第303.5話 贈る人達

▶ビィクティアムとヴェルデレイト


「おやおやおや、またしてもお越しとは」

「ああ、もうひとつ聞きたいことができたのでな」

「また差し入れですか? そんなお気を遣わなくても宜しいのですよ?」


「実はショコラ・タクトは秋と冬だけにしか作らないらしくて、暫くは持ってこられそうもないんでな……これは『カフェジェリ』と言っていたな」

「また新しい菓子ですか? なんとも……スズヤ卿は優れた発想力に溢れていらっしゃるようだ」

「あいつは食材を見ただけで、すぐに料理や菓子にしてしまうからな。これは今まで全くなかったもので、不思議な味わいだぞ」


「なにやら、プルプルしてますな? 真っ白のものは……乳脂ですか? ん……うんっ! これはっ、確かに苦くて甘くて……この食感といい、今まで食べたことがありませんな!」

「いや、後でゆっくり食べてくれ……」

「これは、失礼。甘いものが目の前にあると我慢できませんで……ははは。して、御用向きは?」


「去年のイスグロリエスト大綬章の陛下からの下賜品についてだ。目録は来ているだろう?」

「いいえ、ありませんな」

「……選定中、ということか?」

「そうかも知れませんが、全く何ひとつ、ご連絡はいただいておりません」


「……」

「セラフィエムス卿?」

「やっぱり……か」

「皇家の方々は……鷹揚でいらっしゃるので、時の流れに縛られないのでございましょう」

「なるほど。では、少しせっつくか。それと、もうひとつ……婚約儀礼品の登録をしたい」


「おお! そういえば……いや、ご挨拶がおくれ、申し訳ございませんでした。おめでとうございます、セラフィエムス卿」

「ありがとう。まだ正式な手続きには時間が要るようだが、俺からの儀礼品は……これだ」

「身分証入れ、でございますか? おお……! なんと美しい! まるで首飾りのような細工でございますな! ん……? この覆いに使われているのは、もしや『虹長石』でございますかっ?」

「そのようだ。中の装飾に使われているのは黄玉と黄水晶、金糸。色が解らないほど薄く加工した蒼玉。台座と鎖の金属は緋色金だ」


「そ、それは……! 貨幣価値に換算できませんな! こんなにも美しく輝く細工もなんとも見事で……」

「いいと……思うか?」

「ええ! 勿論ですとも! これは、ロウェルテアの姫君もさぞお喜びになるでしょう!」

「そうか、よかった」



▶ビィクティアムと皇立章印議院紋章官


「これはセラフィエムス卿! ようこそ」

「すまんな、忙しい時期であろう」

「いいえ、大丈夫でございますよ。あ、ご婚約おめでとうございます」

「ありがとう。先日の、銘紋の再登録は完了しているだろうか?」

「確認して参ります。少々お待ちくださいませ」



「お待たせいたしました。はい、全て滞りなく完了してございます。こちらが証書でございます」

「ありがとう、世話を掛けた」

「いいえ! セラフィエムス卿の銘紋はとても画期的でお美しく、その後、菱形の銘紋を作られる方が続出いたしましたよ。まぁ、どれもセラフィエムス卿の紋には及びませんがね」

「俺のものは、スズヤ卿が作ってくださったものだからな。一等位輔祭・書師に敵うものなどあるまい」

「な、なんと! 左様でございましたか! 道理でお美しい紋でございました!」


「それと、去年のイスグロリエスト大綬章下賜品についての、選定状況と登録を確認したいのだが……」

「ああ……そちらは……実はまだ陛下からご指示がなく……我々も少々気にしておりました。そろそろご登録していただけませんと、今年もし授章の方がいらしても何も手続きできなくなってしまいます」


