第303話 婚約者への贈り物

 大きく息を吐いて、ビィクティアムさんはなんとか顔を上げてくれた。

 俺がなくしちゃっていたとしたら……まずいものだったのかなぁ。

 家帰ったら、もう一回捜してみよう。


「まぁ、その件は、また今度だ。実はどうしてもおまえに作って欲しいものがある」

 おや、新規案件ですか?

「身分証入れを作って欲しいんだよ……俺の婚約者に。彼女も過敏症でな」

「ビィクティアムさんのものと同じ素材、ということですか?」

「俺より酷いんだ。だから、これで良いかどうかも解らなくてな……」


 どうやら金属という金属が、殆どダメだったようだ。

 だからといって……大貴族のご婚約者様に木工のケースを勧めるわけにもいかんなぁ。

 絶対に、ドレスに似合わない気がするし。

 銀でもいいんだけど、鎖部分の細い所をセインさんの腕輪の時みたいに組成変更でコーティングというわけにもいかない。


「……解りました。ちょっと考えて作ってみますね」

「助かるよ。できれば、おまえの意匠で細工も頼めると嬉しいのだが……」

「ええ、勿論承りますよ! あ、どうせなら、ビィクティアムさんが作ってみませんか?」

「俺が? 石細工をか? 俺には【加工魔法】も、技能もないぞ!」

「大丈夫です! 粗方の加工は俺がやりますし、一部の彩色に使う石の入れ込み作業と金属錬成ならできますよ!」


 それでも二の足を踏むビィクティアムさんにもう一押し。

「手作りは、絶対に婚約者様に喜ばれますよ? 想像してみてくださいよ、ビィクティアムさんが作ったものを、いついかなる時も身に着けていてくださるのですよ?」

 なんだかんだ言ったって、誰だって好きな人に対しては多少なりとも独占欲というものがあるのだ。


 好きな人に自分のことを考えていてもらいたい、もしそうでない時間であっても自分を感じられるものを近くに置いていてもらえたら……なんて、思ってしまうものなのだ。

 そう言うと首から耳まで真っ赤にして、小声で判った……と言うビィクティアムさんが、なんだかめっちゃ微笑ましい。


 ずっと、好きだった人なんだろうなぁ。

 婚約に踏み切れなかったのは、勿論魔力量のこともあるかもしれない。

 でも『子供ができなかったら絶対に二十年後に別れなければいけない』……っていうのも、きっと理由のひとつなんじゃないのかな。


 婚約しなければ、結婚はできないけど別れなくて済む。

 彼女が他の誰かと結婚したとしても、相手が十八家門の嫡子でない限り完全に会えなくなるわけではない。

 期限を区切られてしまうことが怖いっていうの、凄く解る。

 その上、ビィクティアムさんは、自分より彼女を幸せにできる相手だと認めたら……絶対に身を引くような人だ。


 よかったな、そんなことにならず婚約してくれて。

 幸せになれる未来を信じてくれたってことだ。

 二十年以上、百年も二百年も一緒にいられる未来を、きっと築いていけるはずだ。


 よーぅし!

 では、気合いを入れてデザインしますか!

 大丈夫ですよ、あっちの世界のアクセサリーの本とかで調べますからね!

 まずは、お相手の情報を聞かなくては。


「彼女の家の花が『赤詰草』、神は聖神一位だ。あの家門の血統魔法は青系で、彼女の持っている血統魔法は【湧水魔法】だな」

「【湧水魔法】の家門……って」

 あの貴族名鑑に載っていたぞ。

「ロウェルテア家ですか!」


 大貴族同士だとは解っていたけど、イスグロリエストで一、二を争う豊かな領地を持つ家門同士が結びついちゃう訳か!

 これは、ビッグニュースだな。

 しかもその血統魔法の【湧水魔法】は真水を沸き立たせるだけでなく、泥水から清水を取り出せたり海水から真水を簡単に分離できるのだ。

 水系加工魔法のトップランクの魔法なのである。


 もちろん、湧水の勢いなども調整できるので攻撃力もハンパないはず。

 全属性持ちオールラウンダーのビィクティアムさんが持っている【制水魔法】の上位互換である。

 こりゃ、生まれてくる子供に、どんな魔法が顕現するのか……

 男児にしても女児にしても、イスグロリエスト中の注目を集めることになるだろう。


 うーむ、そんな方に相応しいデザイン……というか、このふたりにペアで作ってあげたい。

 よし、ご婚約者用のものをビィクティアムさんに作ってもらって、ビィクティアムさんのものは俺が作ってあげよう!

 婚約のお祝いってことで!



 翌日の午後、時間を作ってもらったのでビィクティアムさんの家でケースペンダント作りである。

 ご婚約者家門の『赤詰草』は、レッドクローバーのことだ。

 つまり、白詰草の赤バージョンである。

 まあ、種類的には全く別の植物なのだが。

 どちらも牧草地でよく見かける、可憐な花だ。

 ロウェルテア家門のロンデェエストには牧草地帯が多く、牧畜が盛んであるからこの花を家門の花にしたのだろう。


 そして、クローバーと言えば『花冠』である。

 洋画などではよく草原で女の子達が編んでいる、あれである。

 デザインは、その花冠。

 赤詰草の冠に、黄槿ユウナの花を編み込んであるようにしてみた。

 ふたつのペンダントを並べると、その冠ができあがるように配置してある。


 ベースは水晶にうすーくスライスしたサファイアを被せ、薄いオレンジ色の線で描いたビィクティアムさんの銘紋『黄槿花菱』を、幸菱の連続模様で描いたもの。

 その上にピンクの強いトパーズとシトリンを使った花冠のレリーフ、そしてロイヤルブルームーンストーンのカバーだ。

 ビィクティアムさんに作ってもらうのは、その花冠部分の金糸と彩色用のトパーズ・シトリンの入れ込み作業である。


「……なぁ、本当に俺にできると思うか?」

 この期に及んで弱気なことを言い出すビィクティアムさんは、普段の堂々とした衛兵隊長官とは思えないほどだ。

「できますって! 失敗したって、何度でも試していいんですよ。材料は沢山ありますから!」


 彩色と金糸の入れ方を説明して、早速トライ!

