第304話 騎士位試験研修生用学食?コンセプト
計画通り外壁と大まかな部屋割りだけを、各門で造っていってもらう。
だいたい一カ所に半月から二十日程かかるようだが、二カ所同時に四チームが交代で行うという。
予想通り、大事業である。
俺の仕事は、まだ何もない……といっても過言ではない。
なにせ普請工事のプロフェッショナルが、俺の
そして、シュリィイーレの錬成工、石工達が結集しての工事なのである。
……俺は、はっきり言って門外漢に等しい。
という事で、俺はビィクティアムさんに宣言した通り、騎士位試験研修者用の宿舎に社食、というか、学食? を造りに来たのである。
場所は東門詰め所近く。
二階建ての校舎のような、寄宿舎のような建物には自主練ができるようにか、大きめの講堂のような場所がいくつかある。
残念ながら自主練をする殊勝な新人などいなかったため、ほぼ使われていないらしい。
その内のひとつ、バレーボールコート二面……中学校の体育館くらいの広さの場所に、炊事場と食堂を設置するのだ。
俺は予め資料として『ファミレスの厨房』やら『大学の学食』『企業の社食』などの載っている本を買い、参考にしてみた。
問題は鼻っ柱の強いお貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃん連中が『セルフサービス』を受け入れるかどうか、だが。
給仕されて当たり前、食器を下げることなど考えられないというご身分である。
セルフサービスは期待できないし、無理にやらせて問題が起きても面倒だなと思い、別の手を考えた。
しかし『完食』だけは譲れない。
ここは研修という『学びの場』である。
つまり、この食堂での食事は『教養』としての『食育』と『行儀作法』を学ぶ場であるということにしてもらうのだ。
「食事時も……勉強、ということですか?」
そんなことまで……とでも言いたげな、試験研修生の研修内容を作成しているオルフェリードさんに俺は持論を展開する。
「そうです。『食育』とは、食事を通して食に関する知識を得ることです。食材のこと、栄養のこと、そしてその生産者のことも、上に立つ者や町を護る者であれば知っておくべき大切なことなのです」
「生産者?」
「ええ。どのように作られ、どのように運ばれ、どのように調理されて食卓に並ぶか。生産者が、配送する者達が、どれほどの手間と魔法を使っているかを知れば、なぜそれを無駄にしないことが大切なのかも解ります。適切に食べることでその栄養が身体をどのように作っていくか理解できれば、好き嫌いなど言って態々自らを弱めることなどしないでしょう」
そう、食べ物は大切にされなくてはならない!
そして、無駄にしてはいけないのだ!
なので給食のように献立表を作り、何が使われ、どの地域の食材であるかどういう栄養があるか、それが身体にどういう効果があるか……など、三日分くらいずつを座学で教えてもらうのである。
研修中の楽しみといえば、なんと言っても食事だろうから、きっと集中して講義を聴くだろう。
資料と教材のご提供は致しますとも!
「勿論、食べて重篤な過敏症を引き起こしてしまうものがある場合は別ですが、基本的には出されたものを全て食べきることも大切な『行儀作法』のひとつです」
「食べ物でも過敏症があるのですか?」
一緒に聞いていたガスヴェルさんが、驚いて声を上げる。
そっか、食品によるアナフィラキシーについては、あまり知られていないのだな。
「はい。特定の食品に強い過敏症反応が出てしまう人がいて、最悪の場合死に至ることもあります。ですから、ここに来た時に先ずその過敏症があるかを診断するといいと思います」
パッチテストなどしなくても、この世界では『身体鑑定』があれば解るはず……あ、そっか……知識として、そういうアナフィラキシーのことを知らないから……判断できないか?
