第285話 お仕事、いっぱい

「それって、神斎術で解っちゃうんですかね?」

 ビィクティアムさんはちょっと上目遣いで考えて、多分、と言う。

 どうやら意識的に使っているわけではなく、本当に『なんとなく』解るんだろう。

 ……よかったなー。

 俺が神斎術を獲得してしまう前にビィクティアムさんにこの力があったら、明らかに異質なものを獲得したって解っちゃってただろうなー。


 まぁ、新しく出た魔法と技能のことは、隠すつもりはなかったので話してしまおう。

「確認したら【建築魔法】【造型魔法】が『造営技能』『普請技能』『表象技能』と一緒に出てました。それと、前にビィクティアムさんが言ってた【制御魔法】も」

「そうか……聖属性は……まだあんまり、違いがよく判らないな」


 すいません……【制御魔法】は隠してあったのを表示しただけだから、その他のご新規さんとは違うかも。

 そんな悔しそうな顔、しないでくださいよ。


「それにしても赤属性だからちょっと心配したんだが、悉く攻撃系じゃないものばかりだな」

 ビィクティアムさんが安心したように微笑むので、なんで態々呼び出されたのか理解した。

 攻撃魔法が出ていたら、と警戒されたのだ。


「なんで、攻撃系かもって思われたんですか?」

「赤属性は一番、攻撃系が出やすい。おまえは『熱』を扱うことが多いから、炎魔法系が出ていたとしても不思議じゃない」

 そういえば、魔法講座でハウルエクセム神司祭も言ってたなぁ。

 赤属性の炎系が一番、攻撃特化の魔法が出やすいって。

 魔法師一等位試験の時も攻撃系の人が圧倒的だったよね、確か。


「俺の使っている『熱』は炎じゃなくて、雷由来ですからね」

 そう、俺は電熱コイルとか、電気ストーブのイメージで熱を使っているのだ。

「ああ……それでか。じゃあ、なんで【雷光魔法】にならないんだろうな?」

 うーん、何かを窺うように……俺に何を答えさせようとしているんだろうか。


「そこは、神々に聞いてくださいよ。俺だって、あんなにいっぱい保存食作ったのに【調理魔法】や『料理技能』が出なくて、がっかりしたんですから」

「ははははっ! そうか、それは残念だったな」

「でも、今回のご依頼では『表象技能』が使えそうですし」

「……そうなんだよなぁ……なんでおまえは、俺が頼みたいことの魔法や技能が、次々に出てくるんだろうな。おかげでどうしても、おまえに頼ってしまいそうになる」


 その言い回しは……まだ他に、何かありそうな雰囲気なのですが?

 ソファに深く腰掛けていたビィクティアムさんが、少しだけ前屈みになる。


「来年早々に、まぁ予算次第なんだが、各外門に事務所以外の避難施設と厨房を作る計画がある」

「それは……大事業ですね」

「ああ。だから必要な技能や魔法を持っているものを、イスグロリエスト全土から募らなくてはならないのだが……どーもおまえ以上に適任の魔法師なんて、見つかる気がしない」


 なるほどっ!

 建設関連&お料理しやすいコンパクト厨房のデザインですか!

 ええ、使いやすい動線の厨房デザインなら、自信はありますよ。

 経験則でね!

 家庭用よりは大きくて、でも業務用ほどの規模ではないっていう『小型版給食室』か『簡易学食・社食』みたいなやつね!


 建築関連の魔法や技能は、きっともの凄く役にたちそうですね!

 深刻そうな顔をして……でも口元がちょっとにやけていますよ、長官殿!


