第298話 多くね?
体力回復薬を飲んで眠ったせいか、今朝の俺は
昨夜の疲れもなんのその、朝の光を浴びてランニングを開始した。
清々しいとは、まさに今この時のための言葉である。
魔虫の心配は、ほぼなくなった。
俺が見逃してしまった巣はまだあるかもしれないが、大量発生の危険はないだろう。
だが、町の人々には警戒を続けていただかなくてはならない。
俺のやったことなど、誰も知らないのだから。
誰かに言うつもりもないし、褒めてもらうつもりもない。
俺が俺のために、勝手にやったこと。
だから、賞賛も感謝もないのが当たり前。
人知れず町を護る……とか、ちょっと格好いい真似をしてしまったが、つまりはただのお節介なのだ。
今日もこの町が平和で、美味しいものが食べられればそれが一番いいんだから。
東市場の方へと走りながら、ぽつぽつと営業を始めた店舗を見て回る。
冬の間に作っていたものが春祭りで売られ、人気があったものはこの時期ならまだ作ってくれているはずだ。
美味しそうに瓶詰めされたシロップ漬けの木の実や、乾燥させた野菜チップスなどが売られていて、思わず衝動買いをしてしまう。
もうすぐ、各地から『初荷』が届く。
市場に活気と彩りが溢れるまで、もう少し。
家に戻ると、父さんから神官が訪ねてきたと伝えられた。
教会に来て欲しいと伝言があったようだ。
……あの『称号授与』の時のことを思い出し、ちょっと尻込み。
でもまぁ、行ってみますか。
朝食後に教会へと向かった。
久しぶりのランニングの後だったんで、いつもより多めに食べてしまいちょっと胃が重い。
だって美味しかったんだよ、ベーコンエッグも菠薐草のスープも。
「おはようございます。お呼び立てして申し訳ございません」
司祭様が出迎えてくださって、ちょっと恐縮する。
「おはようございます……何か御用なのでしょうか?」
「本日、輔祭様宛の今年の分の奨励金が届きましたのでお渡ししたいと思いまして」
……奨励金?
「おや、聖神司祭様に認定いただいた時に説明がございませんでしたか?」
あった……のかな?
あの時は税金が安くなるってことでウキウキしていたから、全然覚えていないなー。
渡された金額は一年分ということだったが……多くね?
「聖魔法師への報酬ですから、当然でございますよ。それに、輔祭様には冬場の間、随分と助けていただきましたから」
「疫病の治癒はこの町のためですから、別に……」
「それだけではなく、あの保存食には、我々はどれだけ感謝してもしきれないくらいですよ」
あ、教会でも買ってくれていたのか。
毎度ありがとうございます……って、それこそちゃんとお金を払って買ってくれたものなんだから。
「なにせ、教会には調理が得意な者は、殆どおりませんからね。どれほどあの保存食がありがたかったか……!」
そうだよ、神官や司祭様って基本的に傍流貴族の方々か、その親戚筋って感じだもんな。
ひとり暮らしの男共と同じくらい、料理はしないよなぁ。
普段は、食堂とかに食べに行ってるんだろうから。
よりよい食生活の手助けができたのでしたら、それはとても良かったですよ。
こちらの世界の司祭や神官など教会の方々に、食べ物に対しての制限はない。
ただ『糧とせぬ者の命を奪うこと』は罪……らしい。
一口でも食べるのなら殺してもいいということだから、解釈のしようによっては怖ろしいのだが……まぁ、その辺は良心に任せることなのだ。
教会をあとにして、俺は取り敢えず役場に向かった。
支払い証明の明細を提出し、間違いなく受け取ったという連絡を役場から王都の魔法法制省院へ連絡してもらうのだそうだ。
俺が大金を持っていても不思議じゃないんだよ、という証明もしてもらうわけである。
聖魔法師ということを公にしていないから、役場でも専任の担当者だけしかこの書類は見ないらしい。
この町にはきっと他にも聖魔法師がいるのだろうが、誰がどんな聖魔法を持っているかまでは役場では知らないようだ。
さて、書類の提出も終わったしお家に帰ろう。
……しかし、この奨励金、何に使おう。
今、お金で買える欲しいものなんて、殆どないんだよなぁ。
家に戻るとすぐに父さんの工房を手伝うことになった。
午前中からこんなに人が来るのは珍しいと思っていたのだが、今日は日用品の修理依頼と魔法付与依頼が多いみたいだ。
それにしたって……なんだか全く途切れないぞ。
……多すぎね?
