第296話 『魔』の原因

 猟師組合から戻った俺は、昼食の手伝いをしながらも魔虫の駆除方法について考えていた。

 発生時期はだいたい、いつも剣月けんつきの終わり頃。

 その前の剣月けんつき初めに一度、自警団と衛兵隊で魔虫の湧きそうな箇所を点検するのだそうだ。


 ということは、今月中であればまだ魔虫は絶対に孵化していない。

 しかも、今年はまだ西の森や白森には雪が残っているから、例年より孵化も遅いだろうが、雪が溶けなければ誰ひとり点検になど行かれない。


 ……待つ必要があるか?

 そもそも、孵化させなければいいのではないか?

 そうしたら魔獣の餌もなくなるし、キモイ魔虫をシュリィイーレに寄りつかせることもなくなる。

 点検隊が入れないのは、雪と崩れやすい地盤のせいだ。


 俺には関係ない。

 浮くか、飛べばいい。

 よし。

 今晩、様子を見に行ってみよう。


 俺の決意が固過ぎたせいか、持っていた蒸しパンをトングで思いっきり潰してしまい、ファイラスさんに怒られてしまった。

 ……これは俺が食べるから、無駄にはしませんよ。



 深夜、まずは南門の外、崖の端まで転移で移動する。

 あの海底修復以降、海の様子は見ていないけど、今度どうなっているか見に行ってみた方がいいかもしれないな。

 真っ暗な海を見つめてそんなことを考えながら、まずは白森上空を飛んでみる。

 初めて俺がこの世界に来た時に見つけた、あの古びた狩猟小屋が見えた。


 ちょっと、懐かしい。

 父さんと初めて出会った場所だ。

 あの日、俺の運命が大きく変わったんだ。

 多分、もの凄く良い方に。


 俺は角狼を思い出しながら、魔獣の存在と魔虫の位置を【探知魔法】で探っていく。

 レーダーのように、ゆっくりと魔法を展開しながら。

 あ、嫌な感じがする場所がいくつかある。

 近くに飛んでいくと、大きな口を開けた洞があった。

 この中にいるのは……おそらく角狼だろう。


 家で用意してきた【文字魔法】の指示で、俺の目には生きている魔獣の位置が黄色い点で視えている。

 洞の中に……随分いるな。

 繁殖したのだろう。

 洞の入口を塞いでしまってもいいのだが、それで中で死んだりしたらそこから土が毒に侵されてしまう。


 俺は洞の入口に立ち、かなり強めの【雷光砕星】で各個撃破をするように【文字魔法】で指示を出す。

 ロックオンした標的に確実に当てることができるので、規模を大きくするのではなく雷の槍で貫くように攻撃するイメージだ。

 黄色い点が紫に変わると……死亡した証。

 死体は魔魚と同じように破砕、消去、浄化。


 この近くにはここ以外に、角狼の巣はなさそうだ。

 と、いうことは、その他の嫌な感じというのは魔虫の確率が高い。

【探知魔法】の範囲を広げつつ移動していくと、むっと鼻を突く腐臭があった。

 紫に視えているそれは、角狼の死体だろう。


 泥の多いその場所には、どうやら腐った水溜まりがあるようだ。

 この水を飲んでしまったのか、何体かの角狼の死体が毒で大地を侵しながら横たわっている。

 暗視モードで近付いた俺の目に、途轍もなくグロくて気味の悪いものが飛び込んできて嘔吐感に襲われた。

 なんとか、耐えられたが……これは、マジで無理だ……


 角狼の腐った肉が剥き出しになっているところに、びっしりと植え付けられた直径四センチほどの卵。

 孵化間近なせいだからか半透明で、中に例の蟻地獄のような躯体が透けて見えている。

 魔虫を視認できたので、用意してあった【文字魔法】が発動した。

『生きている魔虫は水色に見える』


 ぶわっと、泥の池全体が水色に変わった。

 うわー……これ、赤色に指定しなくてよかった……

 赤くしてたら、絶対に血の池地獄みたいに視えていたに違いない。


 角狼の時と違い、今度は広範囲に【雷光砕星】を落とす。

 おっと、光が外に漏れないようにしておかないと。

 そして一瞬のうちに水色は紫色へと変化したので、ソッコーで破砕して全て消し去る。


 うわわ、鳥肌立ってるよ……

 あれが全部孵っていたらと思うと……ううっ、背筋が凍る。

 そしてこの辺り全体を、完璧に浄化しなくては。

 地中がどれくらい冒されてしまっているか判らないが、五十メートルくらい下までで取り敢えず大丈夫だろうか。


 目の前にあった泥の水たまりが消え、柔らかい草が芽吹きだした。

 ……あの湿原が消えて草原になった場所に、似てる。

 そっか、あの湿原も……毒だったのかなー……

 俺、ものすごーく危険なことしていたんだな、と改めて反省した。



 その後、白森の中でいくつか見つけた黄色い点と水色の点を全て消し去り、山崩れがあったという村の近くまで飛んで来た。

 ああ……やっぱり、どす黒く視える『何か』の上が水色に覆われている。

 魔獣じゃない。

 あの黒い塊は、人間の遺体だろう。


