第291話 増設模型

 自室に模型を取りに来た俺は、どーせ長引くだろうから他の外門の模型もその場で作ってしまおうと、材料をいくつか持っていくことにした。

 ついでに、お菓子と飲み物も持っていこう。

 補給なしの会議など、脳と心に悪い。


 模型は軽量化してあるから持つことはできるのだが、嵩張って持ちづらい。

 二階まで、エレベーターを通しておけばよかった。

 なんとか一階に降り、ふたつの模型と資材をエレベーターに乗せて地下四階まで一気に降りて行った。

 俺がみんなの前に姿を見せると、ヴェルテムスさんとセルゲイスさんが眼をぱちくりさせている。


「階段は……あっちじゃなかったか?」

「これ持って階段は面倒なので、昇降機を使ったんですよ」

「『昇降機』? これも魔法か!」

「動力は魔法を使用してますが、仕組み的には手動でも動かせるものです。建設現場で使わないんですか?」


 溜息を吐きつつ、ヴェルテムスさんがエレベーターをまじまじと眺める。

「……使わねぇな。というか、そういうものを思いつくやつはいなかったな」

「あ、そっか。背の高い建物は税金がかかるから、高所作業は少ないのか。でも今回の外門工事には、あった方がいいと思いますよ。俺の構想では三階建てですから」

 外門施設には税金がかからないからね。

 そう言いつつ、俺は模型を彼らの目の前に置いた。


 全員が一気に、模型に集中する。

「タクト、これは中を見られるのか?」

「はい、階層毎に外してご覧いただけますよ。えーと、一階と……二階、そして三階部分……っと」


 俺はビィクティアムさんに手伝ってもらい、全ての階をバラバラにして内装込みの模型を見てもらう。

 柱の本数や壁の厚み、強度なども問題ないはずだ。


「地下室は場所によって必要になるかもしれませんが、現時点では作っていません」

「そうだな。作った方がいいとすれば、西門と南西門だな。獣や魔獣など、狩ったものを一時的に置いておく場所があると便利だ」

 ビィクティアムさんからそう提示され、父さんもその方がいいと頷くのでその二カ所には地下保管室を作ることにした。


 現在、外門には門のある一階部分に受付程度の小さい部屋があるだけで、事務所的な機能や休憩室などは全部二階にある。

 増設部分は内側だが、一階はエントランス的に使う部分と簡易待機所みたいなものだけで誰でも出入りできるようする。

 災害時はここに、簡易診療施設も作れるようにしておく。


 食堂の利用は町の人なら誰でもできるとしても、ここはあくまで衛兵隊の施設なのであるから、ちゃんと誰が来たかをチェックできなくてはいけない。

 あの噴水のある中央広場みたいなものだ。

 身分証を提示すれば、誰でも入れる……って感じでいいと思う。


 そして一階の一般人が入れない場所に備蓄資材と食料庫を作る。

 食堂と厨房は二階。

 食堂部分が広めになっているのは、非常時にここの半分は避難所として使えるようになっているから。

 主に小さい子供がいる家族向けの二間ある造りで、最大十家族分が入れるようになっている。


 三階は普段は大広間や会議室として使えるが、避難所としても個室に区切って使ってもらう事ができる。

 実は床のストッパーを外すと壁として立ち上がり、個室がずらっと並ぶのである。

 一部屋二名まで入れる感じの、八畳くらいの部屋が五部屋、ひとり用の六畳くらいの部屋が十部屋。

 個室に区切ると消音の魔道具が使えるようになるので、絶対にその方がいいと思ったのだ。


「これが、東・南・西・北の四カ所の大門の基本構造です。その他の門はもう少し規模は小さくなりますが、北西門は西と同じ規模でいいかもしれません」

「……昇降機があるな」

「ええ、絶対にあった方がいいです。普段はさほど必要性を感じないかもしれませんが、避難民がいる時は怪我人や病人の想定も必要ですので階段が使えないこともありますから」

「避難所が全部、個室になるのか?」

「全部ではありません。大勢の人といた方が安心するって人達もいますから、大部屋もあります。でもたとえ短期間でも『ひとりになれる空間』がないと、精神的につらくなると思います」


