第305話 学食、完成 

 厨房は某ファミレスの仕様を、ほぼ丸パクリした。

 やはり、プロの考えたものには、それなりの理由と利便性があるのだ。

 だが、魔法を使う事はさすがに考慮されていないので、その辺りは俺が自分の経験と母さんの意見を取り入れて改良してある。

 もし使いづらかったとしても、いつでもアフターサービスで改装しますからね。

 オールステンレスの、ピッカピカ厨房のできあがりである。


 そして八カ所の外門レストランと、この学食の合計九カ所を【調理魔法】を持つ方々三十人程で回していく。

 一カ所につき三人程度なのだが、魔法があるので最悪ひとりでも問題なく回せる。


 俺が手伝うようになるまで、母さんはほぼひとりで毎日延べ五十人は客の来る食堂の厨房と配膳をこなしていたのだから。

 そのことは調理師組合で選んでくださったシェフの皆さんも同様なので、人数に関しての問題はない。


 そして、外門食堂に調理人として入ってくださる店の方々は当然、自分たちの店の得意料理や新作などをそこで作ってもらうことになる。

 ご自分の店と違い、材料費は衛兵隊持ちなので価格は安めに設定されている。

 固定給制で、売り切れた時だけ大入り袋のように金一封が出るみたいだ。

 自分たちの店の宣伝にもなるし、今までと違う顧客の開拓にもなるが当然メリットばかりではない。


 災害時に衛兵隊から要請があった場合『絶対に避難所施設での調理を無償で請け負う』という契約付きなのである。

 勿論、怪我や病気などで来られないのであれば免除はされるが、その場合は即日外門食堂での今後の料理提供の資格がなくなる。

『無償』での強制……という点で、反発が出たり二の足を踏む人が多いかと思ったのだが、全くそれはなかったらしい。

 志が高いのは非常に素晴らしいが、何年か経つうちに災害時の記憶が薄れて、いざという時に文句が出たりしそうだなーとは思っている。

 ……俺って、性格悪いなー……



 今日は完成した学食厨房お披露目と、使い勝手の説明のためにその三十人のシェフ全員にお越しいただいている。

 調理組合の組合長と、副組合長もご出席である。


 全ての外門食堂と、この学食厨房は基本的に同じ作りだ。

 ここで一気に説明し、外門食堂ができあがるまでこの学食厨房で研修を兼ねて作っていただくのだ。

 勿論、それを食べるのは衛兵隊隊員達である。

 基本的に外門食堂は彼らの社食という一面があるのだから、交流していただく方が今後のためにも良いのだ。


 俺はまず、施設の概要と使われている魔法、それらの使用方法などの説明を始めた。

「各外門の厨房と食料庫には、予め登録した皆さん達だけが入れます。入るためには、扉の所定部分に身分証を翳してください」


 IDの登録と確認は必須だ。

 当然、虫や鼠なんかも入れない。

 IDないからね。


 作業スペースに入るには短い廊下を通るのだが、ここで衣服や靴、髪などの身体についている埃や菌などを除去・浄化する。

 たとえ毒物を持ち込んだとしても、ここで全く無害なものにしてしまうのである。

 まぁ……これは説明しないが。


 食料庫はうちの地下と同じように、劣化防止の魔法が付与してある。

 外門レストランは災害時の避難所なのだから、食料の備蓄はかなり多くなる。

 その全てを無駄なく使い切るためには、頻繁に買い物ができない時期でもある程度の期間、味や品質が劣化しないようにしておかねばならない。


 今までの付与魔法では、どんなに長くても二ヶ月。

 一般家庭であれば傷みやすいものを少なめに買って、足りなくなったら干し肉や乾燥野菜を食べて凌ぐこともできるが、避難所ではそうもいかない。


「食料庫には、半年ほど状態を保てる魔法を付与してありますが、目安としては四ヶ月以内に使い切るようにして欲しいです」

 ローリングストックを意識してもらうので、短めに言っておこう。

 ……五年は平気だよ、なんて言えないしね。


 給水システム、給湯システム、焜炉や防火防水防汚などは既存の『お家まるっと【付与魔法】』と同じなので、俺の魔法を家や店に使ってくれている何人かのシェフさん達はうん、うん、と頷いてくれている。