 上空から手を合わせて、今まで気付いてあげられなくてごめんなさい……どうか、もう安らかに眠ってください、と唱えながら……俺は雷を落とす。

 水色のベールが全て紫に変わったのを確認し、もう一度祈るような気持ちで破砕して……消した。

 大きく崖が崩れ、瓦礫の中に屋根や壁と思われる人工物が混じっていた。

 その全てを飲み込んで、谷の中に吸い込まれていく。

 これでガウリエスタ側からは、飛べるもの以外は入って来られなくなった。


 一体、どれほどの人がここで亡くなったのだろう。

 誰にも葬送おくられることもなく、ただ呪いのようにこの地を穢すものとして縛り付けられて。

 俺はその地を浄化しながら、胸の痛みに耐えられず、涙が落ちるのを堪えることができなかった。



 夜明けまでは、まだ時間がある。

 西の森に続く山を上空から辿りながら眺めていると、所々で黄色い点を見つける。


 不思議だった。

 どうして、この黄色い点は……こんなに綺麗に直線に並んでいるのだろう。

 水色のところはない。

 白森界隈のように、魔虫を食うために繁殖した魔獣ではない。


 少し下に降りてみると、どうやら崖の際……のようだ。

 魔獣達はその崖の近くで、何かを食べているように見えた。

 ……『土』を食べている?


 いや、土の中にいる虫か?

 その時、ポロッと魔獣の足下が崩れ、一匹の魔獣が谷へと落ちていった。

 あ、あれが死んだら、また魔虫の苗床ができてしまう!


 俺はすかさず雷を落として、破砕と消去をした。

 その、雷の灯りで一瞬、見えた崖が赤黒く染まっていた。

 ……これは、見覚えがある。

 あの、カルラスの崖、魔瘴素ましょうそに侵されてボロボロになった崖とそっくりだ。


 俺は以前使った、あの指示書を開いた。

魔瘴素ましょうそをオレンジ色で視認』

 オレンジ色のラインが大地を走り、その上に黄色い点が重なる。

 断層だ。

 この断層崖に沿って、魔瘴素ましょうそが漏れ出ている。

 その上に魔獣がいるということは……魔獣は魔瘴素ましょうそで侵されたものを食べて、生きているということか?

 いや、魔瘴素ましょうそで侵されたものを食べたから、魔獣になった……と考えるべきか?


 もしかしたら『魔力溜まり』と言われている場所は、魔瘴素ましょうそが溜まっている箇所なのではないのか?

 それにしても、範囲が広過ぎる。

 大元を特定しないと、浄化したってすぐに汚染されるだろう。

 このラインを辿っていけば判るかも知れないと、俺は最速でオレンジが濃くなっている方向へと飛んでいく。


 なんと、国境の山の向こうまでオレンジのラインが続いている。

 これ、国境の向こうは、行かない方がいいんだろうな……

 申し訳ないが、俺は勇者でも救世主でもないので世界を救う気などない。

 俺は国境付近で、もっとも魔瘴素ましょうそのオレンジが濃い場所に降りた。


 明らかに、ガウリエスタと隣接する元少数民族領から大量の魔瘴素ましょうそが、断層を辿って川のように流れ込んでいる。

 この流れを断ち切るには、どうしたらいいだろう。


 コレクション内から、いくつかの貴石を取り出す。

 水晶……では、少し弱いかもしれない。

 そうだ、あの古代部屋に入る時に使ったルビーが使えないかな。

 あの石はもの凄く魔力を溜めやすかったし、大量に注いでも全く問題なかった。


 取り出したルビーの塊を、分厚い板に成形する。

 表面に【文字魔法】で指示を書き込む。


『西からの魔獣・魔虫のイスグロリエストへ進入不可の制御魔法展開』

『ここより東、イスグロリエスト国内に流れ込む魔瘴素ましょうそを魔効素に変換し必要量を吸収』


 更に、破壊不可とこの石の視認ができないように指示して移動制限をかけておく。

 転移ポイントとしても使えるようにしておこう。

 そしてこの場所の、深さ百メートルほどに埋め込んだ。


 上空へと移動し、魔瘴素が流れ込んでいたラインを見つめると、埋め込んだルビーを境にイスグロリエスト側のオレンジ色がみるみると消えていく。

 改めて魔効素視認の指示を開くと、幾筋もの緑のラインがイスグロリエスト領内へと流れていくのが視えた。

 ……応急処置だが、取り敢えず今できるのはこれくらいだ。

 完全に全ての魔瘴素ましょうそラインを消すことはできないみたいだが、最も多く流れて魔獣の餌を作っていたラインはなくなった。


 すると、魔獣達がパラパラと散っていく。

 今、視えているやつらだけは駆除しておこう。


 少し、東の空が色づいてきた。

 夜が明けるのだ。

 西の森は、今日の夜だな。


 俺は自室へと転移し、ベッドへと倒れ込んだ。

 二時間くらいは……眠れるかな。

 うー……お腹空いたなぁ……

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