第288話 工事依頼

 決してパワハラに屈した訳ではなく、ピスタチオに釣られたという訳でもない。

 ただ、ちょっと【建築魔法】を試してみたら、思いの外面白くて……ついつい地下室を更に拡大してしまっただけのことだ。

 頭の中に思い描くと『普請技能』と『造営技能』のおかげか、あっという間に壁やら石垣やらができあがるんだもん。


 今の俺にはツーバイフォー材木も簡単に成形できるし、プレハブなんてほんの数十秒で建てられちゃうんだもんっ!

 調子に乗って、石垣のような壁も造ってみた。

 切り込み接ぎで、ちょっと熊本城みたいに武者返しとか作っちゃおうかと思ったが、意味がないので止めて平らにしたけど。


 そして、欠陥建築物の不具合部分が簡単に解ってしまうだけでなく、直せてしまう。

 なんだろう、この万能っぷり……

 これはやはり、世のため人のためにこの魔法を使うべきということなのだろうか。

 この魔法を最大限に生かせるのは、外門普請工事ではないか? と自分に酔ってしまったのだ。

 楽しくなっちゃった、ということだから仕方ない。


 というわけで、外門の社食厨房兼避難所施設の増築に向けて、只今色々な本を購入して下調べ中である。

 災害時の避難所として使えるだけでなく、普段は社食か学食のように使えるように造らなくてはいけない。


 さてさて、外門にいる衛兵隊員はというと、結構散らばっているのだ。

 衛兵隊事務所機能があるメインの東門が、二十人くらい。

 小さめの事務所付きの南門、西門、北門の三ヶ所には、だいたい十人前後の衛兵が常勤。


 北東門は水源に近いが、常に閉鎖されているので三人だけ。

 南東門の常駐は五人だが、東側に市場がふたつあるため人通りが多いので外回り要員が休憩所的に使う。

 南西門は夏場は五人程度なのだが、秋口から冬場になると魔獣対策で北門担当者がこちらに回されてくる。

 自警団員もよく休憩に利用するので、出入りする延べ人数が東門並みに多い。

 そして北西門は夏場には碧の森や錆山へのパトロール要員が、冬場には果樹園や畑への害獣進入警戒で常に七、八人がいる。


 でも外門の常駐がそれくらいというだけで、衛兵隊全員の人数だと俺が会ったことのない文官の方々もいるから八十人くらい。

 季節や時間帯で、人員が多くなる場所や少なくなる場所が変わる……

 これは毎日あらゆるルートでランニングしてきた、俺自身の集計データである。


 多分調理場ができれば【調理魔法】『料理技能』のある人を、一カ所に付き数人雇うだろう。

 衛兵隊は全部で百人くらい……と思っておいた方がいいんだろうな。

 あ……冬場って、新人研修生もくるのか……今年はいなくてよかったなー。

 いたら絶対に、うちはもっと早くパンクしていた。


 新人はだいたい三十人前後……多い年でも四十人いかないくらいだったはず。

 でも、あいつらは研修生用宿舎があるんだから、そこにいてくれればいいわけだよな。

 そーだ!

 その研修生宿舎にも食堂を造って、研修生は絶対にそこでしか食事できないって決めてくれないかな。


 そしたら、うちに馬鹿新人騎士が来ることがなくなって万々歳なのだが。

 よし、これは普請工事を請け負う条件に加えよう。


 今年、避難所として各門に入った人達をちゃんとビィクティアムさんに確認してから、増設する厨房規模を決めた方がいいよな。

 その規模が避難できる最大規模になる訳だから。

 ああっ、なんかもー、もの凄くやる気になってる!

 なんてお手軽なんだ、俺!


 その二日後、ビィクティアムさんからお呼び出しがかかった。

 態々、東門詰め所で……ということは、正式な『仕事』として依頼されるからだろう。

 長官室に入ると正面に座っているビィクティアムさん、そして見知らぬおじさんがふたり。


 どうやら一緒に仕事を受ける、建築師組合の方と石工師組合の方のようだ。

 建築師組合は大工さん達を手配してくれる、建設屋さんだ。

 石工師組合は加工された材料の提供と、外壁工事などらしい。


 俺が任されるのは全体の設計と厨房のデザイン……

 は? 全体の設計?

 ど素人ですけどっ?


 当然、建築師組合と石工師組合は双方とも異論を唱える。

「こう言っちゃなんですけどね、長官さん……この若造に設計なんかできるんですかね?」

 そうそう、言ってやってよ、できっこないって!

「儂も、ちょいと不安ですね」

 そうでしょうとも!

 俺だって不安ですよ。


「経験も実績もない小僧っ子に任せるような仕事なんて、おっかなくて受けられませんよ」

 ……あれ?

 本当のことなんだけど、なんだか地味に……ムカつくなぁ。

 しかし、間違いではない。


「タクト、今おまえの家の地下は……何階まである?」

 異を唱えるふたりの言葉を無視して、長官の椅子に座ったままのビィクティアムさんが俺に問いかける。

「この間増設したので……地下は四階ですね」


「また増やしたのか?」

「【建築魔法】のおかげで、以前より早く造れるようになったんで」

 そう、セラフィラントの各港からの報酬がこのままでは入りそうもないので、もう一階分造っちゃったのだ。

 おじさん達ふたりは俺を、あり得ない物でも見るみたいにこっちを見てる……


「おい『既に建っている家』の地下を……四階分まで掘った……ってことか? ひとりで?」

「はい。【加工魔法】とか『土類操作』があるので、結構簡単ですよ?」

「いやいや、うわものが……掘ってる間に家が傾くだろうが!」

「ちゃんと【強化魔法】【耐性魔法】かけていますし、『石工技能』で柱とか支えをちゃんと造りつつ、圧力分散させてるんで大丈夫です」


 交互に、俺にくってかかるような質問を繰り出すおじさん達。

 ビィクティアムさんは、微笑んで見守っているという感じだ。


「どうだ? 『増設』なら問題なかろう?」

 そう言ったビィクティアムさんの声に、ふたりの質問が止む。

 ふう……おじさん達アツくなり過ぎだよ。


 未だに顰め面のおじさん達は、ご納得いただけていないようだ。

「まだ、信じられませんね……」

「俺もです。その『地下室』ってやつ、見せてもらえるんでしょうな?」

 ええっ?

「タクト、いいか?」

「よくない……って言っても、見に来ちゃうんでしょう?」

「あたりめぇだ。そいつを確認できなきゃ、俺ぁ絶対に認めねぇ」


 別に、認めて欲しい訳じゃないんだけどなぁ……

 厨房の内装だけでも、俺は全然構わないんだが。


 しかし、俺の思いなどまったく忖度されることはなく、外門の改装だというのに俺んちの地下室内覧が決定してしまったのである。

 まー、別にどっちでもいいんだけどねー。

 目くじらたてるようなことでもないから、ご覧いただきましょうか。

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