「それと、調理台ですが……一番背の高い方と一番低い方、こちらに立ってもらえますか?」

 ちょっと不安げに出てきてくれたふたりを、ひとりは調理台前に、もうひとりはシンクの前に立たせる。

「では、縁に手を置いてみてください」


 ふたりが触れると、調理台とシンクの位置が上下して『使いやすい高さ』に固定された。

「うわ……! これなら、腰を屈めなくても水が使えるよ!」

「あ、あたしも踏み台がなくても平気だね……! いいねぇ、これ!」


 立った人の腰の高さと肘の位置を感知して、自動調節できるように魔法付与してみたのだ。

 母さんの使う厨房の調理台で野菜を切っていた父さんが、頻繁に腰を反らせたり叩いたりしているのを見て思いついたのである。

 皆さんが我も我もと交互に調理台の前に立ち、上下するさまを見てはしゃぐ。

 なるほど、割とこういう細かい気遣いが、嬉しいものなのだな……


「タクト、これ、俺の店でも造ってくれよ!」

「うちも頼みたい! 俺とかみさんで、随分背が違うから……」

 俺的には全然構わないんだけど……

「施工には魔法だけじゃなくてちょっとした改装も必要になるんで、店を休んでいただく必要があるのですが……」

 そう言うと、声を上げようとしていた何人かの手が引っ込んだ。


「どれくらい……休まないと駄目なんだね?」

 調理師組合・組合長であるシーヴェルスさんが、神妙な面持ちで聞いてくる。

 ……娘のレストランに魚が入って来なくて、ラウェルクさんに嫌がらせをした黒幕と思われる人である。

 証拠がないので、追求はしないが。


「二日、ですかね」

 シェフ達の空気が弛緩する。

 なんだよそんな程度かよ、とか、三ヶ月くらいかかるって言われるかと思ったぜ、とか聞こえますが……甘いですよ。

 まだ、懸念事項はあるのですよ。


「それに、俺は一等位魔法師なので、価格を俺の一存で割り引くことができません。この厨房の仕組みを造るのは……結構、高額の魔法になってしまうと思いますので、魔法師組合で確認した金額に納得していただけるのであれば、いつでもお引き受けいたしますよ」


 うっ……と、全員が息をのみ絶句してしまう。

 そうだよねー。

 俺の魔法、そこそこ……っていうか、結構高いんだよねー。

 そこんところの設定は俺がしているんじゃないから、魔法師組合に聞いてねー。


 では、説明の続きをいたしますね。

 自動配膳システムと自動下膳システムを説明し、実演するとおおっ! と感嘆の声が上がる。

 皆さんどうやら『ムカつく新人騎士』に給仕をするのが一番イヤだったそうだ。

 その気持ちは、痛いほど解る。


「残したら自分で食器を持ってこさせるってのは、いいな」

「ああ、あいつら文句が多いからなぁ」

「たまに、良い子もいるんだけどねぇ。でも、残す子が多くってねぇ」


 多くの方々が『お残し』には、困っていたようだ。

 だけど、本当にただの我が侭だけで、残していたやつらばっかりだったのかな?

 そう考えていた俺の気持ちを汲んでくれたように、ラウェルクさんが声を上げてくれた。


「全部食べさせるってのは、調理師の腕も関わってくる。ちゃんと全部残さず食わせる料理を作る努力もした方がいい」

「そうは言ってもよ、ラウェルク。小僧っ子達は王都の食事に慣れているやつらだぜ? この町のものを、端っから田舎料理って馬鹿にしているんだ」


 あくまで新人達が我が侭で食べないと言い張るのは、ラウェルクさんの店と同じように魚料理を出す高級店のサティルさんだ。

 祭りの時に食べた、サティルさんの店のつみれのクリーム煮はめちゃくちゃ旨かったよな……

 あの旨さでも、残すやつがいるのか。

 だとすれば……もしかしたら『旨さ』が原因じゃないのかもしれない。


「サティルさんの店のものを残すなんて、信じられませんねぇ」

 俺がそう言うと、他の調理師さん達もそうだ、あいつらけしからん、などと言い出す。

「まぁ……確かに、王都の料理は、不味くはなかったですよ」

「おまえ、食べたことがあるのか?」

 ラウェルクさんが訪ねてくるので、二日間ほど王都にいたことがあるので、とだけ答える。


「一度に多くの皿が出てきて、それぞれはとても……とは言いませんが、それなりに美味しいものであったことは事実です。でも、俺は全部を食べきることができませんでした」

「えっ? タクトが全部食べられんとは、珍しいな。量が多すぎたのか?」

「それもありますけどね。でも一番食べきれなかった理由は『全部が同じような味付け』だったからなんですよ」


 俺がサティルさんにそう答えると、何人かのシェフ達やシーヴェルスさんまで押し黙る。

「前菜も、主菜も、付け合わせも、何もかも同じような味付けばっかりで、それが『格の高い料理』だと思っているみたいでした。俺から言わせれば、美味しく食べきってもらえない料理なんて、それだけで価値がないと思っちゃいますけどね」

「で、でもよ、同じ調理師が作りゃ、同じような味になるのは仕方ないんじゃないのか?」

「そんなことはありませんよ、サティルさん。うちの母さんは殆どの料理をひとりで作ってますけど、素材や時期によって味付けを変えたりしてますよ」


 変えたって言ってもたいして違わないんじゃ……という囁きが聞こえたので、避難所で保存食を食べた人はいませんか? と聞いてみると半分くらいの人達が、食べたことがある、と答えた。

「あの保存食、全部うちで作ったものです。味、結構違ったでしょ?」

「あ……あんたの食堂って、南・青通り三番なのかい?」

 驚きの声を上げたのはシーヴェルスさんだ。


「はい。外門食堂で作ってもらう献立は、皆様に全てお任せいたしますが、この宿舎の食堂ではうちの献立を基本にして栄養と魔力補給に食事がどれほど大切かも試験研修生達に学んでもらいます。その料理を作って提供してもらいますから、勿論、調理方法もお教えします」

