第307話 苺フェアと思いも寄らない届け物

 ラディスさんに作ってもらった苺の春摘み分は全て完了し、子株作りと秋摘み分の植え付けをした。

 これが成功すれば、また違う交配を試せる。

 本日は、そんな今年の苺のお披露目スイーツ・苺パルフェである。

 苺のシャーベットも作ったし、苺ジャムも完璧、となればまずは一番贅沢な逸品で春を祝おうではありませんか!


 この苺のパルフェ、あらゆる意味で『パーフェクト』なのである。

 まず、生の苺は砂糖を使って食感を保ちながら甘みを出すと『橙色のキラキラ』のままなのである。

 火を通して作る苺ペーストは『赤』、苺のシャーベットは『藍』。

 卵黄と砂糖をホイップクリームに混ぜて凍らせたアイスクリームの原型は、卵の要素が強いのか僅かながら『黄』になっている。

 そして俺の魔法で加工してあるホイップクリームは『青』、母さんが作ったシロップ漬けの苺は『緑』。


 ほぼ全ての魔法属性の色と、神々の主色をカバーしているのである!

 しかも、甘くて冷たくて美味しいのだ!

 まさにスイーツの完全体パルフェと言えよう!


 食べた途端に溢れるお客様方の幸福に満ちた表情が、その評価の全てである。

 どうです?

 苺、最高でしょ?


 ……ライリクスさんが、泣きながら食べてる。

 そんなに感激してくださったのか?

 ファイラスさんは、皿に残ったソースやクリームを少しでもこそげ取ろうと必死だ。

 皿を舐め出さないか心配なくらいだ。

 ロンバルさんの恍惚とした表情や、デルフィーさんの昇天でもしそうな溜息は……珍しい。


 勿論、苺提供開始日なのでラディスさん親子三人にも来てもらっている。

「どうだ? レザム。気に入った?」

「……俺、こんなに美味しいもの、生まれて初めてだ……」

 最高の褒め言葉、いただきましたーーーっ!


「タクト兄ちゃん、すげぇ……」

 おおっ!

 あのエゼルに『兄ちゃん』と言わせる、苺の破壊力。

「畑で食った時は、絶対駄目だと思ってたけど、すげぇ……」

 おいこら、摘み食いしてたのかよ。

「まだそのまま食べられるほどの甘さじゃないって、言ってあっただろうが」

「だって綺麗だったんだもん」


「畑でも綺麗だと思ったけど、こうして菓子になると全然違った美しさになるんだな」

 ラディスさんも、自分が作ったものをこんな風に食べることはないから感激だ、とちょっと涙目だ。

 すると、ロンバルさんが感極まったのか、ラディスさんの手を取り涙ながらに、うん、うん、と頷いている。


「これからもよろしくね、ラディスさん。レザムとエゼルも」

「まかせてよっ! タクトにーちゃんっ!」


 誰よりも元気に真っ先にそう言ったエゼルに、そしてラディスさんとレザムに、店の中のみんなが拍手を送る。

 苺は間違いなく、シュリィイーレのスイーツに欠かせないものになるだろう。


 そして、それからしばらくは、バニーユ、クレマ、フレィズでローテーション。

 たまにチョコ掛けの苺も出してみたりと、なかなかバリエーションに富んだ『苺フェア』となった。




 そろそろ春の苺フェアも一段落という頃、荷馬車が二台、食堂の前に止まった。

 こんな朝っぱらからなんだろう、と表に出る。

「こちら、南・青通り三番ですよね? タクト様宛にお届け物でございます」

 愛想の良い御者が中に入れてもいいかというので、物販スペースへ運んでもらうことにした。


 セラフィラントからのものではないし、他に何かが届く予定もなかったのだが……はて?

 運び込まれたのは、中箱で四つ。

 これなら一台の馬車でよかったんじゃ? と思ったが、箱に記された印章を見てぎょっとした。


 皇家の紋と、教会紋である。

 なんだってそんな、ご大層な紋所のお荷物が届いちゃったのかなっ?

 俺が目を白黒させている時に、シュリィイーレ教会のテルウェスト司祭様がやってきた。


「おお、やっと届きましたね!」

「司祭様……これにお心当たりが?」

「はい。先日王都から連絡がございまして、なかなか決めかねていた『イスグロリエスト大綬章』と『教会偉勲章』の褒賞をお贈りする、と」


 えー……聞いてないよー。

 てか、遅くね?

 もう八ヶ月も前の話じゃーん。

 あ、悩んでるうちに冬になっちゃって送れなかったとか?

