第294.5話 ビィクティアムとお困りの人々
▶ビィクティアムとシュリィイーレ司祭
「態々ご足労いただいてすまんな、テルウェスト司祭殿」
「いいえ、セラフィエムス卿、折角の雪解けですからね。久し振りに外を歩けて心が躍りましたよ」
「教会の方々は、皆様息災か?」
「はい。衛兵隊の皆様のおかげで、凍えることも飢えることもなく。本当にありがとうございました」
「それが我らの務めだ。今後の王都への方陣門についてのこと……ですか?」
「ええ、それも勿論なのですが……実は、輔祭様の件についてで」
「何かございましたか?」
「王都の教会を通して、毎年春に聖魔法師への奨励金が出ることはご存知でございましょう?」
「ああ……在籍地の教会に届くあれか」
「はい。輔祭様が聖魔法師として承認されたのが去年の
「来ていないのですか?」
「ええ、この町在籍の聖魔法師は、現在はわたくしと輔祭様のみでございます。ですが、去年と同額だけしか届いておらず送られてきた明細を見ても、輔祭様の分が含まれていないのでございます……こちらを」
「……確かに、これは司祭殿の分だけのようだ。第一位輔祭の金額ではないな」
「教会内部のことゆえ、王都の教会に問い合わせましたが魔法法制省院に聞けと言われますし、法制では教会で確認しろ……と。このようなこと、セラフィエムス卿にご相談するは如何なものかと思いましたが、他に頼れる方もなく」
「いや、よくぞ話してくださった。このような不手際、聖魔法師への信頼を損なう一大事でありましょう。この件、私に預けていただいてよろしいですか?」
「はい! 是非ともお願い申し上げます」
「ありがとう。司祭殿にご信頼いただけて、私としても嬉しい限りです」
「なんと勿体ない……! わたくし共シュリィイーレ教会は、いついかなる時でもセラフィエムス卿のよき協力者として尽くしたいと思うております」
「では、この書類、お預かりする。すぐにでも王都に参りますので、一時的に方陣門を開放してよろしいですか?」
「勿論でございます」
「その後も登録者しか使えませんが、詳細を決めるまでは私が戻り次第すぐに閉鎖いたしましょう。教会の皆様を、不安にさせる訳には参りませんから」
「お気遣い、痛み入ります。では、早速教会へ?」
「いえ……少し準備をしてから伺いますので、先に戻っていらしてください」
「畏まりました。では、後ほど」
▶ビィクティアムとライリクス
「すまんな、使いを頼んで」
「いいえ、昼食後はこちらに来る予定でしたから問題ございませんよ。ただ、今日の持ち帰り菓子は、ショコラ・タクトではなくて春祭りの菓子でした」
「……そうか。まぁ、いいか。あれもかなり旨かったからな」
「この色とりどりの飾りは、素晴らしい発明ですよねぇ。美味しいし、綺麗だし」
「おまえに確認したいことがある」
「……血統魔法の件ですか?」
「ああ、それと……おまえの今の在籍はシュリィイーレだよな?」
「はい」
「聖魔法登録は、していないのか?」
「あれ? どうしてご存知なのですか?」
「さっき司祭が来て、タクトの分の奨励金が届かないと明細を見せてもらったら……おまえの分もなかったから」
「あ……なるほど。ええ、聖魔法登録はしてませんね。そんなものが出ていると知られたら連れ戻されると思っていましたし、家名を捨てる時にどうせ閉じられると思っていましたので」
「どうする? 登録したいなら、ついでに申告してやるぞ?」
「お断りします。タクトくんではありませんが『この町にいるのにそれは必要ないもの』ですから」
「そうだな。【治癒魔法】でない限り、たいして需要はないな」
「その上、血統魔法まで顕現してしまいましたからね。僕は今更、マントリエルの食事になんて戻れません」
「解った。安心しろ。このことは絶対に『俺は口外できない』から」
「……! 今……【境界魔法】をご使用になっているのですか? 周りの風景も何も全然変化がないですが……」
「魔力不足がなくなったから、本来の『境界』が発動している。まったく、とんでもなく魔力を使うな、聖魔法というのは」