 この発言に反発があるかと思ったが、大歓迎ムードになった。

 ふっふっふっ、母さんの作る料理がどれほど美味しいか、判ってもらえているようだな。


 教える料理は、母さんの作った見本を食べてもらい、俺がレシピを書いて渡す。

 直接教えるのは、母さんから『無理』と言われてしまったのだ。

 まあ、人数多いし、何度も料理教室を開催してもらうわけにはいかないから仕方ない。


 俺は態と一定のリズムで足音を立てて歩き回りながら、シェフ達に向かって話を続ける。

「同じ素材、同じ味付けのものであっても、同じ日の同じ時間に食べるのでなければ、美味しく食べられます。だけど、それが翌日もその翌日も同じ味だったら……? 素材が変わっても、味付けが変わらなかったら? 人というのは、もの凄く飽きっぽくて、贅沢なのです。どんなに始めの一回目に美味しいと感じても、続けて出された三回目では、たいして美味しく感じなくなってしまう。そして、その料理の評価や印象が残るのは『最後に食べた時』のものなんですよ」


 そう、美味しかったからと翌日も食べたとして、全く同じ感動を味わえることなどない。

 二回目、三回目となると『不味くはないがこんなものだよな』程度まで、評価が落ちてしまう方が多いのである。

『季節限定』が人々の心をくすぐるのは、その時食べた感動の記憶をもう一度呼び起こせるから。

 そのためには、ある程度のクールダウン期間が必要なのだ。


「王都の食事は、それなりに美味しい。だけど、シュリィイーレには多くの調理方法が存在し、調味料も香辛料も数多く入ってきています。『格』に拘って『味の変化』を二の次にする料理ではなく、本当に美味しい料理はシュリィイーレにこそあるのだ、と王都から来た試験研修生達に示し食べきらせることができたら、彼らは研修ののち各地に散らばっても『今まで食べた中で一番美味しかったのはシュリィイーレの料理だ』と言わせることができるんじゃないですか?」


 シェフ達の雰囲気に前向きなやる気が出ているように感じるのは、この町の方々の負けず嫌い気質と故郷愛を刺激したからである。

 足音のリズムで【言語魔法】と【精神魔法】を【音響魔法】にのせて、敢えてのアジテーション。


「この宿舎の食堂を早めに完成させたのは、皆さんに厨房の使い勝手を実践していただくだけでなく、新しい味付けへの挑戦をしていただきたいからです。皆さんには、それを可能にする魔法と技能がある! 魔法にも身体にも効果が高く、絶対に残さず食べきらせる『シュリィイーレの料理』を見せつけてやりましょう!」


 歓声が上がり、拍手が起こった。

 俺の、魔法での扇動は大成功である。

 皆様の料理研究に対してのやる気を引き出すだけでなく、それを実践する場を提供し、その成果を各自の店で、外門食堂で、発揮していただく。


 そうすれば、あらゆる食材と調味料、香辛料の需要が増え入荷が多くなり、俺の買い物が楽しくなる。

 尚且つ、メイリーンさんとのデートで使える美味しい店が増える!

 一石二鳥どころか三鳥も四鳥も墜とす、俺的大演説会だったのだ。


「タクトくんっ! 君の気持ちは、よっくわかった! 私達も、全力で協力させてもらうよ!」

 感動に打ち震えたシーヴェルスさんに両手を取られ、激しい握手を交わす。

 ラウェルクさんには、料理の詳細を教えちまっていいのか? と心配されるが、その辺は既に、母さんに了解を取ってあるから大丈夫。


「俺も皆さんみたいに【調理魔法】が出て欲しいんですけどねぇ……やっぱりそっちの才能はイマイチみたいで」

 俺のぼやきに、皆さんから突っ込みが入る。


「止めてくれよ、おまえに【調理魔法】やら技能が出ちまったら、こっちの商売あがったりだぜ」

「そうだねぇ、だいたいそんな魔法なくても皇室認定の菓子が作れちまうんだ。これ以上は勘弁しておくれよ」


 菓子、という言葉に、何人かのシェフから菓子の作り方は教えてもらえないのか?と聞かれた。

「えー? うちのお菓子を試験研修生達に気軽に食べさせるのは、なんか嫌ですねぇ。それに、冬場は材料の調達が大変そうなんで」

「違いねぇ……カカオとか牛乳なんて、高く付いちまうよなぁ」

「なので、材料を自力で調達できる方で、ご自分の店でだけ出してくださるなら、お教えしてもいいですよ」


 そう言うと、乾いた笑い声が漏れて、絶対に無理だよ……と諦めの呟きが聞こえる。

 いつか、誰かが市場で簡単に材料を買えるようにしてくれたら、きっといろいろなスイーツも増えるんだろうな。

 まぁ、俺はそちら方面で頑張る気はないけどね。

 だってお菓子作りはあくまで俺が食べたくて作ってるだけで、普及を目指している訳じゃないし。


 そういえばそろそろ、苺ができあがるんじゃないかな?

 明日にでも、ラディスさんの畑に行ってみなくては!

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