第286話 港印章
各港からのデザイン要望書は……はっきり言って『好み』が書かれているだけで全然役に立ちそうもなかった。
格好良くとか、力強くとか、華やかに……と言われたところで、個人差のある主観的なものだから取り入れづらい。
努力は、しますがね。
俺はビィクティアムさんに、各港の特徴などを聞いてみることにした。
北から、ロカエ・セレステ・リエルトン・オルツ・デートリルスそして最も南がカルラス。
ロカエは皇国・随一の港で『献上品』が水揚げされる、雪の割と多い地区。
でも北側からの魚介の水揚げ量は圧倒的で、その全てが最高品質なのだ。
そのすぐ南側にあるセレステは、造船港。
不銹鋼は、この港で造られる船の艤装に使われている。
イスグロリエストで使われる漁船の大半と他国への船は、この港で造られているということだ。
リエルトンの港はすぐに砂丘になってしまう場所に在る。
海鳥が多く生息し、漁業港ではなく貿易港だ。
カタエレリエラやルシェルス、リバレーラの南側からの作物はこの港に入ってくる。
これ以上北側の港だと、海流の関係で南からは運びづらいようだ。
オルツ港は大型船が行き交う、海外との窓口になっている商港。
『魔導船』と呼ばれる金属製の大型船や、遠洋に渡る船が出入りする巨大港だ。
そしてこの辺りが柑橘類栽培の北限であるらしく、港の近くまでそういった作物の木々が生えているそうだ。
北方遠洋航海の船は必ず、この港で柑橘類を積んで行くらしい。
デートリルスは町と港のシンボルが亀という、可愛らしい港。
小さめの港だが、雲丹や海老、鮑等が豊富に採れるという。
直接海に潜って漁をする『海女さん』みたいな職業の人が多く、最も浄化されている港だという。
貝類や海藻が豊富で、水揚げされるのは小魚が多いらしい。
港近くに養蜂場に適した森や花畑が多く、様々な種類の蜂蜜が採れるのだとか。
カルラスは中型魚が多く水揚げされる、三角錐のある港だ。
今では『神の顕現した港』として、なんだか観光地化してきているらしい。
カシューと思われる防風林がある。
「……なるほどー。なかなか多岐にわたっているんですねぇ。参考にしますね」
ビィクティアムさんの地元知識のおかげで、なんとかデザインが固まりそうだ。
基本はセラフィラント製造証明印章の『亀甲』の中を変えていく。
そうすれば、連続性と一体感が出る。
「ほぅ、一体感か。それはいいな」
「セラフィラントの意匠を真ん中にして、各港のものを配置したら綺麗だと思うし、ふたつみっつをいろいろな配置で並べることもできます。形に統一感があった方が『この型はセラフィラントのものだ』と主張しやすいと思って」
俺が亀甲紋を並べて書いて見せると、ビィクティアムさんも頷いて楽しみにしている、と言ってくれた。
さあ、お家に帰って早速書き始めよう!
一応、ご要望書もお預かりしておこうかな。
それから三日後、各港の意匠印候補を用意してビィクティアムさんに手渡した。
要望書にあった『可愛らしい文字で』とか『勇ましい感じで』なんかも、ちょっとは考慮して字体を選んでみたのだが気に入ってもらえるだろうか。
ひとつの港につき文字は二パターン用意したので、どっちか選んでもらおう。
どっちもお気に召さなかったら、その時には再考だな。
亀甲の中の模様は各港で変えてあり、どうしてその模様にしたかも説明したのであとはビィクティアムさんにお任せである。
「選ばせる……のか……それだと決まらなくなりそうだな」
ビィクティアムさんはセラフィラント公の時のことを思い出したのか、渋い顔をする。
「じゃあ、ビィクティアムさんが決めた方だけを見せて、文句が出たらもう片方を見せるっていうのはどうです?」
「なるほど。おまえは、どっちがいいと思っているんだ?」
「俺としては……えーと、こっちの束のものですね」
ビィクティアムさんはそうか判った、と笑ってふたつの束を文箱にしまい込んだ。
どうか、セラフィラントの皆さんに気に入ってもらえますように。
「今日の午後、セラフィラントに一度戻ってから王都に寄るから……そうだな、来月、
「はい、了解です」
馬車が来られるようになってからじゃないと、無理だもんね。
雪が溶けるのは……今年はちょっと遅そうだから、春祭りの後くらいかな。
あれ?
この印章の報酬は……決めていなかったよね?
でも、この間の
ビィクティアムさんは絶対にこういうことで報酬を渋る人じゃないから、その点は安心。
何が来るのか楽しみだなー!