「随分、お身体も慣れていらしたようで、負担なく魔力を使えていらっしゃるんですね。よかった……」
「まだ短時間だが、少しずつ鍛えている最中だ」
「倒れない程度にお願いしますね?」
「大丈夫だよ。それと、戻れるのは……夜になってからになるかもしれん」
「畏まりました。では、副長官に全部お任せすることにします」
「ああ、そうだな。あいつ、何処にいるんだ?」
「先ほど通信室で確認しましたら、タクトくんの店にいるようでしたので、のんびり菓子でも食べているはずです。すぐに呼び出しますよ」
「……最近、ファイラスは太ってきたんじゃないか?」
「そういえば、チェルエッラが『副長官から大きめの上着を発注された』と言っていましたね」
「あいつの、見回り担当時間を増やせ。だらけ過ぎだ」
「では、最近太ってきた者達全員の外回りを増やしましょう。副長官とゼオルは、外門食堂ができたら食べ歩くのを楽しみにしていると言っていましたので、これからも太る可能性がありますし」
「そういうやつが、増えそうだな。困ったもんだ」
「あれだけ甘いものを食べていらっしゃるのに、長官は太る気配がないですねぇ」
「動いてるからな。それと、多分以前より魔法を使うようになったからだろう。タクトが頻繁に、めちゃくちゃ腹が減るって言ってたのがよく解るよ」
「本当に……よかったですよ。あなたが食べなさ過ぎて、マリーが随分心配してましたからね」
「……今度は、過食にならんように気をつける」
「はい、そうしてください」
「おまえもだぞ?」
▶ビィクティアムと行政省院院長
「おやおや、早速ショコラ・タクトを届けに来てくださったのですかな?」
「すまん、ヴェルデレイト、今日の持ち帰り菓子はショコラ・タクトじゃなかった」
「それは残念……おおっ! なんですか、もの凄く綺麗な菓子じゃないですか!」
「タクトの作った春祭り用の菓子だ。結構甘いが、旨いぞ」
「これはこれは素晴らしい! 皇室認定至極級の方の新作菓子をいただけるとは……んっ! なんと……甘い! 旨いですなぁ!」
「……おい、後でゆっくり食べろよ……」
「あ、これは失礼。して、これを届けるだけではないということですかな?」
「当たり前だろう。去年の
「……ありませんよ」
「え?」
「法制や聖神司祭様方が、態々行政省院に承認してくれなどと下ろしてくる案件など、ひとつもありません。行政の承認など必要ないと、思っていらっしゃる方々ばかりですからね」
「相変わらずなのか……」
「あなたくらいのものですよ、こうして正しく行政省院から通してくださるのは。皆さん、上の承認があれば我々のことなどは無視ですからね。お陰で調整ばかりで」
「そんな案件ばかりでも調整できるとは……凄腕が多いのだな、行政は」
「いや、気に入らないものは、後回しにしているだけです。だから、あなたからのものは最優先で処理いたしますよ」
「助かるが……いいのか?」
「あなたが正義のないことは行わないと、我々は知っていますからね。さて、先ほどの『ここに来るはずだった』のはどのような案件ですかな?」
「……なるほど。確かにこの法制省承認の明細書には、輔祭殿の分はありませんね」
「シュリィイーレの輔祭殿は、金に拘る方ではないからたいして気にもしていらっしゃらないだろうが、もし他の地域でもこのようなことがあったら大問題になる」
「確かに教会の信頼と、魔法法制省院の権威が失墜するでしょうな。いい気味ですが、その処理をさせられるのは
「解った。ではなるべくこちらに火の粉がかからんように、教会と法制に頼むことにしよう」
「助かりますが、ご無理をなさらないでくださいね」
「ああ。いざとなったら、俺は『神の思し召し』が使えるからな」
「ははははっ! そうでした!」
▶ビィクティアムと聖神司祭様方
「な、なんと、スズヤ卿の認定が、されていない……と?」
「ええ、シュリィイーレ司祭から内々に確認して欲しいと。司祭ご自身が確認しようとしたところ、王都教会の担当者からも魔法法制省院からもなんの回答もいただけなかったようでして」