 うん、一度で成功するとは思っていないから大丈夫!

 え……あれ、結構器用ですね……あ、なんか、俺が初めて作ったときより……全然上手いっすね……

 へぇ……はいはい、いいんじゃないっすかね。


「ふぅー……これは、息をするのも忘れる作業だな。呼吸をした途端に、失敗しそうだ」

「初めてとは思えない、綺麗な仕上がりですよ……なんか、悔しいくらいです」

 ビィクティアムさんの相好が崩れる。

 めっちゃ上機嫌じゃないですか。

 さっきまでの弱気虫はどこへやら。


「それじゃ、俺の方で仕上げちゃいますね」

「台座と鎖は何にしたんだ?」

「緋色金、です」

 チタンでもきっと大丈夫だとは思うんだけど、貴族女性には無骨な色かなーと思うんだよね。


 金属アレルギーが酷いならアクセサリーもなかなか着けられないだろうから、このケースペンダントが装飾品のようになっていたら……と思ったんだ。

 そして、聖神一位なら銀よりオレンジ色にも見える金が入った『緋色金』がいい。

 チタン以上にアレルギーには影響ないし、何より強い。

 その上、とても美しく煌めく金属なのだ。


 バチカン部分やエンドパーツには、前に錆山で見つけたオレンジ色に近いトパーズをあしらっている。

 緋色金で作った百合の透かし彫りと、デートリルスの水磨礫やルビーなども使った飾りも付け、単調な鎖だけではなくちょっとボリュームを出してみた。

 重くなって首に負担がかかりすぎてはいけないので、装着したら軽量化する魔法も付与してある。


 三連の鎖に取り付けたアジャスターが長目なので、ペンダントトップが襟元から見える位置くらいまでに鎖を調整できる。

「そうか、長目で使う時用に、調整鎖の部分と同じような作りの鎖を途中から付けているのか……」

「短くした時にはこの部分が首の後ろに来ますから目立たないですけど、長くした時に左右の鎖が違うのは変ですからね」


 裏に俺の意匠マークを入れた後、ビィクティアムさんにも指輪印章で押印してもらう。

「いや、俺は……」

「ちゃんと、製作者の印が必要なのですよ! ここに、魔力印を押してくださいね」


 半ば無理矢理押させたが、これでいい。

 実はこの印にもこのケースペンダントの加護を支えてもらうのである。

 だから、この印は消せないように薄い水晶でコーティングしてしまう。

 今回使った俺の意匠マークも、お二方用の特別な魔法のかかるものである。


 よし、全てできあがったぞ!

 結構いいできだなぁ……

 なんだかんだ言って、ビィクティアムさんって器用なんだな。


 化粧箱を予め作ってあったので、それに入れてお渡しする。

 俺がメイリーンさんにあげた時みたいに、ラッピングなしでなんてちょっと失礼だからね。


「で、こっちはビィクティアムさんの分です」

「え? 俺の?」

「はい。この意匠は……ほら、こうするとひとつの冠になるんですよ。ふたつでひとつなので、ビィクティアムさんの分は俺が作りました」

 あれれ、もの凄く困ったような顔をされてしまったぞ。


「しかしな……ありがたいのだが……今、着けている身分証入れには、加護が掛かっているからなぁ」

 ……あ!

 そっか!

 あの時の過保護加護のままか!

 んー……でも、こっちの新しいものの方が、多分強力なんだよなぁ。


「おそらく……ビィクティアムさんが身につければ、こっちにも加護が掛かると思うんですよねぇ。寧ろこっちの方が質の良い金属と貴石を使っていますから、強い加護になりそうな気がするんですけど……一度試してもらえませんか?」

 不安そうな顔で、半信半疑って感じだが、どうやら試していただけるようだ。

「その石の部分に、魔力を通してください。『紛失防止』になりますから」

 身分証を入れ替えて、魔力を……はい、無事に『加護』が発動しましたね。


「……以前のものより……光が強い……」

「緋色金と使った貴石で『格』が上がったのでしょうね。前のものよりずっと強い加護が宿ってますよ。やっぱりビィクティアムさんが持っているってことが、加護の発動条件なんですよ」


 ……と、いうことにしておいていただこう。

 てか、それが正解だし。

 神斎術師の英傑には、それくらいの価値があるから加護が発動したのだ、ってことで。

 実は婚約者様用のものも、紛失防止で魔力を通すと加護が発現するんだよねー。


「本当に……おまえは『宝具師』なのだな……」

「宝具師?」

「ああ、錬成師を極めた者の職だな。身に着けていきなり加護が生まれる宝具など、伝説の中でしか知らんぞ」


 やば。

 やり過ぎちった。

 でもまぁ、いいか。

「もしかしたら、神聖魔法効果かもしれませんねー、はははは」

 そう言って笑ってみせる。


 この効果は神斎術効果なんですよーとは絶対に言えないので、この辺りで手打ちにしてください。

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