では、簡易パッチテスト用に魔法を作ろう。
俺はその場で【文字魔法】で簡単なテストができるものを作ってみた。
聴診器のチェストピースみたいな肌に触れる部品と、測定器の役割をする石板を繋げる。
「腕の内側に……この部分を当てると、こっちの石板の過敏症が出る食品の文字が赤くなります」
「あ、蝦?」
「ガスヴェルさん、以前、蝦を食べた時に何か身体に異常は出ませんでしたか?」
「そういえば……小さい時から蝦や蟹を食べると、全身が痒くなったな」
「その程度で済んでよかったですね。酷い人は呼吸が止まることもあります。少しずつ食べて、長期間掛けて治すことも場合によってはできますが、できればあまり食べない方がいいかもしれないですね」
「シュリィイーレでは滅多に食べられないし、さほど好きなものじゃないから食べなくっていいかな」
まぁ、だいたいの人は成人する頃にはいろいろなものを食べて治っていたりするんだろうけど、食べないことでかえって酷いアレルギーになったりすることもあるらしい。
「今作ったのはどういう感じで出るかをお見せするためだったので、症状の軽い人でも文字が赤くなりました。もしこの診断を導入するとしたら、重篤な反応が出そうな人だけ判るようにすればいいかもしれません」
「わかりました。それは、別途検討いたしましょう」
「でも、タクトくん、もし食べられない食材があることが解ったとして……その者と別の者の食事をどうやって分けて出すんだ? 厨房の者が、間違えたらどうする?」
それについては……と、いくつか箇条書きにした羊皮紙を渡す。
まず、研修生全員の魔力を通したトレーをつくる。
これは毎年リセットできて、次の新人に使えるようにしておく。
で、そのトレーに食事をのせると、食べてはいけない食材が入っている場合はトレーの色が変わりダメな食材の名前が出るようにしておく。
色が変わったトレーは、テーブルへは流れていかない。
これで、人為的な間違いは減らせる。
その食堂で全員が食べる事を義務づけているので、全員分の食事をトレーにセットしたら各テーブルに届けられる『シューター台』に並べておく。
試験研修生はテーブルに着いたら、自分の身分証を所定の位置に翳す。
すると、その人のための食事がトレーに乗ってテーブルまで運ばれるのだ。
……これは、俺がフードコートで夢みたシステムである。
ひとりでフードコートに行くと、座席の確保に荷物を置いたり上着を置いたりする。
だが、結構な確率で家族連れとか子供連れのママさんグループとか、平気でそれを別の場所にずらしたり、椅子だけを持っていったりして自分たちの席を確保する人達がいるのだ。
そのせいで俺は何度、トレーを持ってウロウロするはめになったか……
だから、席についたらそこで注文できて、食事が運ばれてくる! っていうフードコートが夢だったのだ。
だったら、そういう店に行けって?
店を探す時間も待っている時間も惜しい時には、絶対にフードコートの方が早いんだもん。
身分証を翳すのは、電子マネーで決済する時のイメージである。
「そうか、そうすれば誰が食べに来ていないかも解るな。体調が優れず食事に来られない者の確認にもなる」
「では、食べ終わった後は? 食べきったかどうかを、いちいち調べにいくのかい?」
いえいえ、『完食』が条件の『自動
「食堂の机には『全て食べきった食器』だけを自動で片付ける魔法を組みます。残したら自分で所定の位置に運ばねばならない。それが条件では如何ですか?」
「そうですね……それなら『出された食事を全て食べきる』という『行儀作法』も身につくでしょう。お願いできますか?」
はい、喜んでー!
自動下膳システムは、回転寿司チェーン店で皿を座席にいる客がテーブル脇のシューターに入れるのと同じ原理だ。
すべて綺麗に食べ終わって席を立ったら、その席のシューターがもう一度開いてテーブルの上から全てを回収する。
厨房に戻るまでに洗浄、浄化を終わらせてしまうので、そのまま厨房の所定の位置へと入れられる。
……食べきらなかった場合、座席からトレーを持って立たないと離れられないようにしておこう。
そしてトレーは所定の位置以外では手放せないようにしよう。
試験研修生はほぼ全員が、貴族か従者の家系の者達だそうだ。
基本的に家には使用人がいて、給仕も下膳も全部やってもらって当たり前の生活をしてきているだろう。
特に『食べ終わった食器を下げる』なんてこと、絶対にやったことはないだろうし、やりたくもないはずだ。
使用人のすることをどうして自分たちが? と思うのは当然のこと。
だから、下膳をしたくなくば、綺麗に食べればいいのだ。
こうして、だいたいの基本コンセプトはできあがった。
厨房の方は完全に俺に一任してもらえるらしい。
さあ、工事に取りかかりますか!
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