「それは酷い。上位司祭の要請に回答なしとはどういうことか!」
「聖魔法師を軽んじておる! すぐにでも調べさせましょう!」
「最近、多いですね。従者家系の者やその下位の者達までも、役職が聖魔法師を上回ると思っている不届き者が多過ぎます」
「セラフィエムス卿まで、そうお感じになっていらっしゃるのですね」
「我々教会も、法制省院も嘆いておりました。改めて全てを明文化し、制定すると近日中に陛下から勅命が出されるでしょう」
「それは、上々。しかし、この輔祭殿の一件は、あまり騒ぎ立てしない方がよろしいでしょう。教会の信用に関わります」
「お気遣い感謝いたします。しかし、一体どうしてこのような認定漏れなどということが……」
「ご担当いただいたのはサラレア神司祭と伺いましたが、今日はどちらへ?」
「新年ですので、ご領地のウァラクへ。ハウルエクセム神司祭と戻っていらっしゃるのですが……本日王都に入るとのことですから、そろそろいらっしゃる頃かと」
「あ、いらっしゃったようです」
「丁度よいところへ!」
「おや、セラフィエムス卿……! ああ、うちの次男がご面倒をお掛けした……実に申し訳ない」
「お帰りなさいませ、サラレア神司祭。その件はお気になさらず。お疲れのところ申し訳ないが、ひとつ確認したいことがあるのですよ」
「はて? 一体何を?」
「タクトの、スズヤ卿の聖魔法師認定をされたのは、サラレア神司祭様でいらっしゃいますよね?」
「ああ、左様! 間違いなく、私が確認しましたとも!」
「その認定登録書類はどちらに?」
「書類……は、確か……ああ、そうだ、あの時は丁度、魔法法制省院副省院長に会ったので、預けたのだ」
「サラレア神司祭、正しい手順では先ず行政省院へ書類をお届けいただくはずですが?」
「え? そ、そうなのか? で、では、法制の副省院長から行政に行っているのでは?」
「いいえ、行政では全くそのような認定承認は申請されておらず、一切届いていないという証明書を戴いております」
「サラレア神司祭、そもそもそんな大切なものを、どうして人に預けたりなさったのですか!」
「そうですよ、そのせいで今スズヤ卿は、聖魔法師としての認定をされていないことになっているのですよ!」
「なっ、なんですと? いや、そんなはずはない! 名簿……聖魔法師名簿には……ほ、ほれ、ここに、ちゃんと記載が!」
「この名簿は、教会内部のものですか?」
「ああ。だが、ちゃんと陛下の認定印をいただいた公文書である」
「それではどうして、彼の奨励金がシュリィイーレ教会に渡されていないのでしょうか?」
「まことでございますか、セラフィエムス卿?」
「はい、この法制発行の明細書には記載されておりませんし、実際に届いてもおりません。さて、どこでこのような手違いが?」
「法制省院へ参りましょう。このような事態、看過できません」
「ではご一緒いただけますか、ナルセーエラ神司祭」
「私も同行しよう! 私が間違いなく書類を渡した者と話をせねば!」
▶ビィクティアムと聖神司祭と法制省院院長
「で、どうなんだ、リヴェラリム魔法法制省院院長」
「……これは、参ったな。まさか、そんなことになっていたとは……」
「お心当たりでも?」
「つい先日、複数の者からある省院官についての告発がございました。調べましたところ、酷い有様でしてね。その省院官というのが……副省院長直属の部下でして、副省院長自身も関わっているのではないかと取り調べに入ったばかりなのですよ」
「横領でもしたか」
「横領と職務放棄、情報漏洩と……なかなか派手にやってくれまして、今その後処理で泣きそうなのです……」
「その告発をしたという者らは、どうして気付いたのですか?」
「貴族の地位と、継承についての法令をまとめましたでしょう? その際に、その不届き者達が自分らが『貴族でなくなる』ことで被る不利益について話し合っているところを、聞いてしまったらしいのですよ」
「そんなことを……省院内で話していたのですか。なんとも愚かな」
