門が、どちらの系統であるかによります。男系であれば父方の魔法が、女系であれば母方の魔法が優性ですね。まぁ、滅多にそういう方はいませんが」
なるほど。
『家』が個人の名前になるのではなく『血筋』が間違いなく継がれている証明となる魔法を持つ者だけが『家名』を持つ資格があるのか。
養子でも婚姻でも、その家門の血が流れていなければ『家名』は身分証には表示されず、名乗れないのだ。
そーか、ドードエラスが『セラフィエムス』じゃなかったのは、あいつの持っていた家系魔法が『ドードエラス』の家系魔法である【時空魔法】で、セラフィエムスのものじゃなかったからなんだ。
じゃ、なんで聖魔法があれば、なんて言ってやがったんだ?
「そういう血統魔法の知識って、貴族はちゃんと学んだりするんですよね?」
「残念ながら、嫡子以外はきちんと知らずに勘違いしている者もいます。今は従者の家系では、理解している者の方が少ないでしょうね。今『貴族』を名乗っている者達の殆どは血統など維持していない連中ですし。本当は常識なんですけどねぇ。従者であるのなら特に!」
実は俺も勘違いというか、混同していたのだが、家系魔法と血統魔法というのは厳密には違う。
血統魔法は『血統を保ち続けている者同士の子供達のみ』にしか現れない家門の独自魔法。
一方、家系魔法は血統を保つ者以外との婚姻でも現れる可能性がある家系の独自魔法……のようだ。
だから、十八家門における家門の魔法は全て『血統魔法』だが、血統を保つレイエルス家以外の従者家系のものは全部『家系魔法』ということになるようだ。
でも、臣民の間では、家系魔法の中に血統維持者の血統魔法が含まれる……というざっくりとした解釈がされているみたいな気がする。
そして今の従者家系のやつらは、家系魔法と血統魔法はイコールだと思っているのではないだろうか。
どうやら、そういうことがきちんと学べるのは『貴系学舎』という、十八家門の血統魔法を得ている者か、騎士位を獲得した銀証以上の者しか入れない『大学』みたいなところだけだそうだ。
銅証以下は『臣民』で、継承などには関係ないから知らなくていい……ということなのだろう。
でもねー、勘違いとかはちゃんと正しておかないといけなかったと思うよー。
ホント、教育緩すぎ。
「ええ……そうね。その家に生まれたってだけで、家門の名前を勝手に名乗る愚か者が多いものね」
同じ家族の中でも血統魔法や家系魔法がなければ、身分証に家名は表示されないから、身分が違うってことか?
「当然です。そして『血統を遵守していない家系』の者は、家系魔法と聖魔法の両方が出たとしても金証にはならないんですよ」
「『金証』は血統維持の証なの。だから……あたし達は、聖魔法次第で変わってしまうのよ」
父さんが言っていたっけ。
『今、本当の貴族と言えるのは十八家門だけだ』って。
貴族の条件は血統の遵守……ってことなんだな。
実は、ちょっと不思議だったんだよな。
傍流家系とは言え『リヴェラリム』の血統魔法を継いでいて金証のファイラスさんを、従者家系のシエラデイスが『従兄弟』だなんて言っていたのが。
リヴェラリムは女系で、当主は女性だ。
だいたいどの家門でも絶対遵守魔法以外にも数種の血統魔法があり、男女どちらにも顕現するものも多い。
だが、リヴェラリムでは絶対遵守以外の血統魔法は、男性にしか顕現しないものばかりなのだそうだ。
リヴェラリム家門に生まれた血統魔法がない女性は、魔法師職であるか、騎士位を取得するか、聖魔法が顕現するかのいずれかでない限り銀証ではなく『銅証』になる。
その場合、十八家門に嫁ぐことはできず、従者家系や一般臣民と普通に結婚し、子供もできるのだそうだ。
そして、その子供以降は、絶対にリヴェラリム由来の『血統魔法』は出ない。
『血統遵守』がされなかったから。
出るとしても相手側の『家系魔法』だけなのである。
つまり『貴族』では、あり得ないということになる。
『婚姻関係』だけで身分階位が変わると思い込んでいる『下位貴族』が、勝手に『親戚面』をしていたのだ。
貴族が『家系魔法を獲得していない者を家門の者と認めていない』と理解していれば、銅証という時点でその人が『家門の者』でないと解るはずなのに。
実際、ファイラスさんがシエラデイスの愚策に乗っかって『従兄弟呼び』されていた時には、吐き気がするほどムカつくって言っていたらしい。
……ちょっと、冷た過ぎると思わなくもない。
同じ親から生まれても、家系魔法がなければ『家族』ではないのだから。
ああ、だから『一緒には住めない』のか。
そうでなくても受け入れられ、大切にされるのが聖魔法を獲得した者なのだ。
貴族傍流達が、どれほど聖魔法を欲しがっているか……解るような気がする。
今度の法典にはその辺りがきちんと記されて、身分証に『身分階位』が明記されるのだろう。
いままで『貴族』だと言って勝手に家名を名乗っていた『血統魔法を持っていないやつら』にしっかりと『身分の差』が示される訳か。
身分証の『家名』は、今以上に重要になるということだな。
「解りました。では、マリティエラさんにも、ライリクスさんと同じようにいたしましょう。あ、でもマリティエラさんは、血統魔法を表示ってことでいいんですよね?」
「ええ、そうして。ありがとう、タクトくん。あたしは……何を対価にしたらいいかしら?」
ふむ……
あ、そーだ。
絶対にライリクスさんが嫌がること、言っちゃおうかな。
「じゃあ、俺もメイリーンさんみたいに『お姉さま』って呼んでいいですか?」
「なっなんです、それっ!」
「あら、いいわよ。何よ、そんなことでいいの?」
「はい! ライリクスさんが凄く嫌がりそうなので、それがいいです!」
「こういうところで意趣返しするなんて……君、心が狭すぎですよ!」
「えええぇ? 全部、ライリクスさんのせいじゃないですかぁ。俺は『巻き込まれてあげた』のに、マリティエラさんにぺらぺら喋っちゃったのはどなたですか。ねぇ? お姉さまっ」
「んっぐ……!」
「うふふっ、なんだか嬉しいわ。弟ができたみたいで。あたしも『タッくん』て呼んじゃおうかしら?」
「はい! 是非とも、マリー姉様!」
「マリー! 君まで……!」
「あらぁ……あたしより先に、お兄さまとタッくんに頼ったくせにぃ。ねぇ?」
「ねー」
わはははは!
呼んでる俺も恥ずかしいが、このくらいの仕返しはさせてもらうぞ!
ライリクスさんの前では、絶対に『お姉さま』って呼ぼう。
しかし『タッくん』は、地味にダメージが出るな……
そのうち慣れるといいんだが。
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