第300話 報酬確認、後半戦
さてさて、どの港もとっても素晴らしいものをお送りくださって、嬉しい限りですよ。
次は……デートリルスだ。
へぇ、なんて綺麗な水色の印影だろう。
アクアマリンみたいだ。
二箱あるな。
「あ、嬉しい! 若布と昆布だ!」
「……海藻か?」
ビィクティアムさんが覗き込んでみているが、あんまり食べないのかな?
「はい。若布は柔らかくてとても栄養のある海藻ですよ。和え物にしても美味しいし、俺は昔、毎日のように食べていました」
若布の味噌汁はソウルフードだよ。
「昆布も凄く大きくて分厚いし、穴や割れもない。色もとっても綺麗だし、乾燥状態も申し分ない……高級品ですねぇ」
海藻は細かく切られたものなどが多いけど、こうやっておっきいままだと品質の良さが判るよね。
「あれ? 海藻だけじゃないですね。ああ! これ、
川から流れ込んで、海岸で採れる瑪瑙や玉髄は『水磨礫』と呼ばれる、カラフルで滑らかな石だ。
こんなに色とりどりのものがあるとは思わなかった。
初めて見たのか、父さんが首を傾げつつ聞いてくる。
「玉髄……ってのは、貴石なのか?」
「一般的な貴石よりは、少し柔らかい石だね。蛋白石の仲閒だよ。縞模様があるものは瑪瑙と呼ばれて珍重されるものが多いけど、俺はこの水磨礫の方が好きなんだよね」
これで装飾品を作って、メイリーンさんにあげようかなぁ。
あ、メイリーンさんとマリティエラさんにお揃いで何か作ってあげてもいいなぁ。
「それに、この入れ物にしているのは亀の甲羅じゃないですか!」
なんだろう
「たまに上陸してくる海亀だな。滅多に見ないが……」
「もしかして
鼈甲細工や
ミューラのような南方に生息するはずだから、まさかセラフィラントでこの甲羅が見られるとは思ってもいなかった。
とんでもないお宝だよ、これ!
「おや、これは緩衝材として入れてるのかな……?」
取り出したのは、ちぢれたふわふわの……草?
いや、これは!
「これって『天草』じゃないですか! うわ、これも採れるのか! すごいなぁ、デートリルス!」
「天草、とは……これも海藻なのか?」
ビィクティアムさんは、全然海藻は詳しくないんだな。
「はい。とっても素晴らしい利用方法のある海藻ですよ。俺はお菓子に使うのが好きですね」
「こんなものが菓子になるのか?」
信じられん、と唸る父さんにビィクティアムさんも同じ気持ちのようだ。
まぁ、しばらくお待ちくださいよ。
素敵なお菓子になりますから。
夏のお菓子が決まってきたぞ、ふっふっふっ。
そしてデートリルスのもうひと箱に入っていたのは瓶入りの蜂蜜と、なんと蜜たっぷりの蜂の巣である!
うっはー! 贅沢ぅ!
蜂蜜も赤っぽい色が濃くて……あ、トチノキの蜂蜜みたいな味がする。
俺の好きなやつぅ。
レンゲやアカシアも良いけど、トチノキとか
養蜂が盛んだって言ってたもんなぁー。
デートリルスから定期的に蜂蜜が買いたいなぁ!
「実は、ちょっとおまえに聞いてみたかったんだが、なんでデートリルスの紋にあの模様を使ったんだ?」
「ああ『最強の守護の模様』ですか?」
そう、毘沙門亀甲というものなのだが『毘沙門天』の説明がしづらくって『三盛亀甲』って言ったんだよね。
「あの三盛亀甲は、六角形がみっつ並んでいる模様なんです」
図で書いて分割するように線を入れてみせる。
「ほぅ……なるほど。でもどうしてみっつなんだ?」
「町と港の象徴が亀でしょう? それと、養蜂をしているって聞いたので」
養蜂? と、ビィクティアムさんと父さんは首を傾げるので、送って貰った蜂の巣を見せる。
そう、蜂の巣の六角形、ハニカム構造である。
「六角形はこのように自然界でとても多く見られる、安定した強度の高い形なんです」
「知らなかったな……蜂の巣とはこういう形だったのか」
「儂も初めて見たわい」
そっか、シュリィイーレには養蜂している農家はないし、ビィクティアムさんは虫系苦手だもんね。
「亀が訪れ、海藻が育ち、養蜂ができるというデートリルスの町や港は、大地も海も美しく清浄であるという証です。神々は争いを好みませんが、そのような土地であればきっと戦ってでも護りたいと思われるでしょう。だから、その鎧の紋様は最も強い『三盛亀甲』なんですよ」
実はこの紋が一番気に入っている……というのは言わないでおこう。
さてお次は……中箱ひとつ……セレステ港だ。
もしかして、初のダメ出しだろうか?
