第287.5話 王都、財務管理省院にて

「……棄却……とはどういうことだ?」

「ですから、予算は出せないという意味ですよ、セラフィエムス卿」

「なぜ、貴公がその判断をするのか、と聞いている」

「私が担当者ですから」

「直轄地の件に関しての担当は貴公ではなく、副省院長のはずだ」

「只今席を外しておいでですから、代わりに私が答えております。第一、こんな意味の判らない改造など、誰が見たって承認されるわけないでしょう?」

「だから、きちんと読めと言っている!」


「失礼するよ、セラフィエムス卿」

「ルーエンス……?」

「なっ、なんですかっ! 魔法法制省院が、何しに……無礼でしょう!」

「無礼なのはおまえだろうが! 聖魔法も持たぬ一介の財務官風情が、聖魔法師であり神の眷属たるセラフィエムス卿に対してのその言いよう、不敬罪でこの場で拘束されたいのか?」

「……そ、それは……っ」


「そもそも財管省院は申請の可否を決定するのが仕事なのではなく、その申請の財源をやりくりするのが仕事だ! さっさと副省院長を連れて来いっ!」

「ひっ……!」

「ルーエンス、少し落ち着け」

「馬鹿を言わないでくださいよ! 神の眷属であるあなたが計画立案し、工事のご担当が神聖魔法を有する教会一等位輔祭様というこの事業に、予算が出せないなど許されることではない」

「し、しかし……私の一存では……」

「だ・か・ら! 副省院長を呼んでこいと言っているのだ、この馬鹿者がっ!」


「……無理を言うな、ルーエンス。どうあっても金は出せないというのなら……陛下に陳情すればいいだけのことだ」

「……!」

「確かにな。シュリィイーレは直轄地だし、陛下なら絶対に、直轄地シュリィイーレを守るこの提案を突っぱねることはないだろうし」


「ただ、そうなるとなぜ俺が、直接陛下に陳情に行ったのかを説明せねばならん。今この場でどのように、棄却されたかをつぶさに報告する義務がある。証言を頼めるか? リヴェラリム・ルーエンス魔法法制省院院長殿?」

「ああ、勿論だ。この事業に割く予算がないというのなら、それ以外の聖魔法師程度のモノ達になど、一銭も出せんだろうからな。国家予算が破綻しているというご報告もせねばならぬ」

「あっ! い、いやっ待てっ! いえっ、ま、お、お待ちくださいっ! 今っ、そ、そろそろ、副省院長が戻っていらっしゃる頃かと……!」

「ならば、早く呼んでこい」

「はひぃっ!」



「……やっと行ったか。まったく、ああいう立場を弁えぬやつが多くなって、本当に嘆かわしいことだ」

「助かったよ。ありがとう、ルーエンス」

「おまえは、もう少し権威と地位を笠に着ることを覚えろ」

「無茶を言わんでくれ。それと、その『神の眷属』っていうのは……止めてくれ」

「慣れろ。これから一生、そう言われるんだぞ」


「法制がどうしてここに? 俺の手助けでもあるまい」

「ああ、いろいろとやることがあって、ね。だが、ここでおまえに恩を売っておけたのは僥倖だった」

「……俺にさせたいことでもあるのか?」


「おまえ、というより、輔祭殿かな」

「シュリィイーレから連れ出せというのなら、絶対に断るぞ」

「違う、違う! そんなことはさせないよ。弟からもいろいろ聞いてるしね。えーと、タクトくん? だっけ?」

「シュリィイーレでなにか、法制が動くようなことがあるのか?」


「残念、もっと広範囲だ。イスグロリエスト皇国が揺れるよ、絶対に」

「『正典』以上にか?」

「ああ。ある意味、こっちの方が生活に大きく影響が及ぶやつらが多いからね。近々……全皇国民の地位を『正典』に基づき再整備することになった。それに伴って『貴族』の定義も見直される」

「おい、そんなことをここで……!」

「あ、平気! 平気! 【境界魔法】は使わんでくれ! これに関して外部で喋れなくなったら会議にならん」


「平気……ということは、もう既に大綱も詳細も決定済、ということなのか?」

「そ。でね、輔祭殿に顔つなぎをお願いしたいわけなのだよ、ビィクティアム!」

「顔……繋ぎ?」

「新しく発布される勅命で、この国の全ての貴族と、それに纏わる者達の法律が完全に明文化される。臣民と、貴族と、新しくいくつかの地位が制定され、法律が施行される。その『魔法師法全書』『イスグロリエスト皇国法』『皇族貴族典範』の原典を清書していただきたいんだよ、一等位書師殿に!」