 どうやら教会に運ばれたらしいのだが、四箱もあるということで司祭様の指示で馬車をこちらに回してくださったようだ。


 笑顔の司祭様から授与証です、と渡された巻物はキラキラでとっても派手派手。

「おめでとうございます」

「……ありがとうございます……」

 司祭様はそれだけでお帰りになった……

 というか、たったそれだけのために来させちゃって、すみませんでした。


 とにかく、倉庫に運んでしまおう。

 ここじゃ邪魔になっちゃう。

 地下四階まで一気に降ろしてから、中身を確認しよう。

 あ、でも朝ご飯が先。

 ビィクティアムさんの所にも、デリバリーしてあげなくちゃ。


 今日の朝食は最近俺と母さんの間でブームになっている、クロック・ムッシュ擬きである。

 もともとベシャメルソースのようなものはこちらでも頻繁に使用されていたが、それに更に俺の作ったチーズを摺り下ろして入れてあるソースを使う。

 ブイヨンは入れていないのでモルネーソースほどのコクはないが、胡椒を利かせると結構いいアクセントになって旨いのだ。

 これを、燻製肉のスライスとチーズを挟んでバターで焼いたホットサンドにかけて食べるのである。

 食卓でナイフを使わないので、焼き上がったホットサンドは盛りつける時に一口大にカットしてある。


 禁断の高カロリー食。

 しかし、これに文旦のジュースを合わせると完全栄養食なのだ。

 そんなほかほか朝食をビィクティアムさんにもお届けし、ついでに届いた『褒賞』とやらのことを聞いてみた。


「……やっと届いたか。まったくヒヤヒヤさせる」

 ビィクティアムさんが呆れたような口調でぼそっと呟くので、またあの方々はなんかやらかしたのかなーと思ったが黙っていた。

「まだ箱は開けていないんですけど、中箱で四箱もあるんですよね……」

「は……?」

「イスグロリエスト大綬章と、教会偉勲章の分だとしても多いような気がして。受け取っちゃって、良かったのかなぁって」


 ……最近、こうやって頭を抱えるビィクティアムさんを頻繁に見ている気がする。

 俺、全部受け取っちゃまずかったのかな?

「あの方々は……一体何を送ってきたんだ? 真珠と珊瑚だと、言っていたはずなんだが……」

「えっ! そんな貴重な物……っ?」

 どちらもこのイスグロリエストでは採取量の少ない貴重なもので、それこそ大貴族や皇族の宝具になっている品である。


 食べ終わったビィクティアムさんが一緒に確認してくれるというので、地下四階へご案内。

 すっかり様変わりした地下四階を、隅々まで見回している。

「凄いな……あの時と全然違う部屋だ」

 魚介の保管を中心に、部屋を完備いたしましたからね!


 今年届いた大量の鰆、そして鯛!

 槍烏賊もずわい蟹も最高の品ですから、保管は万全ですよ!

 活魚水槽も改良して長期間飼えるようにしてありますから、まだまだ鰆は刺身でいけますよ!


 いや、魚自慢より、届いた箱を開けなくては。

 まずは教会章の付いた二箱から。


「……珊瑚、ですが……なんで『採ったまんま』が入っているんです?」

 血赤珊瑚と呼ばれる濃い色の赤珊瑚やら、朱色からコーラルピンクまでの各色の桃色珊瑚が無造作にばらばらと入れられている。

 ビィクティアムさんは、またしても頭を抱えている。


「なんであの方々は……限度というものをご存じないのか!」

「素材で送ってくださるというのは、気が利いてて嬉しいのですが……ここまで大量に貰っちゃうと……」

 流石に、引く。


「すまん、俺のせいだ。海の物ならシュリィイーレでは手に入らないだろうし、おまえなら素材の方が喜ぶだろうと、言ってしまった」

 唯一いいと思った点は、ビィクティアムさんの提案か。

 さもありなん。


「あ、でも、全部が上物という訳ではなさそうですね。白化している珊瑚もありますし、欠けがあったり全体が割れているのも……」

 緩衝材すらなく無造作に入れられている珊瑚達は、運搬途中にあちこちにぶつかったのか持ち上げるとポロポロと欠片が落ちる。

 しかもどうやら、まだ生きているものもありそうだ。

 一応鑑定してみると、褐虫藻を多く抱え込んでいる珊瑚がある。

 これは塩水作って、中に入れておいてあげた方がいいかも。

 鰆と一緒に入れたら……適温が違うか。


「……随分と酷い状態のものが多いようだが?」

「まぁ、それなりに使える箇所だけ使いますよ。なんか、まだ生きてるものもあるみたいだし……」

 ははは……どーしよーかなぁ。


 もう二箱の『真珠』も……怖いなぁ。

 おそるおそる開いてみると……予想の斜め上をいく物が出て来たよ!

 貝だよ!

 アコヤ貝が大量に!

 しかももうひと箱には、夜光貝が入ってますけどっ?

 確かに真珠質の貝ですけどね!


「真珠っていうか、真珠が入ってる貝ごと……? あああっ! 貝の中身まで入っているっ! てか、生きてるーーっ!」

 うわーうわー!

 温度管理とか時間系の魔法まで使って鮮度を保ってくださっているようですが、なんてもの送ってくるんだよぅ!


 俺は活魚水槽に海水濃度と同じ食塩水を作って、アコヤ貝を流し込んだ。

 さっきの、生きてそうな珊瑚も入れておこう。

 アコヤ貝と珊瑚って、一緒に入れても大丈夫なのかな?

 夜光貝の方は……よかった、こっちは三つとも貝殻だけのようだ。


「これ……どうしろっていうんでしょう?」

 泣きそうな気持ちで振り返ったら、ビィクティアムさんはすっかり表情をなくし呆れてるのか怒っているのかさえ解らない。

「あっの、馬鹿親父共……っ!」


 あ、怒ってた。

 でも、それは不敬ですよ。

 俺しか聞いてないからいいけど。

 同じ気持ちですし。


「確かに貝を取り寄せるとは言っていたが……まさか、生きたままの貝を送りつけてくるとは! 中に真珠があるかどうかすら、解らんものを……!」


 あ、そういえばそうだ。

 養殖している訳じゃないもんな。

 育てろってことじゃ……ないですよね?


 てか、シュリィイーレじゃ養殖なんてできないっすよ?

 産卵期ももうすぐの貴重なこのアコヤ貝……産地にお返しした方が、いいんじゃないですかね?

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