「こちらにも来ていないのか。余程悩んでおいでなのだろう。私から少し、意見を申し上げてもいいと思うか?」

「ええ! 是非とも! 陛下もきっとスズヤ卿と親交の深いセラフィエムス卿からのご意見でしたら、ご参考になさるかもしれません」


「教会からも、何もないか?」

「はい。教会章授章の方にも普通でしたらすぐにでも、加護法具などが贈られるのでございますが……なにせ、輔祭殿は初めて『書師』となられた方ですので、選考に迷っておいでなのかもしれません」

「……そうか。皆様なんとも、悠然となさっていらっしゃることだ……」

「ははは……」


「もうひとつ、行政で婚約儀礼品を登録してきたので、ついでに承認を頼んでもよいか?」

「勿論でございますとも! では、書類を拝見いたします……こちらにも緋色金が、え? 虹長石っ?」

「これだ」

「おお……なんとも美しい輝きでございます……! 間違いなく虹長石ですね。わたくし、生まれて初めて目に致しました」


「女性はこういうのを喜んでくれる……と聞いたが、いいと思うか?」

「はい! おふたりのご婚約に、相応しい儀礼品でございます! こうした煌びやかでいて、なおかつ品のあるものはどのような気難しい女性であっても心を奪われるはずでございますよ」

「……そうか、それならば……安心した」



▶陛下とビィクティアムとリンディエン神司祭


「お目通りのご許可いただき感謝いたします」

「うむ」

「おや、リンディエン神司祭様もいらっしゃったとは……」


「外した方が宜しいですか?」

「いや、構わんな? セラフィエムス」

「はい、問題ございません。寧ろ是非ともお聞きいただきたい」

「はてさて、一体何のお話でございましょうか」


「先ずはこの度の婚約に関してご承認くださいましたこと、御礼申し上げます」

「やっと、おまえ達ふたりを祝福できる」

「わたくしからも心よりお祝い申し上げますぞ、セラフィエムス卿」

「お二方よりお言葉いただけましたこと、望外の喜びでございます。婚約儀礼品の登録も済みましたのでご報告に参りました」


「おお! そうか! して、何にしたのだ?」

「身分証入れを。一部ですが、わたくし自身も製作に参加いたしましたので」

「お手ずからでございますか! それは実に素晴らしい!」

「うむ、最も格の高い儀礼品であるな」

「ありがとうございます。後日ロンデェエストに赴き、レティエレーナ様にお贈りいたします。それにしても……贈り物というのは悩むものでございますね」


「ははは! そうだな! あー……その『贈り物』でな、実は、タクトに……だな」

「ああ! 先ほど行政と章印議院から伺った件でございますね? さすがは、陛下! 既にお気づきとは」

「行政……と章印……?」

「はい、去年のイスグロリエスト大綬章の下賜品について、随分とお悩みのご様子……と」

「………! あっ! ああっ、そうなのだ!」

「教会の方でも史上初の『書師』殿とあって、宝具についても選定に時間が掛かっておいで……とか」

「えっ……! ええええ、ええっ! そうなのですよ、なにせ、史上初、ですので! しかも、あのように大きな功績の方に相応しいものとなると……」


「なるほど、それで、お二方でご相談なさっていたのですね? これは、要らぬ心配を致しました」

「心配……をかけてしまったか?」

「いえ、わたくしの杞憂でございました。タクトの好みや喜ぶものというのは我々の常識では量りかねるところがございますので、わたくしの経験から少しでもお手伝いできればと思っておりましたが……いや、どうかお忘れください」


「いえっ! セラフィエムス卿、是非、是非とも貴公のご意見を伺いたい!」

「そうだぞ、ビィクティアム! わ、我々も、おまえの考えを聞けたらいいのだがーと、話していたのだ! なぁ? 神司祭殿っ」

「え? ええ、そ、そうです!」


「左様でございますか? では……僭越ながら。加護法具は彼自身が作り出せてしまいますし、宝石なども錆山からいくらでも掘り出せます。実際、タクトの家には王宮の宝物庫並みの宝石類や貴金属が溢れておりました」