箱を開けると……かなり厳重に布にくるまれている物が出て来た。
食べ物ではなさそうだ。
「うぉおっ! こりゃあ、立派だな!」
俺が声を出すより先に、父さんが感嘆の声を漏らす。
「ほぉ……見事だな」
ビィクティアムさんもその中身に釘付けだ。
もの凄く精巧な『帆船』の模型だ。
それも、全て不銹鋼、ステンレスで作られている。
銀色に輝くガレオン船……!
なんって格好いいんだ!
風を受けて膨らんでいるような帆に、とっても鮮やかなオレンジ色で、セレステの印影があるぞ!
くぅーっ!
何もかもがカッコイイっ!
「すごいっ! これ、全部の部品が不銹鋼なんですね? こんなに細かく……ああっ! 帆が可動式だ! うわーカッコイイ!」
こういうのって無駄にテンションが上がるよね。
うっひょーって感じで。
「これって、あの印章に使った船を作ってくださったんですか?」
そのようだな、とビィクティアムさんも細部を食い入るように眺めている。
好きだよねーこういうのって、特に男はさ。
「絶対に食堂に飾ろう……飾り棚作らなくちゃ!」
「おお、そうだな。こりゃあ、綺麗だし勇壮だ。飾っておきてぇな」
父さんも大賛成のようだ。
「それにしても、不銹鋼をここまで思い通りに成形できるたぁ……流石だな、セレステの技術は」
父さんがしみじみと呟きながら、船の細部まで検分している。
「船としてもの凄くバランスが良いですね。これ、きっとこのまま浮かべて走らせる事ができそうですよ」
「重すぎるだろう?」
「その辺は俺の魔法でいかようにでも。でも、軽すぎてもダメですからね、こういう船は。重厚な方がカッコイイし!」
絶対に水浮かべて走らせてみよう。
はー、テンション上がりきった。
いかん、リエルトン港のものをまだ開けていなかった。
リエルトンからは……三箱。
印影がピンクで、千鳥がもの凄くファンシーになっている。
中身は一体何だろう?
「なんだ、こりゃあ?」
「俺も初めて見ますね。タクト、知ってるものか?」
父さんとビィクティアムさんが首をかしげている。
そうだろう、これは今まで全くこちらでは見たことも聞いたこともないものだ。
「珈琲……! なんって凄いんだ! セラフィラント随一の貿易港は、こんなものまで入ってくるんですね!」
そう!
珈琲豆である!
おっと、ふたり共全く俺の喜びのテンションに付いてきていないぞ。
「豆?」
「厳密には『豆』ではありませんが『珈琲豆』と呼ばれますね」
「どうやって食うんだ?」
「これは食べるものじゃないよ、父さん」
そう、珈琲豆は煮ても全然柔らかくならない、全く食用に向かないものなのだ。
ローストしたものを砕いて、漉して飲む『お茶』の仲閒だと言ってもふたりのテンションは全く上がらない。
まぁ、そうですよね。
珈琲は嗜好品だし、知らない人からすれば『なくてもいい』ものだし。
しかし、珈琲は生活を豊かにするのだ。
朝の珈琲の香りは、焼きたてのパンと匹敵するくらい素晴らしいものなのである。
しかし、飲み物としてよりまずはお菓子として使う方が、シュリィイーレでは受け入れられるだろう。
天草もあるし、珈琲が手に入ったとなれば!
コーヒーゼリーを作るしかないでしょう!
牛乳も届いたから、クリームもミルクも作り放題ですよ!
「そうか、菓子になるなら食べてみたいな」
「ちょっとほろ苦くて甘くて、癖になる味ですよ」
いやー、なんて素晴らしいものばかり送って貰えたんだろうか!
こんなに素敵なものが沢山届くなんて、地下室を拡大した甲斐がありましたよ。
「……というところで、ビィクティアムさん、ずっと録画してたでしょ?」
う、と声を漏らしてビィクティアムさんがちょっと視線を外す。
隠し撮りなんてしてても判っちゃうんですよ、俺には。
「港の連中に、おまえがどう反応したか見せてやろうと思ってな」
「おい、ビィクティアム、儂のことも撮したのか?」
「多分……映ってると思います。というか、話したことは全部記録されているかと」
そういうことは先に言え! と、顔を真っ赤にして、父さんは慌てて上に上がってしまった。
初めての映像デビューは、確かに恥ずかしいよね。
でも、審問会で全貴族に素顔晒されちゃった俺よりはマシだよ。
「まぁ、お気持ちは判りますし、俺もこの感動をお伝えいただけるのはありがたいのですが……折角なので、もう少し録画してもらいたいものがあるのですよ」
ビィクティアムさんは首を傾げるが、なーに、大したものではありませんって。
カメラマン、ゲットだぜ。
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