第293話 冬の終わり
港印章とか外門改修とかで、すっかり放置してしまっていた光の剣の魔法を再構築する。
上手くいけば果樹園や畑に害をなす魔虫の駆除に貢献できそうだし、西の森や白森の魔獣や獣が無傷で捕らえられれば多方面で喜ばれるはずである。
……売り込みは、情報提供の父さんに任せよう。
さて、現段階では一撃目に痛み、二撃目に麻痺としてあるが、そもそもの効果をスイッチで切り替える方式に変えようと思う。
依頼してきたあの冒険者とは使用用途が違うのだから、拘る必要はない。
メインスイッチを押して光が出るのは、そのままでいい。
起動した時は『痛みモード』の黄色い光。
これは弱い痛みを与えて向かってこさせ、誘導するためのもの。
あまり強くなくていいなら、加護色の補色である黄色の方がいいだろう。
メインスイッチの上に切替スイッチを付ける。
それを右に入れると光が青く変わり、『麻痺モード』になる。
青くしたのは、使う魔法に【位相変調】が上乗せでかかるからだ。
賢神一位加護の神斎術と神聖魔法だから、青の方が効果時間が長くなるし発動も早くなるはずだ。
試しにやってみたいところだが、うちには防虫魔法が施されているので害虫などいない。
第一、今はまだ寒くて虫なんてどこにもいやしないのである。
この辺に、土竜とか鼠もいないしね。
お試しはまだ先だが、できあがりを父さんに見せて説明するとかなり食い付いてきた。
「色が違うのは、遠目に見ても何をしているか解りやすくていいな。森の中で木や岩にぶつかることもねぇし」
うん、うん、と頷く父さんを見てて、そういえば森の中って障害物が多いよな、と改めて思った。
魔法の範囲を光で表しているわけだが、障害物に光が遮られると……魔法も遮られるのだろうか?
その辺りは考えてなかったな……
もしかしたら魔法は遮られずに、岩の後ろの獣とか葉っぱの裏や木のうろにいる虫にまで効果があったりするのだろうか?
蜜蜂とかには効かないように、駆除対象は確認しておいた方がいいかもしれない。
「ねぇ父さん、捕縛する魔獣や獣って決まっているんだよね? 害になる魔虫なんかも全部わかる?」
父さんは少し考えるようなそぶりをしたが、だいたいは解る……といくつか教えてくれた。
「まさか、指定できるのか?」
「うーん……解らないんだけど、全部の生き物に対して効果が出ちゃうと、まずい気がするんだよね」
森にはいろいろな生き物がいる。
迷宮のように、魔獣だけが生息している訳じゃない。
意図していない生物が光の剣の有効範囲に入って、突然痛みを感じ予想外の行動を取った場合に、その存在に注意を払っていない人間達が対応できないことだってあるだろう。
いきなり飛んでいた鳥が麻痺して落ちてきたら、それに驚いた魔獣などがパニックにならないとは限らない。
「そうか、そうだな……確かに対象外にも影響が出ちまうのは、まずい。うっかり人間にあたって、魔獣の目の前で麻痺なんかにかからないとも限らねぇ。でもよ、どうやって?」
「【文字魔法】で指定して制御できると思うんだけど……魔獣なら本当は、その特徴が解るともっと制御しやすいと思う」
「制御……? おまえ、まさか【制御魔法】まで使えるようになったのか!」
使えるように……というか、ずっと使えていた……というか。
頷くと父さんは、やっぱりかぁー、と天を仰ぐ。
「おまえは加護が強いから、そうだろうとは思っていたが……おそらく聖魔法がこれからも出てくるだろうから、あんまり人には言うなよ?」
もう、いろいろ出ちゃっているけどね。
「言いふらす気はないよ。ただ……ビィクティアムさんには、なんだかバレちゃうんだよねぇ」
「あいつは神斎術なんてもんがあるから、仕方ねぇだろうな。まぁ、ビィクティアムなら信用できるが」
「聖魔法が増えると、なんかあるの?」
「おまえはもう教会第一位輔祭だし、神聖魔法なんてものまであるから……あんま関係ねぇけどな。普通だと……いろいろ面倒なんだよ、聖魔法持ちってのは」
……なるほど。
教会との関わりとか、貴族との関わりとか、面倒事に巻き込まれるってことなのかな?
まぁ、もう既にいろいろ巻き込まれてるから、今更だよね。
半分くらいは、俺自身のせいだし。
ともかく、今回の光魔法の害獣・害虫への利用については、対象を限って使えるようにしていく方針となった。
それを試すには……夏前くらいになったら、西の森辺りの狩りに参加しないと駄目かもなぁ。
そういえば西の森で、レザム達はでっかい舞茸採ったんだよな。
よし、行ったらついでに植生を調べて、有用なものがあったら採取してこよう!
森の先の山も元は火山みたいだから、鉱物とかもあるかもしれないな。
年が変わり、新月になったが、強制的に溶かした場所以外にはまだ雪が多く残っている。
今年の春祭りは例年より十日ほど後ろ倒しになる事が決まった。
……ということは、祭りは
よし、春祭り用スイーツ、間に合うかも。
最近ちょっと凝ったモノばかりになりがちだったので、基本的なスイーツに立ち返る事にした。
今まで作っていそうで作っていなかった『シュークリーム』をつくるのだ。
クロカンブッシュを作っていたのに、シュークリームを作っていなかったとは間抜けである。
中のクリームはカスタードは勿論だが、白隠元豆である手亡がまだまだ沢山あるので、白あんを作ろうと思っている。
餡入り焼きと迷ったのだが、白あんを生クリームで溶いて少し洋風にアレンジすることで、シュークリームに合うんじゃないかと思ったんだよね。
そしてヨーグルトクリームの三種類である。
本当はイチゴクリームも作りたかったのだが、イチゴがまだ実っていないので間に合わない。
なので、チョコレートを掛けてみたり、キャラメルリボンを掛けてみたりデコレーションしてみる。
カラースプレーチョコも作っちゃおうかな!
うん、めっちゃ甘そうに仕上がるぞ!
俺はあんまりパリパリしている食感のシューは好みではないので、柔らかめにする。
サイドを切ってクリームを『挟む』のではなく、真上から注入するタイプがいい。
そうだ、シューは小さめの一口タイプにして、何種類も食べてもらえるようにしよう。
クロカンブッシュ用よりは、大きめの方がいいな。
ちょっと頬張る感じの、一口ってくらい。
俺は残っていた牛乳全てを使い切って、大量のクリームを作った。
カスタードクリームは、全卵使用の濃厚タイプ。
……残念なのは、バニラエッセンスがないことだ。
魔法で生臭さは抜いているが。
ヨーグルトクリームは、檸檬があるので爽やかにできた。
白あんと生クリームを合わせたものも、予想を上回る幸甚指数の高さ……!
長くつらい冬を越え、春を祝う祭りに相応しい幸せスイーツである。
今年は特に春の来る喜びが
春祭り二日前に、全ての準備が終わった。
殆どの道の雪も溶け、風は温かく陽の光が柔らかく木々に注ぐ。
町ゆく人々の足取りも軽く、市場にはやっと多くの商品が並び始めた。
さぁ、祭りを始めよう。
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