第308話 海上飛行

 落ち着いてよくよく確認すると、なんとか生きている貝は六割程。

 死んでしまったものを取りだしてから、鰆の入っている水槽の海水を少し足す。


 多分これで、少しはプランクトンとか入っただろうから当座の餌はありそうだけど、この地下倉庫で育てることはできないし……

 真珠貝も夜光貝も『貝殻が綺麗』ってんで、真珠そのものより貝殻の方がメインなのかね?


 珊瑚は褐虫藻のタイプだと、光合成が必要だよね?

 どうやら珊瑚で生きていたのは、さっきのひとつだけみたいだから、残りは何かに利用できるかな。


『素材』ってことで、いろいろな種類を贈ってあげよう! って思ってくれたのかもしれない。

 この白化したやつも『白くて綺麗な珊瑚』っていう扱いなのかなぁ。

 いや、現地の人の判断と言うより、教会側の方々が『全部の種類を入れろ』とか言っちゃったのかも……


 お偉いさんの考えていることは、よく解らないよねぇ。


「で、これはどうするんだ、タクト?」

「そうですねぇ……取り敢えず、真珠貝の死んでしまったものは中を確かめて、貝柱とかは食べられるので料理しますよ。生きてる方は貴重な貝だと思うので、産地に戻した方がいいような気がするんですけど……」

「難しいな。返却はできんだろう。なにせ『下賜された褒賞』なのだから」

「……ですよねー」


 実はアコヤ貝は食用としては……俺的にイマイチなのだ。

 シュリィイーレの人達は貝自体をあまり食べないし、俺が食べない魚介は沢山あっても困るんだよなぁ。


 養殖なら、このくらいの数は大したことないのかもしれないが天然物だ。

 真珠が絶対に入っていないような、二年未満くらいの小さめのものも多い。

 一応鑑定してみるが、ほとんどの貝で真珠らしきものは入っていない。


 産地は、カタエレリエラの最も南の海だそうだ。

 この様子だと、来た時は領地間を跨ぐ『越領方陣門』でも使ったに違いない。

 シュリィイーレから返すとなるとレーデルスの町のあるエルディエラ領を南に抜け、コレイル領を通過してカタエレリエラ……というルートだが、結構お金も時間も掛かるしなんといっても、その間この貝達が生きているとは限らない。


 しょーがない……俺が運ぶか……

 飛んで行けば、たいして時間は掛からないだろう。

 そうだ、ルシェルスの海もついでに見てきて、珊瑚礁が大変なことになっちゃっていないかだけは確認しよう。


 ビィクティアムさんには、珊瑚はなんとかなりそうだし真珠貝も貝殻は使えるかもしれないからちょっと考えますよ、と言って取り敢えずお引き取りいただいた。

 まったく、あの人達は俺を悩ませることばっかりするよな。




 その夜、ちょっと雨の降りそうなどんより天気であったが、俺はシュリィイーレ南側の崖からイスグロリエスト最南端までのアコヤ貝返還飛行に入った。

 海の上を飛んでいくから目撃者の心配はなさそうだが、岸壁から見えてしまわないように一応いつもの真っ黒スタイルである。

 服には新しく獲得してしまっていた【迷彩魔法】をかけておく。


 多分、光学迷彩を面白がってやってたせいで、そんな魔法が出てしまったのだろう。

 もしかして聖女様に『変身』してしまったのも『試行』になってしまったのかもしれない……

 ある意味、あれも『迷彩めくらまし』だ。

 その上、神聖魔法カテゴリーのようだから、表示するかどうか悩んでいる。


 折角だから育ててみようと思い、生きている貝を十枚ほど家に残してある。

 その他の全部は、カタエレリエラの海にお返しする。

 活魚水槽はコレクション内にはしまえなかったから、軽量化して手で持っていくしかない。

 弱っていた個体にも【回復魔法】をかけたら、とても元気にキラキラになったので、きっと海に戻しても大丈夫だろう。


 台所からメイリーンさん特製エナドリも何本か持ってきたし、海からの魔効素変換吸収指示も有効にしてある。

 速度を上げていくぞ!


