第292話 施工会議
模型は東門詰め所に運ばれ、そこの会議室を専用事務所にするそうだ。
ヴェルテムスさんとセルゲイスさんの家からも、東門はそう遠くはないらしい。
冬の間に設計図に書き起こされたもので再検討してから、決定するというのでちょこちょこ東門詰め所に行かなくてはならないみたいだ。
春になったら材料調達と、現場作業をしてくれる人達が集められるだろう。
基礎工事と外壁、各階への水道設備さえ何とかしてくれたら、内部の施工や内装などはぶっちゃけ俺がひとりでできるのでそんなに期間もかからないだろう。
雪の季節もあと少し。
例年ならもう雪が降る日も少なくなるはずなのだが、今年はもう少し長引きそうだ。
春祭りが後ろ倒しになると、錆山に入れるようになる日も遅くなる。
短くなってしまう夏場を外門工事だけで終わらせる訳にはいかない。
あーあ、早く春にならないかなぁ。
あと十日ほどで新年となる日に、やっと雪が止んで風が温くなり始めた。
いつもなら積もった雪が自然に溶けるのを待つのだが、今年はそんな悠長なことを言っていたら春が終わってしまいそうだ。
衛兵隊と自警団の方々で熱系の魔法や炎系の魔法が使える人を募って、町中の雪をどんどんとかしていくことにしたようだ。
それでは、遠慮なく……と、俺は青通りの雪を全部、氷結隧道ごと溶かしきった。
……通りが川のようになってしまったが、まぁ水はすぐに捌ける。
そして溶かされていく雪を眺めつつ、ライリクスさんが物憂げに呟く。
「……儚いものですねぇ。春になればなくなると解ってはいましたが、あれだけ苦労した隧道が跡形もなく……」
そして大きく溜息をつく。
お気持ち、察します。
形の残らない仕事って、時々淋しくなるものですよね……
もの凄く綺麗に飾り付けたとしても、食べてしまえばなくなるスイーツに、何度その気分を味わったことか。
多分、来年の冬にもメインの通りは氷の隧道を造るのではないかと、俺は密かに思っている。
そしてその時にまたこき使われるのは、きっとライリクスさんなのだろうが……それは言わないでおこう。
今年は石を切り出す作業を早めに行いたいからか、西側の道路はあっという間に雪が溶かされた。
そしてまず改造を始めるのは北西門と北門、西門である。
その後北東、東、南西門の順。
最後が南門と南東門である。
水道の引き込みと基礎工事、それに外壁だけでも先に作り上げて欲しいとお願いしたので、南の衛兵宿舎を作った時のように人海戦術の突貫工事をしてもらうのだ。
だから材料だけは結構たくさん、早い段階で準備してもらうのである。
外門工事の設計図を囲んで何回かの打ち合わせに参加したけど、俺はその場ではまったくの役立たずであった。
俺は今まで設計図などなく、頭の中に描いたイメージを魔法で作り出していたので正しい『建築』の知識などほぼないのである。
そりゃ本で読んだあっちの世界の知識はあるけど、シュリィイーレでメインの『石造り』とは根本的に違うのだ。
しかも『外門』なんていう巨大建造物の一部である。
一般家屋の地下室DIYとは、レベルが違う。
「え? 地下室で造った石積み……ですか?」
突然ヴェルテムスさんからその話を振られ、想像もしていなかったので素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ありゃあ、想像や偶然で作れる石積じゃねぇ。まるで城の石垣だ」
流石ヴェルテムスさんだね。
確かにあの石垣は熊本城のまねっこだけど、こっちにだって打ち込み接ぎの石壁とか……あれ?
俺が見たのは……あの水源の古代部屋と、湿原の中の部屋と……カルラスの三角錐の部屋だったよな。
その他では、ああいう積み方はなかった。
王城のは……煉瓦積だったよなー。
なるほど。
こちらの世界では、ロストテクノロジーなのかな。
「あれは俺が生まれた国の、かなり昔に建てられた城の石垣を真似たものです」
「『生まれた国』?」
「ああ……俺は養子なので」
ヴェルテムスさんとセルゲイスさんが、しまった、と言うような顔をする。
「あ……ああ、すまん、そうか、そういうことか……」
「別にいいですよ? みんな知ってることですし、今ではあのふたりも、俺の本当の両親だと思っていますから」
実子だと思っていたのか。
そう思えるほど『親子』に見えていたなら、それはそれで嬉しいね。
「タクト、その『城』はおまえの国の盟主のものなのか?」
「いいえ、地方領主の城の石垣ですね。当時はそういう、戦のための城が沢山ありましたから。時代が変わってもその歴史と美しさで各地で保管維持されているもので、誰でも見学できたんですよ」
「あんな石垣の城が……各地に?」
「戦の城の石垣なら、強固なわけだな」
ビィクティアムさんの問いに答えると、ヴェルテムスさんとセルゲイスさんが納得するように頷く。
確かに戦国時代から江戸時代の城の石垣は、凄いものが多いよね。
「しかし、あの壁に使われてた石は、かなり硬い自然石だったな……大きくはなかったが」
「錆山の石ですよ。必要な金属部分を取り出して残ったものをあの大きさに固めて成形してから積んだんです。切り込み接ぎだと排水が問題になるけど、地下四階なら粘土質の地層の下になるから雨水が溜まって水圧がかかるってこともないので」
「……固めて……成形? なんで四角にしなかったんだ?」
「自然石っぽく見えた方が、なんか格好いいかなって思っただけです。俺の趣味です」
あ、ふたりが頭を抱えた……
ビィクティアムさんは、笑いを堪えているみたいだ。
いーじゃん、別に。
「あー……うん、解った。じゃあ、タクトは石の成形もできるってことなんだな。いざとなったら頼むかもしれん」
「石の量が足りないんですか?」
「いや、量は問題ねぇんだが、加工できる人間が少ねぇんだ。最近の若ぇやつら、どーもデカイ仕事に縁がなかったのか、こまけー作業ばっかしかできなくってよ」
まぁ……そうだよね。
こういう大がかりな普請工事なんて、数十年単位に一度くらいのものだもん。
ましてや、シュリィイーレは町としてかなり完成度が高い。
修理や施工といっても、せいぜい一般的な家屋か店舗くらいのものだ。
石畳だって、さほど大きな材料を使っているわけではない。
外壁のような馬鹿でかい建造物の工事なんて、したことのない人の方が多いに決まっている。
「で、内部の工事や内装は、おまえに任せちまっていいのか?タクト」
「はい。材料さえ全部調達してくだされば、問題ないです」
無理はするなよ、とビィクティアムさんから言われたが、むしろ誰かと一緒に作業……とかの方が俺には無理だと思う。
……ソロプレイのぼっち体質なんですよ、俺は。
だから、大勢の大工さんや石工さん達をまとめ上げて、チームプレイで施工していくおふたりには、尊敬と憧れを感じますよ。
でも、自分がそうなりたいっていうのとは……違うんだけどね。
粗方の作業分担と役割が決まり、材料調達が少しずつ始まった。
俺の仕事は外壁ができあがってからになるから、実働はもう少し先になるだろう。
本格的な春までに、新しいスイーツ作りと光の剣の改良をしようかな。
今年の春は、いろいろと盛り沢山で楽しくなりそうだ。
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