「タクトに……『文字を書く仕事』ということか」

「あの正典の文字は素晴らしかった! あれを見た時、心底、教会が羨ましかった……! あんな美しい文字で法律がしたためられていたら……と、何度夢に見たか! そこに、あの神典第一巻の登場だ。聖魔法師を凌ぐ魔法師の存在と、既にそれを獲得している者がいるという事実! 法律と教育が大きく変わる。今ここで、新しく全ての法律書を書き替えるべきだと、神々が仰せなのだよ、きっと!」


「……おまえは、感情的になると饒舌になるんだな。ファイラスと真逆だ」

「あいつと解り合えるのは、菓子の好みぐらいだからね。で、どうだ? 頼まれてくれるかい?」

「この計画書が通って、工事が完了する頃にシュリィイーレに来れば、紹介してやるよ」

「……何年後だよ?」


「いや……タクトが指揮を執る工事だからな。恐らく、半年もかかるまい」

「え? 八つの門、全て改造するのだろう?」

「そういうことのできる魔法師なんだよ。工事に必要な全ての魔法と技能と、卓越した知識を持っている。できあがりを自慢したいから、仕上がったら来い」

「神聖魔法師ってのも……破格なんだろうから、楽しみだが……実を言うとあまり金がない」


「タクトは多分金ではなく、別のモノを要求してくるぞ。それが用意できなけりゃ、そもそも引き受けてはもらえんだろうな」

「他……? た、たとえば……どんな?」

「それはファイラスに聞け」

「おい、ここまで来てそれは……」


「お待たせして申し訳なかったわね、ビィクティアム……と、リヴェラリム魔法法制省院省院長閣下?」

「相変わらず麗しいですね、ロウェルテア・アルリオラ財務管理省院副省院長殿」

「あなたは相変わらず、軽やかでいらっしゃるのね、ルーエンス。わたくしは、セラフィエムス卿とお話がありますのよ?」

「申し訳ない。彼は私を助けてくれただけだ。こちらの話は終わっているから、すぐに退席されるだろう」

「お、おい、ビィクティアムぅ!」

「話だけは通しておきますよ、リヴェラリム魔法法制省院省院長」

「う……解った。頼んだぞ! 絶対だからな!」



「……本当に、騒々しい男だわ。ごめんなさいね、ビィクティアム。私が席を外している時に、馬鹿があなたに随分と無礼を働いたみたいで」

「お気になさらず。彼は……もうこの職がいらないのでしょう」

「ええ、そうなのだと思ったから、そのように処理したわ。元々この間の審査で解職が決まっていたから、最後にあなたに八つ当たりでもしたのでしょう。従者家系の者達の質が悪すぎるのよ、最近。これで三人目」

「ご苦労の絶えないことですね……」

「計画書、拝見できるかしら?」

「はい」



「……凄いわね。ここまでの大規模工事だとは……でも、あの町の方々を損なうわけにはいかないわ」

「今年ほどの災害が二、三十年に一度は起きているようです。今年は幸運が続き、なんとか持ちこたえられましたが」

「それにしても、この金額にちょっと驚いているのだけれど?」

「高い……ですか?」


「安過ぎよ! 外門よ? あの堅固で重要な、国境の町シュリィイーレの外門に手を加えるのよ? いくら内側だけとは言え、こんなに安く上がる方がおかしいでしょう?」

「資材は全て、シュリィイーレで賄えます。職人達も。そして、最高の魔法師も」

「人件費が他の町より掛からない、ということなのかしら?」

「それもありますが、魔法の質がよいので効率よく短期間でできそうなのですよ」


「……それでも、もう少し上乗せして頂戴」

「安い方がいいんじゃないんですか?」

「そりゃあ、安い方がいいわ。でも、安すぎても駄目なのよ。次期セラフィラント公で神斎術師のあなたと、神聖魔法師で教会第一等位輔祭の仕事がこんなに安かったら、他の聖魔法師の仕事はもっと安価でなくてはならないでしょう? でも、絶対に他ではこの金額じゃできっこないの!」

「あ……そこまで考えてはおりませんでした」

「では、ここと……ここの金額を訂正しなさい。そうしたら、承認いたします」

「ありがとうございます。助かります」



「この間の、ショコラ・タクト、美味しかったわ」

「お気に召していただけて、よろしゅうございました」

「レティも喜んでいたし」

「……そう、ですか」

「あなたが弟になったら、あの可愛いマリティエラがわたくしの妹……ということよね。楽しみだわ」

「お気が早すぎますよ。まだ、決まったわけでは」

「決めなさい」


「……」

「あなたが……あの子を嫌っていないなら、レティの望みを叶えてあげて」

「春に……伺います、と手紙を出しました」

「そう! 楽しみにしているわ! あ、その時にまた、ショコラ・タクトを持ってきてね? わたくしの省院長就任祝いも兼ねて」

 ……「どうして誰も彼も

    俺を使い走りにするんだ……」


「何か言った?」

「いいえ、なんでも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る