第294話 害虫情報

 春祭り。

 結果から言えば、スーパーエクセレントとでも言うほどの大盛況であった。

 いくら氷結隧道で動き回れるようになったとは言え、真っ白な世界からの解放は心を躍らせるものなのだ。


 青空を見上げ、緑の木々に渡る風を感じ、彩られた世界に生きているという幸福を噛み締める。

 そのせいなのかどうかは知らないが、悪のりで作ったカラースプレーチョコを塗したシュークリームが一番人気であった。


 見た目の華やかさと、サイズ感の可愛さ、そして口に広がるめっちゃめちゃ甘いクリーム。

 冬の間には出会えなかった、全てを満たすスイーツだったのだろう。

 皆さんの笑顔が見られて、本当によかった。


 しかし、勢いがつき過ぎたのである。

 ミルクやクリーム関係の乳製品が、全然なくなってしまった。

 料理用に取り置きしていたものが少しあるだけで、お菓子用に使える在庫がゼロである。

 ……もうすぐ、苺ができ上がるというのに。


 次にセラフィラントからの荷が届くまで、生クリームやカスタードクリームはおあずけである……

 祭りだと、どうしてもはしゃいでしまう。

 計画があっても計画通りにできないなら、なんの意味もないじゃないか!

 いかん、ないものを憂えるのは不毛だ。


 今日のところは、西のエイドリングスさんとラディスさんの畑を見に行こう。

 エイドリングスさんの所は、今年は小豆と小麦……だったかな?

 ラディスさんの硝子ハウスでは、初めての苺の花が咲いているはずだ。

 受粉作業しないとな。

 硝子ハウスの中までは、蜜蜂が入って来ないもんなぁ。



 西の畑に到着すると、殆どの畑がまだ名残雪で覆われていた。

 溶けてきてはいるのだが……さすがに全てとはいかないのだろう。

 炎系の魔法で溶かしてしまうと、畑の土に影響が出てしまうのかもしれない。

 俺の様に、電気由来の熱魔法が使える人はいないだろうし……


 その雪の畑を眺めながら集まっている人々がいた。

 今後のことを相談しているのだろうか。

 俺は彼らの横をすり抜け、エイドリングスさんの家を訪ねた。


「あらあら、いらっしゃい、タクト」

「こんにちは、アーレルさん。大雪の時は大丈夫でしたか?」

「ええ、うちは全然なんともなかったわ。あなたの魔法のおかげで家も畑もいつも通りよ」

 よかった。

 大丈夫だとは思っていたけど、西側はかなり早いうちから閉じ込められていたから心配だったんだよね。

 なんか、離れていても安否確認ができる方法とかないかなぁ。


 あ、確かあちらの世界でも、ポットを使用すると通信システムで登録先に通知が入る……ってのがあったはずだ。

 台所で水やお湯を使う時は必ず魔力を通すんだから、使われたタイミングで俺の手元に通知が入るようにすれば、使われなかった時に様子を見に来られるんじゃないかな。

 小さい光が点滅するだけでもいい。

 うん、今度そういうの作ってみよう。

 ひとり暮らしのルドラムさんとかデルフィーさんも北側だから、冬場は心配だしね。


 エイドリングスさんは早速畑で作業しているみたいだ。

「おお、タクトか!」

「エイドリングスさん、こんにちは。畑は雪の影響、受けませんでしたか?」

「ちょっと水っぽくなっちまってるなぁ」


 そっか、他の畑からの雪解け水が染み込んでるからか……

 それでは、と俺は畑の水分量を魔法で調節する。


「……相変わらず、タクトの魔法はスゲェな」

「俺の魔法は、効果範囲を指定できるのが強みですからね。土の状態は戻ったと思いますから、よろしくお願いします」

「ああ、今年は小豆のある年だからな! また餡入り焼き、作ってくれ。ありゃあ、旨かった!」

 エイドリングスさんご夫婦は、あんこものが大好きなんだよね。


「さっき春祭りで売ってたお菓子をアーレルさんにお渡ししたので、後で召し上がってみてください」

「おっ、そりゃ楽しみだぜ」

「それと、ちょっと聞きたいんですけど……この辺の畑や果樹園に出る『害虫』ってどんなものがいるんですか?」

「あー……大概のもんはおまえの魔法でうちじゃ来なくなっとるが、厄介なのは魔虫だな」


 アブラムシやコナジラミなど、一般的な害虫は俺の魔法で寄りつかないようになっている。

 だが、俺は『魔虫』のことはよく知らないので、完全に防げているとは言い難いのだ。

 今は『作物や畑にどういうことをするか』を指定し、寄せ付けないようにしているから。

 植えたものを食うとか、卵を産み付けるとか、植物を枯らすなどということをする虫を寄せ付けないという指示を出しているのだが、魔虫がそれ以外のこともするのであれば何をするかを指定しなければ取り付かれてしまうのだ。


