第299話 港印章の報酬

 セラフィラントからの大型荷馬車の積載量は、一台につき大箱で四箱。

 大箱ひとつは最大で三百キログラムくらいの重さなので、最大で千二百キロくらいが積載量の上限である。

 俺が頼んでいる牛乳や魚の箱には軽量化魔法が施されているので、物理的な使用面積の割にはやたら軽い。

 だが、その他の荷物を載せて馬車を引いてきたお馬さん達は、結構疲れただろうな……

 いくら重い荷物用の馬たちには【強化魔法】がかかっているとはいえ、限界積載量を運ぶのは大変だろう。


 思わず労いの意味を込めて馬体を撫でてあげたら、ぶふふ〜ん……と息を吐きながら顔をすり寄せてきた。

 おおっ?

 俺は動物に好かれる系ではなかったのだが、俺の気持ちが伝わったのだろうか?

 ……それにしたってこの量は……

 馬車七台は、多すぎだろう。


 だが、どうやら全部の馬車がぱつぱつに荷物を積んでいるわけではなく、各港で一台ずつのようだった。

 あれ?

 そうすると……いつものセラフィラント便が一台少ないの?


「おう、届いたな!」

 そこへ物販スペースから、ビィクティアムさんが顔を出した。

 家から裏を通って来たのかな?


 とにかく、まずは軽量化魔法を付与してさっさと下ろしてしまわなくては!

 青通りをいつまでも、片側一車線にしておく訳にはいかないのですよ。



 荷物を下ろしつつ、お馬さん達を撫でてあげるとやっぱり嬉しそうに俺にすり寄ってくる。

 動物を可愛いって思ったのなんて久しぶりだ。

 どっちかっていうと……犬とか猫には避けられていたからな、昔から。

 俺はきっと、馬と相性が良いのかもしれない。


 運び込んだ大箱は十二箱。

 中箱だけど、かなり重いものが一箱。

 そしていつもの牛乳缶が十本と、お魚番重が七段、活魚水槽がみっつ。

 そっか、中箱ひとつがお魚と一緒に乗ってきたから馬車が一台、少なかった訳だ。

 うん、いつもの量だね。


 おかしい。

 地下四階は、かなり広めに造ったはずなのに。

 牛乳缶はちゃんとチーズ工房にしまったし、番重だってまだ開いていないというのに、なんでこうもぎゅうぎゅうなのだ。


「早く開けてみろよ」

「そうだぞ、タクト。儂も見たい」

 ビィクティアムさんと父さんは中身を見たくて、運び込むのを手伝ってくれたらしい。

「ビィクティアムさん、積む時に見てないんですか?」

「先に俺が見てしまってよかったのか?」

 ……なるほど、サプライズに気を遣ってもらえたわけだ。


 生ものがあるかもしれないから、早く開けて処理しないとまずいかもな。

 箱は……木箱だから解体して資材にしておこう。


 まずは……あ、印章の印影だ!

 そっかー、こうやって出荷する箱に使ってくれているのか。

 これはロカエの箱だね。

 この印影、ザクルレキスさんかな?

 綺麗な緑が強めの黄緑色だ。


「ん……? 干物?」

 覗き込んだビィクティアムさんが、ちょっと眉をひそめる。

 よくよく見ると、あまり馴染みのない……一夜干しのようだ。

「あっ、これ『氷下魚こまい』ですか? うわーーっ、美味しそう!」


 この魚は、前に物産展で買ったことがある。

 カッチカチに乾燥させた珍味だったけど、骨と皮を剥ぎ取ってそのまま食べるのが日本酒に合うんだよねぇ。

 一夜干しなら、焼いても美味しいぞ!

 現地では食べられるけど、あんまり出回らない魚だって売ってた人から聞いたことがあるよ。

 ご当地ものって感じで嬉しいなー!


「よく知ってたな」

「沢山あっても乾燥させればかなり日持ちするし、酒の肴には最高ですよね!」

「タクト、こりゃいいもんもらったなぁ! つまみになる魚は大歓迎だぜ」

 そーだよね、食堂では出せないタイプのものだから、家で俺と父さん達酒飲みグループのおつまみになるんだよな。


 ロカエからのもうひと箱には鮭の塩漬け……新巻鮭っぽいものが大量に!

