第287話 港印章、完成

 晦月こもつき三日、セラフィラントから戻ったビィクティアムさんから、港印章の決定を伝えられた。

 どうやら、俺のお気に入りの方で一発OKだったようだ。

 嬉しい、なんか。


 夕食後に二階に上がってもらい、俺の部屋で詳細を聞いた。

 印章作りを依頼するにあたっての要望はみっつ。


 魔力印のみで三センチ角くらいのサイズのものをひとつと、十センチ角の大判をひとつ。

 押印できる者の登録は、各港二名ずつ。

 これは、代が変わる時に変更できるようにして欲しいということだった。

 そして素材は『不銹鋼』で作成。


 できあがりまでに何日か時間をもらったけれど、早めに作ってしまおう。

 素材に関しては『緋色金』にしてくれって言われなくてよかった。

 あれには金が使われるから、コストが高くなり過ぎちゃうんだよね。


「緋色金は、セラフィラントの印章とセラフィエムスの物だけにして欲しい。構わんか?」

「はい、勿論。あれ、結構素材の価格が跳ね上がってしまうので、こちらから違う素材にして欲しいってお願いするつもりでした」

 俺の言葉に、ビィクティアムさんは少し安心したようだ。


 そして、報酬は各港が対価として相応しいと思う品を送ってくれる……ということだ。

 うわー楽しみだけど、怖いなー。

 どういう品が来るかが、俺の仕事の直接評価ってことだもんな。


 そっかー……セラフィエムス卿には『気に入った』って言ってても、実は……って港からは、ろくな物が送られてこないってことなのかも……

 あ、ちょっと、胃にきそう……

 結果は春……なんだか大学受験の結果待ちみたいな気分を思い出してしまう。


「ああ、そうだ。忘れるところだった」

 そう言って、帰ろうとしていたビィクティアムさんが足を止めた。

「あの頭痛薬になる実に付いている丸まった種子の木……『勾漆まがうるし』と言うらしい。やはり、カルラスにかなり多く植えられていたぞ」

「えっ! それじゃあ、その種子は……」

「今年は今が花の盛りで、もう少ししたら結実するようだ。果実と種子が採れるのは来年、剣月けんつきの初旬だと言っていた」


 やったーー!

 カシューナッツは発見したぞ!


「他のふたつはどうですか?」

「んー……緑の種子の方は、今、調べさせている。もう少し待ってくれ。もうひとつの『榛果はしばみか』はレクサナ湖の南西側で、今が収穫時期だと言っていたが……鶏の餌にしているようだったぞ?」


 なっ、なんて贅沢な鶏だ!

 ヘーゼルナッツを食って育つとは!

 ……ちょっとその鶏、食べてみたい。

 肉質はどんな感じになるんだろう。


「その『勾漆の種子』と『榛果』は是非ともお願いしたいですっ! 絶対、絶対カカオと一緒にすると、美味しいお菓子になるはずなんです!」

「……菓子に使うのか?」

 俺は大きく、何度も頷く。


 おや、ビィクティアムさんの瞳が輝きましたよ。

 よかったなー、ビィクティアムさんがスイーツ男子になってくれて!

 これで絶対に仕入れてくれること、間違いなし!



 ビィクティアムさんが帰った後、俺は早速印章作りに取りかかった。

 六港でふたつずつ、十二個あるからね。

 素材は不銹鋼。

 でも、持ち手の所は紫檀したんにしようと思っている。

 ローズウッドとも呼ばれる木だ。

 その方が、手に馴染むんじゃないかと思って。

 ビィクティアムさんのベッドを出した時に外しちゃった、天蓋に使われていた木材を取っておいたんだよね。


 今回使うのに丁度良い色合いで、セラフィラントを代表する六港に相応しい高級感もあるし。

 腐敗せずに長持ちする木材で、ナイフの柄なんかにも使われていたものだからいいと思うんだ。

 ステンレスの銀色も映えるしね。


 そうして俺は全ての印章を作り上げ、印影を確かめてひとり頷く。

 うん、いい感じにできたぞ。

 次は『使用者入替システム』の魔法付与だな。


 組み上げた魔法は、水晶板に【文字魔法】で指示を記入する。

 名前を書いて使用者の魔力を込めたプレートを、その水晶板に嵌め込めるようになっている。

 入れ替えられるようになっていて、その名前プレートと印章に流す魔力が一致しないと押印しても色が付かない。


 そのプレートを抜くことができるのは本人と、もうひとりの登録者だけ。

 この魔法は魔効素変換だから魔力を注ぎ直す必要はないし、プレートは大きささえ同じであれば素材は問わないので何処ででも用意できる。

 そして……俺がいなくても、この魔法が切れることはない。

『何代も継いでいく』印なのだから、俺が死んだら使えなくなるということでは意味がないのだ。


 俺から完全に独立した『継続型常時発動魔法』。

 本当に可能なのかどうかは……俺が死んでみないと解らないので、検証のしようがないけど。

 魔力印ができなくなっても、印章としては使えるから誰かに朱肉とかスタンプ台でも作ってもらえばいいだけだよな。



 三日後、できあがった全てを印影見本と一緒に、ビィクティアムさんにお届けした。

 最近、ビィクティアムさんちに来る時は、必ずお菓子を持参するようになってしまった。

 本日は、ピーナツたっぷりのピーチョコである。


 新しい印章の魔法を試したいというので、ビィクティアムさんの名前の魔力プレートを作って入れ込む。

 押印すると、美しい蒼の印影が浮かび上がる。


「思っていた以上にいいな、こうして印章になると」

「書いた物とはまた違った雰囲気が出て、俺も印影になった物も好きなんですよね。魔力印は使用者によって色が違いますから、そういう意味でも美しさが変わると思いますし」

 他の港の人達の印影は、何色になるんだろうなぁ。


「どの港もかなり報酬は悩んでいるみたいだが、期待してていいと思うぞ。それと、こちらからの不銹鋼も新月しんつきの一番最初の便に載せて欲しいが……間に合うか?」

「はい。それは全く問題ないですよ。量は、秋に出した最後の便と同じくらい用意しておきますか?」

「そうしてくれ。これからセラフィラントで作成される匙や突き匙は基本的に不銹鋼にするし、船室の備品も不銹鋼で揃えていくから」

「船内厨房とかも、不銹鋼にしたら使い勝手がいいですしね」


 あれ?

 なんか突然ビィクティアムさんの動きが止まったけど……?

「……厨、房……?」

「ええ、だって水は使うし、塩分も結構高いものを流したりもするし、第一錆びにくい物がいいでしょ? 厨房や台所って。洗い場だけじゃなく焜炉こんろとかも。あ、焜炉は琺瑯ホーローのほうがいいのかな?」

「『琺瑯』?」

「加工方法のことです。えーと、この身分証入れみたいに金属に硝子質の釉薬を高温で焼き付けた物で、こういう装飾だと『七宝』と言ったりしますが同じ技術です。熱に強いし耐久性も高いし、汚れに強いし錆びないし。まぁ衝撃と、急激な温度変化には気を付けないといけませんけどね」


 突然、がっ、と両肩を掴まれ、目の前三十センチくらいに目だけが笑っていないビィクティアムさんの笑顔があった。

 あ、改札口をこの家に設置させられた時と同じ顔だー。

 これ、断れないやつぅ。


「絶対に、おまえに外門に設置する厨房の工事指揮を任せるからな!」

「えええーー?」

「何がなんでも、もう一種類の種子は探し出してやる。た・の・ん・だ・ぞ?」

「……はーい……」

 パワハラー、これ、パワハラですぅーー。

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