「自分たちのやっていることが、悪事であるという自覚がなかったようですね。貴族ならばこれくらい許されるはずと勝手に思い込んで、仕事を放り出していたり他の者に押しつけていたり。だから地位が脅かされると知って、大慌てで周りのことなど考えずに口に出してしまったのでしょう。馬鹿は何処までも馬鹿ということですが……まさか、聖魔法師に関してのことまで……」
「そうだな。すぐに発覚することだし、発覚すれば間違いなく家門全体に及ぶ罪となるのだから、それくらいは気を遣っていたはずなのにな」
「大綱ができあがったのが去年の秋でしたからね……きっとその頃ですよ、馬鹿共の蠢動が始まったのが。だから取りこぼしがあったのでしょう。行政から上がってきたものだけは隠しようがないので処理したのでしょうが、そうでないものは後回しにして……忘れたのでしょうね」
「う……すまぬ……やはり、私の……」
「ああっ、いいえっ! サラレア神司祭様のせいではございませんよ! 書類を渡されたのなら、その者が行政に赴くべきだったのです。聖魔法師様からの依頼を無視した者が、全て悪いのですよ!」
「気を遣ってくれて感謝する、リヴェラリム省院長殿。しかし、手順を違えた私にも責任はある。スズヤ卿の奨励金の手配が間に合わなければ、私が彼に直接詫びを……」
「いいえ、サラレア神司祭」
「セラフィエムス卿……」
「間違いをお認めになるサラレア神司祭の姿勢は大変尊いものでありますが、教会に大きな不信感を抱かせることになります。輔祭殿が、タクトがこれ以上教会を拒めば、我々は神聖魔法師を失うことになりかねない」
「スズヤ卿は……教会を……?」
「輔祭の地位など、彼にとってはどうでもいいものでしょう。その地位を返上し、イスグロリエスト大褒章まで返還することだって考えられます。王都で彼がどんな目にあったか、皆様が一番ご存知のはず」
「そ、そうでした……あのような襲撃と不敬を許してしまった……」
「聖魔法師以上の存在である神聖魔法師にたいして、教会は無礼な真似しかしておらん……これ以上、スズヤ卿に愛想を尽かされれば、神々のご加護が遠のく」
「彼は聖魔法師として、シュリィイーレで危険を顧みず人々を疫病から救ってくれました。必要なのは詫びることではない。その彼に、この国が正しく報いることです」
「ご安心ください。我が法制省院の今回のお恥ずかしい事件については、陛下も財管も承知しておりますから、スズヤ卿へ早急な対応をお願いすることに致します」
「しかし、そのような悪事が露見したということは、その法令が発布されたら混乱は必至だな」
「それは望む所だね。今までがあまりに杜撰だったから、驕る者や勘違いする馬鹿共が増えてしまったのさ。ここいらで綱紀を正しておかねば、イスグロリエストは完全に神々から見放されてしまう」
「ええ、省院長殿の仰有る通りです。なればこそ、我々もその法令に賛成したのですから」
「なぁ、セラフィエムス卿、機会があったら神々にお伺いをたててくれよ。この国はまだ、神の寵愛の中にあるかどうか」
「そんなことは、聞かずとも解るだろう」
「え?」
「神々が見放した国に、神聖魔法師や神斎術師が現れると思うか?」
「……それを聞いて、安心した。我々は、まだ間違ってはいないのだな」
「間違ったかもしれないが、やり直せるところにいる……が正しいかもな」
「充分だ。では、私はスズヤ卿の件、財管に詫びてくる。皆様、ご足労とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「いいえ、あなたの真摯な信仰の姿勢は感服いたします」
「すまぬ、私も共に財管へ行ってもいいだろうか」
「ありがとうございます、サラレア神司祭。それではお願いできますか。セラフィエムス卿、感謝する。スズヤ卿によろしくな」
「ああ、二、三ヶ月したら来るのだろう?」
「それまでに事態が収束することを祈っててくれ……頑張るよ」
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