「施設ができたら付与魔法を頼むつもりだったのだが、全部おまえが仕切ってくれるなら……それ以上のことはないんだがなぁ?」

「……報酬次第です。対価に見合った労働しか、いたしませんよ」

「望みを聞こう」


 俺は少し考え込んでしまった。

 欲しいものは、ある、が。


「欲しいものはあるんですが、この国の何処で手に入るかが解らなくて」

 と前おいて、俺が希望のものの説明を始めると、ビィクティアムさんの背景に『?』が沢山浮かんでいるような顔になった。


「そんなへんてこな果実……というか、種子? があるのか?」

「はい。もしかしたら薬として使われているだけで、食用になっていないかもしれなくて……こちらでの正しい名前も、解らないんですよ」


 楷樹の実で、成熟すると殻がふたつに割れて緑色の種子が中に入っているもの。

 林檎のような果実の下方に、くるりと曲がった種子を付けているもの。

 はしばみの木になる、団栗に似ている丸い堅い実。

 そう、ピスタチオ、カシューナッツ、ヘーゼルナッツである。


 シュリィイーレで手に入るナッツはペカンに似た物と、扁桃アーモンド、栗、胡桃で、たまーーーーにルシェルスの南から、ブラジルナッツっぽいものが入ってくるくらいなのだ。

 先日、落花生がセラフィラントの南側で栽培され始めたって言ってたのを聞いて、ナッツ熱がまた上がってしまったのである。

 特にカカオがこんなにたんまりあるのだから、チョコと相性のよいナッツは必須でしょう!


「やっぱり、セラフィラントでも見たことありませんか?」

「林檎のような果実の下に種子が付いているもの……は、多分カルラス港近くに植わっている林の実ではないかと思うのだが……」

「そうっ、この木は幹の下の方から分かれて根を張るので、沿岸部で防風林に使われることもあります!」

「あの実は確か、薬になっていたな。解熱剤だったはずだ」

「実の方は……渋みがあってあまり好まない人も多いのですが、俺が欲しいのはその下のくるっとした種子の方です」


 どうやらセラフィラントでは実の方の薬効のみ重用されていて、種子は鳥や家畜の餌なのだとか。

 セラフィラントにおけるナッツ類や豆類は、あまり食材としての市民権を得ていないようだ……


「楷樹はいくつか種類があるが、緑色の種子のものなんてあったかな……?」

 ビィクティアムさんが、思い当たらないという表情で腕組みをしている。

 塩害に強いとか、乾燥地帯で生育するとか、陽がよく当たる水はけのいい所とか、ピスタチオの生育条件を伝えてみると、思い当たる場所があるようだ。


「あるとすればリエルトン港近くの砂丘地帯辺りか……? すまん、調べるから時間をくれ。もうひとつの榛は多分、ロカエ北部地域で聞けば解るだろう」

 すごいなー……この人、本当に領地のことをよく知ってるんだなぁ。


「他には、何かないのか? 欲しいもの」

「え? 他……ですか?」

「おい、この町の外門改造工事がたった三種の種子だけで釣り合い取れるわけないだろうが! なければ、俺の方で適当に選ぶぞ?」

「もう少し考える時間をくださいよー。いきなりなんて思いつきませんって……それに、そんなに沢山もらっても倉庫に入りきらないし」

「……おまえが金で受け取ってくれるなら、もっと楽なんだがな」


 まだこの家のリフォームでもらった大金貨が使い切れていないのに、外門改造報酬なんてどんな大金になっちゃうのか解らないからお断りします。

 まぁ、ひとりでやる訳じゃないだろうから、そんなに大袈裟な金額ではないと思うけど。


「そうだ、じゃあ分割でくださいよ」

「分割?」

「さっき言った三種類と大豆、落花生を毎年大箱ひとつずつ入れてもらう感じで。そうしたら、倉庫もいっぱいにならずに済みそうだし」


 大箱ひとつは、だいたい三百キログラムくらいだ。

 一年間お菓子に大量に使っても、どれも二百キロも使わないだろうから料理に入れたりいろいろと使える。

 ナッツは栄養価も高いし、今年みたいな災害時でも大活躍するはずだ。

 大豆は、醤油や味噌にすればいいし。


 おや?

 ビィクティアムさんが溜息をついて呆れ顔だが、他のものなんて今は思いつかないので取り敢えずそうしてもらうことにした。

「金で受け取って、他の領地から好きな時に好きなものを、取り寄せることだってできるだろうに……」

「何を仰有ってるんですか。俺の信用した人が見立ててくれる物以上に、良い物が手に入るとは思えません。金で動くような人とは、基本的に好みが合わないのです」

 自分で買いには、行きたくないんだもん。

 他領で信用できる人なんて、いないし。


 そんなことより!

 俺は、港の印章の方が興味あるのですよ!

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