第284話 試食会
氷結隧道は、冬のシュリィイーレの町に活気をもたらした。
町の人々もトンネルのおかげで行き来ができるのだが、馬車は通れないので徒歩のみ。
普段馬車移動している人達は結構不便だと思うが、閉じ込められているよりはかなり良い状態である。
相変わらず雪は降っているので、外部から物資の供給がないため節約生活であるのはいつものことだ。
氷結隧道完成の三日後から、うちの食堂も昼だけ開業することにした。
もう当分料理なんて嫌だと言っていたくせに、厨房の母さんはとても楽しそうである。
やっぱり好きなんだろうな、料理することが。
俺もずっと放置していたカカオの果肉、カカオパルプを煮詰めてシロップとジャムを作った。
これでまた、スイーツ部のメニューに幅が出るのだ。
んー……やはり、ナッツ類をもう少し充実させたいところだな。
お客さん達もパラパラと来てくれるようになったし、そろそろ春に向けてのメニュー考案や試作の時期である。
衛兵隊も随分落ち着いたようで、南官舎に避難している人達も残り数名となった。
そして今日は、この間食材を買ってきてくださった衛兵隊の皆様にお集まりいただいている。
「本日は皆さんが買ってきてくださった『珍しい食材』を使った料理です」
おおーっ、と声が上がるが、これは別に優遇ではない。
その食材が、シュリィイーレの人々に受け入れられるかどうかのテストなのだ。
そして、実験でもある。
俺の神眼で視えている『色』と『味覚』の関係を調べるテストケースだ。
集まってくれた九人は魔法の属性も、加護をもらっている神もバラバラである。
……ひとり、
神眼で視ると、ビィクティアムさんは身体のあちこちで全く色が違う魔力を放出している。
対して、他の方々は胸元の色が加護色、そして両手などの末端が属性魔法の色……のようだ。
加護色は一柱に付き二色を持っているので、強く表れている主色と薄い補色に分かれて視える。
食べてもらうのは、
『焼いた
『七面鳥のロースト香草風味(青)』
『
『春菊とアスパラの天ぷら・海塩ふり(黄)』
『鱈の生姜蒸し(藍)』
『あまり甘くない
以上の、各色の魔力特性を持った料理である。
どれも少しずつではあるが、料理が混ざってしまわないように別々の皿で出していく。
「皆さんが美味しいと思う順に、右から皿を並べていってください。他の人の言葉に惑わされないように、なるべく喋らないでくださいね」
頷いた皆さんが、黙々と試食を進めていく。
あ、ファイラスさんが、なんか言いたそうにしてめっちゃ我慢してる。
ビィクティアムさんは……終始笑顔だ。
カムラールさんは、鶉がお気に召したようだ。
ロデュートさんには、どうやら枇杷のマフィンが最高峰らしい。
こうしてみると、基本的には加護色が好みの中心であるようだ。
だが、魔力色のものと迷っている人もいるところから、魔力を補う必要がある場合は魔力色のものを美味しいと感じ、そうでない場合には加護色が味覚を左右する……ということだろうか。
イスレテスさんもお魚好きなのに、一番美味いという位置に置いているのはターキーだ。
次点が天ぷら……ということは、もうひとつの加護補色の方が魔力色より美味しく感じる訳か。
肉好き・魚好きのファイラスさんが一番と言っているのは、手亡豆の煮込み。
リヴェラリム家は賢神二位だったから、緑が加護色だもんな。
では、次の検証だ。
「一番美味しかったものと、二番目に美味しかったものを一緒に食べてみてください」
枇杷マフィンを美味しいと言ったふたりのうち、ロデュートさんはマフィンの上にアスパラの天ぷらをのせて食べている。
セイムスさんは……おや、魔力色の鶉の煮込みが二番目なのか。
ふたりとも口にした途端に、めちゃくちゃいい笑顔になった。
同じ加護色を持つ人でも、補色の強さによっては魔力色の料理の方が美味しいと感じるようだな。