「そうだな。今回避難して一番きつかったのは、常に誰かに見られているっていう感覚だったからな」

 セルゲイスさんの実体験に基づくご意見は、とても重みがある。

「この町では『家が壊れる』ってこたぁ滅多にねぇが、【付与魔法】が弱まっちまったり、魔石が切れたりしてそこにいられなくなって避難してくる。ここまで来りゃ、食事と寝床があるってだけで安心できる」


 父さんにも、そういう経験があったのだろうか。

『食事と寝床』……俺も震災の時に、職場から八時間以上かけて歩いて家まで戻ったって人の話を聞いたな。

 もし、職場やその近くでそういう場所があったら、そんな無理はしなかったと思うんだ。

 外門にそういう施設があるって解っていれば、いざという時に何処を目指せばいいのかがはっきりする。

 それは闇雲に助けを求めに行くより、ずっと助かる確率が上がることのはずだ。

 だから、ビィクティアムさんのこの計画は、この大雪災害が何年かごとに必ず起こるこの町では絶対に大きな助けになる。


「ところで……この模型は、他の門の分も作るのか?」

「はい。全部作ろうと思っています。できあがった時に施設の説明にも使えるし。今、作っちゃいますね」

 俺は持ってきた材料を取りだし、その他の門のデータなどを書いた紙を広げる。


「あ、すぐできるんで、ちょっと待っててくださいね。お菓子持ってきたので、食べててください」

 持ってきたのは、先日できあがったチーズをふんだんに使ったチーズクッキーである。

 柑橘を炭酸水に入れて蜂蜜で甘くした『なんちゃってレスカ』と一緒に食べると美味しいんだよ、これ。


「うおっ! 乾酪の菓子だ! なんだこりゃ! 旨ぇ!」

「確かに旨いな! 乾酪をこんな風にした菓子は初めてだぞ、俺ぁ」

「カタエレリエラでもコレイルでもこんなものはなかったな……うっ、この水、口ん中でぱちぱちするっ」

「タクトがよく作っとる『炭酸柑橘』だな。儂もミアレッラも大好物でよ」

「旨……」


 どうやら皆さん、お菓子とジュースを楽しんでくださっているようですな。

 よかった、よかった。

 本当はジンジャーエールが作りたいんだけど、生姜は料理に使うだけでなくなっちゃうからなぁ。

 もっと大量にあればいいんだけど、そもそもの入荷量がどの市場も少ないからいつも売り切れが多いんだよなぁ。

 生姜って、どっから入ってきてるんだろう?

 シュリィイーレでは作ってなさそうなんだけど。

 おっと、模型、模型。


 十五分くらいで、全ての模型を作り終えた。

 一度作っているから、細かい所を調整したり修正すれば簡単にできあがるんだよな。

 西門と北西門の模型には、さっき聞いた保管用の地下室も作ってある。

 できましたよ、と俺が声をかけると、まだクッキーを頬張っているおじさん達と、ゆったり炭酸を飲んで満足げなビィクティアムさんから早すぎる、と文句をいわれた。

 ……別にできたからって、お菓子を取り上げる訳じゃありませんよ。


「じゃあ、俺ぁこれを設計図にすっから」

「そんじゃ、儂ゃ材料の見積もりをすっか」

「……おふたり共、お受けくださるということでよろしいのですか?」


 改めて確認を取るビィクティアムさんにふたりは頷く。

「ああ、これだけの物を見せられちまったら、後には引けねぇ。よろしくな、長官さん。それと、タクト」

 ヴェルテムスさんが初めて名前で呼んでくれたってことは、認められたってことでいいのかな。


「タクトもいいか?」

「はい……あ! ひとつ条件があります!」

「おめぇ、このふたりが受けるっつってんのに……」

 これは大切なことなんだよ、父さん!


「新人騎士研修の宿舎にも、食堂を作らせてください! そんで、新人は『絶対にそこで食事をすること』を義務化してください!」

「……仕事、増えるけどいいのか?」

「毎年、あの手合いに苛つく方が嫌なので。うちに来て欲しくないんですよ、もう」

 そう、これは今でなければ頼めない重要案件なのである。


 苦笑いのビィクティアムさんだが、こちとら真剣なんですよ。

「解った。そんなに迷惑をかけていたんだな。是非、造ってもらおう」

 よーっし!

 言質を取ったぞ。

 皆さんが証人ですからね!


 来年の秋冬は穏やかに過ごせそうだぞ!

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