第279.5話 買い物帰りの衛兵隊
「全部、タクトくんの知ってる物ばかりでしたねぇ……」
「オカシイ……どうしてリバレーラにしか生息していない鳥のことまで……」
「豆……あんなにあったのに……あの殻に入ってたやつなんて、最近セラフィラントの南で栽培され始めたばかりって言ってたのに!」
「本当に、食材に詳しいんだなぁ、タクトは。あれ? どうかなさいましたか、長官?」
「……もやしと乾酪だけで……自分達はそれしか食べていないのに、あんなに沢山の料理を作って、全て他人に与えるなんて、普通、できるか?」
「無理です」
「俺も、絶対にできませんよ、そんなこと」
「衝撃的でした……まさか、そこまで切迫した状態だったなんて」
「ガイハックさん、言った後に明らかに言っちゃいけないこと言った、って顔してましたよね」
「タクトくんも、ね」
「もっと、早く動くべきだった……」
「長官……」
「でも、もやしと乾酪なんて、よく残ってましたね?」
「そのふたつは、あの店の地下で作っているからな」
「え、あの乾酪、自家製なんですか? そんな貴重なもの……結構、保存食にも使われていましたよ?」
「きっと乾酪も自分達の分は、もう大して残っていなかったんじゃないですか?」
「だろうな……まだできあがっていないものがあるとしても、春までは絶対にもたなかったはずだ」
「今日届けられてよかった……本当にギリギリだったのかもしれないですね」
「長官、支援物資の備蓄計画を見直すべきですね」
「そうだな。このような事態が滅多にないとしても、毎年確実に乗り越えられる分を蓄えておかねばならん。今まで各家庭の備蓄でなんとかやってこられたというのは、ただ幸運だっただけだと思った方がいい」
「そうですね。幸いタクトくんの作る保存食は、消費期限が二百日だそうですから、夏のうちから少しずつ買い溜めて備えに加えましょう」
「凄いですね……二百日の保存期間って」
「前は百日だったんだけど、果物を使った菓子以外はだいたい二百日まで延びてるよ。実際、その日を越えてもすぐに食べられなくなったりはしていなかったから、期限と言うより『確実に安全と言える日数』なんだろうね」
「……つまり、副長官は、期限切れを食べたことがあるんですね?」
「しまい込んで忘れててさー。でも期限を十日過ぎてても、全然なんともなかった!」
「恐るべき魔法ですねぇ」
「カムラール、セイムス」
「はい」「はっ」
「備蓄と管理を担当しろ。各門と宿舎に今回の使用量を参考にして、蓄えをするよう計画書を出せ」
「はい、早急に」
「それと、各門に【調理魔法】を持つ者を採用し、簡易的なもので構わんから食堂を作れ。こちらは……イスレテス、ドーリエス頼むぞ」
「はい!」
「他に三、四人で組んで計画を立てろ。人材はガスヴェル、オルフェリードと一緒に調理師組合に依頼して探せ」
「了解です。門に食堂があれば、普段は俺達が食事できるし、非常時はそこで作って避難してきた方々に提供できますね」
「宿舎であれば調理ができる者は何人かいるだろうし、厨房もあるからなんとかなるが門には何もなかったからな。今回のことで、避難所としての機能も必要だと痛感した」
「改札口が全ての外門管理室に付いたら、更に各門での受け入れがやりやすくなりますね」
「西門にタクトくんが設置に来た時は……正直、なんて無茶なことをするんだと思いましたが、あれがなかったら西側の被害は甚大だったでしょうね」
「大規模な改築になりますね……予算、大丈夫でしょうか?」
「絶対に法制と財管から予算、ぶんどって来てやる。だから、説得のために今回の災害報告書と計画書を、なるべく早く作っておけ」
「了解です!」
「お帰りなさい、長官、副長官。皆さんもお疲れ様でした」
「ああ、もう落ち着いているか? ライリクス」
「はい、特に騒ぎも何もありませんでした。……ん? 皆さん、なんでそんなに深刻そうな顔を?」
「……改めて、ガイハックさん達に頼り切ってしまっていたと……思ってな」
「なんかね、もやしと乾酪だけで過ごしていたみたいなんだよね……タクトくん達」
「え……? まさか自分達の食べる分まで、保存食に回していたってことですか?」
「そうみたいです」
「俺達が食材届けたら、いつも落ち着いてるガイハックさんが結構喜んでくれて……」
「その時に多分気が緩んだのか、ぽろっとそういうことを……」
「なんてこと……! まったく、あの方々は昔っからそうなんですから……!」
「でも、今日沢山食材届けられたからさ、もうちゃんと食べてくれますよ!」
「タクトくんもはしゃいでたしね。あんなに簡単に、全部の食材の名前を当てられちゃうとは思っていなかったけど……」
「名前……当て?」
「そう。セラフィラントとリバレーラからなんて、あんまり入らないだろ? だから絶対に、知らないと思ってたんだよねぇ。まさか、七面鳥も
「……他には?」
「魚とか、肉とか……豆も全部知ってたなぁ」
「野菜も絶対に、見たことないはずだと思ったんですが……」
「あなた方……そういう『珍しい食材』だけしか……買っていかなかったんですか……?」
「え?」
「……パンは、何からできているかご存知ですか?」
「それは……小麦だろう?」
「では、このシュリィイーレで最も食べられている煮物料理は、肉と何でできてるかは?」
「……赤茄子と火焔菜」
「そうです。そういう、基本の、毎日、必ず、必要になるものも……ちゃんと買って、届けたのですよね?」
「あ……」
「……」
「……」
「何やっているんですか! むしろそういう食材こそ最も大切で、最も不足しているものでしょうが! これだから、普段から食材に目を向けていない方々は……!」
「おいっ! もう一度行くぞ!」
「は、はいっ!」
「待ってください! 必要なものを書き出しますから!」
「ぜんっぜん、考えてもいなかった……」
「確かに……なんで俺達、思いつかなかったんだろう……」
「はい、これです。絶対に買ってくるものは小麦、既に粉になっているものを大量に買ってください。それと、玉葱や長葱、
「よ、よし!」
「それと! タクトくん達に渡す時は『渡し忘れていた』って言ってくださいね! じゃないと態々また買いに行かせたって、気にするでしょうから!」
「解った!」
「まったく……まぁ……皆さん初めてのお買い物でしょうから、仕方ないですかねぇ……」
「すまんっ! 司祭殿、もう一度方陣門を使わせてくれ!」
「ど、どうなさいました?」
「大切なものを買い忘れていたのだ! 小麦を買いに行かせてくれ!」
「それは確かに、大切でございますな……!」
「今回はすぐに戻る。すまんがここにひとり、衛兵を見張りに置いていていいだろうか」
「はい。どうぞ」
「……くっそ、なんという失態だ!」
「セラフィエムス卿のあんなに慌てたお姿は、初めて拝見しました……」
「……小麦は、大切なのですねぇ」
「ええ、大切……ですね」
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