第295話 魔虫の詳細

 翌日、なんだか雨が降りそうな天気なので、俺は昼食の準備時間に入る前に猟師組合に行くことにした。

 猟師組合では毎年自警団と一緒に白森の魔獣の警戒をしたり、魔虫の予防のために新しくできた巣が外壁近くにないかを見ているのだそうだ。


「おや、珍しいじゃないか、タクト」

「こんにちは、バルトークスさん。ちょっと教えて欲しいことがあってさ」


 バルトークスさんは父さんの飲み仲閒で、貝ひも佃煮の大ファンである。

 なので、手土産に『牡蠣のしぐれ煮』を持ってきた。

 おつまみに最適な、醤油と味醂と生姜で煮たこのしぐれ煮は絶対に好みの味のはずだ。


「で、なんだよ、聞きたいことって」

 しぐれ煮の瓶をしっかりと抱えたバルトークスさんが、にこにこ顔で俺に尋ねてくる。

 誰も盗りませんから、そんなに抱き締めてなくても大丈夫ですって。


「西の森で捕っている獣って、食用や皮を使うものですよね?」

「ああ、そうだな。イノブタ、赤シシは皮も使うが主に食用。黒シシもいるが、あの肉は旨くないから皮だけだな。他は牙兎や山羊だな」

「それ以外の動物は、捕らないのかな?」

「そうだなぁ……それ以外は滅多にいないからなぁ。小型のものは、肉も皮も使えない獣ばかりだし」


 なるほど……じゃあ、種類は限定される訳だな。

 その他の肉や革は全部他から入って来ているだけだから、市場でも少ないんだな。


 そしてもうひとつ、聞きたかったのは魔虫のことだ。

 魔虫が植物以外の他の生物などに、どのような影響があるのかを聞きたかったのだ。

 そして、役に立つ利用法があるのかどうか、ということも。

 角狼つのおおかみの血みたいに、薬の材料になったりするのなら駆除方法も変えないといけないだろうから。


「ねぇな」

「まったく?」

「ああ、魔虫は害にしかならねぇ。利用法とか、他の生物に必要なんてことは全くねぇ」

「むしろ完全に駆除した方がいいってこと?」


 その通りだ、とバルトークスさんは大きく頷く。

 魔虫は全くなんの役にも立たないだけでなく、その存在が魔獣以外の全ての生き物にとって害悪だという。

 その上、魔虫は死んでも土に還らず、魔獣の餌になるか、ただ土を汚染して他の魔虫の卵の苗床になるらしい。


 どうやら『魔』とつく生き物は死んでも新たに『魔』を生み出すものとなってしまうので、焼いて完全に浄化しなくてはならないようだ。

 ……カルラスで魔魚を粉砕、消去しておいてよかった……

 うっかりあのまま海の底に沈めたりしていたら、またとんでもない魔魚が生まれてしまったかもしれない。


「魔獣は魔虫を食って、毒を体内に溜め込む。だから『魔』虫なんだよ」

「じゃあ、魔獣の血からできる薬って、魔虫の毒消し?」

「それが主なものだな。他には魔獣の毒の緩和剤だが……こっちは慰め程度のもので効果はあまりない。毒を少しばかり弱めるだけで、消したり治療したりするには聖魔法の【治癒魔法】以外に有効な手立てがない」

「【解毒魔法】は?」

「それが効くのは、魔獣以外の毒だけだ。魔獣の毒は【治癒魔法】以外では完治できねぇんだよ」


 そっか、そういえばマリティエラさんが魔獣の毒を浴びせられた時に、ライリクスさんが治療法がない……みたいに言っていたっけ。

 俺が持っていたのが【治癒魔法】じゃなかったら、大変なことになっていたんだな。


 そしてバルトークスさんの話では、魔虫が湧くと魔獣が増えるのだがそもそも魔虫が湧くのは『魔力溜まり』に群がる虫が変異すると思われてるのだそうだ。

「魔力溜まりが地中にあれば『迷宮』のはじまりになる。虫が湧き、小さい生物が魔に侵されて、それを食うために魔獣が現れ掘り下げていく。そしてどんどんと蟻の巣のように広がっていき、土が汚染されていくと、更に大型の魔獣がやってくる。そういう魔獣は、広くなった迷宮のあちこちに『道具』を隠す」


 そっか。

 その道具が迷宮奥に溜まった魔力を宿らせて、冒険者が涎を垂らすような強力な『魔具』になるのか。

 じゃあ、その魔力溜まりってのはどうしてできるんだ?


