第289話 再会
「そろそろ昼時間なので、忙しくなるから見学は昼食後にしてください」
建築師組合のおじさんが、あからさまにムッとした顔をする。
「なんで建築師のおまえが、昼飯時に忙しくなるんだよ。そもそもなんだって昼飯食うからって、俺達が待ってやらなくちゃいかんのだ!」
「……俺が食べるんじゃなくて、俺のうちが食堂だから昼は手伝ってるんですよ。それと、俺は建築師じゃなくて魔法師ですから」
おじさんふたりの動きが止まった。
「ま、魔法師?」
「初めにそう言ったはずだぞ? 『技術と知識を持つ魔法師に任せる』と」
彼等は後ろから聞こえたビィクティアムさんの声に振り返り、また俺に向き直る。
そして、何も言わなくなった。
魔法師って結構、一部の人達に偏見の目で見られていると思うんだよね。
この国の身分や地位の判断基準が『魔法』や『魔力量』だから、どうしても優遇されている、儲けていると思われてるんだよ。
……まぁ、実際、そういうこともないわけでは……ない。
魔法師ってだけでただの臣民だとしても、貴族達は言葉使いが変わったりするのだから。
でも、どんな魔法師でももて囃されるわけではないし、勉強や実践を怠っていれば簡単にその職業もなくなって魔法の段位も下がってしまう。
そのことは、教会の秘密部屋にあった『貴族名鑑』が載っていた本にも書かれていたし、魔法講座の時にハウルエクセム神司祭からも教わったことだ。
妙におとなしくなってしまったおじさんふたり、そしてビィクティアムさんと一緒にうちの食堂に入った。
ちょっと早かったけど店内で食事をしながら待っててもらって、俺の手が空いたら地下室のご案内をすることにした。
氷結隧道のおかげで、ランチを食べに来る客もそこそこいる。
まぁ、この時期はレトルト販売がうちのメインだから、目が回るほどの忙しさということはない。
衛兵隊に運び込んでもらった食材のおかげで、レトルトは以前の充実さを取り戻してきた。
お菓子も自販機にたっぷり入っているので、割とひっきりなしに客が来ているみたいだ。
大量買いの人も多い季節だから、在庫切れには注意せねぱ。
避難者支援が終わったのに、結局毎日レトルトばっか作ってる気がする……
まぁ、季節の風物詩って感じだよね、うち的に。
今日のランチは、残ったらレトルトになる定番メニューの『イノブタ肉の赤茄子と根菜煮込み』と『細切り揚げ芋』である。
「ん、この味……」
あやや?
石工師組合代表には、あんまりお気に召さなかったかな?
いつも入る
「この店はもしかして『南・青通り三番』か?」
「ええ、そうですけど?」
「避難所に運ばれていた飯と、同じ味がした」
「はい、避難所への料理はうちから提供しましたから……でも、今日のは火焔菜入ってないのに、よく解りましたねぇ」
「判るさ。スゲェ旨かったからな」
そう言ってもらえると嬉しいですね、と軽く答えて俺が厨房に戻ろうとした時に、父さんが二階から降りてきた。
食堂が見えるとばくちで急に立ち止まり、建築師組合代表と石工師組合代表に視線が固定されている。
「おまえ……ヴェルテムス? と……セルゲイスか? いつ戻ったんだよ!」
「おいおい……! ガイハックか? なんだっておまえ……」
「そりゃ、俺が聞きたいぜ! 元気だったか?」
「え? 父さんの知り合い?」
俺が思わずそう聞くと、ヴェルテムスと呼ばれた建築師組合代表が凄い勢いで、ぐりんっ! と首を回す。
「息子っ? ガイハックのか?」
「はぁぁっ? どういうこったよ、ガイハック!」
石工師組合代表……セルゲイスというおっさんまで吃驚しているようだが……
「いいだろ? 自慢の息子だぞ」
そう言うと父さんは俺の肩を抱き寄せて、にぱっと笑う。
『自慢』……とか言われちゃって、照れるよね。
嬉しくって、口元がによによしちゃうね。
どうやらこの事態はビィクティアムさんも想定外だったようで、目を
「お知り合い、だったのですか?」
「おうよ。儂らがこの町に来た時に、よく一緒に仕事をしたんだよ。でもこいつらがデカイ工事があるからって、リバレーラに行っちまったから……四十年くらい前によ」
ビィクティアムさんの問いに父さんが笑顔で答えると、ふたりも次々にしゃべり出す。
「そっからも、あちこちで仕事が続いてよ。なんとか全部終わったのが去年の秋で、今年の夏にようやっとシュリィイーレに戻ってきたんだよ」
「そしたらこの大雪だろ? ほとほとついてねぇと思ってたら……まさか、おめぇの息子と仕事する事になるとはな」
父さんがぴくっと眉を動かして、ビィクティアムさんを睨む。
「……ビィクティアム?」
「まだ提示しただけで、正式に請負の了承はいただいておりません……三人とも」
セルゲイスさんが、ちょっと視線を泳がせながら言い訳をする。
「儂ぁ……受ける気でいるんだが……まだちょっとな」
「おっ、俺だって! やる気満々で来たら……小僧が設計とか言うからよぅ……」
ビィクティアムさんは詳細を父さんに話し、魔法師としての仕事の依頼だ、と言ってくれた。
「魔法師として……か。なら、判断するのはタクト自身だな」
腕組みをした父さんが、おまえ次第だ、と真っ直ぐに俺の目を見る。
「やる気は……あるんだけどね、条件次第で。でも、俺にその実力があるかどうかは、正直、俺自身では判断できないんだよ」
「それで、地下室か。まぁ、あれが造れりゃ外門の厨房なんざ、赤子の手を捻るみてぇなもんだがな」
父さんは、がはは、と笑いながら自慢げに胸を張るが……お願いだからハードル上げすぎないで……
プロのふたりが見て、こんな程度かよ……って思うかもしれないじゃん?
そしたらただの『親バカ』だよ?
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