第280話 想いはいつもすれ違い?

 俺は父さん達の目を盗み『珍しい物を見せるのが終わったので、別の人が運び込んでくれた』といい、【文字魔法】で出した基本的な食材達を地下へと運び込んだ。

 それを見て、母さんはやっと安心したようだ。


「なんだ、ちゃんといつものものも、買ってくれてたんだね」

「あいつら、珍しいもんが買えたんで先に見せたかったんだろうよ」

「そうだねぇ、きっと。セラフィラントやリバレーラのものって、なかなか入って来ないから」


 なんて優しい解釈だ。

 やっぱりできあがりをイメージできない人達の買い物では、絶対的に必要な日常の基本食材が抜けてしまうのだな。


「いただいたもの、知らない食材が多いねぇ……どんな料理が美味しいか解るかい、タクト?」

「俺の知ってる料理を試作するよ」

「頼むわね。それにしても、あの人達……本当に無茶をするねぇ」


 他の領では貴族や大貴族の子弟が直接市場に行くなんて考えられないことだし、衛兵隊員がその買い物で魔法を使ってまで自分で運ぶなんてことは絶対にない。


 魔法は、誇りなのだ。

 貴族は日常で気軽に、臣民達に使っているところを見せたりしないものなのだ。

 ましてや……食材の買い物などで。


「市場の連中、ひやひやだっただろうなぁ」

「ちょっと見てみたかったねぇ、ふふふっ」



 お昼ごはんは念願の『鱈ちり鍋』にした。

 ひとりひとつの土鍋で、母さん分の鱈は皮を剝いである。

 野菜と茸も沢山入れて、人参、長葱、豆腐、春菊。

 酢醤油と胡麻のつけだれも用意した。


「これ、魚なのかい? 全然臭みもなくって美味しいねぇ」

「こりゃあいいな……! 身体も温まるし。この胡麻のやつは旨ぇなぁ!」

「あたしは、酸っぱいつけだれの方が好きだわ」


 どっちも美味しいよねぇ。

 父さんも母さんも気に入ってくれてよかった。

 シメの雑炊もしっかり食べました!

 はー……鍋、最高……!



 三人ともお腹いっぱいでほかほかで幸せ気分のまま、一階の厨房に降りていった。

 さあ、保存食作りを再開しよう、としたその時。


「すまん! さっき、渡し忘れたものがある!」

 ビィクティアムさんが息せき切って飛び込んできた。

 長官殿、もう少し落ち着いて。

 雪も今のところ止んでて天気も良いし、久しぶりにのんびり作業できる一日になりそうなんですから。


「おいおい、忘れ物って……」

「申し訳ない……その、肝心なものを届け忘れていて……」

 そう言いつつ、衛兵さん達が運び込んでくれたものは小麦粉の山と、基本食材達だった。

 あれれ、なんだ、買ってくれてたのか。

 先ほどは見くびったことを思ってしまって、申し訳ありませんでした。


 奥から母さんも顔を出し、父さんとふたりで焦って運び込む衛兵さん達を微笑ましく見守っている。

「そんなに慌てなくったって……さっきも(いつもの食材を)沢山もらったのに、ありがとうねぇ」

「いいえ! (よく使うものを買い)忘れてしまって……何度も申し訳ありません……」


 ……なんだか微妙に、行間に食い違う何かを感じるけど……

 それにしても……ちょっと多いな?

 地下保管庫に入りきるかな?


「タクト、ちゃんと昼食は食べたのか?」

「ええ! いただいた真鱈を鍋で食べましたから!」

「鍋……そうか……とにかく、おまえも無理しないでちゃんと食べて、ちゃんと休んでくれ!」


「その辺は大丈夫ですよー、ねぇ、母さん?」

「そうですよ、長官さん。鍋で食べると熱くって身体も温まるし」

「ミアレッラの言う通りだぜ、鍋ってのは初めてだったけど、悪くねぇ。ちと(冷めないうちに食べたくて)焦っちまうけどなぁ」


 ね?

 皆さんが心配するようなことは……あれ?

 やっぱりお疲れなのかな?

