第290話 地下室見学ツアー

「それでは、ご案内いたしますね」

 地下室内覧会の始まりである。

 まずは地下一階から。


 基本のよく使う野菜と香辛料などの調味料類の部屋と、父さんが使う鉱物部屋がある。

「結構明るいな……」

「湿気も問題ねぇ」

 勿論、照明や湿度、温度管理は基本ですからね。

 ヴェルテムスさんもセルゲイスさんも隅々まで確認しているが、ここは元々この家に作り付けられていた地下室である。

 リフォームはしてるけどね。

 増設したのは、醤油蔵と茸部屋だけ。

 醤油蔵には入って欲しくないので、茸部屋だけご案内。


 どうやら、自宅で茸栽培をしているということ自体に驚いていた。

「まさか……茸まで作っていたとは、思わなかったぞ」

 ビィクティアムさんも吃驚したようだ。

「茸類はこうして菌床栽培にした方が、虫も付かなくて安全ですからね。うちは結構たくさん茸類を使うので、一年中採れた方がいいですし」

「一年中? いつでも茸が食えるのか?」


 おっと、セルゲイスさんの食いつきが凄い。

 茸、好きなのかな。

 今度舞茸が採れたら、天ぷらでご馳走してあげよう。

 といっても、食堂で食べてもらうってことだが。


 お次は地下二階。

 ここは、果物や菓子に使う食材がメインで入っている。

 カカオを半分くらい加工してしまったので、随分とスカスカになってきた。


「上の階より天井が高ぇな」

 流石、建築師ですねヴェルテムスさんは。

「ええ、閉塞感が出ないように、天井を高くしてます。この扉の先が、乾酪工房です」

「乾酪っ?」

 またセルゲイスさんが……どうやらこの方は食い道楽っぽいぞ。


「おお……凄いな、こりゃあ……おめぇの嫁さんは、乾酪まで作ってんのか、ガイハック?」

「儂でもミアレッラでもねぇ。地下室のもんは全部、タクトが作ってんだよ」

「魔法師がなんで、そんなもん作ってんだよっ?」

「美味しいものが好きだからですよ。美味しいものを作るための魔法なら、惜しむ気はありません」

 当然である。

 食は原動力であり、活力の源なのだ。


「……なんで笑っているんですか? ビィクティアムさん」

「いや、おまえが魔眼になった時のことを思い出して……魔眼で一番最初に視たのが、乾酪と胡瓜だったなぁ……と」

 くつくつと押し殺すように笑っているビィクティアムさんに、セルゲイスさんが不思議そうな顔をしている。

「魔眼で……乾酪?」

「こいつの魔眼は変わっててよ……食いものの状態ってのが判るらしい」

 父さん、その説明はもの凄く偏っているよ。

 本当のことだけど!


「『一番いい状態』が解るんですよ。キラキラに見えるものは、時期的にも熟し具合も最高っていう目安なのです。美味しいものが判るっていう、最高の魔眼なんですよ!」

 俺がそう言うとセルゲイスさんが、がっ! と俺の両手を掴んで大きく頷いている。

「そうだよなぁ! 旨ぇもんが解るってのは、もの凄く素晴らしいことだぜ!」

「嬉しいです、セルゲイスさん! こんなに手放しで同意してくださる方は滅多にいなくて!」

 感動的だ。同志を得た気分である。


「部屋によって、温度も照明も変えてるのか……」

 ……ヴェルテムスさんはクールですね。


 地下三階まで降りてきました。

 ここはあまり普段使いをしていない珍しい食材や、米、小麦などの穀物倉である。

 米と小麦の備蓄量が増えてしまったせいで、もともとは魚部屋にしていた場所を珍しい物入れに改造した。


「このデカイ箱……? は、なんだ?」

「これは保存食用の入れ物を作っているんですよ。地上階の自動販売機から自動的にここに使用済み袋が落ちてきて、洗浄後この中で一回溶かして素材に戻し、魔法で新たに自動生成しています」


