第281話 氷結隧道、開通
衛兵隊からの大量物資供給を戴いた五日後の更月・二十五日、俺が鮟鱇の吊るし切りを何とか終えて自販機の補充にやってきた時、かなりお疲れモードのライリクスさんがやってきた。
「すみません……なにか……甘いものはありませんか?」
そういえばここのところ保存食ばかり作って、スイーツの補充をしていなかった。
自販機を見たら……すっからかんであった。
「ごめん、今すぐ補充するからね! えっと……どんなものがいいかな?」
「……カカオ……いえ、砂糖そのものでもいいです……」
うわぁ!
相当限界っぽいぞ!
俺は雪で開店していない食堂の方へと案内して、そこで少し休んでもらうことにした。
「ライリクスさん、これでも食べてて。まだあるから、持ってくるね」
俺は保存食を作りながら摘み食いしていたクッキーを取り敢えずライリクスさんの目の前に置き、奥にしまってあるスイーツの在庫を取りに行った。
この間ビィクティアムさん達が持ってきてくれた小麦の半分ほどが薄力粉だったので、場所の確保のためにも使ってしまおうとガッツリとスポンジケーキやらクッキーを作ったのだ。
そして場所を取っていたカカオも半分くらいチョコにできたので、板チョコやフルーツのチョコ掛けも作ってあった。
甘めのケーキに仕上げて、食べてもらおう。
きっと衛兵隊のみんなも多かれ少なかれ、あんな感じに疲労しているのかもしれない。
クッキーなら外回りでも合間につまめるだろうと、沢山用意して番重に詰めた。
「お待たせ! カカオを結構甘くしているから、紅茶と一緒にゆっくり食べて待っててね! 今日の分の保存食は、もうすぐできあがるから」
「はい……ありがとうございます……」
そう言うと、ゆっくりって言ったのに凄いスピードでチョコケーキを平らげていく。
目の前に置いた五個のケーキのうち、三個は一瞬で消えたように見えた……
四個目を食べながら、大きくほーーーーっ……と息を吐き、五個目をゆっくりと食べ出す。
……初めてだなぁ、ここまでへろへろのライリクスさん。
「いや、すみません……お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
「疲れてるんですねぇ」
「ちょっと、ね。大仕事がやっと終わりまして。気付いたら、ふらふらとこの店の前に……」
やべぇな、それ。
「大仕事……って、救助とかですか? また病人とか?」
「いえいえ、町の方々にそういう被害等はありませんよ。ちょっと……隧道造りを」
隧道?
今、シュリィイーレの町中の道路には、六メートルを超える高さにまで雪が積もっている。
二階からの出入りですら、できないくらいだ。
南側でさえこれなのだから、北側はもう少し高くなっているだろう。
「道の上に積もった雪の中に、隧道を通していたんですか? ライリクスさんが?」
この人の魔法は緑属性で、水魔法も火魔法も、ましてや【加工魔法】なんてものもないはずだ。
「はい……つい先日……と言っても、半月ほど前ですが氷系の魔法が使えるようになりましてね」
氷系魔法? それって、ドミナティアの家系魔法じゃないのか?
『生命の書』で読んだことがある。
家系魔法は生まれた時・成人した時に多くが発現し、三十五歳を越えてしまうとほぼ顕現しない……と書かれていた。
ライリクスさんはビィクティアムさんより六歳年下なだけだ。
「……それ、家系の魔法……ですよね?」
「ええ。僕も吃驚しましたよ。それよりもっと吃驚したのは……何も言わなかったのに、長官が僕の血統魔法発現に気付いたことです」
ビィクティアムさんが?
「神斎術を持つ方ですから……そういうのも解っちゃうんでしょうか」
いやいやいや、わっかんないっすよ?
俺なんて『神眼』持ってるのに、ぜーんぜん解りまっせんよ!
そうか……ビィクティアムさんの【青金石掩護】には【成長羽翼】があったな。
他の人の成長を感じ取ることもできる……って魔法なのかな?
「じゃあ、その氷系魔法で、隧道を?」
「そうです。シュリィイーレの町中、全ての道に造ってきました。本当に、人使いが荒い……」
ぜ、全部?
東西南北、全ての道に氷のトンネルを造ったってこと?
てことは、この大雪でも自由に町中を行き来できると?
いや、でもこの町、結構広いよ?