 ……そうだよなぁ、この数日間ずっと働きづめだもんなぁ衛兵隊は。

 それなのに、こんなに沢山の食材を買い出しに行ってくれたんだなぁ。


「俺達も美味しいもの食べてるから、皆さんもちゃんと食べてくださいね?」

「……ああ、本当に(自分たちの食事は)足りてるか?」

「はい! (倉庫が)いっぱいで、これ以上入らないくらいですよ。保存食、沢山作りますから」

「そうか……ありがとう、な」


 うーん……ビィクティアムさんだけでなく、衛兵隊みんななんとなく元気がないなぁ……

 お菓子の差し入れでもしてあげようかなぁ。



 帰り道の衛兵隊・再び 〉〉〉〉


「……忘れていた……あいつが『大丈夫』と言う時に、本当に大丈夫だったことなんて、殆どなかったというのに……!」

「まさか、鍋から食べてるほど、時間を惜しんで作ってくれていたなんて……」


「夜、ちゃんと眠ってますよね? タクトくん達……」

「判らん……タクトもだが、あのおふたりも『やる』と決めたら……とことんやり抜く性分の方々だし」


「鍋から摘み食い程度に食べて、お腹一杯になんてなるわけないのに……」

「これ以上入らないなんて……俺達を安心させようとして、あんなことを」

「ガイハックさんだって、焦ってゆっくり食事ができていないっていうのに笑顔で……!」


「俺達は甘えていた……甘えすぎていた。善意に付け込んで、負担を掛けすぎていた」

「もしかして、俺達が食材を運び込んだのも『保存食をもっと早く作れ』っていう圧力になってしまったのでは……?」

「う、それは……あり得るかもしれないですね」

「それなのに、俺達を労ってくれて……お礼を言わなくちゃいけないのはこっちの方だよ!」


「この雪、暫くは動かすことも溶かすこともできそうにないな?」

「ええ、例年でさえ普通に歩けるようになるのは再来月、結月ゆうつきの下旬になってからです。今年は……もう少し残るかもしれません」

「今、道の雪を溶かしたとしてもまたすぐに積もりますし、寧ろ溶かした方が凍って危険です」


「溶かす必要はない。今、通っているこのような隧道を……町全体に造る」

「雪の中に、氷の隧道を町中に?」

「町全体って……全戸の入口から、道に出られるようにってことですか?」


「そうだ。身動きができないから、避難所にいるのだろう? 自宅が雪で覆われても、この町の家の造りなら重さで壊れることはない。食べ物が家にある者達から順次帰宅させるために、必要なものは『道』だ。あと一ヶ月半以上も避難所生活をさせるよりは、自宅の方が良いという者達だっているだろう」


「そうか……氷の隧道なら、強度的にも今のままで問題ないし、温かくなるまで溶けない。雪が降って来たって中は影響がない」

「溶ける時には魔法で固めた氷壁より、外側の雪が先に溶けますからね」


「しかし、一体どうやって……? できたとしても時間が掛かります」

「大丈夫だ【加工魔法】と【制御魔法】である程度はなんとかなる。それと……少々、アテがある」

「わかりました。では帰宅支援として、帰宅を希望する者達に魔石の供給と家に魔法付与を付けてあげてください」


「家にかかっている魔法が切れてしまって、避難してきている者達が多くいましたからね」

「気温が低くなりすぎて、当初かけていた魔法が効きにくいと言っていた者もいます」


「そうか……では、魔石と家への【付与魔法】だな。付与魔法師の人選は、魔法師組合に委託しろ。ただし、タクト以外の第一等位魔法師だ。代金は衛兵隊で持つと伝えておけ」

「……タクトくん以外、ですか?」


「当たり前だろ。あの三人の負担を減らそうと言ってるのに、タクトに依頼したら意味がないじゃないか」

「それでもどうしてもタクトに……って、言ってきたらどうしますか?」

「その場合は自己負担だ。あいつはシュリィイーレ……いや、この国で一番の付与魔法師なんだからな」

「イスグロリエスト大綬章の魔法師ですもんね」


「確かに、他の魔法師とは格が違いますね。では、俺はこのまま魔法師組合に行きます」

「頼んだぞ、ロデュート。一度東門詰め所に戻って会議だな……今、できている氷の隧道の場所は全部把握しているか?」

「はい。北側の主要道路は、ほぼ通れます。西側、東側は詰め所や宿舎中心に一部のみ、南側はまだ殆どありません」



「すぐに取りかかるぞ。あの食堂の方々が倒れる前に、なるべく多くの者達を安全に帰宅させないとな」

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