 おっと、ビィクティアムさんの表情がきつくなったぞ。

 大丈夫ですよー。

 ちゃんと俺自身から切り離した、水晶板式魔効素変換システムですから。


「魔法をこんな使い方しやがるのかよ……魔法師ってのは、途方もねぇな」

「いや、タクトは特殊なので、魔法師として一括りにはしないでくれ」

 ヴェルテムスさんの呟きに、間髪を入れずの否定。

 酷いよ、ビィクティアムさん……俺だって魔法師なのに。

 一般的でないのは……認めるけど。


 では最後に、地下四階。

「お、この階は俺も初めてだな」

「昨日作ったばかりだからね。資材も取り敢えず全部ここに置いてるし、片付いたらもう少し広くなるよ」

「随分広々と造ったんだな」

「うん、基本的には魚介類の部屋なんだけど、届く量がまだ判んないから、届いたら造り替えようと思って」

 父さんと俺の会話に、三人が怪訝な顔を見せる。


「昨日……? 港印章を受け取ったのが一昨日だぞ? まさか、その後に造り始めたのか?」

「はい。来年は、届く物が多そうだなぁと思って。春は食材もいっぱい買うから、絶対に入らなくなっちゃいそうだし」


 ビィクティアムさんがまた無茶なことをしやがって……と仰有いますが、あんまり無茶でもないんだよね、俺にとっては。

 でも、心配してくれるのはありがたいことだね。


「……物が届いたら造り替える……って? 棚とか部屋の区切りを変えるってことか?」

「ええ。何がどれくらい来るか判んないんで。まあ、すぐにできますし」

 俺と父さんがきょとんとしていると、ヴェルテムスさんは大きく息を吐き、深呼吸をしている。

 ここの換気状態を調べているのかな?

 その辺はぬかりなく、換気口や空気の強制循環システムを作ってあるから大丈夫ですよ。


「うん、おめぇがとんでもねぇ魔法師だってぇのはよっく判った。その上で聞きたい。今度の外門改造の計画ってのは、既に案があるのか?」

「大体のことだけは。細かくはいろいろと検証しないと、決定できないですけど」

 ヴェルテムスさんに尋ねられるまま、俺は自分の考えを話した。


 各外門利用者の数や常駐の人数を踏まえた上での避難予想人数と、使用期間予測。

 それをカバーしつつ、非常時以外の食堂としての機能と利用予想。

 それらをベースとして考えた規模と設備。


「うん、よく考えられているな。それにしても衛兵の常駐人数なんていつの間に……」

「そりゃあ、毎日走ってますからね。近くを通れば挨拶するし、どれくらいの人数が、何処でどんな風に見回りしているかっていう統計は取れますよ」

「なるほど……本当におまえは、よく見てる」

 ビィクティアムさんが若干悔しそうな感じなので、ちょっとパターンを変えてくるかもしれないな。


「そこまで固まってるなら、設計図とかも作っているんだろう?」

「あ……いえ、設計図は……」

「なんでそんだけ構想ができあがってて、設計図がねぇんだよ!」

 怒られてもなぁ……だってまだ正式に依頼された訳じゃなかったしぃ。

 それに……『図』ってのは……


「あー……ヴェルテムス、こいつは『絵図』ってのが苦手でよ。正直、書いたって絶対によくわかんねぇと思うぜ?」

 父さん、そうはっきりと……

「意匠印などは作れるのにか?」

「……あれは小さいし、決まった形を組み合わせているだけなので、文字と同じ感覚で書けるんですよ。でも立体を平面にするとか……苦手なんです」

 ビィクティアムさんに言い訳している俺に呆れたように、セルゲイスさんまで溜息を吐いた。


「おいおい、それじゃあ、どーやって施工すんだよ?」

「『図』は苦手なので、立体模型を作ってみました」

「は?」

「素材と縮尺を合わせた『できあがり予定模型』です。まだ東門と南東門だけですけど……見ます?」


 四人とも、なんでそんな呆れ顔なんだよ?

「普通は……設計図の方が楽なんだぞ? タクト」

「立体模型なんて物の方が、面倒だろうが」

「しかも縮尺を合わせてあるって……どうやって外門の縮尺なんて判ったんだ?」


「縮尺や素材なんて、壁を見れば『鉱石鑑定』とか【加工魔法】で判るじゃないですか。【建築魔法】で建物全体の状態や重力分散も判るし」

 俺の言葉に、ヴェルテムスさんの眉間のしわが深くなる。

「……ガイハック、おめーの息子は何を言ってやがんだ? 魔法師ってのは俺達と同じ魔法でも、違う使い方ができるのか?」

「こいつは……タクトは規格外だからよ……儂に聞かれても解らん」


「まぁ、兎に角一度、外に出ませんか? 模型は俺の部屋だし……」

 そう言ったら、ヴェルテムスさんとセルゲイスさんに止められた。

「いや、ここの方がいい」

「そうだな。ここなら絶対に話が外に漏れねぇし、誰も入って来られねぇからな」


 上でも平気なんだけどなぁ……

 ま、いいか。

 じゃあ、テーブルと椅子を作ろう。

 流石に立ち話は限界だし、模型を置く場所が必要だよな。


 俺が積んであった資材でサクッとテーブルと椅子を作り上げたら……ヴェルテムスさんとセルゲイスさんが変な目で見てる。

 父さんとビィクティアムさんは……どうやら、慣れてくれたみたいだ。

 さて、模型を取ってきますか。

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