「魔虫は、取り付いた箇所に毒を入れる。その毒自体が植物の中で変化をして、更に魔虫を呼び寄せる。魔虫に集られた植物は元のものとは違う物に変化して魔虫の餌になり、食い残しは土を汚染する。その土壌では植物は正しく育たず、魔虫を呼び寄せやすいものに変わっちまうんだ」

 うわー……二次被害、三次被害があるのか。


「しかも、あいつらは身体の表面の毛が棘になってて、触ったら皮膚に入り込む。細かくて抜くことができねぇから、大きく患部を切って血と一緒に流して取るしかねぇ。放置してると腫れ上がって腐っちまうからな。薬を撒いて殺しても、回収が大変なんだよ」

「その毒に対する薬はあるの?」

「ああ、飲み薬と塗り薬があるが……毒が消えるだけで棘は抜けねぇから、ずっと痛いままなんだよ」

 確かにかなり厄介な生き物だ。


 うーん……麻痺させても回収が大変で、毒を無効化しても棘の痛みは消えなくて、しかもその棘は細かいから物理では抜きにくい……と。

 寄せ付けないのが一番なんだけど、うちで依頼している畑だけに来ないっていうんじゃ意味がなさそうだ。


 勿論エイドリングスさんとラディスさんの畑には寄せ付けないようにしようとは思うが、駆除方法も考えておいた方がいいよな。

 魔虫の季節は夏場だそうだから、もう少し時間がある。

 ただでさえ大雪で今年の西側での作物がピンチだというのに、魔虫でまで被害が出たら目も当てられない。



 俺は魔虫のことを考えつつ、ラディスさんの畑へとやってきた。

 エイドリングスさんと隣り合わせとはいっても……遠いよね、農家の『隣り』って。

 畑に出ている人が多くて転移が使えなかったので歩いて来たのだが、どの畑でも排水対策に困っているようだった。


 水系の魔法師に依頼しているみたいだが、どうやら水系を使える魔法師がシュリィイーレにはあまりいないらしい。

 順番待ちになっているみたいだ。


 溶けてくれなきゃ困る雪だが、いっぺんに溶けすぎても困るのだ。

 慌てて雪をどかしている人達が多い中、全く雪の積もっていないラディスさんの畑の硝子ハウスを覗くと苺の花が可愛らしく咲いている。


「タクトさん!」

「よう、レザム。大丈夫だったか? 大雪」

「全然平気だった! 今年はずぅっと家の中温かかったし、水もお湯もいっぱい出たし!」

 ということは、いままでは途中から寒くなっちゃったり、お湯が出なくなっちゃったりしていたということか。

 よかった、成長期のお子様達を守れて。


「保存食、凄く美味しかった! 父さんがこの間、またいっぱい買って来たんだよ」

 え、そうなのか……お土産に持ってきたんだけど……まぁ、いいか。

 取っておけるから全部渡しちゃおう。

 どうやらレザムは、魚料理をとても気に入ってくれたらしい。

 いいぞ、どんどん魚好きを増やして、魚需要を上げれば安く沢山入ってくるようになるはずだ。


「花が咲いたから、タクトさんに来てもらおうって話していたところなんだ」

「そっか。俺も、そろそろ花が咲いてるだろうなと思ったんで来たんだよ」


 そんな話をしながらレザムと一緒にラディスさんの家へと入ると、エゼルが飛びついてきた。

 ……キョーレツなヘッドタックル。

 鳩尾にヒット……一瞬息が止まったよ。

 くっそー、物理無効だが、痛みはあるんだからな。


 どうも冬の間に動き回れなくってエネルギーがあり余っているのか、やたらめったら走り回っているようだ。

 ラディスさんがぐったりとしながら話してくれた。

 頑張れ、シングルファーザー。


 みんなで苺の受粉作業をして、こちらでも魔虫のことを聞く。

「あの硝子部屋のおかげで苺の方は平気だが、外側で作っている菠薐草は心配だね。この近くでも被害が出た畑があって、去年は収穫が半分以下だったって人もいたよ」

「いつもはどうやって退治しているんですか?」

「殺すほどの薬は強すぎて畑で使うと作物にも良くないから、西側の入り込んでくる所辺りで薬草を焚くんだ。その煙や臭いを嫌がるから。だけど雨が降るとすぐに効果がなくなるし、雨が降らなくても三日くらいしか効かないから毎年かなり薬草が必要になるんだよ」


 巣を作らせないようにしていても、どうしても完全には防げずに毎年秋祭りが終わる頃に大捜索して見つけた巣や卵を焼き払っているのだとか。

「巣ができてしまった木は根まで全部掘り返して、完全に焼いてしまわないといけないからね。周りの土も外門の外で焼却するんだよ」


 魔虫は香りの強い木に巣を作ることを好むようで、果樹がやられてしまうことも少なくないらしい。

 なんてこった!

 貴重な果物の木が、そんな被害に合っていたとは!


 農家の闘いは決して派手ではないし、誰からも賞賛されたりはしない。

 だが、彼らが戦ってくれているからこそ、人々は安全な食べ物を享受できているのだ。

 食に関わる者として、この魔虫対策には本気で取り組まなくてはならないと、俺は決意を新たにした。

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