第309話 リデリア島
浄化が終わったリデリア島南部の森だが、他の魔獣などがいないかを確認する。
うん、大丈夫みたい。
それにしてもなんであんなに、大量の魔虫が湧いていたんだろう?
ここには元々、魔獣がいたのか?
だけど、毎年あれくらいの魔虫が孵っていたとしたら、もっとシュリィイーレは襲われていたはず。
それとも、ここの魔虫はコレイルとかエルディエラに行ってたのか?
もし……この発生が今回限りのことだったとしたら、供給された『苗床』は何だったんだろう……?
いかん、原因究明の前に全ての物証を完全消去してしまった……
俺は、探偵には向いていなさそうだ。
それにしてもこの島、結構暑いな。
地熱が高いとか?
そのせいで、魔虫が育ちやすいんだろうか。
地表に降りても平気だよな……と、魔瘴素が漏れている地面を見る。
あれ?
うっすらと……何かが書いてある?
いや、俺の『神眼』で視えているだけで、地表に書かれているわけではなさそうだ。
辺りを鑑定してみると、地面に何か埋まっている。
多分、三十センチくらい下……大きさは一メートル四方くらい……石板か?
俺は浮いたまま、足下の土を魔法で除去する。
やっぱり、石板だ。
表面に何か彫られている……あ、方陣っぽい。
【文字魔法】で可視化してみると、前・古代文字の方陣だった。
危ねぇ……うっかりこの上に立っていたら、また魔力の強制搾取とかされてしまったかもしれない。
おっと、今のうちに体力回復エナドリを補給しておこう。
俺は方陣を写して、呪文を効率化していく。
どうやら『移動の方陣』のようだ。
石板の方陣だと馬鹿みたいに魔力が必要みたいだが、繋がっている多角形の線を消して発動しないようしておこう。
触ったら突然どっかに移動させられちゃうと困るので、この石板の端っこに転移目標を書き込んで……あ、先に水槽を一度うちに置いてから。
転移で再び戻ってきて、呪文を短いものに書き替えてから線を繋げ直した方陣の上に立つ。
お、発動した……
移動先は……どうやら地下だ。
たいして魔力も使わずに済んだし、体力も削られていないので助かった。
うん、魔瘴素の発生源はここみたいだね。
魔法で明るくすると……やっぱありましたよ、三角錐が。
と言うことは、また聖典に魔力チャージして開くと、中に神話か神典の刻まれた石板がある訳ですよね?
その裏にある九芒方陣の石が外されちゃったりしてて、魔瘴素漏れを起こしているってことですよね!
うーむ……どうすっかなー。
【文字魔法】で魔瘴素を魔効素に変換させてしまえば、手出しせずとも解決はする。
だが、抜本的解決をせずに放置していいことではない。
となると……くっそー、取り敢えず三角錐を開いてみるか。
鍵は、神話の第一巻だった。
この魔力チャージは神話の文字数によるものだから、節約効率化はできない。
さて、ポストの口は……と探して近くに寄って浮かび上がった瞬間、がこんっと三角錐の一面が開いた……というか、倒れた。
えー……魔力溜めた神話の一巻、無駄になったじゃーん……
見えたのは……九芒方陣側か。
どうやら魔瘴素のせいで三角錐の接合部分が、まるで腐食しているかのようにぐずぐずになっているみたいだ。
カルラスのみたいに流れ出なくて、この場に溜まっちゃったからなんだろう。
魔瘴素、恐るべし……
石板を見ると嵌め込み位置の辺りに、大きく縦の亀裂が入っている。
だが、カルラスのもののように、無理矢理取り出したような傷はなく石板自体が少し傾いている。
足下を見ると石板の下の辺りも縦に割れ、崩れた石の一部が転がっている。
「これは……元々この石自体が、縦方向に割れやすい石なのか?」
その時、ぐらり、と地面が揺れた。
地震?
とっさに石板から距離を取って、揺れを分析する。
これは日本人なら、割とやってしまうのではないだろうか……
揺れを感じると初期微動だ……とか、今来たのはP波だな、とか、S波まで間隔狭いから震源近いな……とかいう体感分析。
俺はつい、やりがちだ。
震度三くらいまでなら日常茶飯事、という土地で育った弊害とも言えよう。
避難が遅れる原因にもなりそうだから、危ないとは思うんだけどね。
お、石板の足下が、またちょっと崩れた。
なるほど……ここら辺は大きな地震は少ないものの、細かい揺れが多いのだろう。
その震動で、長い時間をかけて石板に負荷がかかり割れてしまったのかもしれない。
なら……亀裂ができて外れてしまった石が、この辺に転がっていないか?
あ、あった、あった!
この丸いやつが……あれ?
『石』じゃないな?
金属だ。
鑑定してみると……これ、タングステンとコバルトを使った合金だ!