 これは素晴らしい!

 そしてそして、なんとも珍しいものが!


「これって、蝶鮫の卵!」

 そう、キャビアである!

 うっひゃー、大量にあるなぁ。

 小麦粉、沢山あるからクラッカーも作ろう!


 これも酒の肴だねぇ……でもチーズと一緒に食べたら絶対に美味しいはず!

 あ、涎が出てきた。

 海産物、万歳!

 このラインナップなら、ロカエは合格点をもらえたと思っていいかな。


 お次は、オルツ港だ。

 オルツの方の魔力は、綺麗な紅色なんですね。

 さてさて、中身は……おっ!

 柑橘類かな?

 いい香りが漂ってきた。


「オルツには柑橘があるとは聞いていましたけど、文旦があるとは思ってませんでしたよ……!」

 皮を剝くのがちょっと大変だが、爽やかでほろ苦くて美味しいんだよね。

 皮もジャムにしたりできるし、何よりビタミンCが豊富で素晴らしい柑橘なのだ。


 オルツからは三箱も届いている。

 次の箱には椪柑ぽんかん

 俺、これ大好きー!

 甘くて内皮が柔らかいからそのまま食べられるし、お菓子にしても美味しいし!

 そしてもうひと箱には……これは。

「これ、枸櫞くえんですか!」

 そう、檸檬と似ているがこれは枸櫞、シトロンである。


「これは、このまま食べるものではないだろう? 食べ方を知ってるのか?」

「ええ、確かにこのまま囓りつくようなものではありませんけど、砂糖煮にしたり外皮を香料にしたりと、とても利用用途の多い果物ですよ。果汁を炭酸で割っても美味しいですし」

 おっ、父さんがぴくっとしたぞ。

 炭酸飲料、大好きだもんねー父さんは。


 流石、遠洋航海船の柑橘類を出荷しているオルツだね。

 素晴らしいものばかりだ。

 これは夏のデザートで大活躍ですよ!

 ここも合格したと見ていいだろう。


 次はカルラスからの二箱だね。

 カルラスの印影は、青に近い紫だ。


 ん、これは!

「こりゃ生姜だろ? こんなにあったってどうするんだ?」

 父さんもこの冬の保存食作りの手伝いで、随分食材に詳しくなったんだね。

「生姜はシュリィイーレでは沢山買えるものじゃないから、もの凄く嬉しいよ! 料理には勿論だけど、生薬としても優秀だしお菓子にも飲料にもなるからね」

 さて、もうひと箱は……

「おっ、すごい! この時期に新生姜があるなんて、流石、一番南側のカルラスですね!」


 普通、新生姜の時期は初夏だ。

 その上保存方法などの関係で、こちらでは産地でしか消費されていないと東の大市場で聞いた時は残念だったんだよ。

 甘酢漬けも美味しいし、炊き込みごはんに入れてもいいよね。

 これだけ沢山生姜があると、諦めていた『ジンジャーシロップ』が作れるぞ!


「生姜は何処の店でも欲しがる基本食材だから、いくらあったって嬉しいよ。カルラスの人は、日常の食を大切にする人なんだね、きっと」

「ああ、確かにおめぇは生姜焼きとか大好きだもんなぁ。うちの料理にゃ生姜を使う物が多いから食堂で使えるな」


 そうです。

 そして生姜は数少ない『藍色』の食材なのだ。

 聖神二位を加護に持つ方々に、絶対に喜んでもらえるはずだ。


「この中に……袋? 五つもある」

 取り出してみた袋は、それぞれ厳重に包装されている。

 ひとつ、開いてみるとなんともいい香りが漂ってきた。

 乾燥ハーブだが……この香りは今までシュリィイーレに入ってきたことのないものだ。


「茉莉花……! ふおー、めっちゃくちゃいい香りですねぇ!」

 ジャスミンなんて、こっちに来て初めてだよ!

 ふぁー、ジャスミンティーが飲みたくなるなぁ!

 緑茶が欲しいところだけど、それはないから……紅茶に香りを染み込ませて作っちゃおうかなぁ。

 はー……癒されるいい香りだなぁ……



 残りの三港は、どんなものを送ってくれたんだろう。

 楽しみすぎてニヤニヤしちゃうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る