第297.5話 調達に奔走する人々

▶オルツ港


「用意、できまして?」

「はい、滞りなく。しかし、三種類ともこんなに多くの量を送られるのですか?」

「とても食に対して、造詣の深い方のようですからね。わたくし達の土地の自慢のものですもの、なるべく多く召し上がっていただきたいわ」

「しかし、そのまま食べる以外の食べ方など、他の地域の方がご存知とは思えませんが……こんなにあったらダメにしちゃうんじゃないですか?」


「そうね……船上では必要不可欠だから、絶対に毎日食べるけど……」

「どうします? 減らしますか?」

「……いいえ! そんな吝い真似はできませんわ! オルツに度量がないと思われたくはありませんし」

「判りました。では、大箱で三箱になりますが……」

「ええ!」



▶カルラス港


「そうですね、これと……これの新しいものも、準備できるのですよね?」

「はい、柔らかく、とても良い状態のものでご用意できますよ」

「ふむ、珍しいものではありませんが、こんなに大量に用意できることもない食材ですからね。しかも新しいものはカルラスから殆ど外には出ていませんから、きっと喜ばれますよ」


「しかし……少々、地味ですねぇ」

「確かにそうですが……何か他にもありますか?」

「あ、あれを送ってみては? ほら、この間の白い…」

「ああ! いい香りがしていましたね。食べ物ではありませんが……うむ、別の入れ物で香りが逃げないようにして送りましょう」


「乾燥させたものが、五袋ありましたよ!」

「え? そんなにありましたっけ……?」

「中身は……あれ? 少し違うものみたいですが……どっちも白いです……どっちがどっちでしょう?」

「まぁ……両方入れても平気でしょう!」



▶ロカエ港


「これで、タクトさんが喜ぶと思うか?」

「どうでしょう……でも、冬場の魚はこの間、ティム様が大量に買っていっちまいましたから。今更同じものって訳にもいかねぇって言ってたじゃないっすか」

「ああ、公魚を用意しようかとおもったが……先に持ってかれちまってたからなぁ」


「だとしたら、殆どロカエから出ねぇこれくらいしかないっすよ」

「しかたねぇ……足がはぇえ魚だが、タクトさんの積み上げ箱なら大丈夫だろう。それと、他の魚も……いや、あれの塩漬けのやつがあったな!」

「あれって?」

「今持ってくる! あれなら、絶対に知らねぇはずだぜ!」



▶デートリルス港


「地味ですね……」

「地味……だな」

「しかし、我が港の自慢と言えば、これらであろうが!」

「確かに旨いですけど。こちらの箱は、まぁいいとしても、海産物の方は見た目がもの凄く地味ですよ……」

「せめて……彩りに何か入れるか……」


「食べ物じゃなくても綺麗ならいいんじゃないですか?」

「何を入れるんだ?」

「ほら! 海岸で採れる、あれ! 色とりどりで綺麗なものが多いから、女性達がたまに採ってるじゃないですか!」

「そうか、あれか! 確かに色は美しいが……あんなどこにでもあるものを」


「シュリィイーレには海岸がないんですから、ご存じないんじゃないですかね?」

「……! そういえば、そうか。よしっ、なるべくいろいろなものを探してこい! それと、傷がつかんように送る時は緩衝材を入れておけよ」

「はい、乾燥させた柔らかい草がありますから、それで」

「うむっ!」



▶セレステ港


「うわっ、これっ! 入れ忘れじゃないですか?」

「え? ああっ! やべぇ! もう一度バラして組み直すぞ!」

「こんなちっちゃいもんばっかだから……あっ、転がったっ!」

「なくすなよ!」


「結構、重くなっちまいましたね」

「これ以上、軽くはできねぇ……」

「……本当に礼品、これでいいんすか?」


「他に思いつかなかったんだから、仕方ねぇだろう? 絶対に、こういうの好きなはずだよ! 二十七歳の男性なんだろ? 憧れるものじゃねぇのか?」

「シュリィイーレに海はないっすからねぇ……」

「あ……い、いや、絶対に大丈夫っ! ……多分」

「多分……すかぁ」



▶リエルトン港


「え? 何、これ?」

「エートリアからの『新商品』だそうです」

「……こんなの、可愛くないし、第一……食べものなの?」

「多分。持ってきた船の者も、よく知らない初めての作物だと言ってましたから」


「ルシェルスの南で、食べられているものじゃないの?」

「新しい作物……だそうですから、馴染みのないものかと」

「ええぇー? もぉーそんなんじゃ、わっかんないじゃなぁい!」

「珍しいものがいいって仰有ったから、送ってもらったんですよ?」

「だからってぇ! こんな可愛くないものじゃ、ビィクティアム様に怒られちゃう!」


「別のもの、用意しますか?」

「……無理でしょ。もう間に合わないもん。いいわ、これ、全部送っちゃう! 量で勝負よ!」

「訳の判らないものが大量に届いたら……迷惑なのでは?」

「だって仕方ないじゃない! 平気よっ! 大箱みっつとも送っちゃって!」



▶魔法法制省院


「省院長、輔祭殿の件、財管から承認されました。明日にでもシュリィイーレに送ると」

「おお……! よかったよー! 新月しんつきの内に手配できなかったら、面目丸つぶれどころか大問題だった……」

「これで輔祭様に、典範の清書依頼もできますね」

「ああ、そうだね……奨励金も出さずに書いて欲しいなんて、絶対に言えなかったからねぇ」


「既に聖神議会と陛下のお手元には、原本があるのでしょう? そちらも清書されたら差し替えに?」

「原本はそのままお預けすることとなるが、正式な『典範』として御璽をいただくのは、輔祭殿に書き上げていただいたものになるだろうね」

「楽しみですね。正典のように美しい文字で、わたくし達の『典範』が綴られるのは夢のようです」

「まったくだよ! しかし……まだ輔祭殿への対価が……決まっていないんだよね。どうしたものか」


「なんでも、金には全く執着のない方だ、と伺ったことがございます」

「そうなんだよ。僕も弟から聞いた時に頭を抱えてしまった。一体何を提示したら引き受けてくれるのか、まったく見当もつかなくってね」

「誠意を示せるもの、ということなのでしょうか?」

「そうかも知れないけど、何がご希望なのか直接伺ってみようと思っているのだよ」

「……ということは、シュリィイーレへ?」


「仕事は片付けてから行くし、ちゃんとお土産を買ってくるよ」

「いえ、わたくしはそんなことは……ショコラ・タクト、楽しみにしております」

「……輔祭殿も、君くらい簡単だったらいいんだけどねぇ」

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