俺は以前、鍛冶師組合の組合長達が、どの味のショコラ・タクトがいいか決められなかったことを思い出した。
あの時には視えていなかったが、きっとトッピングや使っている素材の違いで『色』が違っていたせいもあるだろう。
つまりこのことを利用すれば、誰にでも必ず美味しいと思ってもらえる料理が提供できる訳だが、流石にそこまでの細やかな個別サービスは無理だ。
……ほんのちょっと、調味料や魔法で調整することはできるとは思うけど。
こんなことやってるからいつまでたっても『実験』で、調理的な技能や魔法がもらえないんだろうなぁ。
俺がノートにデータを書き込みながらブツブツと言っている間に、皆様はすっかり完食してしまわれた。
「タクトくん! 全部美味しかった! でも俺は、鶉が一番好き!」
「確かに鶉も旨かったが、蒸し魚はもの凄く美味しかったぞ!」
「僕は枇杷の甘パンが凄く好きだなぁ……赤茄子の煮込みを染み込ませても美味しかったし」
皆さんいろいろとお楽しみくださったようで、よかったです。
そしてなかなか面白いデータも取れましたので、俺的にも大変よい結果でしたよ。
ん?
ビィクティアムさんが、めっちゃ俺のことを見つめていますが……?
「足りませんでしたか?」
俺はおかわりでも欲しいのかな、と声をかけたのだがどうも違うらしい。
あとでちょっと話がある、とお呼び出しをくらってしまった。
なんだろう……?
まったく、心当たりがないんだけど?
夕食後、
裏口から入ると食堂のテーブル上に書類が置かれていて、まーた家で仕事をしているのかと呆れてしまった。
お家は休むための場所だって、ちゃんと覚えてもらわなくては。
「ああ、あの書類か? あれは衛兵隊の仕事じゃなくて、セラフィラントの関連だからな。詰め所に持っていく訳にはいかん」
……なるほど。
それでは仕方がない……
「おまえに、依頼したいものがいくつかあるんだよ。その書類だ」
「依頼?」
「ああ。セラフィラントの製造意匠を作ってもらっただろう? それと同じように、各港で水揚げされたものに、意匠印を付けることになってな」
ビィクティアムさんの話によると、あのノロ・ロタウイルス事件でカルラスの名を騙られたことが、かなりセラフィラント・リバレーラ間で問題になったようだった。
そのため、以前俺が出して欲しいとお願いしたような『水揚げ港証明』をすることになり、それぞれの港で意匠印を作って証明書などに押印するのだそうだ。
さっきの食堂にあった書類は、各港の責任者達が意匠に取り入れて欲しいものの要望書……だという。
「頼めるか?」
「はいっ! 勿論ですよ!」
やった!
『
「一緒に、印章の作成も頼みたい。色の付く魔力印がいいんだが、代表者が交代しても同じものが使えるか?」
「はい、それは大丈夫ですよ。登録者を増やすことも、交代することもできるように魔法が組めますから」
俺がそう言うとほっとしたように肩を落として、ビィクティアムさんはソファに寄りかかる。
セラフィラント公から押しつけられたんだろうなぁ。
「それと……タクト」
「はい?」
「おまえ、今度は、赤属性の魔法が出てるだろう?」
……
……
はい?
「どうも『魔法や技能の雰囲気』ってのが……なんとなく解るんだよ」
あー……ライリクスさんが言ってたやつかー。
「それって『魔眼』ってことですか?」
「いや、多分違うな。視える訳じゃなく……温度……? というか、ふわっと。新しいものが出ていたら、空気が変わったって感じるんだよ」
「ふわっと……で、属性まで解っちゃうと?」
「まだ、検証段階だ」
今日、食堂でまじまじと見ていたのはそのせいか。
きっと他の隊員達の魔法や技能も【成長羽翼】で感じ取ってて、どういう感覚がどの属性かっていうのを検証していたってことか。
テストしていたはずの俺も、テストされていたとは……
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