確かに、春は冬の間に使っていたもののメンテナンスとか、切れてしまった魔法の付与が多いのは毎年のこと。
だが、冬の寒さが厳しく、例年以上に魔石や日用品への【付与魔法】の効きが悪かったと感じた人達が、代金を上乗せしてでも第一等位魔法師に頼むというのが増えているとか。
そのせいもあって今は魔法師の手が足りないのだろう、一見さんのお客もちらほらとうちにもやって来ているみたいだ。
……ごめんね、俺の付与魔法代金結構高いんだよね。
安くできないんだよね、魔法師組合の規定で。
リピート割引はするからね。
だが、お客さん達はどなたもちゃんと魔法師組合での料金提示にご納得いただけているようで、むしろこれくらいで済むなら安い……などと言ってくれる人もいた。
皆様なんて、太っ腹で優しい人達なのだろう!
ならばこちらも、気持ちよくサービスさせていただきますとも!
客足が一段落した所で、父さんと在庫チェック作業だ。
「おい、タクト、鉄はまだ残ってるか?」
「あ……俺は自分が持ってた奴全部加工しちゃったけど、鉱物部屋に残ってなかったかな?」
「うーん……錆山が開くまでもつかな……今年は」
そっか、食糧の備蓄には結構神経使っていたけど、素材備蓄はそこまでセンシティブになってなかったよ。
いつも足りていたから、心配してなかったんだよね。
「不銹鋼でも良ければ、そっち使う? それならいっぱいあるよ」
明日にでも馬車が来るだろうセラフィラント分の初荷は、既に準備済み。
なので、それ以外にも外門の厨房用に作って置いてあるが、まだそちらで使うまでには時間がある。
父さんがちょっと考えて、加工が難しそうだが……と難色を示す。
「父さんなら全然問題なくできると思うけど、試してみる?」
確かにちょっと鉄とは特性が違うけど、加工・錬成ができないわけではない。
表面の処理もフッ素加工とか樹脂やセラミックスのコーティングをしなくても、強化魔法などで問題ないからそういう気遣いもいらない。
俺が簡単にステンレスの特徴を説明すると、父さんは鍋や薬缶、それと室内の扉の取っ手などにつかえるな、と即答してくる。
確かに、あちらの世界でもそういうものにとても多く利用されている。
「ふむ……他にもかなり利用範囲の広い金属だな。こりゃ、セラフィラント公が欲しがるわけだ」
「おかげで美味しい牛乳と魚が手に入って、俺としては最高の取引だよ」
「まったくだ。乾酪と魚料理はもうなくせねぇからな。錆山の鉄を利用できるなら、費用対効果もかなり良い」
魚料理、かなり浸透してきたぞ。
生食解禁も近いかもしれない。
おっと、今はステンレス加工の試作が先だ。
「セラフィラントでは不銹鋼で匙や突き匙の揃えを作り出したって言ってたから、これからも需要は増えるよ」
俺がそう言うと、父さんは大きく頷く。
「セラフィラントが……なるほど、これからはこの金属の加工や修理も出てくるって事か」
「うん。外門の厨房にも使うから、父さんが修理できれば、鍛冶師組合にそのやり方を教えてもらえるだろ? そしたら、保守点検もやってもらえるようになるだろうし」
「……いいのか? おまえの仕事、盗っちまうぞ?」
「全然構わないよ! 俺の仕事は【
技術向上と新素材への対応をしていただけるのであれば、俺としては自分の好きな事に邁進できるので好都合なわけですよ。
その内ステンレスの配合割合なんかも研究されて、この町の錬成師なら作れるようになるだろう。
うーん、そうなったらセラフィラントとの取引にも、新しいものが必要になるかなぁ。
ま、それはその内考えよう。
一通り加工のできる目処が立ったので、俺は昼食時の手伝いで食堂に入った。
その時、表に荷馬車が何台か姿を見せた。
おおっ!
セラフィラントからの荷物だ!
……多くね?
馬車がずらっと青通りに連なっている……なんというはた迷惑な量なんだ!
すぐにでも地下倉庫へ……これ、いつもの牛乳と魚だけじゃなくって港印章の分も入ってる?
うわ、採用試験結果が届いたってことかっ!
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