「地中なら元々魔力が多い宝具なんかが原因だが、地上では魔獣の死骸が一番多い。人の死体は、放置されていれば必ず魔虫に集られて『溜まり』の原因と苗床になる」


 獣より何より、この世界で一番魔力を持つ生命体は『人』だ。

 今から七年ほど前にも、魔虫の大発生があったらしい。

 時期的に、俺がシュリィイーレに来る半年くらい前のようだ。


「その時は……白森の奥から続く少数民族領の外れの村が、山崩れで全滅したってことがあった。どの国の領地でもねぇから、何処も回収しなかった遺体を苗床に発生したんだろう」

 その時は魔獣が来ないように態と道を崩したり、築山を作って防いだそうだ。

 ふと、バルトークスさんの眉間にしわが寄り、声が一段低くなる。

「一昨年の冬の初め……ここを出ていったやつらがいただろう?」


 一昨年……ミトカ達か!

 そうだ、山崩れで道が途絶えて……生死が判らなくなった者が、五人いる。

 その遺体は、未だに回収されていない。

 崩落が激しい場所で、魔法を使っても岩や土をどける作業どころか立ち入ることさえできない状態なのだ。

 でも、もしかしたら全員助かって、ガウリエスタに抜けたかもしれない。


「もし、そこで死んじまったやつがいたとしたら……今年の夏から、魔虫がかなり多くなる。そうなると、魔虫自体がこの町に来なかったとしても、秋口に西の森では魔獣が増える」

 そして、魔虫で充分に毒を蓄えた魔獣は例年とは比べものにならないほど、危険度が跳ね上がるらしい。

 狩らなければいけないが、狩ることが困難になるほど。

 そうなると西の森での木材の切り出し、茸や木の実の採取、獣たちの狩りは壊滅的な状態となるだろう。


 もしかして、冒険者に頼むような案件なのかと思ったが、冒険者では役に立たないと即座に否定された。

「あいつらは魔獣を殺してはくれるが、土まで整えてはくれん。血が掛かった土がどうなるかは、知ってるよな?」

 うん、父さんに聞いた。

 そうか、父さんもそれを見越して、光の剣の有効利用を考えてくれたのかもしれない。


 魔獣を生け捕りしたいのは、その後も魔虫の被害が続くからだ。

 ……苗床となった遺体は完全に土に還ることはなく、魔虫を呼び続けてしまうから。

 崩れた少数民族領の村の方からも、きっとまだ魔虫は発生し続けていて魔獣を育ててしまっているのだろう。

 だから、白森にいる角狼の毒は強いのかもしれない。


「それにしたって、タクト、なんだって突然魔虫のことなんか聞きたがったんだ?」

「西の畑で、そういう被害が出てるって聞いて。俺が作付けをお願いしている畑の近くだったから、気になったんですよ」

「ああ! 小豆か! うん、あれがやられたら大損失だな!」

 ……あんこも好きなんですね? バルトークスさん。


「魔虫については俺も対策を講じようと思っていますので、まずは情報集めと思ったんだけど……結構、逼迫した状況なんですね」

「とにかく、魔虫が嫌う『白蓬しろよもぎ』を大量に準備しねぇとな。今年はシュリィイーレの周りだけじゃなく、西の森でも炊いた方がいいかもしれねぇから」


 白蓬がどんな草なのか聞いたら、コレイル領の南で群生している白い花らしい。

 根だけを残して花が咲いた頃に採取し、乾燥・破砕して粉状にしてから水を加えて練り、成形したものを燃やすのだそうだ。


 ……あれ?

 それって、日本の夏に欠かせない、あの蚊取り線香ってやつじゃないっすか?

 除虫菊は……蓬の仲閒だった気がするし。


「俺、魔虫って見たことないんですけど、どんな虫なんですか?」

 バルトークスさんが描いてくれた絵は、蟻地獄の身体に蚊のような長い針と長い足が生え、薄羽蜻蛉の羽がついている……みたいなやつだった。

 絵が上手過ぎて、気持ち悪さが伝わり過ぎる。

「大きさは、胴体が手の指くらいだが足と針を入れると……掌くれぇかな」


 あ、駄目。

 それ、俺、生理的に駄目なやつっ!

 虫ってだけで相当苦手なのに、デカイとか!

 話聞いただけで、背筋がぞわわわってした。



 殲滅だ。

 絶対に撲滅してくれる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る