「なるほど……錆山では確かに、かなり多くの貴石や金属類が採れているからな」

「そうなりますと、一体どのようなものが……」

「彼は海の近くの出身ですが、シュリィイーレは海からは遠くなかなか海の物が入っては参りません。魚介などは……いつもセラフィラントから送っておりますから、そうですねぇ、セラフィラントにはないもの。ルシェルスやカタエレリエラなどの海のものの素材でしたら、かなり喜ぶかと」


「素材……か?」

「ええ、加工は彼以上の錬成師も宝具師もおりません。となれば、最高級の素材を贈るのが、最もタクトの心に響きましょう」

「海のもので、食べ物以外で……?」

「リンディエン神司祭様の故郷、ルシェルスには、澄んだ海に美しい宝があるではないですか」

「……あ! 珊瑚……!」


「おい、ビィクティアム、カタエレリエラにあるもので海のものというのは……?」

「お心当たりあるかと思いますが?」

「ええい、焦らすなっ!」

「皇后殿下の首を、美しく飾っているものがございましたでしょう? あれはカタエレリエラ産でございますよ」

「真珠か!」


「どちらもシュリィイーレには全く入っておりませんから、きっとかなり喜ぶはずです」

「うむ、なかなか佳い提案だ。なに、儂もな、実は真珠などがいいのではないかぁー……と、思っていたのだよ!」

「そうですな! 珊瑚と真珠で……よい符丁であると、そうですよね、陛下!」

「ああ!」


「やはり、わたくしの意見などは必要ありませんでしたね。ご高察、恐れ入ります」




▶おまけ 陛下と神司祭と……廊下のビィクティアム


「すっっっっっっかり忘れておった……!」

「わたくしもです……教会章だけ、ぽんと渡して……しかもその時にあのような暴漢に襲われてしまったというのに、その非礼を詫びることすら……」

「これでもし、タクトに『皇家の者と聖神司祭達に身分証入れを作って欲しい』などと言っていたら……なんという恥知らずな! ああっ!」


「しかし……セラフィエムス卿は……全部ご存知なのでしょうねぇ、きっと」

「そうでなければ、行政と章印議院の確認などせぬであろう。ただでさえ、エルディエステと近衛の件で、あいつには随分面倒を掛けておったというのに……」

「わたくし共も、ゼオレステ神司祭から事の顛末を聞いた時には……青ざめてしまいましたよ……」


「ゼオレステ神司祭はどうしておる?」

「禊ぎをしたいと頑なでございましたが、それではかえってスズヤ卿のご厚意を無にしてしまうからと、なんとか納得してもらえました。今はご領地の各教会を回られて、魔法師育成にご尽力いただいております」


「サラレア神司祭からも先日、儂の所に詫び状が届いた」

「ご次男は騎士位を返上と仰有っていましたが、その程度で済んで本当によかった」

「ああ、それだけタクトに気を遣わせておきながら……我々は何ひとつ詫びておらぬどころか、報いてもいなかったとは!」


「急ぎ領地に戻り、わたくしは珊瑚を揃えて参ります!」

「ああ、儂は真珠だな! ……いっそ、貝のまま……でもいいと思うか?」

「いや……それは、どうでしょうか……しかし、スズヤ卿は……その、少々変わっていらっしゃるお方ですからな」


「よし! おいっ! 誰か! すぐにカタエレリエラから真珠貝を送らせろ!」




(……やれやれ、あのおっさん達、本当にすっかり忘れていやがったか。剣月けんつき中に届かなかったら大事おおごとになっていたぞ)


〈おいっ! 誰か! すぐにカタエレリエラから真珠貝を送らせろ!〉


(王都で取り出すのか? まぁ。なんとか間に合うだろうが。もしシュリィイーレが冬に輸送ができる土地だったとしたら、どれほど皇家と教会の信頼が損なわれたことか)

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