午後・セラフィラント 〉〉〉〉
「おお、待ち侘びましたぞ、ティム坊ちゃん!」
「……その呼び方は止めてくれと言ったはずだぞ、ザクルレキス」
「どうでもいいじゃありやせんか」
「……ロカエは一番最後だ」
「えええっ? そんなぁ」
「口は災いの元ですわ」
「その通りだね、で、ビィクティアム様、セレステのっどんな感じになったんですかい?」
「ちょっと、押さないでくださいませっ!」
「ふたり共、もう少し静かにしなさい。セラフィエムス卿が困っておいでですよ」
「リエントン港の娘っこがまだ来てねぇな」
「ごめんなさぁい、遅くなっちゃいましたぁ」
「本当にいつもいつも……よくそんなことで、港の入港管理ができるものだわ」
「うちはぁ、みぃんな優秀なので、問題ないのでーす」
「揃ったようだな、それじゃあ……まずは……ああ、オルツ港だな」
「光栄ですわ、ビィクティアム様」
「外枠は全てセラフィラントの製造印と同じ正六角形だが、中の意匠が違う。オルツのものは……『タチバナ』という花だそうだ」
「花……?」
「ああ、港に群生している柑橘類を具象化した紋様で、長寿・繁栄の印だそうだ」
「まぁ……! とても綺麗! 美しいわ! 文字もなんて品があるのかしら」
「次は、セレステ港」
「はいはいっと!」
「『流水に帆船』清らかな流れは魔を寄せ付けず、風を受ける船は恵みの象徴だそうだ」
「おおおおおーっ! 格好いいっ! 注文通りですよ、ビィクティアム様!」
「カルラス港」
「はいっ!」
「これはカルラスの塔を象ってはいるが『鱗模様』といって邪気を払い再生の象徴となる紋様だと言っていた」
「なんと……美しいです! 文字はとても力強くて、まさに『再生』に相応しい!」
「リエントン港」
「はぁい、可愛いですかぁ?」
「ああ、海鳥を模した『千鳥』という紋だ。豊かさを表し危険を回避し勝利するという意味だそうだぞ」
「かっ、カッワイイ! すっごい可愛いですっ! すてきーーーーっ!」
「デートリルス港は、これだな」
「こ、これは……」
「あららぁ、ちょっと地味ぃ」
「うるさいっ」
「これは『三盛亀甲』と言っていたな。太古の国の勝利を導く戦神の鎧に描かれている模様で、最も強大な力と魔除けの刻印だそうだ」
「そ、そうですか……ふっふっふっ、最も……強大。要望書の通りに仕上げてくださったのですな。ほっほっ」
「待たせたな、最後はロカエだ」
「待ちくたびれました」
「『雪輪と天上の花』で、豊かさの象徴と最も尊い神の国に咲く花だそうだ。イスグロリエスト随一の港、北海の覇者を讃える紋様だな」
「いやぁーこりゃあ、思っていた以上に美しいですなぁ!」
「どうだ、何か異論や注文のある者はいるか?」
「ありませんっ! こんな格好いい紋章が使えるなんて、絶対に港のやつら喜びます!」
「わたくしも大満足ですわ。こんなにも美しく仕上げてくださるとは正直、期待以上です」
「あたしもっ! 可愛くって最高ですっ!」
「おまえ達は?」
「異論なんてあるわきゃないですよ、ビィクティアム様! こんなに力強い文字の印章はありませんぜ」
「これ……タクトさんが書いたものですよねぇ? 坊ちゃん」
「そうだ。イスグロリエスト大綬章の書師が書いたものだからな」
「ビィクティアム様……それって、あの正典の筆者ですかい?」
「ああ」
「うっそぉ! すっごーーい! こんなカワイイ文字も書けるなんて!」
「納得の美しさですわね……」
「この印章への報酬はかねてからの約束通り、それぞれの港で用意してもらう。ただし、魚はロカエのみ。その他の港は別のもので頼むぞ」
「食べものじゃなくっちゃ駄目っすか?」
「いいや。各港、その地域の『自慢のもの』で構わん。おまえ達がこの印章に相応しいと思う品と量を用意してくれ。
「こりゃあ、生半可なものは送れませんね……」
「なんでだよ? 海のない所の人なんだろ? だったら……」
「甘ぇよ。タクトさんは海のものにそりゃあ、詳しいんだ。元々は灯台のある港町のご出身とかで、あの『なれはて』を『蛸』と命名して食べちまうような方だぞ」
「ま……あ、あれを食べ始めたというのは、その方なの?」
「うわー……キモー……」
「灯台のある港町、ですか。遠洋航海の大型船が頻繁に出入りするような、とんでもない大きな港ということですね」
「食材の知識も膨大だ。この間カルラス近くで作り始めた、落花生のことも知っていたからな」
「あれを? あんな珍しいものまでご存知で?」
「こりゃあ、ますます食材関連は分が悪いっすね、うちの港じゃ」
「『不銹鋼』もタクトが作ったものだからな。鉱物や金属にも精通しているぞ」
「えええっ! なんすか、その人っ! うっわー……こりゃ、戻ったらみんなと話し合わなきゃ」
「うーん、あたしは、どぉしよっかなぁー」
「わたくしはもう決めましたわ」
「えっ、どぅするのっ! 教えてぇー」
「嫌よ。自分の頭で考えなさいな」
「意地悪ぅぅ」
(さて、何が集まるか、見ものだな)
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