所謂『超硬合金』ってやつだ!
これは凄いぞ!
コバルトは錆山にはもの凄く少ないみたいで、まだ見つけてなかったんだよ!
いかんいかん、さっさと石板と三角錐直して、正しく開かないと反対側の文字が読めない。
コバルトはもう鑑定できたから、これからは魔法で出せるぞ。
顔料としても優秀だし、あらゆる金属との合金加工で使えるコバルトはリチウム電池を作る時にも役に立つ。
……あれ?
合金……が『宝玉』の神斎術……って……
『生命の書』に載っていた、そうだよ、『石』がなんだか解らなかった神斎術!
『貴剛鋼掩護』
石の名前が付いているはずの『掩護』系で、唯一『貴剛鋼』が何を指しているのか解らなかった。
金属、それも超硬合金のことだったんだ!
この神斎術で得られるのは『神鋼の加護を賜う』『
合金ならば、全部納得がいく。
「冶金の技能は……欲しいなーと思ってたんだよねぇ……」
今は【文字魔法】と【加工魔法】で作り出している合金だが、冶金としての技能や魔法が手に入るなら……きっともっと、今まで俺が全く知りもしなかった合金までもが作れるのではないか?
ダマスカス鋼の再現とか、マジの緋緋色金とか作れるかも……!
うわ、高まるっ!
うー……どうする?
三角錐と石板を直すのはいい。
でも、ここでもう一種の神斎術を貰っちゃったりしたら……今度こそ、ビィクティアムさんに、俺が神斎術を持っているってばれるのでは?
『神の眷属』扱いなんて、絶対に面倒だろう?
ああっ!
でも幻の金属の誘惑がっ!
……
……
……
貰っとこうか!
うんっ!
どーせ止めてお家に帰ったって、気になって仕方ないだろうし、結局後日取りに来ちゃいそうだし!
諦めとか我慢とかが苦手な、欲望丸出し野郎ですみませんっ!
ビィクティアムさんの件は……全力で惚ける!
神斎術の『ふわっと』の差がどんな感じか解ってはいないだろうから、きっとなんとかなる! と思う!
まずは石板の補修と強化。
俺は今まで、石板の内部から魔瘴素が漏れていると思っていたが『魔瘴素の出口』をこの石板で封じているっぽい。
石板がずれた所の地面が、最も濃くて大量の魔瘴素が吹き出している。
もしかして石板に神典や神話が書かれているのは、そこに魔力を溜めて封印を強固にしているのだろうか。
定期的に本を使って、この石板の魔瘴素から魔効素に変換する作用のための魔力と、封印保持のための魔力を補っていたのでは?
前・古代文字時代には滞りなくできた補給も、この数千年間行われていなかった。
それでこの石板が魔瘴素を変換できなくなって封印も緩み……穴や亀裂から漏れるようになってきていた……と?
これは他のふたつの三角錐も、見直した方がいいかもしれない。
取り敢えず、魔効素変換吸収の指示を付与しておこう。
石板の位置も元に戻し超硬合金の玉を嵌め込むと、カルラスの時のようにふわっと部屋中に青く輝く光が満たされた。
次は、三角錐を直し【文字魔法】を使って正しい状態に復元する。
それから改めて、さっき魔力を溜めた神話の一巻を差し込み口に入れる。
おおー!
開き方はカルラスと同じ仕様で、二面が開くんだな。
九芒方陣の反対側は、何が書かれているのかなー?
……あ、これ、今まで全然読んだことがない。
つまり、神話の最終巻……だよね?
またしても聖典の発見をしてしまったが、まぁ……ここは絶対に、セインさんには見つけられなかっただろうから……よかった、かな?
森に入って、あたりの樹木を見渡す。
俺の最強浄化コンボは、木々や草花を傷つけることがないのは嬉しい。
しかしやっぱりどんなに視ても、魔虫発生の原因らしいものは解らない。
あ、でも穴の開いている木がやたら多いな。
もしかしたら別の所から飛んできて、この森の木々を全部『巣』にしていたのか?
魔獣がいなくて減らなかっただけとか?
……どうして、あんなに溜まるまで増えたんだろう?
まさか、地表にも魔瘴素が漏れ出ていて、居心地良かった……とか?
ま、まぁ、なんにしても駆除できて良かったよな。
そして、忘れずにルシェルスの海も確認。
あ、意外と大丈夫っぽい。
……もしかして、採ったけど使えなかったやつをまとめて送ってきたとか?
上物も入っていたから……足りなかったから嵩増しでかき集めたのかな?
海が無事ならそれでもいいけどね。
てか、褒賞品なんだから、検品しろよ!
絶対に、陛下も神司祭様達も見てねーだろ!
俺じゃなかったら大問題だったぞ!
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