「あ、勿論、僕ひとりではありませんよ? 強化とか、耐性の魔法を掛けてくれた者達と一緒ですけどね。ただ、まだ発現して間もない魔法というのは……加減がしにくくて、魔力量の調整が難しい上に、血統魔法というのは基本的に、馬鹿みたいに魔力と体力を使うのですよ……」
俺はぐったりとしつつも、決してケーキから目を離さず食べ続けているライリクスさんを……『神眼』で視てみた。
深い藍色にキラキラと輝くものが、ライリクスさんの両掌と胸元辺りに見える。
そして甘いものを口に運ぶ度に、その輝きが強くなるのだ。
すると、ライリクスさんがくるっと俺の方に顔を向けた。
「今の僕は、タクトくんの魔眼にはどういう風に見えていますか?」
「……両方の掌と、胸元が藍色にキラキラしてますね」
「藍色……そう、ですか。やっぱり『血』からは逃れられないんですねぇ……」
「その『血』はライリクスさんにとっては負担なの?」
つい、そう聞いてしまった。しまったと思ったけど、もう遅い。
「うーん……どうでしょう? 昔だったら嫌で嫌で堪らなかったと思いますが、この魔法がこんなにもシュリィイーレで役にたつとは思いませんでしたから……今はさほど、嫌でもないですねぇ」
「きっと、今のシュリィイーレに必要になったから、神様がライリクスさんにくれた魔法なんだね」
「今、必要……ですか。それならば、この使い方をさせてくれた長官に、感謝しないといけませんねぇ」
『全道トンネル開通計画』はビィクティアムさんの発案か……
規模がでかすぎて、怖くなる計画だよなぁ。
「休んでいいぞといいながら、まだできていない地域の地図を、笑顔で渡してくるんですよ? それなら『早くしろ』って怒鳴られた方が、いくらでも反発のしようがあるってものです」
ビィクティアムさんは……無言で圧を掛けてくるタイプだよね。
「……もういっこ、食べますか?」
「いいんですか?」
「ええ、この間小麦粉をいっぱい、もらいましたからね」
「パンの分は足りなくなりませんか?」
「あ、買ってきてもらったものは、半分ほどがパンには向かない小麦粉だったので、そっちを使ってますから」
「えっ! 小麦粉って、一種類じゃ?」
「違いますよ。小麦自体の質が違うのです。含まれている成分の違いで、適している料理が違うんですよ」
知らなかった……とちょっと落ち込むライリクスさんに、お菓子用としては最高のものだったので嬉しかったですよ、とあまり慰めにならないフォローをした。
料理をまったくしない家庭の人だから、そういうところまでは知らなくって当然だしね。
「ああ、いけない、肝心なことを伝え忘れるところでした」
急に真面目な面持ちになったライリクスさんが、六個目のケーキを食べきってから思い出したように言った。
「この隧道の完成で、避難してきていた方々も明日には、七割程度が帰宅する予定です。彼らの家には新しく、この冬を過ごせるだけの【付与魔法】も施されました。家には元々食材がまだあると言うことですので、保存食の供給は今までの三割程度まで減らしてくださって大丈夫です……と伝えるために来たんでした」
おお! それは朗報!
実は……衛兵隊の方々にもらったものは馴染みのない食材が多すぎて、保存食作りが難航しそうだったんだよね。
いや、俺的には
豆も……馴染みのあるものが全くないから、
父さんもなかなか美味しいって言ってくれるものがなかったし、母さんも頭を抱えていたので、このお知らせは気が楽になりましたよ。
「もしかして……料理に使いづらいものが多かった……ですか?」
鋭いですねぇ、ライリクスさんは。
俺が否定も肯定もせずに笑っていると、溜息をついて……どうやら察してくださったようで。
「全部、食べ方は解っているものばかりなんですけどね。だけどこの町の人達がまったく知らない物を、いきなり提供するのも……」
食べてもらえなかったり、残されたりしたら凹むしね。
「だから、春になったら新しい料理にして、まず食堂で食べてもらってからにしようと思っているんですよ。楽しみにしててくださいね」
「そう言ってもらえると、助かります。なに、いざとなれば買いに行った方々に、責任を持って全て食べてもらいますから」
「ならば、どんな料理にしても大丈夫ですね……ふふふ」
「……一応、普通に食べられるものにしてあげてくださいね?」
勿論、食材さんを無駄にすることなど絶対にありませんよ。
メニュープランを考える楽しみが増えたなぁ。
でも、俺としてはいろいろ実験を兼ねた料理を提供したいので、協力してもらう予定ですよ。
ふっふっふっ。
そして、明日の午後には殆どの避難所から人がいなくなり、やむを得ず残った方々は全員南宿舎で過ごしていただくようだ。
元々持病がある人は病院に入院したり、動くことが困難でもしもの時に助けが呼べない人なんかは残ってもらっているみたいだ。
南宿舎なら食料はうちからすぐに渡せるし、橙通り側のマリティエラさんの病院にも近いから安心である。
それになにより、南宿舎は女性衛兵隊員が全員いるということで、避難している女性達も安心しているようだ。
なるほど、元々南宿舎に女性の避難者が多かったのは、そういうことだったのか……
雪の季節は、あと一ヶ月ほど。
まだ油断はできないけど、少し、余裕が出て来たみたいでほっとした。
各詰め所や外門事務所には、お菓子のお届けに行ってあげよう。
今日からは、スイーツ作りも本格的に再開だな。
俺は紅茶を美味しそうに飲み干したライリクスさんと一緒に、皆さんにお菓子を届けるために先ずは東門詰め所へと向かったのである。
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