 小一時間程、現在のMAXスピードで飛んだだろうか、眼下に島が見えてきた。

 あれは確か、リデリア島だ。

 エルディエラ領とコレイル領に跨る位置にある島で、人は住んでいないものの独特の植生で珍しい植物が多いらしい。

 ここも直轄地のため、許可を得た人しか立ち入ることができないのだとか。


 あれ?

 人はいないはずなのに、建物がいくつかある。

 もしかして、昔は住人がいたのかもしれないな。


 俺はリデリア島を通過し、更に南下。

 高い崖だった本土の海岸線が緩やかに低くなり、カタエレリエラ領の南端まで辿り着くと、岸壁の高さは十メートルもないくらいになっている。

 ここから反対側を少し北上すると、砂浜のある海岸になって港があるはずだ。


 例の如く空気がちゃんと供給されるようにして潜水準備を整え、ゆっくりと一番南端の海に入り海底の様子を調べていく。

 あ、いる、いる。

 アコヤ貝が沢山、岩肌に取り付いている。


 俺は持っていた水槽を開き、アコヤ貝を海に戻した。

 念のため魔瘴素の様子を確認したが、全く問題なくとても状態の良い海であった。

 きっとここなら稚貝が生まれれば、元気に育って綺麗な真珠貝になるだろう。


 うちにいる貝達のために、ここら辺の海底の岩を少し貰っていこう。

 海水と一緒に、アコヤ貝を運んできた水槽に入れて持ち帰ることにした。

 さて、水槽を置きに一度お家に帰ろうかな……と思ったその時、海面に魔瘴素が一筋漂っているのが見えた。


 なんかちょっと嫌な予感がするなー。


 俺は転移せずに、魔瘴素の流れてくる方へと飛び続ける。

 どうやら、リデリア島の南端から流れてきているようだ。

 魔瘴素が一番濃い辺りの上空から、地上を眺める。


 リデリア島は北側の一部だけが開けていて、かつて人がいたと思われる人工物がある。

 だが、島の八割以上が森で、人の手が入った形跡はまるでない。

 そのはずなのに……南側の一部にぽっかりとまぁるく穴が開いているかのように、木々のない場所が見える。

 今、俺のいる真下だ。


 魔瘴素のせいで、あそこだけ木が生えないのだろうか?

 近寄って地表すれすれを飛びながら、辺りを警戒する。

 背筋がざわざわする……

 まさか、なー……でも、ちょっと……このぞわぞわする感じは……

 おそるおそる開いた指示は『生きている魔虫を水色で表示』。


 森全体が、ざーーーーっと水色に変わった。

 わーーーーっ!

 無理無理無理無理無理ーーーーっ!


 俺は最速で真上に飛び上がり、全ての魔虫めがけて【雷光砕星】と【極光彩虹】のコンボをぶっ放した。

 水色の森は一瞬で紫になり、その紫もすぐに散り散りになって光と共に消え……夜の暗闇に吸い込まれた。

 あ、焦った……


 焦りすぎて隠蔽とか、視認阻害とか全然しなかった……

 コレイルからもエルディエラからも、この雷光は見えちゃっただろうなぁ。

 あの発光だと……

 でもっ!

 無理だったんですよっ!

 あの魔虫の姿なんか見たくなかったんですっ!


 もうすぐこの海を渡って、強い南風がシュリィイーレに入り込んでくる季節だ。

 きっとここで生まれた魔虫達はその風に乗ってシュリィイーレの南側に辿り着き、南西の白森に巣を作るのだろう。


 ああああ、想像しただけで気持ち悪くなる。

 予定になかった害虫駆除だったが、この季節でまだよかった。


 原因となった魔瘴素は森の『穴』から漏れ出ている。

 これをなんとかしないと、また魔虫が湧く!

 冗談じゃない!

 原因を元からシャットアウトせねば!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る